自己脳波フィードバック光駆動(光FB)装置は、被験者自身の脳波から作り出された光刺激により 波を増強し、心身のリラクセーションを得る目的で開発された装置である。本装置は、被験者の脳波からバンドパスフィルターにより 波を抽出し、その振幅の大きさと周波数に応じて輝度変調し自動利得調整回路による調整を加えた光刺激を、閉眼眼前にフィードバックする。その結果、光駆動現象が引き起こされ 波が増強される。 この装置が、ストレスホルモン(血漿コルチゾール、 エンドルフィン)を低下させる効果を持つということを本研究の第一の仮説にした。さらに、本実験では、個人のリラクセーションしやすさに影響を与える可能性がある要因についても考慮することにした。すなわち、皮膚電気伝導反応(SCR)とモーズレイ人格目録(MPI)により、皮膚電気反応的あるいは情動的に安定な者と不安定な者にグループ分けをし、どちらか一方でも不安定な者はリラクセーションしにくく、したがってストレスホルモンの低下が起こりにくいであろうという第二の仮説を立てた。 対象は、健康な男性16名で、光FB群(n=8)とコントロール群(n=8)の2群を構成した。光FB群の平均年令は28.3歳(23〜33歳)、コントロール群の平均年令は26.8歳(25〜31歳)であり、両群間に有意差は無かった。 実験手順としては、図1に示した2つを用いた。手順1には光FB群4名、コントロール群2名がしたがったが、静脈穿刺のストレスと両ホルモンの間歇的な分泌様式を考慮し、最初に30分の開眼安静時間を設けた後にベースライン値の測定を2回行った。この段階で-10分と0分の両ホルモンの値の差異について符号つき順位和検定で検討したところ、危険率p>0.20となり有意差が認められなかったため、最初の30分の安静時間と-10分における採血を省略し、最後に30分の安静時間を追加した手順2にしたがって残りの実験を行うことにした。なお、コントロール群では光FB刺激に相当する時間は単に閉眼安静とすることにした。また、脳波振幅(AMP)と周波数(FRQ)、およびSCRを、光FB刺激または閉眼安静の18分間と、その直前の閉眼安静6分間を含む24分間連続的に記録した。 図1 光FB群の実験手順 光FB刺激前の6分間のSCRに自発反応の認められた者を皮膚電気反応的不安定者、MPIにおいて神経症的(N>29)である者を情動的不安定者とし、仮定されたリラクセーションしにくさという観点から両者を併せて不安定群を構成した。その結果、コントロール群4名および光FB群3名が不安定群に分類された。これらのうちコントロール群に属する被験者No.2については、MPIにおいて?スケールが全体のほぼ半数の39問を占め、またコルチゾールのベースライン値が-10分:10.8 g/dl、0分:17.9 g/dlと大きく異なっているなど、いくつかの点において非典型的な反応を示していることが伺われたので、以下の解析から除外することにした。 データ解析はSASのGLMプロシージャを用いた分散分析により行った。手順1・2に共通している0、+18、+48、+78分の4ポイントのデータを用いて、後3ポイントの0分に対する変化率(%)を算出し、その値を以下の解析の対象とした。ただし、変化率の検討を行う前に、0分の両ホルモンの値に関して、介入の要因(光FB/コントロール)と安定性の要因(安定/不安定)を含む2×2の分散分析により4つの群の間に有意差が認められないかどうかを検討した。次に、介入の要因、安定性の要因に、時間の要因(+18/+48/+78)を加えた2×2×3の分散分析により、光FB及び皮膚電気反応的・情動的安定性が両ホルモンの変化率に与える効果について検討した。 また、AMP及びFRQについても、同様に分散分析により検討を加えた。24分間のデータを3分間ずつまとめ、AMPの平均値と、AMPの2乗により重み付けをしたFRQの標準偏差(FRQSD)を求めた。これらはどちらも光FB装置による 波増強の指標となりうるが、 波以外の脳波の振幅も全て平均化している前者よりも、後者の方がよりよい指標であると考えられた。ここでは、-6〜-3分のデータに対する3〜6、6〜9、9〜12、12〜15、15〜18分それぞれのデータの変化率(%)を求め、以下の解析の対象にした。ただし、変化率の検討を行う前に、0分の値に関して、上と同様に4つの群の間に有意差が認められないかどうかを検討した。そして次に、介入の要因、安定性の要因に、時間の要因(3〜6/6〜9/9〜12/12〜15/15〜18)を加えた2×2×5の分散分析により光FB及び皮膚電気反応的・情動的安定性が脳波の両指標の変化率に与える効果について検討した。以上の解析で、時間の主効果または時間を含む交互作用が認められた際は、事後テストによる検討も行った。 0分の両ホルモンの値に関しては、4群間に有意差は認められずその等質性が保証された。コルチゾールの変化率においては、時間の主効果が認められ(F(2,22)=5.34,p=0.013)、Tukey法による多重比較において、+18分と+78分の変化率の間にp<0.02の有意差が認められた。これはサーカディアンリズムに一致する変化と考えられた。さらに、安定性の主効果の傾向(F(1,11)=3.33,p=0.095)も認められたが、それ以外には主効果、交互作用ともに認められなかった。一方、 エンドルフィンの変化率においては、介入の主効果の傾向(F(1,11)=4.57,p=0.056)と安定性の主効果の傾向(F(1,11)=3.90,p=0.074)、さらには介入と安定性の交互作用(F(1,11)=5.80,p=0.035)が認められた。そこで、介入の単純主効果を求めたところ、不安定の水準において、高度の有意差が認められた(F(1,11)=10.35,p=0.009)。また安定性の単純主効果についても、コントロールの水準において有意差が認められた(F(1,11)=9.65,p=0.010)。すなわち、皮膚電気反応的または情動的に安定した者では、光FBを受けても受けなくても エンドルフィンは低下を示すが、不安的な者の場合は、光FBを受ければ安定した者と同様に低下するが、コントロール条件では大きく上昇するということが明らかとなった(図2)。 図2 介入×安定性の4群における血漿 エンドルフィン値の変化率 次に、-6〜-3分のAMPとFRQSDの値に関しても、両者とも4群間に有意差は認められず、その等質性が保証された。AMPの変化率においては、主効果、交互作用ともに有意なものは認められなかった。一方、FRQSDにおいては、安定性の主効果の傾向(F(1,11)=4.13,p=0.067)と、介入と安定性の交互作用(F(1,11)=5.31,p=0.042)が認められた。介入の単純主効果は、不安定の水準において有意であった(F(1,11)=5.48,p=0.039)。また、安定性の単純主効果も、コントロールの水準において有意であった(F(1,11)=9.34,p=0.011)。すなわち、皮膚電気反応的または情動的に安定した者では、光FBを受けても受けなくてもFRQSDは増大するが、不安的な者の場合は、光FBを受ければ有意な減少を示す( 波の増強を意味する)が、コントロール条件では安定した者と同様に増大するということが明らかとなった(図3)。ここで、不安定な者のみで、光FBにより エンドルフィンもFRQSDも有意な低下を示すことから、これら2変数の間に因果関係が存在する可能性が考えられた。そこで、FRQSDの変化率を5つの区間について平均したものと、+18、+48、+78分それぞれの エンドルフィンの変化率の間に相関関係が存在するかどうかを、不安定群と光FB条件のそれぞれについて、スピアマンの順位相関係数を求めることにより検討した。その結果は、光FB条件の+78分において相関の傾向(r=0.063,n=8,p=0.062)が認められたのみであった。 図3 介入×安定性の4群におけるFRQSDの変化率 SCRとMPIの結果に基づいて皮膚電気反応的または情動的に不安定であると判断された者が、本実験のコントロール条件において血漿 エンドルフィン値の上昇を示したことから、2時間の安静条件はこれらの被験者にとって拘束ストレスとして体験されたことが推測される。しかし、不安定な者であっても、光FBを受けることにより安定な者と同等の血漿 エンドルフィン値の低下を示すことが明らかとなり、これらの結果より仮説1は不安定群についてのみ検証され、仮説2は棄却された。さらに、不安定な者のみで光FBによるFRQSDの減少が認められたことから、仮説2で考えたこととは逆に不安定な者だけが光FBに反応している可能性が示唆された。しかし、 エンドルフィンとFRQSDとの間の相関関係ははっきりせず、さらに被験者数を増やして、検討を深める必要があるだろう。また、皮膚電気反応的不安定さと情動的不安定さの影響を別々に検討することも、今後、被験者数を増やして行う必要があると考えられた。 |