角膜混濁や変形による視力障害に対する外科的治療法として、角膜移植手術は、臨床的に極めて重要な手術法である。角膜移植手術のうち全層角膜移植手術は、その適応範囲が広く、最も多く行われている移植手術である。本論文では、全層角膜移植術の予後決定因子をCoxの重回帰型生命表法を用いて分析するとともに、術後とりわけ問題となる内皮型拒絶反応の発生危険因子を明らかにした。さらに拒絶反応抑制薬として近年注目されているシクロスポリンの効果および副作用を臨床的に検討した。今後期待される薬剤として細胞接着因子であるICAM-1、LFA-1分子に対するモノクローナル抗体による拒絶反応抑制について基礎的検討を、マウス角膜移植モデルを用いて行った。 本邦では、全層角膜移植術の数百例に及ぶ多数例での予後影響因子の解析はない。そこで新鮮角膜を用いた全層角膜移植術施行眼698眼を対象に、予後を悪化させる術前危険因子を統計学的に検討した。解析には、経過観察期間と予後因子の両面を考慮した多変量解析手法であるCoxの重回帰型生命表法(比例ハザードモデル)を用いた。術前危険因子は、角膜内皮障害、虹彩前癒着の存在、緑内障の合併、高い角膜提供者年齢、角膜血管侵入、無水晶体(偽水晶体を含む)であった。これらを用いて全層角膜移植術の予後のシミュレーションを試みた。 今回の698眼のうち、経過観察期間中に拒絶反応を発生したものは,29.4%(205眼)で、拒絶反応発生眼が移植片不全となった率は、47.3%(97/205眼)であった。また、移植片不全眼211眼のうち拒絶反応の既往の有るものは46.0%(97/211眼)であり、術後拒絶反応が発生しないことが全層角膜移植術の成功にとって最も重要な要因である。わが国における報告では、拒絶反応は、角膜移植術後1年以内に拒絶反応症例の94%に発生しており、術後比較的早期におこる特徴があり、これは欧米の報告でも同様である。そこで全層角膜移植術施行眼のうち、術後1年以上経過観察した571眼を対象に、術後1年以内の拒絶反応発生危険因子を多変量解析であるロジスティックモデルを用いて解析した。術前危険因子は、角膜血管侵入、再移植、連続縫合、角膜内皮機能障害であった。従来より指摘されている血管侵入、再移植以外に連続縫合、角膜内皮機能障害も内皮型拒絶反応発生の危険因子となることが示された。術後3ヶ月以内の早期と6ヶ月から1年以内の晩期に拒絶反応を起こした症例を同様の方法にて比較したところ、患者年齢の若い症例は、早期に拒絶反応を発生する危険性が高かった(患者平均年齢は、40.0±18.8歳)。 本解析により得られた角膜血管侵入、再移植、角膜内皮機能障害のうち、少なくとも1つの因子があり、拒絶反応ハイリスクと考えられる症例に対し、角膜結節縫合による全層角膜移植術施行例27例30眼を対象に、シクロスポリン全身投与の効果および副作用について検討した。経過観察期間は、術後13か月より4年3か月(平均26.3±13.0ヶ月)であった。投与は、術直後から1日5mg/kgを2週間,その後3mg/kgとし最低3ヶ月以上行った。内皮型拒絶反応を起こしたものは投与中に1眼、投与中止後に4眼で、上皮型拒絶反応を起こした症例はなかった。副作用としては、一過性血清BUNまたはクレアチニン値上昇が9例、血清GOTまたはGPT値の上昇が4例、投与終了後もBUN上昇継続が1例あった。シクロスポリン投与中、血清BUN,Cr値が正常値の1.5倍を超えたため投与中止を余儀なくされた症例が2例あった。シクロスポリン全身投与は、拒絶反応ハイリスク全層角膜移植例に対し、拒絶反応発生時期を遅延させるが、完全に抑制することはできなかった。また副作用も少なからず発生することより、投与にあたっては慎重な管理が必要と考えられた。 細胞接着因子であるICAM-1、LFA-1分子は、免疫機能に関与し、拒絶反応にも深く関わっている。そこでICAM-1、LFA-1に対するモノクローナル抗体の拒絶反応抑制効果をマウス角膜移植モデルを用いて検討した。 マウスはレシピエントとして生後8-12週のBALB/c(H2d)、ドナーとしてIsograft群はレシピエントと同じBALB/c、Allograft群、抗体投与群としては、生後8-12週のC3H/He(H2k)を用いた。手術は、ドナー、レシピエントを、共にに2mm径のトレパンで打ち抜き、11-0ナイロン糸にて結節縫合を8-10針行った。抗ICAM-1抗体、抗LFA-1抗体を投与したものは、術前日、術当日、術後6日目まで計8回、各100 gずつを、混合投与群は計200 gを1日1回腹腔内投与した。術後8週間目までIsograft群(n=15)は、全て透明性を維持した。Allograft群(n=9)は、術後2週目までに8例で実質浮腫、角膜混濁などを示し、拒絶反応による移植片不全をきたした。Allograft+M18/2(control抗体)投与群は、5例全例でAllograft群と同様であった。YN1/1.7(抗ICAM-1抗体)単独投与群(n=6)は、術後2週目までに3例(50%)が混濁し、KBA(抗LFA-1抗体)単独投与群(n=5)、YN1/1.7・KBA投与群(n=10)は、共に術後2週目までは若干血管侵入を伴ったが、角膜実質は全例透明性を維持し、8週目の時点で生存率40%であった。組織学的には術後2週目においてIsograft群は、接合部、移植片とも細胞浸潤をほとんど認めなかった。Allograft群は、接合部付近を中心とする移植片、母角膜の肥厚と著明なリンパ球浸潤を認めた。YN1/1.7・KBA投与群は、Isograft群と同様で細胞浸潤は無く、接合部の肥厚も認めなかった。免疫組織化学的検討で、Allograft群の術後2週目でICAM-1分子、LFA-1分子は、角膜上皮、実質の浸潤リンパ球上に認められ、拒絶反応発生時におけるICAM-1分子、LFA-1分子の関与が認められた。YN1/1.7・KBA投与群は、2週目においてICAM-1分子、LFA-1分子の発現は、抑えられ抗体投与による抑制効果がみられた。YN1/1.7・KBAを投与し術後1か月の時点で透明であった6眼のうち、3眼の左眼に右眼と同じC3Hを、3眼の左眼にthird partyのC57BL/6を移植するチャレンジテストを行い、左眼移植から2週目に移植片の透明性を判定した。C3Hを移植した3例の移植片は、軽度の角膜上皮浮腫を認めたが透明性を維持したのに対し、C57BL/6を移植した3例は、通常の移植片混濁より強い移植片不全を示し、明らかに両群間に差を認めた。以上より両抗体の投与により、抗原特異的な生着期間の延長効果が得られた。マウス角膜移植においてYN1/1.7・KBAの投与は、拒絶反応抑制に有効であり、臨床応用の可能性が有ると考えられる。 |