学位論文要旨



No 212168
著者(漢字) 松永,高志
著者(英字)
著者(カナ) マツナガ,タカシ
標題(和) 表皮細胞の分化と増殖に対する新規活性型ビタミンD3誘導体1、24(R)-ジヒドロキシコレカルシフェロールの作用
標題(洋)
報告番号 212168
報告番号 乙12168
学位授与日 1995.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12168号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 折茂,肇
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 島田,眞路
 東京大学 講師 松本,俊夫
内容要旨

 乾癬は難治性の疾患であり、皮疹部に鱗屑が付着した浸潤性の紅斑を伴い、患者の心理的負担・社会的制約は大きい。病理学的には皮膚表皮細胞の分化不全と異常増殖という症状を示す。この原因として表皮細胞の細胞周期の亢進、および分化過程の遅延、もしくは異常が挙げられている。この疾患に対して数多くの治療が試みられてきた。タールまたはソラレンを併用したUV照射療法、ステロイド誘導体、レチノイド誘導体、メトトレキセートなどの薬剤が代表的なものである。これらの治療は有用である場合もあるが、しばしば重篤な副作用が発現するので新しい治療方法の開発が熱望されていた。S.Morimotoらは老人性骨粗鬆症の患者に1-ヒドロキシビタミンD3(1,25(OH)2D3の前駆体)を投与すると、併発する乾癬の改善が見られることを報告した。さらに1,25(OH)2D3の経皮投与が乾癬患者に対して有効であることを報告した。これらの観察は、さらにいくつかの研究グループにより確認され、乾癬における活性型ビタミンD3類縁体の病理学あるいは薬理学的な意義に関する研究は一躍脚光を浴びる分野となった。この様な事実を踏まえて、M.SpornはビタミンD3類縁体をレチノイドに倣いデルタノイドと呼ぶことを提唱している。

 1,24-ジヒドロキシビタミンD3(1,24(R)(OH)2D3、図1)は帝人(株)において新規に化学合成された活性型ビタミンD3類縁体である。最近、この軟膏(ワセリン1g当り2g含有)の外用塗布が乾癬治療に有効であることが示された。そこで今回、乾癬に対する1,24(R)(OH)2D3の作用機作を探る目的で以下の項目、すなわち

 I.表皮細胞の分化と増殖に対する1,24(R)(OH)2D3の作用

 II.皮膚に存在する1,25(OH)2D3レセプターに対する1,24(R)(OH)2D3の結合能

 III.1,24(R)(OH)2D3投与後の体内動態、および血清中カルシウム濃度について検討した。また、これらの項目について生理学的活性型ビタミンD3である1,25(OH)2D3と比較した。

図1 Structure of 1,24(R)(OH)2D3【結果】I.表皮細胞の分化と増殖に対する1,24(R)(OH)2D3の作用1.表皮細胞の分化に対する作用

 (1)培養マウス皮膚表皮細胞の形態に対する作用

 ・培養液中に1,24(R)(OH)2D3を濃度1.2×10-8Mで添加すると、細胞内不溶性膜を有する細胞数(cornified envelopes)は培養開始3日目から増加し、8日目には対照群の約4倍に達した。

 ・一方、シャーレ面に生着する基底細胞数は、培養日数に応じて減少した。

 ・1,24(R)(OH)2D3の分化誘導作用は、1,25(OH)2D3とほぼ同等の強さであった。

 (2)培養マウス皮膚表皮細胞のトランスグルタミナーゼ活性に対する作用

 ・1,24(R)(OH)2D3は、用量相関的にトランスグルタミナーゼ活性を対照群の1.36〜1.76倍に有意に亢進させた。

 ・また1,24(R)(OH)2D3が誘導するトランスグルタミナーゼは、細胞内不溶性膜の形成に直接関与するタイプI型であった。

2.表皮細胞の増殖に対する作用

 ・1,24(R)(OH)2D3は、培養マウス皮膚表皮細胞のDNA合成を阻害し、そのIC50値は6.6×10-10Mであった。一方、1,25(OH)2D3のIC50値は5.1×10-9Mであった。また、1,24(R)(OH)2D3の細胞増殖阻害作用は基礎培地(培地中カルシウム濃度1.8mM)、および低カルシウム培地(同0.1mM以下)の両実験系で観察された。

II.皮膚に存在する1,25(OH)2D3レセプターに対する1,24(R)(OH)2D3の結合

 ・マウス新生仔表皮から調製した1,25(OH)2D3レセプターへの結合性を3H-1,25(OH)2D3との競合反応実験により検討した。1,24(R)(OH)2D3は1,25-(OH)2D3の結合部位に対して完全に競合し、1,24(R)(OH)2D3と非標識1,25-(OH)2D3の50%置換値は各々約30pg/ml(70pM)であった。

III.1,24(R)(OH)2D3投与後の体内動態、および血清中カルシウム濃度1.1,24(R)(OH)2D3経皮投与後の体内動態

 (1)1,24(R)(OH)2D3を経皮投与した時の塗布部位皮膚における代謝、および皮膚組織内未変化体濃度の定量

 ・ラットに[3H]-1,24(R)(OH)2D3軟膏を投与量0.4g/100mgワセリン/ラット(塗布面積3×3cm2)で経皮投与後、経時的に皮膚組織内の放射能濃度をHPLCにより分離定量した。放射能は主に未変化体画分に溶出し、他に著明なピークは認められなかった。皮膚組織中未変化体濃度は、投与4時間後で23.5ng/g組織を示し経時的に減少した。これら濃度は1,24(R)(OH)2D3がin vitroで表皮細胞の増殖抑制、分化誘導を発現し得る濃度であった。

 (2)ラットに1,24(R)(OH)2D3または1,25(OH)2D3軟膏を塗布した時の血清中カルシウム濃度の比較

 ・ラットに1,24(R)(OH)2D3または1,25(OH)2D3軟膏を投与量0.4g/100mgワセリン/ラットで経皮投与し、血清中カルシウム濃度を測定した。投与48時間後の血清中カルシウム濃度は、1,25(OH)2D3軟膏投与群において最も高く、1,24(R)(OH)2D3軟膏投与群、ビークル投与群に比して統計的に有意であった。

【考察】

 今回の結果から1,24(R)(OH)2D3が乾癬に対して有効性を示す作用機作の1つとして、表皮細胞に対する分化誘導作用と増殖抑制作用が考えられた。また、これらの作用は、表皮細胞中の1,25(OH)2D3レセプターへの結合を介して起こると考えられた。実際に、1,24(R)(OH)2D3を2g/g含有する軟膏を外用塗布すると、上記の作用を発現するのに充分な皮膚組織内濃度が得られることが動物実験の結果から予測されている。さらに1,24(R)(OH)2D3軟膏の外用塗布により乾癬患者表皮細胞のDNA合成、および細胞分裂の抑制が確認されている。

 また、1,24(R)(OH)2D3は経皮投与後、皮膚組織中で主に未変化体として存在し、吸収された後は、1,25(OH)2D3に比して全身循環血への移行量が少なく、しかも消失が速やかであること、さらに経皮投与後の血清中カルシウム濃度上昇作用が弱いことから、臨床適用上安全性が高く、しかも優れた製剤学的特性を有する外用経皮剤と推論できる。

審査要旨

 本研究は、新規活性型ビタミンD3類縁体1,24-ジヒドロキシビタミンD3(1,24(R)(OH)2D3)の表皮細胞に対する薬理作用と経皮投与後の体内動態について、実験動物を用いて検討を試みたものである。以下にその成績を示す。

I.表皮細胞の分化と増殖に対する1,24(R)(OH)2D3の作用1.表皮細胞の分化に対する作用(1)培養マウス皮膚表皮細胞の形態に対する作用

 ・培養液中に1,24(R)(OH)2D3を濃度1.2×10-8Mで添加すると、細胞内不溶性膜を有する細胞数(cornified envelopes)は培養開始3日目から増加し、8日目には対照群の約4倍に達した。

 ・一方、シャーレ面に生着する基底細胞数は、培養日数に応じて減少した。

 ・1,24(R)(OH)2D3の分化誘導作用は、1,25(OH)2D3とほぼ同等の強さであった。

(2)培養マウス皮膚表皮細胞のトランスグルタミナーゼ活性に対する作用

 ・1,24(R)(OH)2D3は、用量相関的にトランスグルタミナーゼ活性を対照群の1.36〜1.76倍に有意に亢進させた。

 ・また1,24(R)(OH)2D3が誘導するトランスグルタミナーゼは、細胞内不溶性膜の形成に直接関与するタイプI型であった。

2.表皮細胞の増殖に対する作用

 ・1,24(R)(OH)2D3は、培養マウス皮膚表皮細胞のDNA合成を阻害し、そのIC50値は6.6×10-10Mであった。一方、1,25(OH)2D3のIC50値は5.1×10-9Mであった。

 ・1,24(R)(OH)2D3の細胞増殖阻害作用は基礎培地(培地中カルシウム濃度1.8mM)、および低カルシウム培地(同0.1mM以下)の両実験系で観察された。

II.皮膚に存在する1,25(OH)2D3レセプターに対する1,24(R)(OH)2D3の結合

 ・マウス新生仔表皮から調製した1,25(OH)2D3レセプターへの結合性を3H-1,25(OH)2D3との競合反応実験により検討した。1,24(R)(OH)2D3は1,25(OH)2D3の結合部位に対して完全に競合し、1,24(R)(OH)2D3と非標識1,25(OH)2D3の50%置換値は各々約30pg/ml(70pM)であった。

III.1,24(R)(OH)2D3投与後の体内動態、および血清中カルシウム濃度1.1,24(R)(OH)2D3経皮投与後の体内動態(1)1,24(R)(OH)2D3を経皮投与した時の塗布部位皮膚における代謝、および皮膚組織内未変化体濃度の定量

 ・ラットに[3H]-1,24(R)(OH)2D3軟膏を投与量0.4g/100mgワセリン/ラット(塗布面積3×3cm2)で経皮投与後、経時的に皮膚組織内の放射能濃度をHPLCにより分離定量した。放射能は主に未変化体画分に溶出し、他に著明なビークは認められなかった。皮膚組織中未変化体濃度は、投与4時間後で23.5ng/g組織を示し経時的に減少した。これらの濃度は1,24(R)(OH)2D3がin vitroで表皮細胞の増殖抑制、分化誘導を発現し得る濃度であった。

(2)ラットに1,24(R)(OH)2D3または1,25(OH)2D3軟膏を塗布した時の血清中カルシウム濃度の比較

 ・ラットに1,24(R)(OH)2D3または1,25(OH)2D3軟膏を投与量0.4g/100mgワセリン/ラットで経皮投与し、血清中カルシウム濃度を測定した。投与48時間後の血清中カルシウム濃度は、1,25(OH)2D3軟膏投与群において最も高く、1,24(R)(OH)2D3軟膏投与群、ビークル投与群に比して統計的に有意であった。

 以上、1,24(R)(OH)2D3は表皮細胞に対して、分化誘導作用と増殖抑制作用を有した。また、それらの作用は表皮細胞中の1,25(OH)2D3レセプターへの結合を介して起こると考えられた。一方、1,24(R)(OH)2D3は経皮投与後、皮膚組織中で主に未変化体として存在し、吸収された後は、1,25-(OH)2D3に比して全身循環血への移行量が少なく、しかも消失が速やかであること、さらに、経皮投与後の血清中カルシウム濃度上昇作用が弱いことが明らかになった。

 最近、多施設二重盲検臨床試験において、1,24(R)(OH)2D3軟膏(ワセリン1g当り2g含有)の外用塗布が乾癬治療に有効であることが示されている。今回の結果から、1,24(R)(OH)2D3が乾癬に対して有効性を示す作用機作の1つとして、表皮細胞に対する分化誘導作用と増殖抑制作用が考えられた。しかも、1,24(R)(OH)2D3は外用経皮剤として優れた製剤学的特性を有すると考えられた。

 以上、本研究は、新しい乾癬治療薬である1,24(R)(OH)2D3の前臨床研究として医学上、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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