学位論文要旨



No 212170
著者(漢字) 亀山,仁彦
著者(英字) Kameyama,Kimihiko
著者(カナ) カメヤマ,キミヒコ
標題(和) G蛋白質共役受容体キナーゼの活性化機構
標題(洋) Mechanism of activation of G protein-coupled receptor kinases
報告番号 212170
報告番号 乙12170
学位授与日 1995.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12170号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 助教授 渡辺,毅
 東京大学 助教授 河西,春郎
内容要旨

 G蛋白質共役受容体は百種類以上存在することが知られており、細胞外から細胞内への情報伝達の入力点として機能している。これらの受容体の連続刺激により細胞応答が減弱もしくは消失してしまう、受容体の脱感受性という現象が知られている。アドレナリン受容体及び視細胞の光受容体であるロドプシンについて多くの研究がなされている。アドレナリン受容体についてはcAMP依存性キナーゼによる異種脱感受性およびアドレナリン受容体キナーゼ( adrenergic receptor kinase,以下ARK)による同種脱感受性の2つの機構が働いていることが示されている。また、ロドプシンのロドプシンキナーゼによるリン酸化が光刺激受容の抑制因子として働いていることが示されている。G蛋白質共役受容体キナーゼは現在までにARK、ロドプシンキナーゼを含めて6種類存在することが示されている。これらのキナーゼはG蛋白質共役受容体のセリンもしくはスレオニン残基をアゴニスト刺激依存性にリン酸化する。本研究においてはこのG蛋白質共役受容体キナーゼ特にARKの活性化機構を検討したものである。

 我々の研究室においてムスカリン性アセチルコリン受容体m2サブタイプ(以下m2受容体)をアゴニスト依存性にリン酸化する酵素(ムスカリン受容体キナーゼ)をブタ大脳より部分精製しており、この酵素によるm2受容体のリン酸化がG蛋白質サブユニットにより活性化されることが見いだされていた。一方、ARKによるリン酸化についてはサブユニットの効果は報告されていなかった。そこでこのサブユニットによる効果がm2受容体、ムスカリン受容体キナーゼに特異的なものなのか否か、またその標的は受容体なのかキナーゼなのかを明らかにすることを試みた。

 最初にこの酵素が他のG蛋白質共役受容体をリン酸化できるか検討した。ウシ肺よりアドレナリン受容体を精製し、人工脂質膜に再構成しムスカリン受容体キナーゼと反応させた。アドレナリン受容体はアゴニスト依存性にリン酸化され、そのリン酸化はG蛋白質サブユニットにより促進された。次にこのG蛋白質サブユニットの作用は受容体に結合し受容体をリン酸化されやすい状態に保つのか、あるいはムスカリン受容体キナーゼを活性化するのかを検討した。ウシ大脳より精製されたサブユニットI及びII、ウシ錐体外節より精製されたGtサブユニットを用い、基質としてm2受容体,アドレナリン受容体、ロドプシンをそれぞれ用いた場合について比較検討した。これら3種類の基質について大脳のサブユニットはGtサブユニットに比して低濃度で活性化作用を示し、その濃度依存性はいずれの基質においても変化がなかった。またムスカリン受容体キナーゼはG蛋白質サブユニット存在下に熱処理に対する安定性が向上した。これらの結果はサブユニットがムスカリン受容体キナーゼに結合し、キナーゼを活性化していることを示唆した。

 次にARK1をCOS7細胞に発現しARKがムスカリン受容体をリン酸化するか、ARKによるリン酸化がG蛋白質サブユニットにより促進されるかを検討した。バキュロウイルス発現系を用いて産出、精製したm2受容体はARK1によりアゴニスト依存性にリン酸化され、そのリン酸化はG蛋白質サブユニットにより促進された。また、そのリン酸化はARK1の阻害剤であるヘパリンにより阻害された。このことからムスカリン受容体キナーゼとARK1は同一もしくは類縁のものであると考えられる。

 ロドプシンキナーゼ、およびARK1の一次構造はリン酸化触媒部位で比較的相同性が高いが、ロドプシンキナーゼはG蛋白質サブユニットにより活性化されないことが報告されていた。ARK1の方がカルボキシル基末端側で128残基分長い。この部分に結合部位があるのではないかと推測しこの部分の一部を欠損した変異体を作成した。このARK変異体はm2受容体をアゴニスト依存性に、ロドプシンを光依存性にリン酸化したがサブユニットによる活性化はみられなかった。このことからサブユニットは直接ARK1に結合し、その結合部位はARK1のカルボキシル基末端付近にあると結論した。

 ARKによる受容体のリン酸化は、アゴニストまたは光により活性化されたG蛋白質共役受容体のみを基質にするという点においては特異性が高いがリン酸化部位のアミノ酸残基配列は特異的ではない。またアドレナリン受容体やロドプシンではカルボキシル基末端付近のセリン、スレオニン残基がリン酸化されるのに対して、m2受容体では細胞内第3ループのセリン、スレオニン残基がリン酸化され、受容体によりリン酸化される部位も異なっている。またリン酸化部位のペプチドをARKによりリン酸化する際のVmax/Km値は受容体を基質にした場合と比べて1000-10000倍低い。これらの事実はアゴニスト結合受容体がARKを活性化するという仮説で説明可能である。この仮説を検証するため、m2受容体のARKによるリン酸化部位を含む細胞内第3ループの大部分をを欠損させた受容体(以下m2LD受容体)をバキュロウイルス発現系を用いて産出、精製した。この受容体はムスカリン性リガンドに対する親和性は野生型m2受容体と変化がなかったが、ARK1によるリン酸化を受けなかった。グルタチオン転移酵素とm2受容体第3細胞内ループとの融合蛋白質のARK1によるリン酸化はm2LD受容体とアゴニストの共存下で促進された。この結果はアゴニスト結合受容体がARK1の活性化能を持つことを示唆している。

 m2LD受容体とG蛋白質GoもしくはGi2との脂質膜への再構成標品でGTPS結合のアゴニストによる促進と、GTP感受性の高親和性アゴニスト結合が野生型m2受容体と同様に観察された。これはm2LD受容体が野生型m2受容体と同様にG蛋白質と相互作用できることを意味しており、欠損した第3細胞内ループ部分はG蛋白質との相互作用は必要ないことを示めしている。さらに、ARK1によるリン酸化を受けたm2受容体もリン酸化されていない受容体と同様のG蛋白質との相互作用を示した。以上の結果は受容体のリン酸化のみによりG蛋白質との相互作用が阻害されるという仮説を否定する。

 アゴニストの受容体への結合により、G蛋白質が活性化されてサブユニットとサブユニットに分離しそれぞれの効果器となる酵素やイオンチャネルなどにシグナルを伝達すると同時に受容体自身はARKによりリン酸化されると考えられる。ARKはアゴニスト結合受容体とサブユニット双方により相乗的に活性化されて受容体をリン酸化すると考えられる。しかしながら、受容体のリン酸化のみにより受容体とG蛋白質との相互作用は阻害を受けない。受容体のリン酸化と受容体の脱感受性機構の研究が今後の検討課題である。

審査要旨

 本研究はG蛋白質共役受容体の活性調節において重要な役割を演じていると考えられるG蛋白質共役受容体キナーゼの活性化機構を明らかにするため、精製受容体を基質に用いてブタ大脳より部分精製したムスカリン受容体キナーゼ、もしくは培養細胞に発現させたアドレナリン受容体キナーゼを用いてG蛋白質や受容体によるG蛋白質共役受容体キナーゼの活性化について解析を試みたものであり以下の結果を得ている。

 1 ブタ大脳可溶性画分よりムスカリン受容体をアゴニスト依存性にリン酸化することを指標に部分精製したムスカリン受容体キナーゼがムスカリン受容体のみならずアドレナリン受容体をアゴニスト依存性にリン酸化することを示した。

 2 ムスカリン受容体キナーゼによるムスカリン受容体、アドレナリン受容体、ロドプシンのリン酸化はG蛋白質サブユニットにより促進されることを示した。その活性化はウシ大脳より精製したG蛋白質サブユニット(Gi/o由来)が強く、ウシ網膜より精製したサブユニット(Gt由来)は弱いことを示した。

 3 COS-7細胞を用いて発現したアドレナリン受容体キナーゼがムスカリン受容体をアゴニスト依存性にリン酸化すること、そのリン酸化がG蛋白質サブユニットにより促進されることを示した。

 4 アドレナリン受容体キナーゼのカルボキシル基末端部分を欠損させた変異体を作成発現し、この変異体による受容体のリン酸化がG蛋白質サブユニットにより促進されないことを示しした。これはアドレナリン受容体キナーゼのカルボキシル基末端部分がG蛋白質サブユニットと相互作用する部位であること意味する。

 5 ムスカリン受容体m2サブタイプのG蛋白質共役受容体によるリン酸化部位(第3細胞内ループ部分)を欠損させた変異受容体を発現精製した。この受容体はリガンド結合能、G蛋白質との共役能は野生型受容体と変化がなかったがアドレナリン受容体キナーゼによりリン酸化されなかった。

 6 変異m2受容体はアドレナリン受容体キナーゼによりリン酸化されなかったが、大腸菌を用いて発現したm2受容体の基質部分とグルタチオンSトランスフェラーゼとの融合蛋白質と共存させることによりアドレナリン受容体キナーゼによる融合蛋白質のリン酸化をアゴニスト依存性に促進した。このことは受容体はG蛋白質共役受容体キナーゼをアゴニスト依存性に活性化することを示している。

 以上、本論文はG蛋白質共役受容体キナーゼの活性化機構について解析するとともにG蛋白質サブユニットの新しい作用を明らかにした。本研究はG蛋白質共役受容体を介する情報伝達機構の活性調節に関し重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50658