細胞内カルシウム(Ca)が様々な細胞の生理機能を調節していることは広く知られているが、細胞内Caの増加は、細胞外からのCaの流入と、細胞内のCa貯蔵部位からのCaの放出に起因する。細胞外から細胞内へのCaの流入の多くは細胞膜上のCaチャンネルを介し、細胞の静止膜電位が種々の生体内物質による刺激等で脱分極することによりCaチャンネルは開口する。 静止膜電位の形成には、細胞内外のカリウム(K)イオン濃度が大きく関与し、K濃度の調節の一つは細胞膜上のKチャンネルを介している。Kチャンネルの開口は細胞膜を通過するKイオンの透過性を高め(Kコンダクタンスの上昇)膜を過分極させ、この状態ではCaチャンネルは開口しにくくなり、Caの細胞内への流入が抑制される。すなわち、Kチャンネルは間接的に細胞内Ca濃度の調節にも関与し、細胞の生理機能をコントロールする上で重要な役割を担っている。 近年、Kチャンネルを開口させ積極的に平滑筋を弛緩させる薬物、Kチャンネル開口薬が見い出され、高血圧や狭心症の治療薬としての開発が期待されている。そこで、キリンビール医薬探索研究所において合成された化合物の中から新規骨格を有するKチャンネル開口薬の探索を実施した。 はじめに、血管拡張作用のスクリーニング試験において活性が強かった3-ピリジン誘導体の血管拡張反応を摘出ラット大動脈標本を用い比較したところ、その効力はシアノアミジン>チオアミド>アミドの順であった。また、試験した化合物の中では、KRN2391(図1)が最も強い血管拡張作用を有することが認められた。 図1 KRN2391の構造 ATP感受性Kチャンネルの阻害薬のglibenclamide、guanylate cyclase阻害剤のmethylene blue、およびNO阻害剤のoxyhemoglobinは、KRN2391の血管拡張反応を有意に抑制した。さらにKRN2391は、86Rbを取り込ませたラット大動脈標本から86Rb流出率を増加させることを認めた(図2)。以上の結果より、KRN2391の血管拡張反応の作用機序には、Kチャンネル開口作用とニトロ様作用が関与していることが示唆された。 図2 摘出ラット大動脈標本における86Rb流出率に対するKRN2391の作用。△:コントロール、▲:0.1M、□:0.3M、■:1M、○:3M はKRN2391存在時間を示す。各6例以上の実験の平均値±標準誤差。 次に、KRN2391の血管床における選択性を検討するため、イヌの各種摘出血管における弛緩反応について比較したところ、KRN2391の弛緩反応の効力は冠動脈>腎動脈=腸間膜動脈>大腿動脈>脳底動脈の順であった。この結果より、KRN2391は冠動脈に対し選択性が高いことが示唆され、狭心症などの虚血性心疾患治療薬としての可能性が推察された。 血管拡張薬を生体内に投与した際、心臓の前負荷または後負荷のいずれを減少させるかは、その薬物の動脈または静脈系への選択性の違いによって決まる。そこで、摘出ウサギ大腿動静脈を用い、KRN2391の作用を検討した。低濃度のKRN2391は動脈よりも静脈を強く弛緩させたが、高濃度においては両標本とも同程度に強く弛緩させた(図3)。ATP感受性Kチャンネルの阻害薬のglibenclamideは両標本におけるKRN2391の弛緩反応を抑制した。一方、guanylate cyclase阻害剤のmethylene blueもKRN2391の反応を抑制したが、動脈標本におけるmethylene blueの作用はわずかであった。以上の結果より、KRN2391は動脈よりも静脈標本により選択的で、低濃度のKRN2391の作用はニトロ様作用を反映したものであり、高濃度側ではニトロ様作用に加えKチャンネル開口作用も関与していることが示唆された。このKRN2391の血管拡張反応の特性は、前負荷・後負荷軽減を考えた場合、狭心症治療薬として有望であると期待される。 図3 摘出ウサギ大腿動静脈におけるノルアドレナリン収縮に対するKRN2391の弛緩作用。○動脈、●静脈 有意差 *p<0.05(動脈標本との比較)。 さらに、高血圧自然発症ラット(SHR)を用い、KRN2391の経口剤としての可能性を末梢血管抵抗軽減の指標である降圧反応を観察することにより検討した。無麻酔SHRにおいて、KRN2391の経口投与は用量依存的かつ速やかな降圧反応を示した。また、KRN2391の5週間の反復経口投与では投与期間中に降圧反応の減弱は認められなかった。この結果より、KRN2391は消化管吸収に優れ、ニトロ様作用を有するにもかかわらず耐性を生じないことが示唆された。 次に、KRN2391と細胞内のCa動態について検討するために、摘出ラット大動脈標本を用い血管平滑筋の細胞内Ca貯蔵部位、筋小胞体(SR)から直接Caを遊離させることが知られているcaffeineによる収縮に対するKRN2391の作用を検討した。Ca除去栄養液(Ca2+-free液)中においてKRN2391はcaffeine収縮を有意に抑制した(図4)。 図4 Ca2+-free液中におけるcaffeine収縮反応(上段)とKRN2391の影響(下段)。●caffeine 10mM,△KRN2391 1M。 ATP感受性Kチャンネル阻害剤glibenclamideとCa感受性Kチャンネル阻害剤charybdotoxinは、KRN2391によるcaffeine収縮抑制作用に有意な影響を及ぼさなかった。Guanylate cyclase阻害剤methylene blue存在下では、KRN2391の作用の一部が阻害された。また、KRN2391は、Ca2+-free液中においてcGMP量を有意に増加させた。 一方、非選択的Kチャンネル阻害剤のtetraethylammoniumの前処置や25mMまたは80mM Kイオンによる膜の脱分極はcaffeine収縮を増強することが認められ、80mM K+/Ca2+-free液中では、KRN2391はcaffeine収縮に対し有意な抑制作用を示すことができなかった。以上の結果より、ラット大動脈においてはcaffeineによるCa遊離は細胞膜の電位と関係していることが示唆され、Kチャンネル開口薬は細胞膜上の何らかのKチャンネルを開口することによりcaffeine-sensitiveなCa貯蔵部位からのCa遊離を抑制するものと推察された。さらに、guanylate cyclaseの活性化によってもcaffeine収縮は抑制された。KRN2391はKチャンネル開口作用とニトロ様作用によりcaffeineによるCa遊離を強く抑制できるものと推察された。 本研究において、新規3-ピリジン誘導体KRN2391は強いKチャンネル開口作用に加えニトロ様作用をも示す血管拡張薬であることが明らかとなった。また、Kチャンネル開口薬は細胞外からのCa流入抑制作用とともに、細胞内Ca貯蔵部位からのCa遊離を抑制し、強く血管を拡張させるというメカニズムが推察された。 さらに、KRN2391が冠動脈ならびに静脈系に選択性が高いというその血管拡張反応の特性から考えて、狭心症治療薬として有望な化合物であることが示唆された。 |