No | 212172 | |
著者(漢字) | 山本,康次郎 | |
著者(英字) | Yamamoto,Koujirou | |
著者(カナ) | ヤマモト,コウジロウ | |
標題(和) | コリンエステラーゼ阻害薬の体内動態と薬理作用に関する速度論的研究 | |
標題(洋) | Pharmacokinetics, Pharmacodynamics and Toxicodynamics of Cholinesterase Inhibitors | |
報告番号 | 212172 | |
報告番号 | 乙12172 | |
学位授与日 | 1995.03.08 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第12172号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 重症筋無力症は筋収縮力の低下に伴う眼瞼下垂、呼吸困難などを主症状とする難治性疾患であり、その病因は神経筋接合部のアセチルコリン(ACh)受容体に対する自己免疫障害と考えられている。コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬は重症筋無力症治療の第一選択薬であり、超短時間型のエドロホニウム(EDR)、短時間作用型のネオスチグミン(NEO)、長時間作用型のピリドスチグミン(PYR)およびアンベノニウム(AMB)などが臨床で使用されている。これらの薬物は作用時間、臨床用量もまちまちであり、しかも疾患の悪化を示す症状と過量の薬物による中毒症状が極めて類似していることが適正な薬物治療を困難にしており、薬物の体内動態と薬理作用との関係に基づいた合理的な治療指針の確立が望まれている。しかしながら、これらの薬物の体内動態については十分な情報が得られておらず、特にAMBについてはその体内動態および血漿中濃度と薬理作用の関係については全く不明であった。本研究では生体試料中のAMB濃度定量法を開発し、ラットを用いた動物実験によりその体内動態、血漿中濃度と薬理作用との関係を検討した。また他のChE阻害薬についても同様の検討を行い、ChE阻害薬の多様な臨床用量および作用時間を決定する要因を明かにすることを目的とした。さらに、これらの薬物の主要な副作用である心拍数変化についても検討し、薬物の安全性についても考察した。 AMBの体内動態について検討するために、イオンペアHPLC-UV法による定量法を開発し、血漿、尿、胆汁および組織中AMB濃度の測定が可能となった。さらに、AMBはHPLC法による定量限界以下の濃度でも薬理作用を発揮することが判明したため、更に高感度な定量法として薬物のエステラーゼ阻害活性も利用した測定法を確立した。本測定法による測定値はHPLCとも良い対応があった。本定量法により血漿中のAMBを5nMまで精度よく測定することができ、体内動態と薬理作用との関係を検討することが可能となった。 4種のChE阻害薬、EDR(2-10mole/kg)、PYR(0.5-2mole/kg)、NEO(0.1-0.5mole/kg)およびAMB(0.3-3mole/kg)をラットに静脈内投与後の血漿中濃度推移を調べた。一部については組織中濃度および尿・胆汁中排泄量も調べた。EDR、PYR、NEOおよびAMBの血漿からの消失半減期はそれぞれ17.9分、24.2分、7.3分および35.9分であり、それぞれの薬物の作用時間特性とは必ずしも一致しなかった。各薬物とも血漿中からの薬物の消失は速やかで、投与量依存性は認められなかった。いずれの薬物も尿中に投与量の約30-60%が未変化体として排泄された。AMBは胆汁中には約25%が未変化体として排泄された。 各薬物の定常状態における分布容積は0.3-0.7 l/kgで薬物間に大きな差異は認められなかった。この分布容積は各薬物の投与20分後の筋肉中濃度/血漿中濃度比を反映した値であった。一方各薬物とも肝臓および腎臓中濃度が高く、能動的にこれらの臓器に取り込まれていることがわかった。さらに、AMBの体内動態を生理学的動態モデルにより記述することを試みたところ、血漿中、各組織中濃度推移の予測値と実測値の間にはよい対応がみられた。 AMBを静脈内投与後の筋収縮力増強作用をラット座骨神経-下腿三頭筋標本を用いて検討した。筋収縮力は50nmole/kgまでは投与量の増大と共に増強したが、50nmole/kg以上の投与量では投与量の増大に従って作用は低下した。さらに20または50nmole/kg投与後15分に50nmole/kgを追加投与したところ、血漿中濃度は体内動態パラメータから予測された値であったのに対し、追加投与により筋収縮力はほとんど増大しなかった。このことから、AMBの筋収縮力増強作用に関して、時間依存的に生体の反応性の変化が生じていることが示唆された。 ChE阻害薬による筋収縮力変化の機構としてAChE阻害作用およびニコチン受容体への直接作用を考慮したファーマコダイナミックモデルを構築した(図1)。単位時間のACh放出量は一定とし、AChEおよびACh濃度に比例した速度で分解されるものとした。作用部位と考えられる骨格筋神経筋終板部のシナプス間隙中濃度は血漿中遊離型薬物濃度に等しいとし、これがAChEあるいはACh受容体と可逆的に結合して酵素活性あるいは受容体応答を競合的に阻害するものとした。さらにChE阻害薬とACh受容体との結合により受容体の脱感作を生じ、反応可能な受容体数が減少するものとした。AChの受容体への結合によって脱感作は起こらず、また脱感作した受容体の回復も無視できるものとした。筋収縮力増強率はAChによる受容体占有率の変化率で表されるとした。 以上の仮定に基づいて血漿中濃度推移を入力関数としてEDR(0.5-10mole/kg)、NEO(0.02-0.5mole/kg)、PYR(0.2-5mole/kg)およびAMB(0.01-0.1mole/kg)を静脈内投与後の筋収縮増強率を連立微分方程式にあてはめ、パラメータ値を推定した。 各薬物で高投与量で筋収縮増強率の最大値が低下するベル型の投与量-作用関係が観察された。In vitroで測定した各薬物のAChE阻害定数Ki,vitroとモデル解析から推定されたKi,vivoの間には有意な正の相関関係が認められた。一方解析により推定された各薬物のACh受容体への親和性は、過去に報告されているin vitroでの測定値とは一致せず、薬物の前シナプスへの作用等も考慮する必要が示唆された。 EDR(2-20mole/kg)、NEO(0.05-0.5mole/kg)、PYR(0.5-5mole/kg)およびAMB(0.02-0.3mole/kg)を静脈内投与後の血漿中濃度推移と心拍数の経時変化を効果コンパートメントモデルにより解析した。各薬物の心拍数低下のEC50はin vitroで測定されたAChE阻害定数と有意な相関関係が認められ、この作用がAChE阻害によることが示唆された。一方、EDRおよびAMBの心拍数増加に関するEC50は、過去に報告されたムスカリン受容体への解離定数と近い値であった。以上のことから、ChE阻害薬による心拍数変化にはAChE阻害によるACh濃度上昇およびムスカリン受容体に対する直接的な拮抗作用の関与が示唆された。 各種ChE阻害薬を静脈内投与後の筋収縮力増強率、心拍数減少率および増加率の最大値と投与量の関係を比較した(図2)。筋収縮力増強率の最大値は薬物間でほとんど差がなく、重症筋無力症治療薬としての有効性は同等であると考えられる。さらにEDRおよびAMBでは筋収縮力増強作用が最大となる投与量で心拍数の変化はほとんど認められず、PYR、NEOと比較して治療薬としての安全性が高いことが示された。 | |
審査要旨 | 重症筋無力症は筋収縮力の低下に伴う眼瞼下垂、呼吸困難などを主症状とする難治性疾患であり、その病因は神経筋接合部のアセチルコリン(ACh)受容体に対する自己免疫障害と考えられている。コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬は重症筋無力症治療の第一選択薬であり、超短時間作用型のエドロホニウム(EDR)、短時間作用型のネオスチグミン(NEO)、長時間作用型のピリドスチグミン(PYR)およびアンベノニウム(AMB)などが臨床で使用されている。これらの薬物は作用時間、臨床用量も大きく異なっており、さらに疾患の悪化を示す症状と過量の薬物による中毒症状が極めて類似していることが適正な薬物治療を困難にしている。このため、これら薬物の体内動態と薬理作用との関係に基づいた合理的な治療指針の確立が臨床で望まれている。 イオンペアHPLC-UV法によるAMB定量法を開発し、血漿、尿、胆汁および組織中濃度の測定が可能となった。さらに高感度な定量法として薬物のエステラーゼ阻害活性を利用した血漿中濃度測定法を確立した。本定量法により血漿中のAMBを5nMまで精度よく測定することができ、体内動態と薬理作用との関係を検討することが可能となった。 EDR、PYR、NEOおよびAMBをラットに静脈内投与後の血漿からの消失半減期はそれぞれ17.9分、24.2分、7.3分および35.9分であり、それぞれの薬物の作用持続時間特性とは必ずしも一致しなかった。各薬物の定常状態における分布容積は0.3-0.7 l/kgで、各薬物の投与20分後の筋肉中濃度/血漿中濃度比を反映した値であった。一方各薬物とも肝臓および腎臓中濃度が高く、濃縮的にこれらの臓器に取り込まれていることがわかった。 AMBをラットに静脈内投与後の筋収縮力は50nmole/kgまでは投与量の増大と共に増強したが、50nmole/kg以上の投与量では投与量の増大に従って作用は低下した。さらに20または50nmole/kg投与後15分に50nmole/kgを追加投与したところ、血漿中濃度は体内動態パラメータから予測可能であったのに対し、筋収縮力はほとんど増大しなかった。このことから、AMBの筋収縮力増強作用に関して時間依存的に生体の反応性の変化が生じていることが示唆された。 ChE阻害薬による筋収縮力変化の機構としてAChE阻害作用およびニコチン受容体への直接作用を考慮したファーマコダイナミックモデルを構築し、EDR、NEO、PYRおよびAMBの血漿中濃度推移を入力関数として筋収縮増強率を連立微分方程式にあてはめ、パラメータ値を推定した。 In vitroで測定した各薬物のAChE阻害定数Kivitroとモデル解析から推定されたKivivoの間には有意な正の相関関係が認められた。一方解析により推定された各薬物のACh受容体への親和性はin vitroでの報告値とは一致せず、薬物の前シナプスへの作用等も考慮する必要が示唆された。 EDR、NEO、PYRおよびAMBをラットに静脈内投与後の血漿中濃度推移と心拍数の経時変化を効果コンパートメントモデルにより解析した。各薬物の心拍数低下のEC50はin vitroで測定されたAChE阻害定数と有意な相関関係が認められ、この作用がAChE阻害によることが示唆された。一方、EDRおよびAMBの心拍数増加に関するEC50はムスカリン受容体への解離定数と近い値であった。以上のことから、ChE阻害薬による心拍数変化にはAChE阻害によるACh濃度上昇およびムスカリン受容体に対する直接的な拮抗作用の関与が示唆された。 各種ChE阻害薬を静脈内投与後の筋収縮力増強率の最大値は薬物間で有意な差はなく、重症筋無力症治療薬としての有効性は同等であると考えられた。さらにEDRおよびAMBでは筋収縮力増強作用が最大となる投与量で心拍数の大きな変化は認められず、PYR、NEOと比較して治療薬としての安全性が高いことが示された。 以上、本研究はChE阻害薬を例として主作用および副作用を定量的に評価する方法論を確立し、臨床における薬剤選択に関する情報構築に寄与するところが大であり、よって博士(薬学)の学位に十分に値するものである。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/50659 |