学位論文要旨



No 212177
著者(漢字) 小林,力
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ツトム
標題(和) クローンK電流に対する抗不整脈薬の作用
標題(洋)
報告番号 212177
報告番号 乙12177
学位授与日 1995.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12177号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三川,潮
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 1序論

 心筋Kチャンネルは、心臓活動に大きく関与し、その抑制は抗不整脈薬の薬効発現のメカニズムの1つである。よって、現在、心筋Kチャンネルにおける抗不整脈薬の薬理は、新薬開発ばかりでなく既存薬の再評価にも重要な研究テーマとなっている。しかし、心筋細胞には多種類のKチャンネルが混在する。遅延整流型(Ik)、一過性外向き型(Ito)、内向き整流型(Ik1)などは心筋活動に特に重要であり、さらにIkについてはサブタイプの存在が報告されている。また、動物、及び心臓部位によるチャンネルの性質の差を考慮すると、抗不整脈薬のKチャンネルに対する作用を特定の心筋細胞で検討していくことには限界がある。

 近年、心臓のKチャンネルが多数クローニングされてきた。それらは、純粋なチャンネルとしてカエル卵母細胞に発現させ、その薬理学的性質を詳細に検討することが可能であることから、クローンチャンネルで抗不整脈薬の作用を検討すれば、今までわからなかったことが明らかになるかもしれない。

 また、Kチャンネルは電気生理学的にも分子生物学的にもNa、Caチャンネルと比べて種類が圧倒的に多く、個々のチャンネルの特性について深い研究が期待されている。ところが、クローンチャンネルの薬理学的研究はあまりなされていないため、クローンチャンネルと電気生理学的に知られている天然のチャンネルとの対応関係も明らかではなく、多くの研究者が興味を持っている。ここで期待されているものは、良い薬物プローブの存在であるが、その候補は、歴史的にデータの蓄積がもっとも多い抗不整脈薬である。

 以上の理由から、クローンチャンネルに対する抗不整脈薬の作用を検討することは、臨床的にも電気生理学的にも意義あることと考え、quinidine,clofiliumのそれぞれDRK1(Ik型の1つ),RHK1(Ito型の1つ)に対する作用を検討した。

2遅延整流型KチャンネルDRK1に対するquinidineの作用

 Quinidineの心筋Ikに対する抑制作用発現には、主にチャンネルの開口状態が必要(Nodal cells)という報告と、逆に、閉じたチャンネルが必要(心室筋細胞)という報告とがあった。薬物が結合するチャンネルの状態を特定することは、薬物作用の頻度依存性が問題となる抗不整脈薬の場合、特に重要であるが、quinidineについてはこのようにすっきりとした結論がなかった。

 我々は、この薬物の性質の複雑さを説明するものとして、心臓に混在するIkチャンネルサブタイプの性質の違いを推定した。そこで、純粋なチャンネルでの作用を検討することが必要と考え、Ikタイプのクローンの1つDRX1をカエル卵母細胞に発現させ、薬物作用を検討した。その結果、以下のことがわかった。

 (1)Quinidineを細胞外より与えると、whole-cell電流強度は、IC5047.4Mで可逆的に抑制され、電流立ち上がり、減衰速度は遅くなった。電流強度の抑制と、活性化速度の遅延は、刺激パルスの脱分極が大きくなると解除される傾向にあった。

 (2)Quinidine適用3分後、第1パルスですでに、電流抑制、活性化速度遅延がみられ、その後の連続パルスにおける抑制の進展はわずかであった。

 (3)Single-channel電流の測定では、quinidineは、第1開口までの時間を遅延させ、また、開口確率を減少させることがわかった。

 (4)以上のことから、quinidineは、DRK1チャンネルの主に閉じた状態に作用し、抑制作用を表すと思われる。

3一過性外向きクローンKチャンネルRHK1に対するclofiliumの作用

 一過性外向きK電流(Ito)は、心室筋においてはプラトー相の膜電位を決定する重要な働きをもつが、不整脈薬との関連は明らかではない。一方、心房筋細胞においては、過分極相にもっとも関与するKチャンネルであり、抗不整脈薬のターゲットとなりうる。Clofiliumは、各種Kチャンネルを阻害することで知られているが、Itoに関しては、当初は作用なしとされ、近年、数時間の心室筋細胞への適用で抑制されると報告された。しかし、このような長い作用発現時間では、薬物作用を詳細に検討することは困難である。そこで我々は、(1)チャンネル環境が異なれば、作用も速いかもしれない、(2)今後、抗不整脈薬のクローンチャンネルにおける電気生理学的データが重要になってくる、などの理由から、ItoタイプのクローンであるRHK1を卵母細胞に発現させ、clofiliumの作用について詳細な検討をした。その結果、意外なことに以下のことがわかった。

 (1)細胞外からclofiliumを適用すると、保持電位-80mVの場合、わずかにwhole-cell K電流を抑制した。しかし、保持電位を-60mVにするとこの薬物は予想に反して著しく電流を増強した。その程度は濃度依存的であり、100Mで、適用前の219±39%(n=5)に増大した。

 (2)電流増強のメカニズムは、clofiliumが、チャンネル分子の休止状態-不活性化状態の平衡を変え、availableなチャンネルの数を増やすことによると推定された。

 (3)Clofiliumの3級アンモニウム類縁体LY97119には、この増強作用はなく、抑制作用のみがみられた。

 (4)チャンネル分子の不活性化過程に関するコンフォメーションの安定性を変え、電流を増強するという薬物は今まで全く知られておらず、Kチャンネルだけでなく、イオンチャンネル全体の不活性化を研究する上でclofiliumは有用な道具となる可能性がある。

4まとめ

 今回の研究目的は、近年多数報告されているKチャンネルクローンを利用することにより、抗不整脈薬の純粋チャンネルに対する作用を検討し、新しい知見を得ることであった。Quinidineの遅延整流型KチャンネルクローンDRK1に対する作用の検討では、この薬物は、チャンネルが主に閉じた状態に作用することがわかった。また、今まではっきりしなかった単離心筋細胞のItoに対するclofiliumの作用をクローンチャンネルできちんと検討し、抑制作用の確認だけでなく、全く予想しなかった増強作用も発見することができた。

 しかし、このような研究(抗不整脈薬のクローンチャンネルによる評価)は、臨床的な意義を考える上では、やはり限界がある。これらの知見は目的にそうものであり、関係者の間では興味ある知見であるが、全体からみると小さなものといわざるを得ない。なぜならば、Kチャンネルは電気生理学的にもクローン的にも、あまりにも多様であるからである。一つのクローンに対する作用をきちんと明らかにしても心臓全体を考えると薬物全体の記述にはほど遠い。ヘテロなクローンによるオリゴマーチャンネルのことも考えると、心臓全体のKチャンネルの数は想像がつかない。研究の動機にもなった「生体における多様なKチャンネルの混在」が、逆にこの研究の限界になり、結論を小さなものにしてしまっているのである。しかし、多成分系における複雑な作用を理解するためには、やはり個々の構成成分に対する作用を押さえておく必要があり、このような実験の積み重ねが、大切であることは間違いない。多種類存在するということは、それぞれが別の機能、役割をもっているということだからである。

 一方、この種の研究については全く別の意義がある。イオンチャンネルの研究そのものへの貢献である。現在、Naチャンネル、Caチャンネルは実体としての単離、構造決定はほぼ終わっているが、Kチャンネルはその多様性から、まだチャンネル分子の発見、整理の段階である。この、クローンを整理する段階においては、薬物プローブの存在は有用であり、その候補は、すでに大まかにプロッカーとして知られているquinidineのような薬物なのである。

 また、近年、クローンチャンネルおよびそのミュータント、キメラなどを卵母細胞に発現させ、分子内構造とチャンネル特性の関係を研究することが盛んであるが、こういった研究で重要となるものは適当な材料となるチャンネルクローンと良い薬物プローブである。今回RHK1チャンネルにおいて発見されたclofiliumの作用は、チャンネル不活性化に関する大変珍しい現象であり、新しい実験材料の提供となる可能性がある。よって、この発見は、Kチャンネルだけでなくイオンチャンネル全体の研究からみても薬理学的、電気生理学的に意義あるものである。

 論文表題「抗不整脈薬のクローンKチャンネルにおける作用」は、発展性のあるテーマである。現在、利用可能なクローンチャンネル、興味ある薬物は多数あり、今後このような研究はますます行われるであろう。今回の2つの研究は、具体例として、よい見本である。(以上)

審査要旨

 本論文は近年クローン化されてきたKチャンネルmRNAをアフリカツメガエル卵母細胞に注入し、発現されてくるKチャンネルに対する坑不整脈薬剤の作用について検討した結果を考察したものである。抗不整脈薬と心臓Kチャンネルとの関係は以前から注目されており、既知薬物のKチャンネルとの関係は以前より注目されてきた。しかし心臓には多種のKチャンネルが混在しぇおり、各サブタイプに対する作用を検討する事は困難であった。本研究はクローン化された純粋のKチャンネルを用いた評価系をつくり、抗不整脈薬の作用を取り上げたものである。

 本研究は大別して二つの部分に別れ、一つは古くから臨床薬に用いられているqinidineについて確定されたKチャンネルでの作用を検討したものである。さらに二つ目の研究では、その作用機構の明確でなたっかたcolfiliumを取り上げ、その作用機作について単一クローンチャンネルを用いて検討し,膜電位についてこれまで知られていなかった新知見を得ている。上に述べたように、坑不整脈治療薬はこれまで各種のチャンネルに対する治療薬が知られているが、Kチャンネルの多様性に対する坑不整脈治療薬の再検討を行ったことは本研究が初めてのものであり、論文の中核をなすものである。

 遅延整流型KチャンネルのIK型に属する単一チャネルであるDRK1cRNA発現させた卵母細胞での検討では、qunidineは主として閉じたチャンネル系に作用することを明にした。心臓に対する薬物の全ての作用を解明する為には、多数のサブタイプが存在するが、各種のチャンネルについてそれぞれを単一に発現する系が必要であり、個々のチャンネルについてパチクランプ法などによる解析によりそれぞれのチャネルの詳細な検討を行う一方、それぞれのクローンの組織内分布の詳細のわたる研究が必要である。その意味でDKR1チャンネルででるquinidineが閉じたチャンネルに作用する役割を明確にしたことは新しい知見である。

 本研究で取り上げたもう一つの薬物であるclofiliumは従来の研究では、かななずしもその作用が明確でなかったことから、ItoタイプのクローンRHKIを用い、卵母細胞での発現と、電気生理学的に詳細な検討を行い、制止膜電位を中庸に保つという、極めて興味ある知見を得た。本研究では各種チャンネルのレセプターがクローン化され、特に動物では、卵母細胞での発現とパッチクランプ法による、膜電位の測定法よる、チャネル自体の役割が解明され様になっている。本研究はそれを研究に取り入れKチャンネルに対する薬物の作用を検討したものである。Kチャンネルは不整脈の原因としてはむしろマイナーな役割のものと考えられているが、心臓の不整脈には多くの原因が関与しており、Kチャンネルも心臓機能や不整脈薬の作用といった観点から注目されるチャンネルの一つであり、その役割の解明に一つの示唆を与えたことは博士(薬学)の授与に値するものと結論した。

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