学位論文要旨



No 212182
著者(漢字) 早野,俊哉
著者(英字) Hayano,Toshiya
著者(カナ) ハヤノ,トシヤ
標題(和) 細胞内における蛋白質の高次構造形成を促進する酵素に関する研究
標題(洋) Protein folding and its catalysts in the cell
報告番号 212182
報告番号 乙12182
学位授与日 1995.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12182号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,健治
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 中村,義一
内容要旨

 1961年Anfinsenらは、ウシ膵臓リボヌクレアーゼの4つのジスルフィド結合を完全還元すると同時に変性させたのち、還元剤および変性剤を除去してやると空気酸化により徐々に活性をもったリボヌクレアーゼが再生してくることを見いだした。この結果から、蛋白質の高次構造に関する情報は、そのアミノ酸配列中にコードされているとの概念が一般的に受け入れられることとなった。ところが、その後、細胞内における蛋白質の折れたたみが試験管内に比べ、非常に効率的であることが様々な蛋白質において観察されたことから、細胞内での蛋白質の高次構造形成は多くの場合、シャペロンあるいは折れたたみ促進酵素の手助けを必要とすることがわかってきた。前者は、新生のポリペプチド鎖の非特異的な会合を防ぐことにより、また、後者は、折れたたみ過程に存在する律速段階を触媒することにより、蛋白質の高次構造形成を助ける働きをもつ。これらのうち、シャペロンについては、細胞内で実際に蛋白質の折れたたみに寄与していることが証明されつつあるが、折れたたみ促進酵素の細胞内での触媒作用については未知の点が多い。本研究では、この折れたたみ促進酵素であるペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼ(以下PPIase)およびプロテインジスルフィドイソメラーゼ(以下PDI)の細胞内での機能についての解析を行なった。

 PPIaseおよびPDIは、試験管内で、蛋白質の高次構造形成過程における2つの律速段階であるプロリンイミド結合のシストランスの異性化およびジスルフィド結合の異性化反応をそれぞれ触媒する。両酵素の細胞内での同過程における役割を明らかにすることは、生物の根本に関わる重要な原理としての蛋白質の高次構造形成機構に関する前述の概念を深化させることにつながると同時に、両酵素の、外来蛋白質の異種細胞における大量発現系への応用に役立つものと考えられる。

(1)PPIaseの構造および機能解析に関する研究

 PPIaseは、1984年にはじめてブタ腎臓より部分精製された分子量約18000の蛋白質で、試験管内において、オリゴペプチド鎖中のプロリンイミド結合のシストランス異性化や変性蛋白質の折れたたみを促進する活性をもつ。PPIase活性は、大腸菌から哺乳動物の細胞にいたるまで普遍的に見いだされることから細胞内の蛋白質の高次構造形成において重要な役割を果たしているものと考えられる。本研究では、ブタ腎臓よりPPIaseを精製し、その全アミノ酸一次配列を決定した。その結果、PPIaseが免疫抑制剤サイクロスポリンA(以下CsA)の結合蛋白質であるサイクロフィリン(以下CyP)と同一であることが見いだされた。CsAは、T細胞の免疫応答における初期の活性化、すなわち、インターロイキン2遺伝子発現の活性化にいたるシグナル伝達経路の一部を遮断することにより、免疫抑制効果を発揮することが知られている。本研究により、PPIase活性がCsAにより阻害されることが明かとなり、PPIaseの細胞内における役割が、正しい高次構造をもつ蛋白質の合成促進に留まらず、その活性を介したシグナル伝達経路の調節にもあることが示唆された。

 次に、より単純で、蛋白質の機能解析に適すると考えられる大腸菌に注目し、そのPPIaseを精製した。その結果、大腸菌には少なくとも2種の異なるPPIase(PPIase aおよびPPIase b)が存在することが明かとなった。アミノ酸の部分配列をもとに、両PPIase遺伝子をクローン化し、それらの全アミノ酸配列を決定した結果、大腸菌の両PPIaseは、哺乳類等のCyPと相同性を示し、CyPスーパーファミリーに分類された。また、大腸菌の両PPIaseは、いずれもCsAにより阻害されないとの結果から、両PPIaseを上記スーパーファミリーの中の新たなnon-CsA型に分類した。従来、ブタPPIaseについての化学修飾実験の結果から、その活性にシステイン残基の関与が示唆されていた。ところが、大腸菌PPIase bにはブタPPIaseとの間で保存されたシステインは見いだされず、さらに、PPIase aには1つもシステインがないことがわかった。そこで、PPIase bの2つのシステインにそれぞれ変異を導入し、得られた変異型PPIase bについて活性を調べた結果、両変異型ともに野生型とほぼ同等の活性を保持していた。このことから、PPIaseの活性にシステイン残基は必須ではないことが示された。

 精製した両PPIaseのアミノ末端の配列とDNA塩基配列から予想される両PPIaseのアミノ末端の配列との比較から、PPIase aはシグナル配列をもち、合成後、ペリプラズムに移行し、一方、PPIase bは同配列をもたないことから、サイトソルに局在することが示唆された。このことは、ペリプラズムおよびサイトプラズム画分における各PPIaseの含量を調べることにより確認された。サイトソルおよびペリプラズムは、ともに、蛋白質にとって独立した高次構造形成の場である。本研究によって示されたPPIaseの両コンパートメントへの局在は、PPIaseが蛋白質の構造形成にとって不可欠のものであることを強く示唆している。本研究により、複数のPPIaseが単一の細胞内に発現していることがはじめて示されたが、その後の研究から、酵母あるいは高等生物の単一細胞内のサイトソル、ミトコンドリア、あるいは小胞体などの独立した蛋白質の構造形成の場で複数の異なったPPIaseが発現していることが相次いで報告され、PPIaseの蛋白質構造形成における役割の重要性が強く認識されるに至った。今後は、これらの異なるPPIaseが互いにどのように異なった基質特異性をもち、役割分担をしているのかという問題を解決することにより、細胞内における蛋白質の高次構造形成機構に対する理解が進むものと考えられる。

(2)PDIの機能解析に関する研究

 PDIは、1963年にはじめてラット肝臓の小胞体より見いだされた分子量約55000の酸性蛋白質で、試験管内において、蛋白質のジスルフィド結合の酸化、還元、および異性化反応を触媒する活性をもつこの異性化反応は、ジスルフィド結合をもつ蛋白質の高次構造形成過程における律速段階の一つであること、また、PDIが、一般的にジスルフィド結合をもつことが特長である分泌蛋白質の構造形成の場である小胞体に、高含量で存在することなどから、PPIase同様に、PDIも細胞内における蛋白質の構造形成に必須であることが示唆されている。本研究では、ヒトリゾチームをPDIの基質としてのモデル蛋白質に用い、細胞内での蛋白質構造形成過程におけるPDIの作用機構を解析した。ヒトリゾチームは、分子内に4つのジスルフィド結合(Cys6-Cys128、Cys30-Cys116、Cys65-Cys81、およびCys77-Cys95)をもつ分泌蛋白質である。酵母発現系において、77番目のシステインをアラニンに変換した変異型リゾチーム(C77A)は、95番目のシステインにグルタチオンが付加したC77A-aおよび同システインがフリーであるC77A-bの2つの分子種として分泌される。最近、分泌蛋白質のジスルフィド結合の形成の場である小胞体内の酸化的環境がグルタチオンにより保たれているとの報告がなされたことから、C77A-aが細胞内におけるCys77とCys95間のジスルフィド結合形成過程の中間体を模した分子種であることが強く示唆された。PDIが生理的濃度比の酸化および還元型グルタチオン存在下で、C77A-aに付加したグルタチオンを解離することが見いだされた。また、X線構造解析の結果、C77A-aは野生型リゾチームとほぼ同様の構造をもつこと、さらにCys95とグルタチオン間のジスルフィド結合がきわめてゆらぎの小さな状態で、分子内に埋もれていることが示された。従来は、試験管内での実験結果から、ジスルフィド結合の形成過程は、蛋白質の高次構造形成過程の比較的初期に位置するものと考えられてきたが、本研究により、細胞内でのジスルフィド結合形成がPDIの触媒作用により、基質蛋白質が最終構造に極めて近い構造をとった折れたたみの後期の段階でも起こりうることが示された。

 次に、酵母単一細胞内でPDIとヒトリゾチームを共発現させることにより、細胞内におけるリゾチームの構造形成に対するPDIの効果を調べた。その結果、PDIの共発現にともない、リゾチームの分泌量の増加が見いだされた。PDIの共発現によりリゾチーム遺伝子の転写の活性化は見られなかったこと、および、細胞内の正しい高次構造をもったリゾチームの量が増加していることなどから、PDIが実際に、細胞内で蛋白質の高次構造形成を促進することが示された。一方、予想外に、PDI活性を失った変異型PDIの共発現系においても、野生型PDIの共発現と同等のリゾチーム分泌促進効果が見られたことから、PDIの効果が、ジスルフィド結合形成反応の促進作用によるものではないことが示唆された。試験管内での実験から、PDIが変性ローダネースの会合抑制作用、すなわち、シャペロン様活性をもつことが見いだされ、この新たなPDIの活性が、上述の細胞内での効果の由来の可能性のひとつとして考えられた。今後は、本研究で構築した系を用いて、PDI、PPIase、あるいはシャペロン間の協同効果を解析することにより、細胞内における蛋白質の高次構造形成過程におけるこれらの因子の作用機序に関する新たな知見が得られるものと期待される。

審査要旨

 近年、蛋白質構造形成に関わる細胞内因子の重要性が認識されつつあったが、これらのうち、ペプチジルプロリルシストランスイソメラーゼ(PPIase)およびプロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)については試験管内での機能解析に留まり、生体内での機能に関する研究は著しく遅れていた。本研究の重要部分は、両酵素の構造および機能解析を通じ、これらが実際に細胞内で蛋白質の構造形成に関わっていることを明らかにした点にある。

 従来その活性が同定されるに留まっていたPPIaseについては、その完全精製および全アミノ酸配列を決定することにより、同酵素の蛋白質化学的な解析の基礎を築いた。さらに、同酵素が免疫抑制剤サイクロスポリンA(CsA)結合蛋白質であるサイクロフィリンと同一であることを見いだした。CsAは、T細胞の免疫応答における活性化に至るシグナル伝達経路の一部を遮断することにより、免疫抑制効果を発揮することが知られている。本研究は、PPIase活性がCsAにより阻害されることを明らかにし、PPIaseの役割が、正しい高次構造をもつ蛋白質の合成促進に留まらず、シグナル伝達経路の調節にもあることを初めて明らかにした。次に、大腸菌のPPIaseの完全精製および遺伝子単離を行ない、大腸菌には少なくとも2種のPPIase(PPIase aおよびb)が存在することを示した。構造的な特徴から、aはペリプラズムに、一方bはサイトソルにそれぞれ局在することを予想したのち、実際にペリプラズムおよびサイトプラズム画分における各PPIaseの含量を調べることにより検証した。サイトソルおよびペリプラズムは、互いに蛋白質にとって独立した高次構造形成の場であることから、同酵素の蛋白質構造形成における役割の重要性が強く認識されるに至った。

 PDIの機能解析においては、ヒトリゾチームをPDIの基質としてのモデル蛋白質に用いた系を構築し、細胞内でのPDIの作用機構について重要な知見を得ることに成功した。ヒトリゾチームは、分子内に4つのジスルフィド(S-S)結合(Cys6-Cys128、Cys30-Cys116、Cys65-Cys81、およびCys77-Cys95)をもつ分泌蛋白質である。酵母発現系において、77位のシステインをアラニンに変換した変異型リゾチーム(C77A)は、95位のシステインにグルタチオンが付加したC77A-aおよび同システインがフリーであるC77A-bの2つの分子種として分泌される。最近、S-S結合の形成の場である小胞体内の酸化的環境がグルタチオンにより保たれているとの報告がなされたことから、C77A-aが細胞内におけるCys77とCys95間のS-S結合形成過程の疑似中間体であると考えられた。PDIが生理的濃度比の酸化および還元型グルタチオン存在下で、C77A-aに付加したグルタチオンを解離することを見いだし、PDIが細胞内でグルタチオンを酸化剤として用い、実際にS-S結合形成反応を触媒していることを示した。また、X線構造解析によりC77A-aは野生型リゾチームと同様の折れたたみ構造をもつことを示した。従来S-S結合の形成過程は、蛋白質の高次構造形成の初期に位置すると考えられてきたが、本研究は、細胞内でのS-S結合形成がPDIの触媒作用により、基質蛋白質が最終構造に極めて近い構造をとった構造形成の後期でも起こることを初めて示した。次に、酵母単一細胞内でのPDIとヒトリゾチームの共発現系を構築し、PDIが実際に、細胞内で蛋白質の高次構造形成を促進することを明確に示した。また、PDI活性を失った変異型PDIの共発現系においても、野生型PDIの共発現と同等のリゾチームの構造形成促進を見いだし、PDIの効果が、S-S結合形成反応の促進によるものではないことを示した。この効果を担う新たなPDIの機能として、PDIのシャペロン様活性を初めて見いだした。

 以上、本申請者は、PPIaseおよびPDIの細胞内での蛋白質高次構造形成促進機能を検証することに成功した。これらの成果は、両酵素の生体にとっての重要性を広く一般に認識させた点において高く評価されるものである。PPIaseの研究では、同酵素が情報伝達系における調節因子としての役割を担う可能性を初めて指摘し、免疫抑制剤の作用起序の解明を推進する原動力となった点は極めて重要な成果である。また、PDIの機能解析のために構築した共発現系は、本研究での成果に留まらず、蛋白質の構造形成過程における、PDI、PPIaseあるいはシャペロン間の協同作用という極めて重要な解析に応用できる可能性をもつ点が評価される。さらに、同系は、効率的な有用蛋白質の大量発現系の基礎となりうるものであり、産業面での応用にも大きな可能性が期待される。

 なお、本論文は高橋信弘、菊池正和両氏を中心に複数の研究者との共同研究による成果であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行なったものであり、ほとんど全て論文提出者の寄与によるものと結論する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50660