学位論文要旨



No 212184
著者(漢字) 中井,俊樹
著者(英字) Nakai,Toshiki
著者(カナ) ナカイ,トシキ
標題(和) 酵母ミトコンドリアにおいて未会合のチトクローム酸化酵素サブユニット2の分解除去に関与する蛋白分解系の遺伝学的解析
標題(洋) Genetic analysis of protein degradation system in yeast mitochondria responsible for eliminating unassembled subunit 2 of cytochrome c oxidase
報告番号 212184
報告番号 乙12184
学位授与日 1995.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12184号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,健治
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 室伏,擴
 東京大学 教授 榎森,康文
内容要旨

 ミトコンドリア翻訳産物の多くは他のサブユニットと会合することにより成熟酵素となるが、会合できないものはミトコンドリアに存在する蛋白分解系により分解除去され、これがサブユニット間の量的調節に寄与していると考えられている。しかしながら、この分解系についての分子レベルでの知見は乏しく、例えば、ミトコンドリアマトリックスに局在するATP依存性プロテアーゼが精製され比較的詳しく研究されているが、この分解系への関与については明らかでなく、他の因子の関与の可能性も殆ど調べられていなかった。本研究においては、この分解系に関与する新たな因子の存在の有無を明らかにし、かつ、その様な因子を同定することを主な目的とし、特に未会合のチトクローム酸化酵素サブユニット2(CoxII)の分解に関与する酵母ミトコンドリア蛋白分解系に注目して遺伝学的手法を用いて解析を行った。

 本研究では、未会合のCox IIに対する分解系の解析を容易にするため、主に、Cox IIが正常に会合することができないサブユニット4(Cox IV)欠損株(WD 1株)を用いた。まず、生細胞を用いたシクロヘキシミド存在下でのパルス-チェイス実験により、Cox IIおよびサブユニット3(Cox III)の安定性を調べ、この株では野生株に比べこれらのサブユニットが速やかに分解されることを明らかにした。この分解は、ミトコンドリア内のATPレベルを低下させることが期待される培地からのグルコース除去、2-deoxy-D-glucose、bongkrekic acidなどの処理により部分的に抑制されることから、ATP依存性であることが示唆された。さらに、2価金属イオンのキレート剤であるo-phenanthrolineによりほぼ完全な阻害効果が観察され、この阻害効果が、過剰量のZn2+,Mn2+あるいはCo2+の共存下により中和されることより、この分解系がこれらの2価金属イオン依存性であることが示唆された。

 次に、EMS変異処理を行ったCox IV欠損株から、Cox IIの蓄積を指標にこのサブユニットに対する分解系が抑制される変異株を単離し解析した結果、得られた4つの変異株は、各々、核の単一遺伝子の劣性変異によること、これらは3つの相補性群よりなることが明らかとなり、この分解系には少なくとも3つの異なる因子が関与することが予想された。そこで、これらの変異に対応する野生型遺伝子座を、OSD1,OSD2,OSD3(cytochrome Oxidase Subunit Degradation)と命名した。これらの変異株でにおいてCox IIIの分解に対する影響は殆ど見られないことから、この3つのOSD遺伝子はCox IIIの分解には関与しておらず、2つのサブユニットの分解は異なる経路によることが示唆された。また、これらの変異を掛け合わせにより正常なCox IVを持つ株へ導入したところ、グリセリン培地において温度感受性を示しことから、OSD遺伝子がミトコンドリアの呼吸鎖系の正常な機能に必要であることが明らかとなった。

 さらに、正常なCoxIVを持つosd1変異株の温度感受性に対する相補能を指標にしてOSD1遺伝子をクローニングした。この遺伝子の破壊株は、CoxIV欠損株においてはCoxIIの蓄積及び安定化、正常なCoxIVを有する株においてはグリセリン培地での温度感受性といった、osd1変異株と同様の表現型を示した。塩基配列解析から推測したOsd1蛋白は分子量約82kDでATP結合カセットを有し、最近同定された、種々の細胞内機能を有する蛋白からなるATPaseファミリーに属することが明かとなった。さらに、この蛋白は、thermolysinなどの一連のメタロプロテアーゼに存在し、Zn2+結合部位を構成すると考えられているHEXXHモチーフを有することも明らかになった。これらの配列の存在は、パルスチェイス実験において示唆されたATP依存性と2価金属イオン要求性を矛盾無く説明できる。最近、この遺伝子は、ミトコンドリアDNAのミトコンドリアへの安定な保持に必要な遺伝子としてクローニングされたYME1、また、上記のATPaseファミリーに相同性を示す遺伝子としてPCRによりクローニングされたYTA11と同一であることが判明した。-galactosidase-Osd1融合蛋白に対する抗体を作製し解析した結果、この蛋白はミトコンドリア内膜に局在し、また、Na2CO3やureaにより可溶化されないことから真在性膜蛋白であることが予想された。また、ATP結合カセット内で保存されているリシン残基への変異導入によりこの遺伝子の生物活性が失われたことから、ATPがこの蛋白の機能にとって重要であることが示唆された。

 osd2変異株とosd3変異株はグリセリン培地においてosd1変異株より軽い温度感受性を示したが、これらを各々相補するDNAとしてOSD2およびOSD3遺伝子をクローニングした。塩基配列解析の結果、OSD2遺伝子は417アミノ酸残基から成る47kDの蛋白をコードしており、また、OSD3遺伝子は501アミノ酸残基から成る58kDの蛋白をコードすることが明かとなった。さらに、予想したOsd3蛋白のN端部分にはミトコンドリア移行シグナル様の配列が見られ、この蛋白がミトコンドリアに局在することが予想された。しかしながらOsd2蛋白にはその様な配列は存在しなかった。これらの遺伝子を破壊した株は、もとのosd2変異株およびosd3変異株と同様な表現型を示した。現在のところ、これらの蛋白と相同性を示す、機能が知られた既知の蛋白は見つかっていない。

 以上に示した実験結果から、酵母ミトコンドリア内には異なる基質特異性を持つ複数の異なる内膜蛋白に対する分解経路が存在し、それらの1つ、未会合CoxIIに対する分解系においては、少なくとも3つの因子が関与していることが示され、ミトコンドリア蛋白分解系の基質特異性、関与因子に関する複雑な一面が明らかとなった。また、これらの3つの関与因子の遺伝子のクローニングをおこない、これらの一つOSD1遺伝子はATP結合カセットとZn2+結合配列を有する膜結合蛋白をコードすることなどを明らかにし、この分解系の分子レベルでの機能を解明するための手がかりを得ることができた。

審査要旨

 本論文は7章よりなり、第1章の序論に引き続き、第2章において実験の詳細が述べられた後、第3章において酵母チトクローム酸化酵素サブユニット4欠損株における未会合のサブユニット2および3の分解系についての解析結果、第4章においてはサブユニット2の分解系に異常のある変異株の単離および解析結果、さらに第5、6章においてはこれらの変異株を用いた3つの関与遺伝子OSD1,2,3のクローニングおよびそれらを用いた解析について述べられ、最後に第7章においてミトコンドリア蛋白分解系路に関する現時点での知見についてまとめている。

 ミトコンドリアの蛋白分解系は、マルチサブユニット酵素の過剰量の未会合サブユニットの分解除去などを通じてミトコンドリア形成において重要な役割を担っていると考えられるが、核DNA由来のミトコンドリア蛋白のミトコンドリアへの移行過程、ミトコンドリアDNAにコードされる蛋白の合成過程などに比較して解析が遅れており、特に分解系に関与する因子についての知見はほとんどなかった。本研究の重要部分は、未会合のチトクローム酸化酵素サブユニット2の分解系を遺伝学的に解析し、ミトコンドリア蛋白分解経路に関与する新規な3つの遺伝子を同定した点にある。

 チトクローム酸化酵素は、ミトコンドリアおよび核DNAにコードされた複数のサブユニットからなるが、核由来のサブユニット4を欠損した酵母株では他のサブユニットが正常に会合できないことが報告されていた。申請者は、まず、サブユニット4欠損株を用いたパルスチェース実験により、ミトコンドリアDNA由来のサブユニット2および3が不安定化することを明らかにした。また、この分解系がATPかつZn2+などの二価金属イオン依存性である可能性が示唆された。特に後者は、ミトコンドリア蛋白分解系について以前知られていなかった知見である。

 さらに申請者は、サブユニット2の分解系が異常な変異株を得るため、このサブユニットを顕著に蓄積する4つの変異株を単離した。パルスチェイス実験の結果、いずれの変異株においてもサブユニット2の分解は抑制されていたが、サブユニット3の分解は抑制されていなかったことから、ミトコンドリア内に複数の蛋白分解系路が存在することが示唆された。また、これらの変異株はすべて劣性で、かつ、3つの相補性群に分類され、この分解系に少なくとも3つの因子が関与していることが示唆された。これらの結果はミトコンドリア蛋白分解系の実体を知る上で重要な知見である。これらの変異に対応する遺伝子をOxidase Subunit Degradationから、OSD1,OSD2,OSD3と命名した。正常なサブユニット4を持つosd変異株を作製しこれらのosd変異のミトコンドリア呼吸鎖系に対する影響を調た結果、グリセロール培地上でいずれも高温において生育が阻害されることから、正常な呼吸鎖系の形成にこれらの遺伝子が必要であることが示された。

 この温度感受性を利用して、3つのOSD遺伝子をクローニングした。塩基配列解析の結果、OSD1遺伝子産物は、第一にATP結合配列を有し最近同定された新たなATPase familyであるAAA familyに属すること、第二にはthermolysinなどのZn2+依存性メタロプロテアーゼに共通に存在しZn2+結合部位を形成することが知られているHEXXH motifを有することが明らかとなった。これらの結果は、パルスチェース実験で示唆されたこの分解系の性質がこの因子の関与によるものである可能性を強く示唆する。また、免疫学的解析から、この蛋白はミトコンドリア内膜に強く結合していることが明かとなった。OSD2およびOSD3遺伝子については現在のところその産物の機能を示唆する配列は知られておらず、新規なタイプの蛋白質である可能性が高い。

 以上、本申請者は、チトクローム酸化酵素サブユニット4欠損株を用いた解析から、ミトコンドリア蛋白分解系に関与する3つの新たな因子を遺伝子レベルで明らかにすることに成功した。ミトコンドリア蛋白分解系は生理的に重要であるにもかかわらず関与する因子に関しての知見は乏しく、これらの遺伝子に関する知見は、ミトコンドリア分解系の分子レベルでの実体を明らかにして行く上での重要な成果であり、高く評価される。また、本研究で用いた遺伝学的な方法は、チトクローム酸化酵素サブユニット2の分解系のみならず、他の蛋白分解系に関与する因子の同定にも有用であると考えられる。

 なお、本論文は大橋彰氏を中心に複数の研究者との共同研究による成果であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行なったものであり、ほとんど全て論文提出者の寄与によるものと結論する。したがって、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50661