学位論文要旨



No 212185
著者(漢字) 寺山,守
著者(英字) Terayama,Mamoru
著者(カナ) テラヤマ,マモル
標題(和) アリガタバチ科(膜翅目、セイボウ上科)の系統分類付、日本産アリガタバチ類の総括及びアジア、オーストラリア、南米、アフリカ産種の記載)
標題(洋) Phylogenetic Systematics of Bethylidae(Hymenoptera:Chrysidoidea), with a Taxonomic Revision of the Japanese Species and Descriptions of New Taxa from Asia,Australia,South America and Africa
報告番号 212185
報告番号 乙12185
学位授与日 1995.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12185号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 川島,誠一郎
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 助教授 白山,義久
 鹿児島大学 助教授 山根,正気
 国立科学博物館 室長 武田,正倫
内容要旨

 アリガタバチはセイボウ上科(Chrysidoidea)に属する体長1-20mm程のハチで、熱帯からシベリア北部の寒冷帯まで世界中に分布する。1992年時点で88属1792種(化石種を除く)が記載されており、これまで生態の知られている種の全てが昆虫へ外部寄生を行う。中でも鱗翅目や鞘翅目の幼虫に寄生するものが多く、天敵としての利用が各国で試みられている。その一方、家屋内で雌の発達した毒腺によって刺される被害が大きな問題となっており、益虫と衛生害虫と言う両側面を持つハチである。

 系統的にはアリやスズメバチ、ハナバチ類が含まれる有剣膜翅類の中で最も原始的なグループとされている。近年、他の有剣類では行動、生態、あるいは社会性の進化を論じるための有効な情報を引き出す必要から、あるいは有剣類の進化過程そのものを探る目的で系統解析が行われつつある状況にある。しかしながら、本科においては系統分類体系は全く構築されておらず、よって、亜科や族、あるいは属レベルで、系統関係を背景とした分類学的な整理もなされていない。さらに、生物の多様性をキーワードとする諸問題が社会的にもクローズアップされ、本格的な研究が開始された今日において、日本を含むアジア地域では、アリガタバチにおいては種レベルでの分類学的検討が全くなされていない状態にあり、基礎をなすべき系統分類の停滞が、本グループのさまざまな領域における研究の進展を妨げていると言える。

 本論文は、第1部でアリガタバチ科における亜科、族、および属の各レベルで系統解析を行い、これらの系統関係を推定するとともに、本科の属以上の分類学的総括を世界の全亜科および属を対象に行った。また、第1部の結果を踏まえて、第2部で日本のアリガタバチ類の総括を行い、第3部では分類研究が特に遅れているアジア地域を中心に、アフリカ、南米、オーストラリア産の種も取り上げ、幾つかの分類学的整理を行った。

第1部

 全ての亜科及び族、そして点検可能であった全ての属の形質情報をもとに分岐分類学的手法を用いてアリガタバチ類の高次系統の解析を行った。本研究に用いた材料は、国外、国内の38研究機関および多くの膜翅目研究者所蔵の標本が中心で、特に国外の研究機関からは、系統解析に必要な多くの基準標本と国外各地産の標本の借用を受け、点検を進めた。解析には、最節約分岐図を探索し同意分岐図を構築する系統解析ソフト、PAUPおよびMacCladeを使用した。

 亜科レベルでの解析では最節約分岐図が1つのみ得られた(図1)。その結果、6つの亜科が認められ、これらの系統関係は(Parapenesiinae+Pristocerinae)+(Bethylinae+(Epyrinae+Mesitiinae+Galodoxinae)))であった。Argaman(1988)が創設したAfgoioginaeは亜科としての価値が認められず、Pristocerinae亜科に統合させた一方で、Parapenesia属からなる新亜科Parapenesiinaeを新たに設定した。Nagy(1988)によるGalodoxinaeは亜科としての独立性に疑問が持たれ、Epyrinae亜科に統合させる見解があるが、今回の解析の結果では、亜科としての独立性が示され、かつ本亜科とEpyrinae、Mesitiinaeが姉妹群関係になることが判明した。Epyrinae亜科においては亜科内に3族、つまりEpyrini、ScleroderminiそしてCephalonomiini、を設けるEvans(1964)の考えを支持した。

 Pristocerinae亜科は20属からなり、Benoit(1963)は本亜科にDicrogeniini、Pristocerini、Usakosiiniの3族を設定した。しかし今回の解析結果では、系統樹の上からこれら3族を区分することは不可能であり、よって本亜科内に族を設定することには異論を提出した。同意分岐図は((Dicrogenium+Neodicrogenium)+Kathepyris)が基方から派生し、さらにPristoceraとAcrepyrisが分枝し、その後に、(((Afgoiogfa+Parascleroderma)+Prosapenesia)+Diepyris)と残りの属の2つのグループに区分される結果を示した。

 Epyrinae亜科は形態的に最も多様性に富んだグループで、上述のとおりEvans(1964)が提唱した3族への区分を本研究でも支持した。族間の系統関係は(Epyrini+(Scleroderomini+Cephalonmiini))であった。Epyrini族では(Holepyris+Laelius)と((Aspidepyris+Bakeriella)+ Calyozina)の単系統性が認められた。Sclerodermini族内の属間の系統解析では、Nothepyris、Chiliepyris、および(Thlastepyris+Alongatepyris)の枝が系統樹の基方から派生した、所属位置が不明であったBethylopsis属は(Glenosema+(Lepidosternopsis+Sclerodermus))と姉妹群関係になった、(Thlastepyris+Alongatepyris)は単系統群としてまとまった、と言った結果を得た。また、Cephalonomiini族の属間の系統関係は(Islaelius+(Plastanoxus+Prolops+(Cephalonomia+Acephalonomia)))であった。これらの中で、Prolops属が派生形質を持つ割合が最も高かった。

 Mesitiinae亜科の同意分岐図は多分枝を多く含み、((Anaylax+Pseudomesitius)+Bradepyris+残りの9属)と言う結果が得られた。本亜科は他亜科と比較して、新世界とオーストラリア区には分布しない、旧北区で属レベルで最も多様に分化している、と言った特徴的な地理的分布のパターンを示した。また、このような地理的分布様式と本亜科の形態的な分化の程度の低さから、その出現時期は他の亜科よりも相対的に新しいものと推定された。このことは、亜科レベルでの系統解析の結果からも支持された。

 Bethylinae亜科は6属からなるが、属レベルでの形態的な分化の程度は低く、本亜科内に2族を設定したEvans(1978)の取り扱いには異論を提出する。同意分岐図には多分枝が含まれるが、オーストラリアと南米南部に分布するEupsenella属と他の5属は最初に分枝する結果となった。Eupsenellaは本亜科内で、祖先形質を最も多く有している属である。

 アリガタバチ科の外部形質の進化的傾向として、サイズが小形化することに伴って、翅の退化や翅脈が単純化すること、表面構造が退化的に特殊化すること、そして雌においてアリ形体型化が生じることが、各亜科で独立して生じていることが判明した。

 本系統解析の結果を踏まえて、世界の全亜科および属を取りまとめ、検索表を提供した。その際に、Calopenesia、Neopenesia、Orientepyrisの3新属を創設し、系統解析の結果から、Pristocera属のAcrepyris亜属は独立属に昇格させた。その一方で、次の9属は同物異名として整理した(カッコ内の属名が新参シノニムである)。

 Dissomphalus(Psilobethylus);Prosapenesia(Neusakosia);Laelius(Allepyris);Epyris(Homoglenus);Anisepyris(Procalyoza);Disepyris(Lytepyris);Allobethylus(Nesepyris); Bethylus(Anoxus);Eupsenella(Lytopsenella)。

 さらに、長い間所属亜科不明であったBethylopsis属は、基準標本を点検した結果、Epyrinae亜科のSclerodermini族のものであることが判明したことから、これを所定の系統的位置に所属せしめた。また、Odontepyris属は、Epyrinae亜科からBethylinae亜科に、Bradepyris属はEpyrinae亜科からMesitiinae亜科に所属を変更させた。

第2部

 日本産のアリガタバチを点検した結果、4亜科16属70種が認められ、これらの内の61種を新種として記載した。また、今回確認された16属の内、次の8属、Apenesia、Pseudisobrachium、Dissomphalus、Allobethylus、Heterocoelia、Bethylus、Odontepyris、Sierola、は日本初記録属であった。さらに、Mesitiinae亜科は亜科として日本初記録であった。

 Sclerodermus nipponicusは、Dissomphalus属からSclerodermus属へ移属されたS.harmandiの新参シノニムであった。また、台湾から記載されたEpyris sauteriは日本から記載されたEpyris apicalis Walker,1874、の新参シノニムであった。ただし、種小名のapicalisはEpyris apicalis(Motschulsky,1863)の異物同名になることから、新参ホモニムのE.apicalis WalkerにE.formosusの置換名を与えた。さらに、Acrepyris japonicaの亜種ishigakiensisを独立種に昇格させた。一方、Laelius microneurusとGoniozus floridanus(=G.platynotae)の日本からの記録は誤同定であることが判明し、よってこれらは日本のファウナから除外した。

第3部

 アジア、オーストラリア、南米、アフリカ産の標本をもとに、16属72種を新種として記載した。また、中南米産のCalyozina amazonica、C.neotropica、C.mexicanus、C.azurea、およびインド産のC.caperataはいずれもCalyozina属からEpyris属へ移属させた。その他、Calyozina、Pristocera、Dissomphalus、Parasclerodermaの各属は、特に東洋区産全種を取り扱うことによって分類学的に総括した。

審査要旨

 本論文は、昆虫の膜翅目、セイボウ上科のアリガタバチ類を対象とした系統分類学上の研究に関するものである。本論文は大きく3部に分かれる。

 第1部では、アリガタバチ科における亜科、族(tribe)、および属(genus)の各レベルで系統解析を行い、これらの系統関係を推定するとともに、本科の属以上の分類学的総括を世界の全亜科および属を対象に行っている。研究に用いた材料は、国外、国内の38研究機関および多くの膜翅目研究者所蔵の標本が中心で、特に国外の研究機関からは、多くの基準標本を借用し、点検を進めている。解析には、最節約分岐図を探索し、同意分岐図を構築する系統解析ソフトのPAUPおよびMacCladeを使用している。

 亜科レベルでの解析においては、最節約分岐図の1つのみを得ている。その結果、6つの亜科を認め、それらの系統関係を明白にさせている。Argaman(1988)が創設したAfgoioginaeについては、亜科としての価値を認めず、Pristocerinae亜科に統合させる一方で、Parapenesia属からなる新亜科Parapenesiinaeを新たに設定している。Nagy(1988)によるGalodoxinaeについては、亜科としての独立性に疑問が持たれ、Epyrinae亜科に統合させるとの見解があったが、本研究での解析結果では、亜科としての独立性を認め、かつ本亜科とEpyrinae、Mesitiinaeが姉妹群関係になることを判明させている。Epyrinae亜科においては亜科内に3族、つまりEpyrini、ScleroderminiそしてCephalonomiini、を設けるEvans(1964)の考えを支持している。Pristocerinae亜科は20属からなり、Benoit(1963)は本亜科にDicrogeniini、Pristocerini、Usakosiiniの3族を設定しているが、本研究での解析結果では、系統樹の上からこれら3族を区分することは不可能であるとし、本亜科内に族を設定することに対しては異論を提出している。

 Epyrinae亜科は形態的に最も多様性に富んだグループで、上述のとおりEvans(1964)が提唱した3族への区分を本研究でも支持している。

 Mesitiinae亜科の同意分岐図は多分枝を多く含み、((Anaylax+Pseudomesitius)+Bradepyris+残りの9属)と言う結果を得ている。本亜科は他亜科と比較して、新世界とオーストラリア区には分布しない、また旧北区で属レベルで最も多様に分化している、と言った特徴的な地理的分布のパターンを示しているが、このような地理的分布様式と本亜科の形態的な分化の程度の低さから、その出現時期は他の亜科よりも相対的に新しいものと推定している。

 Bethylinae亜科は6属からなるが、属レベルでの形態的な分化の程度は低く、本亜科内に2族を設定したEvans(1978)の取り扱いには異論を提出している。同意分岐図には多分枝が含まれるが、オーストラリアと南米南部に分布するEupsenella属と他の5属は最初に分枝する結果となっている。

 アリガタバチ科の外部形質の進化的傾向として、サイズが小形化することに伴って、翅の退化や翅脈が単純化すること、表面構造が退化的に特殊化すること、そして雌においてアリ形体型化が生じることが、各亜科で独立して生じていることを判明させている。

 本系統解析の結果を踏まえて、世界の全亜科および属を取りまとめ、検索表を提供している。その際に、Calopenesia、Neopenesia、Orientepyrisの3新属を創設し、系統解析の結果から、Pristocera属のAcrepyris亜属は独立属に昇格させている。その一方で、9属は同物異名として整理している。さらに、長い間所属亜科不明であったBethylopsis属について、基準標本を点検し、Epyrinae亜科のSclerodermini族のものであることを判明させたことから、これを所定の系統的位置に所属させている。また、Odontepyris属は、Epyrinae亜科からBethylinae亜科に、Bradepyris属はEpyrinae亜科からMesitiinae亜科に所属を変更させている。

 第2部では、第1部の結果を踏まえて、日本のアリガタバチ類の分類学的総括を行っている。全体で4亜科16属70種が認めており、それらの内の61種を新種として記載している。この確認した16属の内、次の8属、Apenesia、Pseudisobrachium、Dissomphalus、Allobethylus、Heterocoelia、Bethylus、Odontepyris、Sierola、は日本初記録属である。さらに、Mesitiinae亜科は亜科として日本初記録である。

 Sclerodermus nipponicusは、Dissomphalus属からSclerodermus属へ移属されたS.harmandiの新参シノニムであった。また、台湾から記載されたEpyris sauteriは日本から記載されたEpyris apicalis Walker,1874、の新参シノニムであった。ただし、種小名のapicalisはEpyris apicalis(Motschulsky,1963)の異物同名になることから、新参ホモニムのE.apicalis WalkerにE.formosusの置換名を与えている。さらに、Acrepyris japonicaの亜種ishigakiensisを独立種に昇格させている。一方、Laelius microneurusとGoniozus floridanus(=G.platynotae)の日本からの記録は誤同定であることが判断している。

 第3部では、分類研究が特に遅れているアジア地域を中心に、アフリカ、南米、オーストラリア産の種も取り上げ、幾つかの分類学的整理を行っている。アジア、オーストラリア、南米、アフリカ産の標本をもとに、16属72種を新種として記載している。また、中南米産のCalyozina amazonica、C.neotropica、C.mexicanus、C.azurea、およびインド産のC.caperataはいずれもCalyozina属からEpyris属へ移属させている。その他、Calyozina、Pristocera、Dissomphalus、Parasclerodermaの各属については、特に東洋区産全種を取り扱うことによって分類学的に総括している。

 従来アリガタバチ科においては、系統分類体系は全く構築されておらず、よって、亜科や族、あるいは属レベルで、系統関係を背景とした分類学的な整理もなされていなかった。また、日本を含むアジア地域では、アリガタバチにおいては種レベルでの分類学的検討が全くなされていない状態にあった。このような状態の中で、本論文はアリガタバチの全ての亜科及び族、そして点検可能であった全ての属の形質情報を丹念に集め、それらをもとに分岐分類学的手法を用いて高次系統の解析を行った労作であり、価値の高いものである。また、本論文中で新種として記載されたものは133種にのぼり、そこに投下された努力量は大変なものと言える。このようなことから本論文が博士(理学)の学位に値するということは、審査委員会の全委員が意見の一致を見た。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50662