学位論文要旨



No 212189
著者(漢字) 永井,隆哉
著者(英字) Nagai,Takaya
著者(カナ) ナガイ,タカヤ
標題(和) CaGeO3準輝石、MgGeO3輝石、Mg2GeO4橄欖石の圧力誘起構造変化と非晶質化
標題(洋) Pressure-induced Structural Modifications and Amorphization of CaGeO3-wollastonite,MgGeO3-high-clinoenstatite and Mg2GeO4-olivine
報告番号 212189
報告番号 乙12189
学位授与日 1995.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12189号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,弘
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 武居,文彦
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 助教授 堀内,弘之
内容要旨 <はじめに>

 圧力の増加はル・シャトリエの法則が示すように系の体積を減少させる。圧力の増加に伴う気相→液相→固相の相転移はこの好例である。また同じ凝縮相内では、高密度相はより高い対称性を持つ傾向があり、高圧下では非晶質相から結晶相への転移が一般的な物理的センスと一致する。しかし1984年に三島らが氷Ih相が77K、1GPaで結晶→非晶質転移を起こすこと報告し、大トッピクスとなった。このように熱力学的に安定な高圧相への相転移がカイネティクス障壁のために起こりえない程度の低い温度条件下では相転移の前駆現象や素過程を観察できる可能性がある。本研究ではマントル鉱物のアナログとして重要なCaGeO3-wollastonite、MgGeO3-high-clinoenstatite、Mg2GeO4-olivineについて、圧力誘起相転移の前駆現象と結晶構造との関係を、ダイヤモンドアンビルヤル(DAC)、多面体アンビルを用い高圧力を発生させ、通常のX線源及び高エネルギー研究所で放射光X線を用いた室温下及び高温下でのX線回折その場観察の結果を基に議論した。

3-wollastonite>

 図1はCaGeO3-wollastoniteを室温下27GPaまで加圧し、その場観察したX線回折図形である。回折図形の変化は三つのステージより成る。第一ステージは結晶がその対称性を変えることなく連続的に圧縮されており、単位格子体積の圧力変化をBirchの状態方程式でフィッティングすることにより体積弾性率K0=83(±10)GPaを得た。

図1 CaGeO3-wollastoniteの加圧時のX線回折その場観察の結果。

 第二ステージではwollastonite構造の101反射を除く回折線が消失し、二本の新しい回折線が特徴で、この回折パターンは常圧でも保持される。回折パターンはCaGeO3-wollastoniteの高圧相であるgarnet型、perovskite型いずれでも指数付けできず、パターンの類似性および構造を構成する配位多面体の圧縮率等からの考察からrhodonite構造と同定した。多面体アンビル型超高圧装置で合成した試料の密度測定の結果も、wollastonite型より約3.4%の密度増を示し、wollastonite→rhodonite転移を支持した。wollastonite→rhodonite転移は酸素のパッキング層間の陽イオンの変位で説明でき、酸素パッキング方向の秩序による101反射が消失しないことも理解できる。

 約15GPaからの第三ステージでは、新しく3本の回折線が出現する。27GPaから1気圧に減圧後の回折図形は、perovskite構造を示し、perovskite型が高圧から常圧への構造凍結が可能であることから第三ステージは基本的にperovskite型構造であり、27GPaで見られたd=6.37Åの反射は高圧下での変調構造を示唆するものであると考えられる。

 CaGeO3-rhodoniteの安定性を調べるため、高エネルギー物理学研究所の放射光を利用し(AR-NE5C)、キュービックアンビル型超高圧装置(MAX80)を使って高温高圧下X線回折その場観察を行なった。その結果、400℃以下の温度領域ではwollastonite→rhodonite転移が徐々に進行するが、それ以上の温度ではperovskite相やgarnet相が出現し、rhodoniteの回折線は急速に強度を失うことから、rhodonite構造はキネティカルな準安定相である可能性が強い。

3-high-clinoenstate>

 図2にC2/cの空間群に属するMgGeO3-high-clinoenstatiteの室温下35GPaまでの加圧に伴う回折図形の変化と1気圧に減圧後の回折図形を示す。16GPaまでのデータから体積弾性率K0=127(±8)GPaを得た。

図2 MgGeO3-high-clinoenstatiteの加圧時のX線回折その場観察の結果と減圧回収した試料のX線回折プロファイル。

 回折図形の変化は約10GPaを境に起こり始め、プロードニングといくつかの回折線の消失が起こる。さらに圧力を増加し約23GPaで新しい回折線が出現する。1気圧に減圧後の回折パターンはhigh-clinoenstatite構造に戻ること示すことから、この転移は可逆的である。

 MgGeO3high-dinoenstatiteの高圧相の、ilmenite相、LiNbO3相は常圧下に凍結でき、perovskite相は常圧ではLiNbO3相に逆転移することが報告されている。今回発見されたMgGeO3-high-dinoenstatiteの可逆的な転移は、室温下約23GPaでこれまで報告されていない準安定相への相転移がある可能性を示す。

2GeO4olivine>

 図3はMg2GeO4-olivineの室温35GPaまでの加圧とその後の減圧過程のX線回折図形で、高エネ研PFのBL-4Bにてエネルギー分散法を用い収集された。15GPaまでのデータから体積弾性率はK0=70(±5)GPaである。

図3 Mg2GeO4-olivineの加圧及び減圧過程時のエネルギー分散法によるX線回折その場観察の結果。

 その場観察の結果、30GPaでは圧力媒体として使ったアルゴンの回折線以外は観察されず、Mg2GeO4-olivineが圧力誘起非晶質化を起こすことが実証された。また、この転移は1気圧までの減圧過程ではいかなる回折線も出現せず不可逆的である。

<圧縮メカニズムについて>

 今回求められたCaGeO3-wollastonite、MgGeO3-high-clinoenstatite、Mg2GeO4-olivineの体積弾性率とこれまでに報告されている構造を構成する配位多面体の体積弾性率の比較から、それぞれの圧縮メカニズムは異なりCaGeO3-wollastoniteの圧縮はCaO6六面体の圧縮が、MgGeO3-high-clinoenstatiteの圧縮は配位多面体全体の一様な圧縮が、Mg2GeO4-olivineの圧縮は個々の配位多面体の圧縮ではなく酸素-酸素間及び酸素-陽イオン間の圧縮が、それぞれ主に担っていることが明らかになった。この議論からもCaGeO3-wollastonite→rhodonite転移が高圧下で起こりうる可能性がある。

<圧力誘起非晶質化について>

 鉱物の室温での高圧相転移は活性化エネルギーが小さいため非常にゆっくりと進行する。今回見いだされた非晶質化や準安定相への構造変化は、転移のプロセスが観察されたものであると考えられる。CaGeO3-wollastonite、MgGeO3-high-clinoenstatite、Mg2GeO4-olivineは、XAFS (Andrault et al.,1992)やRaman(Guyot et al.,1994)の結果から、室温高圧下でGeの配位数増加を伴う局所構造変化が起こることが示唆されている。

 圧力誘起非晶質化を示したMg2GeO4-olivineと非晶質化を示さず構造転移を起こしたCaGeO3,-wollastonite、MgGeO3-high-clinoenstatiteは、結晶構造の骨格を形成する酸素の充填様式が異なる。前者が六方最密的充填(HCP)なのに対し、後者は立方最密的充填(CCP)である。HCPが多数の6配位原子の収容に不向きであるとするPaulingの第三原理より、Mg2GeO4-olivine構造中での6配位のGe原子の生成は構造全体を静電的に不安定する。またMg2GeO4-olivineの高圧相で6配位のGe原子が安定化されるのは、MgGeO3-ilmenite相である。この転移は分解反応で、原子の再配列と非常に大きな活性化エネルギーを要すため、室温下で速やかに核形成と成長が進行することは困難である。

 一方、CaGeO3-wollastonite、MgGeO3-high-clinoenstatiteの酸素は立方最密的充填(CCP)であり、6配位Ge原子の生成は前述の不安定性を生じないと考えられる。また、CaGeO3の高圧相として出現したperovskite構造の酸素充填様式も基本的にCCPであるため、wollastonite構造とは酸素充填を考えた場合トポロジカルに類似しており、核形成と成長が比較的容易であると考えられる。MgGeO3の室温高圧下の相転移も、その可逆性から僅かな原子位置の変位で起こることが予測される。

 以上の結晶化学的な考察から、Mg2GeO4-olivineが圧力誘起非晶質化を示し、CaGeO3-wollastonite、MgGeO3-high-dinoenstatiteがX線非晶質相を生じないという結果は、4配位のGeを持つ常圧相から6配位の高圧相への転移過程においてX線非晶質相は出現する可能性があり、Ge配位数増加に伴う局所構造変化の進行による長距離秩序の崩壊の速度及び、高圧相の核形成と成長の速度という二つのキネティカルなファクターで解釈できる。局所構造変化による長距離秩序の崩壊が速やかに進行し、一方高圧相の核形成と成長が困難である場合はX線非晶質相が出現し、逆の場合はX線的に非晶質な状態は観察されない。

審査要旨

 本論文はマントル鉱物の類似物質として重要な、ケイ灰石型CaGeO3、高温単斜エンスタタイト型MgGeO3、カンラン石型Mg2GeO4について、圧力誘起相転移の前駆現象と結晶構造変化との関係を、室温下及び高温下でのX線回折その場観察の結果を基に明らかにしたものである。本論文は、地球内部のダイナミクスを論じる上でも非常に興味ある題材である、圧力誘起非晶質化現象の解明に貢献するものである。本論文は6章よりなり、1章は序論、2章では対象物質の結晶構造と相関係、3章は実験法、4章は結果、5章は考察、6章は結論である。

 2章では本論文の対象としているゲルマン塩酸3種の化合物のうち、酸素充填様式が立方である輝石、準輝石構造をもった2化合物と、六方であるカンラン石構造の比較が重要であることを指摘している。3章の実験方法では、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)、多面体アンビルを用い高圧力を発生させ、通常のX線源及び高エネルギー物理学研究所での放射光X線を用いた、その場観察の重要性を説明している。

 4章では実験の結果として、Mg2GeO4カンラン石は室温下30GPaでは回折線が全て消失し、1気圧までの減圧過程でもいかなる回折線も出現しないことから、不可逆的な圧力誘起非晶質化を起こすことを見い出した。ケイ灰石型CaGeO3は室温6GPaで、これまで報告のなかったロードナイト構造に変化し、15GPaで変調構造を持ったペロブスカイト構造に転移することも見い出した。高温単斜エンスタタイト型MgGeO3は23GPaで、既知の高圧相では説明できない、準安定な高圧相に圧力誘起構造変化する。これらの実験結果は、20数GPaまでの高圧下での綿密詳細なその場実験によるものであり、X線回折図形の解釈は妥当であると判断された。3化合物について、それぞれ体積弾性率も測定している。

 5章では綿密な考察を行い、まず圧縮メカニズムについては、今回求められた3化合物の体積弾性率とこれまでに報告されている構造を構成する配位多面体の体積弾性率の比較から、それぞれの圧縮メカニズムが異なることを論じている。3化合物についてこれまで報告された、XAFSやRaman分光の結果も考慮し、室温高圧下でGeの配位数増加を伴う局所構造変化が起こることを示唆した。圧力誘起非晶質化についての考察として、鉱物の室温での高圧相転移は活性化エネルギーが小さいため非常にゆっくりと進行するので、今回の結果は転移のプロセスが観察されたものであるとの立場をとっている。

 圧力誘起非晶質化を示したカンラン石型化合物は、酸素の充填様式が六方最密的充填(HCP)なのに対し、非晶質化を示さず構造転移を起こした準輝石・輝石型2化合物は、立方最密的充填(CCP)と異なることに着目している。ポーリングの第三原理より、HCPのカンラン石型構造中での6配位のGe原子の生成は構造全体を静電的に不安定とし、一方、6配位のGe原子が安定化される高圧相のイルメナイト型相への転移は分解反応であり、原子の再配列に非常に大きな活性化エネルギーを要すため、室温下で速やかに核形成と成長が進行することは困難であるとの考察を行っている。また、準輝石・輝石型化合物では、酸素充填様式はCCPであるので、6配位Ge原子の生成は前述の不安定性を生ぜず、核形成と成長が比較的容易であると考えられるとの推論をしている。以上の結晶化学的な考察は、4配位のGeを持つ常圧相から、X線的に非晶質である6配位の高圧相への転移機構の一般的推論にも応用できる。なお、本論文は高圧実験の行い得るゲルマン酸塩についてであるが、天然に産するケイ酸塩との類似性および、衝撃圧縮実験と室温下での静的圧縮の類似性をも指摘している。

 これらの結果、圧力誘起非晶質相の出現は、4配位のGeを持つ常圧相から6配位のGeを持つ高圧相への相転移のプロセスで、Geの配位数増加に伴う局所構造変化の進行による長距離秩序の崩壊速度、および、高圧相の核形成と成長の速度という二つのキネティカルなファクターで解釈できることを示した。すなわち、局所構造変化による長距離秩序の崩壊が速やかに進行し、高圧相の核形成と成長が困難である場合は、X線的非晶質状態が出現するとの結論は妥当である。

 なお、本論文第3章の放射光による実験の一部は、共同実験者との共同研究となっているが、論文提出者が主体となって、分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。ここに記載された成果は、低温高圧化における非晶質化を鉱物学的に解明したもので、この分野に大きく寄与するものであると審査員一同認めた。よって本論文は、博士(理学)の学位論文として合格と判定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50663