内容要旨 | | 本研究では,景気循環を資本主義的市場社会そのものを構成する運動メカニズムと考え,その基礎機構と局面展開の過程を理論的にさぐる。現実の景気循環は,時々の資本主義の世界的編成と各国資本主義の特殊性との重なりのなかで,歴史性をはらんで実現している。しかし,いずれの景気循環も資本主義的市場社会の動態として,枠組みと推転の機構を共有する面がある。この相同性の面をまず理論的に確定することによって,それを分析基準として解明される現実の景気循環の歴史性・世界性・特殊性の絡み合いも,いっそう鮮明になると考えられる。 景気循環の理論を再考するさいに,宇野弘蔵の提起した恐慌論の脱構築を手掛かりとし,基礎機構に,資本蓄積・資本間競争・信用制度をおく。景気循環過程は,これらの基礎機構を活動の枠組みとする,資本の増殖運動によって展開されてゆく。 宇野の恐慌論さらにその基礎としての経済原論を見直すさいの核心は,ふたつある。第一に,宇野では,資本主義社会の基本矛盾が「労働力商品の特殊性」にもとめられていた。しかしその特殊性は,資本によっては,供給・増産できないという形式的な「無理」にとどまり,好況末の労働力不足に顕現するとみられている。この「無理」あるいは「特殊性」は,資本による社会的生産の編成にまつわる全領域に拡充深化すべきであり,労働力商品に限ってみても,労働者の労働過程・労働市場・生活過程にまで立ち入って再検討する必要があると考えられる。 第二に,宇野では,貨幣の価値尺度機能の展開において,「幾度も繰り返される売買」が重視されていた。個別の売買は,商品の「命懸けの飛躍」が実現すれば完了するが,市場世界は,それらの「飛躍」の社会的反復によって構成されると解することができる。この視点を徹底し資本主義的市場社会の諸機構も,市場主体の活動の反復によって生成するかたちに再構成されるべきだと考えられる。 以上の宇野原論・恐慌論の脱構築の視座から,本研究は,景気循環をめぐって,方法,資本蓄積,資本間競争,信用制度,景気循環過程に,それぞれ重点をおいた全5章よりなる。以下順に,要点を記したい。 「第1章 景気循環論の方法」では,まず,宇野の「純粋資本主義社会」の想定にもとづく恐慌論・景気循環論の構想について,検討する。この想定によって,典型的な自由主義段階の周期的景気循環との開放的交流性が失われていること,さらに,資本を軸とした市場経済の論理が貫徹した構図のもとで景気循環が考察されざるをえず,そのため,資本による社会的生産包摂の「無理」も形骸化したこと,を指摘する。 こうした制約を取り去るとき,市場要素と非市場要素の複合として,資本主義的市場社会を考えることができる。その動態たる景気循環の基礎機構もまた,両者の複合体である。基礎機構は,資本蓄積における資本賃労働関係を基層とし,資本間競争の様式を中層とし,資本間の信用の様式を表層とする。それぞれ,市場要素と慣習を軸とした非市場要素の複合からなる労働様式・生産価格・信用力が,機構の核にある。基礎機構〜枠組みの編成,その枠組みのもとでの順調な価値増殖,資本過剰と枠組みの融解,恐慌と不況による枠組みの再編を,景気循環単位と考えることができる。 「第2章 資本蓄積と労働力商品」では,まず『資本論』体系の形成過程をふりかえり,『資本論』蓄積論の意義と限界を考える。「7冊のノート」以来の体系形成の経緯からみて,理論分析に現実分析(自由主義段階イギリスの)を混在させる余地があった。また流通形態として社会的生産に外来的な資本の性格が不明確なため,資本蓄積が,労働生産性の増進をもたらす新生産方法の導入に直結される傾向があった。これらの難点は,『資本論』の協業・分業・機械制大工業の関係にも見られ,それらが歴史的発展関係をもち,資本の原理が生産過程に一方的に貫徹されるように展開されがちなことより,蓄積論の困難が生まれた。 『資本論』蓄積論の反省にもとづくと,資本主義的市場社会を資本の原理による包摂だけでなく,包摂と社会の原理による拘束との複合よりなるものと考える必要がある。そのとき資本の利潤動機による新生産方法の導入について,主客の両面から拘束による制約がうまれる。主軸となる主体要因の制約は,機械制大工業下での分業的協業の再編にかかわる。既存「労働様式」とそのネットワークが慣習的にできているとすると慣習の廃棄更新の困難による制約ともいえる。資本の労働力支配が容易なとき,労働者への新方法の強制は円滑である。新労働様式への習熟意欲が発揮されねば,失業が待っている。他方,労働力支配が困難な時,労働意欲が減退するのみか,習熟意欲も発現されない。一般に資本の労働力支配の難易は,労働市場の動向にかかっている。蓄積過程を抽象的にみれば,制約が解除された資本構成の激成的高度化と制約に拘束された緩慢な高度化の二面がある。この二面が労働市場の需給変動に依拠しつつ発現すれば,その交替運動は,景気循環過程で説かざるをえないことになる。 「第3章価値尺度と資本間競争」では,冒頭に指摘した宇野の深化さるべき二面,(1)市場要素と非市場要素の交錯,(2)市場主体の反復的相互作用を軸に市場社会論を構想する。そのなかでまず抽象的な市場世界レベルの価値尺度の機構と意味を確定し,資本主義的市場社会での価値尺度の現実展開〜生産価格と市場価格の動態連関をさぐる。 市場世界における貨幣の反復出動は,慣習要素を軸とした社会的要素をつむぎだし,市場要素と非市場要素の重なりのなかで,基準価格たる価値を生む。この論理を資本主義的市場社会に現実化するとき,価値は生産価格に,価格は市場価格に転化する。生産価格は,価値を当事主体たる個別資本の活動の反復の観点から,再解釈したものと解される。 生産価格をめぐる市場価格変動のメカニズムが,資本主義的市場社会の価値尺度の要をなす。生産価格を市場価格変動の重心と解するとき,いくつかの仮定をおかなくては論証できない。結局こめメカニズムの必然的展開は,景気循環のなかでしか説きえない。景気循環は,資本の活動枠組みの再編〜固定資本の一般的更新によって始まる。この枠組みのもとでの好況期の競争によって,近似的に生産価格による市場価格変動の尺度が成立する。他方景気循環は,この活動枠組みが融解すると恐慌を引き起こし,枠組み再編の契機を与える。不況期の競争は新たな枠組み構築に帰結する。 なお本章の2節では,市場社会における市場主体の活動の反復の意味について,ヒューム・ドゥルーズ・シュムペーターにそくし方法的考察をおこなっている。 「第4章信用制度の組織的展開」では,まず『資本論』の信用制度論について再考する。当事主体たる個別資本が不明確な点,さらに銀行間組織にかんして,自由主義段階イギリスの金融構造が生のままとりいれられている点に難があるが,それらは,7冊のノート以来の「資本一般」の枠組みからの拘束と考えられる。これにたいし,当事主体たる個別資本を鮮明にし,その相互作用が,信用のネットワークをつくるとすれば新しい展開が可能になる。利潤動機による個別資本相互の活動が反復されるとき,受信希望資本の信用力が生まれ,それに依存して商業信用・銀行信用が成立する。 商業信用では,現金売買の反復によって,受信希望資本の活動状態が与信資本に認知されることが,信用力の基盤になる。信用売買の決済の反復は,信用力をいっそう確かなものにする。銀行信用では,信用業務に専業化した銀行資本の信用力が核となる。信用調査費用の投下をともなう専門的な商業手形の選別と割引き,さらに割引手形への返済還流が,反復的に成功することによって,銀行の信用力が形成される。銀行間の関連も相互の信用力にもとづく。取引圏域の現実資本相互が,商取引を持続しているとそれにともなって発生する手形の割引・相殺・取り立てをめぐり,銀行相互間にコルレス関係ができる。この相互信用力に依拠して銀行間の資金融通が実現する。商取引は,一般に商業中心地を経由すると考えられるが,そうすると中心地の諸銀行が,資金融通の拠点たる上位銀行となる。この中心地諸銀行の決済準備銀行が,中央銀行となる。 「第5章景気循環過程-信用制度の機能を中心に-」では,2・3・4章で展開した資本蓄積・資本間競争・信用制度を前提し,景気循環過程の諸局面と局面推移をみてゆく。蓄積を基層,競争を中層,信用を上層とする資本活動の枠組みの,構築から融解を経て再構築にいたる一循環を対象とし,とくに信用制度の立体的機能に重点をおき検討する。したがって,焦点は,a)好況期より好況末に至る信用膨張過程,b)好況末期がら恐慌期にかけての中央銀行の「最後の貸手」機能,c)恐慌終熄のメカニズムとその後の停滞の基本原因にある。これらのテーマを宇野とそれ以降の所説を批判的に総合しつつ解明している。 |