農林水産省は1992年6月「新しい食糧・農業・農村政策の方向」を発表した。この文書は21世紀における農政の基本方向を明らかにしたものであるが、それ以前の農政審議会の答申が「農業」「農政」の表題を付していたのに対して、初めて「農村」が食料、農業と並び掲げられている。もちろん、それ以前の政策において、農村が対象にならなかったわけではない。しかし、農林水産省の政策全般に関する公式文書の表題に農村を掲げたのは戦後初めてといってよい。 一方、事業の面では、すでに1956年から実施された新農山漁村建設事業において名称自体に「農山漁村」が掲げられており、さらに昭和初期には農村経済更生運動が政府の重要施策として実施され、それ以前についても多くの農村計画に関わる事蹟の存在が指摘されている。 これらの事蹟を踏まえた、わが国農村計画の史的展開に関する研究の重要性は、これまでも度々指摘されてきた。その背景には、事業により地域空間の基本的構造が数世紀にもわたって維持されるため、時間的概念をも含んだ農村計画の史的研究が特別の重要性を持つとの認識があった。 本論文は、このような事情を踏まえて、わが国の国土と農村の計画に関する史的展開の体系的な解明を初めて行ったものである。 以下、論文の構成に即して評価を加えながらその内容を簡潔に述べる。 第1章と第2章では、近代国家成立以前の農村計画について概観し、條里制のほか、近世における農村計画の事例を分析している。続く第3章と第4章では、明治政府による国土関係諸制度の整備、都市整備と農村との関係、耕地整理、北海道開発、町村是、農山漁村経済更生運動などについて農村計画の視点から論点を整理している。 第5章では、戦後の緊急開拓、都市の戦災復興から、国土計画への動きが本格化するまでの時期を取り上げてその流れを整理し、第6章では、わが国最大の農村開発計画である八郎潟干拓について分析している。 第7章では、累次の経済計画と全国総合開発計画などわが国の経済政策と国土政策を概観し、農業基本法、農業構造改善事業、根釧の新酪農村建設などについて、農村計画の視点から検討、評価している。また、第8章では、高度経済成長路線が本格化する中で、土地利用の混乱を回避するための一連の政策努力がなされた時期をとりあげている。すなわち、1959年の農地転用許可基準の制定は、その出発点であり、1968年の新都市計画法と1969年の農業振興地域の整備に関する法律は、現行の土地利用規制法の基本をなすものであると位置づけている。 第9章では、直線的な経済の拡大路線が頓挫し、土地利用の混乱、環境問題等の生じた時代を取り上げ、国土利用計画法と土地利用基本計画、第3次全国総合開発計画と定住構想等の意義を整理し、第10章では、米の過剰問題を契機とする新しい農業・農村政策の模索の中での農村整備ビジョンの展開、さらに、農村総合整備パイロット事業、農村総合整備モデル事業などを取り上げ検討している。 第11章では、1980年代以降の経済のソフト化のなかでの問題を扱っている。農村計画についても物財や計測容易なサービス以外の要素を含む「アメニティ」という概念が語られるようになり、一方、施策の中にも1990年前後には、農業の他に「農村」の名を冠したものがあらわれている。 第12章では、空間計画としての農村計画について、主として、生産、生活技術との関係を視点として、これまでの問題を整理し、終章では、農村整備政策展開の背景である経済社会の変化について分析している。この中で先進諸国に於いては、食料、農業をめぐる経済状況の変化の結果、農村政策が過去と不連続な対応を求められていること、また、農村社会の変化が農村計画の主体や手法に対しても影響を与えていることなどを明らかにしている。 以上、要するに本論分は、詳細な資料分析に基づき、わが国に於ける国土と農村の計画に関する史的展開過程を体系的に解明したものであり、学術上、応用上寄与するところ少なくない。 よって審査委員一同は、本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。 |