学位論文要旨



No 212196
著者(漢字) 安藤,益夫
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,マスオ
標題(和) 生活結合型地域営農集団の展開構造
標題(洋)
報告番号 212196
報告番号 乙12196
学位授与日 1995.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12196号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,照男
 東京大学 教授 藤田,夏樹
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 助教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 八木,宏典
内容要旨

 地域営農集団とは、農業生産組織の一形態であり、地域ぐるみの農家の合意を基本としながら、機械・施設の共同利用や土地利用の組織化を通じて、個別農家では達成できない生産力を実現しようとする経済組織である。ところが、高齢・過疎化の進んだ広島県中山間地帯の地域営農集団においては、生産のみならず地域生活上の諸関係の再編成という、いわば経済とは異質な領域まで含めた集団活動が展開されている。生活結合型とはこの点に由来するものである。こうした現実の中には、高齢・過疎化地域にとどまらず、今後の農業・農村のあり方を考える上で重要な意味が含まれているが、生産上の諸関係のみに焦点を当ててきたこれまでの生産組織研究の枠組みではそれを充分に把握することはできない。そこで本論文では、こうした地域営農集団の生活結合性の意味と展開構造を、実態分析をもとに明らかにするものである。

 第1章では、生活結合型地域営農集団を捉えるための基本視角として、四つの社会関係を提示した。(1)所有関係とは、集団に投入する生産要素の所有に関わるもので、成果配分や組織目標に影響する。(2)職能関係とは集団に投入された生産要素のうち、労働力の合理的編成に関わるもので、成果の効率的達成に影響する。(3)人格的関係とは集団への参加を機縁として各人が直接接触することによって形成される全人格的関係である。これら三つは農業生産組織一般に内包される社会関係であるが、このうち地域営農集団の人格的関係は集落をベースとしているために、(4)生活上の諸関係と密接不可分に結びついている。この関係は、いわゆるムラにおいて歴史的に培われてきたもので、生活防衛のための相互扶助や利害調整機能を有している。以上、四つの社会関係のうち、従来の生産組織研究では主として所有関係と職能関係を取り扱ってきた。それに対して、本論文では人格的関係は生活上の諸関係の影響を蒙る反面、逆に集団結成を契機に生活上の諸関係にも影響を与えることができることから、それの持つ生産と生活との媒介的役割に注目している。要するに、所有・職能関係と生活上の諸関係が人格的関係を媒介にしながら、相互作用するという理論的フレームワークをもって、地域営農集団の展開構造を把握しようとするものである。

 第2章では広島県における地域営農集団の背景並びに特徴を明らかにする。広島県では昭和50年代に入って土地改良事業が進展し、これまで立ち遅れていた水田基盤が整備されつつある。しかし、傾斜地の多い地形や経営規模の零細性等の制約によって、高コスト・低収益な稲作が行われ、償還金負担を農外収入で賄うことが常態化し、さらには高齢・過疎化の進行によって整備田さえも耕作放棄される危険性が高まっている。一方、高齢農家の水田を中心に受託拡大する農家も散見されるが、畦畔法面・農道・用排水路管理等の人力作業を多く抱え込まざるを得ないので、規模拡大には一定の限界がある。これらを背景として結成された地域営農集団は、零細兼業農家が主要な担い手とならざるを得ないものの、それらを適切に組織化することによって、水稲の生産性・収益性の向上や水田保全に大きく貢献している。と同時に、集団の活動領域を生活関連行事にまで広げている実態は、従来の生産組織研究が対象とした集団とは性格が異なることを示唆している。

 第3章では、先ず本論文の基礎となった広島県庄原地域の特性を明確にしている。つまり瀬戸内沿岸地帯に比べて高齢・過疎化が進行しているものの、比較的土地条件に恵まれ、依然農民の主体的努力によって生産・生活を再建する可能性が残されている「中国中山間地帯」である。こうした条件にある地域営農集団の管理運営をみると、稲作・転作ともに活動実績のある集団ほど、集落や自治会との結びつきが強い。また、オペレータの多人数確保、女性の参加、さらには田植えや収穫を祝う伝統的生活行事への取り組みに対して積極的な傾向が認められる。これらは集団活動を通じて中核農家の育成を目指す従来のシェーマからすると異質の展開と言える。

 第4章では、広島県における地域営農集団の中でも特に活動実績のある集団を三つ取り上げて、それぞれの展開構造を明らかにする。三つの集団は第1章の「基本視角」に即して考察すると、それぞれ独自の展開を図っており、地域営農集団における生活結合のあり方にも幾つかの種類があることを確認できる。

 先ずは一木営農集団組合について。一木集落には集団設立以前に田子組と呼ばれるため池利用組織が7つあり、それぞれが生産・生活の単位であった。ところが、第一次構造改善事業の導入とそれを契機とした地域営農集団の結成によって、水利組織を一本化し、集落全体を一つの生産単位とする営農体制が確立された。こうした生産上の変革を推進したのは、当時のむらの権力層であった旧地主層ではなく、いわば新興勢力としての酪農家グループであった。その後、彼らは集団のリーダーとして活躍するとともに、徐々に集団の枠を越えて集落運営の面でもリーダーシップを獲得し、集団と集落を密接不可分な形で運営してきた。これを先の「基本視角」に即してみれば、所有関係と職能関係の再編成が、人格的関係を通じて新たな生活上の諸関係の再編成に繋げている展開と位置づけることができる。

 次に七塚東営農集団について。これは土地基盤整備の際に同じ工区(七塚町東工区)に属した5つの小集落が連合して結成された集団であることから、一集落一集団に比べて集団と集落との一体性は弱い。また役員やオペレータといった集団のリーダーはすべて兼業農家であり、彼らはもともと集落への関与や関心が薄かった。これらが背景にあったために先ず第一に意識されたことは、集団としての社会的統合性を得ることであり、そのために構成員の間で頻繁な相互交流が行われた。そしてそのことが、生産面での効率化に役立つとともに、生活上の諸関係の範域を小集落から集団へと広げていった。これはいわば集団での人格的関係の重視・活用が、所有関係と職能関係の円滑化に役立っていると同時に、新たな生活上の諸関係の形成の契機となっているものと位置づけることができる。

 最後に蔵宗地区営農組合について。この地区は8つの谷と呼ばれる小集落より成るが、地区全体が近隣から隔絶されたところに立地し、しかも神社や寺及び旧小学校区の範域と重複していることから、一定の社会的統合性を持っていた。地区営農組合はこれら8つの谷ごとに結成された小組合の連合体としての性格をもっており、従来の生産・生活の基本単位である谷の機能を充分活用しながら、それを補完するという形での運営が行われている。ところが高齢化の進行によって谷レベルでは生産のみならず生活場面でも対応できない局面が数多く現れているので、公民館活動を通じて新たな生活上の諸関係を地区レベルで形成しようとしている。これは既存の生活上の諸関係が色濃く反映された人格的関係をもとに、所有関係と職能関係を再編成すると同時に、その一方では新たな生活上の諸関係の形成を梃子に、より一層の所有関係と職能関係の合理化を目指そうとする展開と位置づけることができる。

 以上のように、三つの地域営農集団はそれぞれの活動の舞台である地域社会と密接に関わりながら展開しているという点では共通性をもっているものの、それらを「基本視角」に即してみると、各々の集団の置かれた条件の違いによって展開の軸ないしは展開のための戦略的要因が異なっていることがわかる。

 第5章では本論文の最終章として生活結合型地域営農集団の展開論理と課題を考察している。経済組織としての地域営農集団は、所有関係と職能関係を合理化することが本来の課題である。しかしそれは一定の量と質の労働力が存在し、しかもその再生産条件が整備されていることが前提である。ところが、「中国中山間地帯」では兼業化によって再生産の経済的条件は最低限確保されているものの、高齢・過疎化の進行によってその社会的条件が壊されている。そのため地域営農集団は、単なる農業所得向上だけでなく、集団を機縁として形成される人格的関係を通じて地域生活上の諸関係も健全にし、再生産の社会的条件を整備する役割も担わざるを得ないのである。ここに地域営農集団における生活結合の必然性がある。

 ところが、高齢化の一層の進行は、農地委託による非農家化を促進し、その一方で受託組織形成の契機となっている。このことは従来のような集団の構成農家≒地域社会の構成世帯の状態を崩壊・変質させ、集団と地域社会の密接不可分性を弱めると同時に、集団の中核となる受託組織にとっては、経営の論理に基づく機能的展開の条件が形成されることになる。しかし農地管理の単位が家であろうと組織であろうと、そもそも生活上の諸関係が健全に保たれていない地域社会であるならば、労働力の再生産が保障されない。また受託組織が現段階に即した生産力的内実を備え、持続性のある農地管理主体となるには、地域住民の支援が不可欠である。これらを考えると、高齢化の進行によって集団の構成農家≒地域社会の構成世帯の基本的枠組みが崩れた段階においても、新たな異質化段階に対応した集団・受託組織と地域社会の結合が求められることになる。

審査要旨

 地域営農集団とは、農業生産組織の一形態であり、地域ぐるみの農家の合意を基本としながら、機械・施設の共同利用や土地利用の組織化を通じて、個別農家では達成できない生産力を実現しようとする経済組織である。しかし、高齢・過疎化の進んだ地域では生産のみならず、地域生活上の諸関係の再編成という、いわば経済とは異質な領域までをも含んだ集団活動が展開されるようになっている。こうした現実は、高齢・過疎化の進んだ地域にとどまらず、今後の全国の農業・農村のあり方を考える上でも重要な示唆を与えており、生産上の諸関係のみに焦点を当ててきたこれまでの生産組織研究の枠組みでは、充分に把握することのできない新しい研究の領域を提起している。

 本論文では、こうした地域営農集団の生活結合性の意義と展開構造を、特定地域の精密な実態分析をもとに明らかにしたものである。

 第1章では、生活結合型地域営農集団を捉えるための基本視角として、所有関係、職能関係、人格的関係、生活関係という4つの社会関係を提示している。(1)所有関係とは、集団に投入する生産要素の所有に関わるもので、成果配分や組織目標に影響する。(2)職能関係とは集団に投入された生産要素のうち、労働力の合理的編成に関わるもので、成果の効率的達成に影響する。(3)人格的関係とは集団への参加を機縁として各人が直接接触することによって形成される全人格的関係である。これら3つは農業生産組織一般に内包される社会関係であるが、このうち地域営農集団の人格的関係は集落をベースとしているために、(4)生活上の諸関係と密接不可分に結びついている。この関係は、いわゆるムラという地域空間において歴史的に培われてきたものであり、生活防衛のための相互扶助や利害調整機能の一つの内実でもある。以上、4つの社会関係のうち、従来の生産組織研究では主として所有関係と職能関係を取り扱ってきた。それに対して、本論文では人格的関係の持つ生産と生活との媒介的役割に注目している。それは生活上の諸関係の影響を蒙る反面、逆に生活上の諸関係にも影響を与えるからである。

 第2章では、広島県における地域営農集団の成立の背景並でに特徴を、詳細な実態調査に基づいて明らかにし、同県の農業では零細兼業農家が主要な担い手とならざるを得ないものの、それらを適切に組織化することによって、水稲の生産性・収益性の向上や水田保全に大きく貢献している実態を明らかにした。

 第3章では、広島県庄原地域の特性を統計資料によって整理した後、続く第4章では、同地域の地域営農集団のなかでも特に活動実績のある3集団を取り上げて、それぞれの集団の展開構造を明らかにしている。すなわち、3つの地域営農集団は、それぞれの活動の舞台である地域社会と密接に関わりながら展開しているという点では共通性をもっているものの、それらを先の「基本視角」に即してみると、各々の集団の置かれた条件の違いによって展開の軸ないしは展開のための戦略的要因が異なっている点を明らかにしている。

 第5章では、生活結合型地域営農集団の展開論理と課題を総括的に考察している。経済組織としての地域営農集団は、所有関係と職能関係を合理化することが本来の課題である。しかしそれには一定の量と質の労働力が存在し、しかもその再生産条件が確保されていることが前提となる。ところが、再生産の経済的条件は最低限確保されているものの、高齢・過疎化の進行によってその社会的条件が壊されている地域では、地域営農集団は、単なる農業所得向上だけではなく、集団を機縁として形成される人格的関係を通じて地域生活上の諸関係をも健全にし、再生産の社会的条件を整備する役割を担わざるを得ない。ここに地域営農集団における生活結合の必然性がある。農地管理の単位が家であろうと組織であろうと、そもそも生活上の諸関係が健全に保たれていない地域社会であるならば、労働力の再生産が補償されない。また受託組織が現段階に即した生産力的内実を備え、持続性のある農地管理主体となるには、地域住民の支援が不可欠な条件となる。

 以上、要するに本論文は全国各地で組織されている地域営農集団の生活結合性の意義と展開論理を、特定地域の精密な実態分析に基づいて解明したものであり、学術上、応用上寄与するところ少なくない。

 よって審査委員一同は、本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

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