学位論文要旨



No 212199
著者(漢字) 橋本,善太郎
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,ゼンタロウ
標題(和) わが国の都道府県立自然公園制度の評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 212199
報告番号 乙12199
学位授与日 1995.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12199号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 井手,久登
 東京大学 助教授 永田,信
 東京大学 助教授 下村,彰男
内容要旨

 昭和32年、自然公園法が制定され、自然公園は国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の3種類に分類され体系化された。平成5年3月現在、国立公園は28ヶ所205万ヘクタール、国定公園は55ヶ所133万ヘクタール、都道府県立自然公園は301ヶ所195万ヘクタールに及び、自然公園全体で国土の14.12%をカバーするにいたっており、国土の自然環境保全上中心的な役割を担っている。このうち国立公園、国定公園については国が指定し、その管理も法律により行われている事からも、制度等に関する一定の評価も定着している。一方、都道府県立自然公園は自然公園体系のヒエラルキーの下位に位置していること、その指定等の管理運営も都道府県の条例により行われていることもあり、その実態すら必ずしも明らかとは言えない状況である。

 さらに、環境保全の地球規模での広がりは、我々の生活を脅かす地球温暖化とそれに伴って起こると予想される異常気象等を防止するため、二酸化炭素の吸収源としての植物の量を如何に増やすのか、あるいは植物、動物を含め地球の生物社会を安定的に存続させるために生物多様性を如何に確保するのか、と言った新たな課題を我々の前に提示している。今後、わが国の自然環境保全制度はこのような課題にも対応していく必要があるが、そのためにも、現に国土の5.17%の地域の保全を担いながら他の制度と較べ解析が遅れている都道府県立自然公園の実態解明は不可欠である。

 本研究の目的は第一に、国土スケールで現状の自然環境保全制度がわが国の自然環境の保全にどのように作用しているか数量的に解析を試みその実態と問題点を明らかにするとともに、その中で都道府県立自然公園の位置づけを明らかにすることである。

 第二に、自然公園の歴史の中で、都道府県立自然公園の位置づけを明らかにすることである。わが国の公園の最も古い制度である太政官布告により設置された公園が道府県立であったこと、昭和6年の国立公園法の成立が制定されたこと、昭和10年以降一部の道府県でも地域制の道府県立公園条例を制定し指定を行ったこと、現行憲法のもとに昭和32年に自然公園法が制定されたこと、という経緯の中で旧道府県立公園が現在の都道府県立自然公園にどのように引き継がれてきたのかを自然公園体系の中で明らかにする必要がある。

 第三に、現状の都道府県立自然公園の実態を把握し抱える問題点を明らかにすることである。都道府県立自然公園は自然公園法のもとに、各都道府県が条例を定めて指定等を行うが、条例毎にどのような相違点があるか、各都道府県立自然公園の公園面積はどのようになっているか、土地所有状況はどうか、公園計画の策定状況はどうか、等につき国立、国定公園と随時比較しながら現状の課題を明らかにすることである。

 以上の研究目的は、以下の3項目に要約される。即ち、

 (1)全国レベルの保全体系の中で都道府県立自然公園の位置づけを分析する

 (2)自然公園体系成立の歴史の中で都道府県立自然公園の役割を分析する

 (3)都道府県立自然公園の保全上の課題をさらに詳細に分析する

 である。

 研究の方法は、上記(1)については、3次メッシュ情報である国土数値情報を中心に統計分析を行い、(2)については、既往研究、文献を整理するとともに、行政資料の分析を行い、(3)については、45都道府県の自然公園条例を分析し、さらに、都道府県立自然公園に関するデータを分析した。

 既往研究との関係では、自然公園の歴史を整理する上での研究成果について整理したが、都道府県立自然公園に関する研究が既往研究に見い出し得ないことも明らかとなった。

 研究の3大目的に対応し、本編は3章により構成された。

 第1章では、先ず、自然環境保全の分析に、自然環境の主たる要素である森林を分析対象とすることを述べ、主に全国ベースでの森林面積の減少実態を分析し、次に、その調査結果を踏まえて、保全森林率と森林面積の減少及び土地所有関係を分析し、最後にその中での都道府県立自然公園の位置づけを検証した。

 森林面積の減少については、都道府県別の森林減少実態、人口密度別森林減少率、関東東南部DID地区に於ける緑地の種類別面積推移等の分析結果から、人口密度の高い地区ほど森林減少率が高いことを数量的に明らかにした。次に、森林の保全制度の枠組みを整理し、標高別の森林減少の実態を分析し、標高50メートルから1500メートルまでの所謂丘陵地帯の森林が保全率も低いことを数量的に明らかにし、併せて、森林の植生別に土地所有関係、指定保全地域の割合等の分析を行った。最後に、森林を中心に全国ベースでの保全上の課題を考察するとともに、丘陵地帯の森林における都道府県立自然公園の関わりが高く、さらに、保全森林に占める都道府県立自然公園の割合もこの地帯で高いことを数量的に明らかにし、わが国において、自然環境保全上、都道府県立自然公園の果たすべき役割が重要であるとの結論を得た。

 第2章では、都道府県立自然公園の変遷について分析した。変遷の時代区分については明治6年から昭和9年までを第1期、昭和32年までを第2期、昭和47年までを第3期、それ以降を第4期とした。第1期については、既往の研究・文献をもとに整理分析した結果、太政官布告を緒としたが、その理由は、これらの公園が当初から自然公園と都市公園の両者の性格を有しながら、道府県立として整備されたことによる。しかしながら、その中でも、公園が営造物を旨としていたこともあり、自然公園的公園の整備は十分とは言えない状況であったとの結論を得た。昭和6年、国立公園法が制定され、これにより昭和9年はじめての地域制の国立公園が指定されるに及び、都道府県立の自然公園の新たな展開への素地が固まった。この影響が都道府県を刺激し、昭和8年に千葉県において、国立公園と同じ地域制の県立公園条例が制定され、10年には早くも6ヶ所の県立自然公園が指定される運びとなった。第2期のスタートをこの年にした理由である。第二次大戦を挟み、自然公園法が制定される昭和32年までのこの時期は、都道府県立自然公園にとりその基礎が築かれた重要な時期であったが、この時期に指定された都道府県立自然公園が自然公園体系全体の発展にとっても大きな力になったという点でも極めて意義のある時期であった。

 昭和32年以降47年までの第3期は、自然公園法のもとに自然公園体系が発展してきた時期である。暫時都道府県立自然公園条例も制定され、都道府県立自然公園の指定も進んだ。また、一方では、第2期に旧条例のもとに指定の進んだ都道府県立自然公園が、特に国定公園の候補地のストックとして機能した。第2期に限っても、その時期に指定された都道府県立自然公園を基にして指定された国定公園は、現在の55ヶ所のうち37ヶ所に及んでいることが明らかになった。

 昭和47年、生態系保護を視野に入れた自然環境保全法が制定され都道府県立自然公園も第4期と言える時期を迎え、地域拡張の時期から管理運営を充実すべき時期に入った。そして今日、国際的にも自然保護に対し地球環境の保全を中心とした新たな理念が持ち込まれるに及んで、次なる展開が求められる時期に入りつつあると言えよう。

 第3章では、都道府県立自然公園の現状分析を行った。先ず、45都道府県の都道府県立自然公園条例を分析した。条例が自然公園法を規範として出来ているとは言え、指定手順の仕組み等に相違点のあることが明らかになった。次に、公園面積について分析を行った。都道府県立自然公園は一ヶ所あたりの平均面積では、国立公園の十分の一であるが、個々の面積には国立、国定公園に較べ大きな開きがあり、最大52、000ヘクタールから最小20ヘクタールまである。土地所有については、国立公園では75%が国公有地であるが、都道府県立自然公園では国公有地は45%に過ぎない。公園計画は本来公園指定時に決定されるべきものであるが、都道府県立自然公園では25%が公園計画を決定していない。また、特別地域についても、国立公園が区域の71%が特別地域であるのに、都道府県立自然公園では34%に過ぎない。このように管理運営上は更に充実を図る必要のある都道府県立自然公園であるが、公園利用者は単位面積当たりにすれば、国立公園の7割の利用者を受け入れており、より充実した利用計画とその整備が望まれることが明らかになった。

 最後に第4章では、以上の考察と結論を踏まえ、都道府県立自然公園が新たな自然保護の要請に適切に対応するための今後の可能性については、他の自然環境保全のための地域と相俟って、従来の「島」状の形態から「ネットワーク」状の自然環境保全体系のあり方が重要であるとの提案をした。

審査要旨

 地球環境の時代をむかえ,また,21世紀の新しい社会経済秩序の中で,わが国の自然環境保全は国内外の多様な課題に対応して再検討すべき時期にきている。その中でも国土の5.17%の地域の保全を実質的に担いながら,解析が遅れている都道府県立自然公園の実態解明と整備充実は急務の課題である。こうした認識のもとに,本論文は都道府県立自然公園の実態と問題点,そして成立と変遷の過程を明らかにするとともに,自然環境保全制度の中での意義と位置づけを明らかにすることを目的としたものである。

 本論文は5章より構成されており,まず序章においては,研究の目的や対象,方法,そして研究の位置づけが述べられている。

 第1章では,自然環境の主たる要素である森林を分析対象とし,3次メッシュの国土数値データをもとに都道府県別の森林面積減少実態,人口密度別森林減少率,さらに関東東南部DID地区における緑地の種類別面積推移等の分析結果から,人口密度の高い地区ほど森林減少率が高いことを数量的に明らかにしている。次に,標高別の森林減少の実態を分析し,標高50メートルから1500メートルまでの丘陵地帯の森林保全率が低いことを明らかにし,併せて植生別に指定保全地域の割合等の分析を行っている。最後に,丘陵地帯の森林と都道府県立自然公園との関わりが高く,さらに保全森林に占める割合もこの地帯で高いことを明らかにし,自然環境保全上,都道府県立自然公園の果たすべき役割が重要であると結論づけている。

 第2章では,文献・資料調査から都道府県立自然公園の変遷について分析し,4期の時代区分を提案している。第1期は,明治6年の太政官布達から昭和9年までで,太政官布達公園は自然公園と都市公園の両者の性格を有しながら道府県立として整備されたが,営造物を旨としていたこともあり,自然公園的公園の整備は十分とは言えない状況であったとしている。第2期は,昭和6年の国立公園法の制定,昭和9年の地域制国立公園の指定の後,実際に6ヶ所の地域制県立自然公園が指定された昭和10年から自然公園法が制定される昭和32年までとしている。この第2期は,都道府県立自然公園の基礎が築かれた重要な時期であると位置づけている。昭和32年以降47年までの第3期は,自然公園法のもとに自然公園体系が発展した時期で,暫時,都道府県立自然公園条例も制定され,その指定も進んだ。また,現在の国定公園55ヶ所のうち,第2期に指定された都道県立自然公園を基に指定されたものが37ヶ所に及んでいることを明らかにし,旧条例のもとに指定された都道府県立自然公園が国定公園の候補地として極めて重要な役割を果たしたことを実証している。昭和47年,生態系保護を視野に入れた自然環境保全法が制定され都道府県立自然公園も第4期を迎え,地域拡張の時期から管理運営を充実すべき時期に入ったと分析している。

 第3章では,45都道府県の都道府県立自然公園条例を分析し,自然公園法を規範としているものの,指定手順の仕組み等に相違点のあることを明らかにしている。また,都道府県立自然公園の個々の公園面積については,国立,国定公園に較べ大きな巾があり,20〜52,000ヘクタールに及ぶことや,国公有地は45%に過ぎないことを明らかにしている。そして都道府県立自然公園の25%は公園計画が未決定であり,また,特別地域は34%に過ぎないと分析し,一方で公園利用者は単位面積当たりにすれば,国立公園の7割の利用者を受け入れていることを明かにし,より充実した利用計画とその整備の必要性に言及している。

 第4章では,以上の考察と結論を踏まえ,都道府県立自然公園が新たな自然保護の要請に適切に対応するための今後の自然環境保全体系のあり方について提案をしている。

 以上,本論文は都道府県立自然公園の変遷や現状を明らかにすると同時に,自然環境保全体系の中での制度的,実質的位置づけを論じた新しい試みである。申請者は全国45都道府県の自然公園に関する条例と実態に関する膨大なデータを収集・整理すると同時に,3次メッシュを用いて全国の森林面積などのデータを整理することで,現在の自然環境保全体系の中での位置づけを適切に評価することに成功している。また,その歴史的変遷を辿ることで自然公園体系の中で果たしてきた役割と効果についても明らかにしている。

 このように適切な研究方法に基づき,有意義な結論を導出したものと判断でき,今後の自然環境保全に関する研究,行政に重要な知見を与えるものと評価できる。したがって学術上,応用上貢献することが少なくないと考え,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと判定した。

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