審査要旨 | | 医薬品の研究開発において,実験動物からヒトへの外挿を適確に行う上でヒトに近縁な実験用サル類が果たす役割は大きい。しかしながら,一般に実験に使用されるサル類は生育環境や疾病に関する統御が不十分な野生由来の動物が大半を占めるばかりでなく,大脳皮質がよく発達して情動性,運動性,攻撃性に富む性質を有するから,実験を行うにあたっては種々の角度から実験条件について十分吟味する必要がある。すなわち,とくに無麻酔条件下で実験が行われる場合には捕獲,保定などのハンドリングや実験条件への馴化程度の違いに起因すると考えられるデータのパラッキが大きいからである。 そこで,本研究ではまず,実験用サル類の中から分類学的位置づけの異なるツパイ,リスザルおよびアカゲザルを選び,自由行動下における体温および自発活動量の日内変動の実態を明らかにするために,テレメトリー法による観察を行い,ついで,これらの基礎データを考慮に入れながら,医薬品の研究開発に汎用されているマカク属のアカゲザルに対象をしぼり,無麻酔条件下の実験でよく用いられるモンキーチエア保定が各種生理的指標に及ぼす影響について単回および反復適用の面から詳細に検討している。さらに,薬物の体内動態試験ならびに発熱性試験にモンキーチエア保定を導入し,これに馴化させることが実験精度の向上を図る上で極めて重要であることを実証している。研究の内容は4部に大別される。 まず,テレメトリー法を用いて自由行動下における体温ならびに自発活動量の日内変動を詳細に検討した結果,いずれの種においても体温は点燈とともに上昇し,アカゲザルで38℃,ツパイで39℃,リスザルで37℃に違した後,昼間は小さな変動を繰り返しながら高体温状態を維持するが,消燈後はすみやかに下降して夜間は35〜36℃の低体温状態となり,3〜4℃の比較的大きな日内変動を示すこと,自発活動は昼間に集中し,典型的な昼行性パターンを示すこと,体温上昇経過および昼間の高体温持続は自発活動量と密接に相関していることなどを明らかにしている。 つぎに,実験対象をアカゲザルに限定し,モンキーチエア保定の8時間初回適用が体温,心電図,保定下体動量ならびに血漿酵素活性値に及ぼす影響について検討した結果,自由行動下では100〜150回/分であった心拍数が,保定によりその直後から200回/分まで増加し,保定期間中その値を持続すること,血漿CK,GOT,GPT,LDH酵素活性値も保定開始3時間後から上昇し,その影響は保定解除後も1〜2日間持続することなどを認め,初めてモンキーチエアに保定された場合に各種生理的指標が受ける影響の大きいことを実証している。 ついで,1日8時間のモンキーチエア保定を連日反復適用した場合に,保定に対する馴化が認められるかどうかについて,非観血的血圧測定器による血圧と脈拍数,テレメーターによる体温と心電図,レーダー式運動量測定装置による保定下体動量および血漿コルチゾール値ならびに各種酵素活性値を指標として詳細に検討している。その結果,保定の初回適用により大きく上昇した血圧,心拍数および血漿コルチゾール値,一部の酵素活性値は保定の適用回数を増すに従い漸次減少し,スケジュールの後半では無保定時のレベルまで回復し,保定下にもかかわらず自由行動下に近い生理的状態の作出が可能なことを明らかにしている。 最後に,モンキーチエアの反復適用が各種の生理的指標を自由行動下のレベル近くまで回復させる上で有効なことをふまえ,薬効試験や安全性試験に必要とされる薬物の体内動態試験ならびに発熱性試験を反復保定下のアカゲザルで実施し,それらの試験成績と反復適用による馴化との関係について検討を直ねている。その結果,ある条件下でモンキーチエア保定および薬物投与,採血などの実験操作にサルを十分馴化させておくことにより,モンキーチエア保定経験のない個体では決して得られない,適正な薬物の評価が可能となることな実証している。 以上を要するに,本論文は,実験用サル類における生理,行動指標の日内変動を明らかにした上で,モンキーチエア保定は当初生体の恒常性を著しく乱すものであるが,保定経験を重ねることで保定下にもかかわらず自由行動下に近い生理的状態を作出することが可能なこと,保定ならびに実験操作に対する馴化は各種の生理学的研究を初め医薬品の開発研究に関わる動物実験において極めて重要であることを実証したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |