学位論文要旨



No 212201
著者(漢字) 竹内,伸夫
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ノブオ
標題(和) 紙層形成過程における繊維の凝集とシート地合に関する研究
標題(洋)
報告番号 212201
報告番号 乙12201
学位授与日 1995.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12201号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 助教授 有馬,孝禮
 東京大学 助教授 磯貝,明
 東京大学 助教授 太田,正光
内容要旨

 紙の諸特性がシート内における繊維の凝集状態を示す地合でほぼ決定されるものであることは過去より認識されてきているが、最近ではその認識に変化が出てきている。

 以前は、包装用のクラフト紙に代表されるように強度が重要であり、地合の良否が強度のばらつきと関係するため力学的物性の観点より研究されてきた。

 最近の洋紙の分野においては、印刷方式の変化やOA化の影響を受けた情報用紙の発達がより良い画像を求めるために、従来に増して地合の均一化が要求されてきている。また、製紙された紙そのものの形で使用される用途から、塗工・含浸・ラミネートなど加工処理されて使用される用途が増大してきている。塗工紙や積層板、剥離紙、紙器などがその代表例である。

 このような加工処理を受ける紙の原紙段階における地合の良否は、加工処理後の特性と密接な関係にある。

 そこで、紙シートの地合の測定法と評価方法を検討し、さらにその原理に基づく独自の地合測定装置を製作した。また、紙層の形成過程における繊維の凝集性を実験的に検討して理論的な考察を加えるとともに、製紙工程での地合形成と最終的な紙シートの地合との相互関係に関する研究を行った。

 地合の測定および評価方法に関しては、過去に北欧や欧米で研究された地合の評価方法を参考として線ラジオグラフィー法による質量地合の測定法を基礎的に確立し、光学的な地合測定法との比較を行った。光学的な地合評価では紙の光学的性質が影響しており、紙に対する光の吸収・散乱性に依存して評価値が異なる。特に、白色度の高い上質紙では質量地合に比較して低い変動係数を与える。坪量に対する光学的な光吸収特性の実験式を導き、光学地合から質量地合に変換する方法を検討した結果、光学測定から質量地合の予測が可能となった。

 光学測定による光学地合と質量地合への変換を可能とする、微小スポット径のレーザー光を利用したフライングスポット方式で平面走査を行う地合測定装置を製作し、1/3オクターブ分析手法を採用した地合曲線の特徴化を行った。併せて、抄紙機や一般上質紙における特徴的な地合につき、雲状や粒状地合に関する簡易な分類を行った。

 また、地合の二次元的な評価方法として、線による坪量写真フィルムの光学的な二次元自己相関分析を採用し、地合の二次元ミクロスケールを算出した。

 さらに、分析手法の応用として原紙の質量変動と塗工紙表面の光沢モットリングを1:1の位置関係で対応させて相互相関分析を行った結果、光沢モットリング発生の主要因が原紙の微視的な坪量変動にあることを認めた。

 地合形成にとって繊維のフロック化現象は極めて重要であり、過去にも多くの研究が行われているものの、一般的に形成と破壊に関する研究結果は少ない。この地合形成に関するパルプ懸濁液内の繊維フロック化について、モデル的な流路やモデルヘッドボックスで構成した原料の循環系を用いて基礎的な研究を行った。

 流路形式を種々変更し、また流速や濃度・パルプ繊維の種類を変更した実験結果と理論的な解析から、繊維フロックの形成と破壊に関する考察を行った。その結果、狭い流路間隙における繊維フロックの形成と破壊は壁面からの剪断応力を仮定することで説明できるが、間隙の広い流路内の乱流スペクトルが広波長範囲にわたる場合には流体内に生じる速度勾配による流体内剪断応力の存在が無視できなくなる。

 また、パルプ懸濁液が流動する流路の形状によってもフロック化の状況が異なり、緩やかな縮小流路に比べて急激な縮小流路では、粘弾性的な繊維ネットワークに伸張作用が働くためにネットワークの伸長と破壊が生じ易くなることを認めた。

 さらに、モデルヘッドボックスによる実験から、ヘッドボックス内におけるパルプ懸濁液中の繊維フロックは流路分割シートやスライスの縮流効果で若干の分散効果を認めたが、その均一化の程度は弱いと予想されるため、ヘッドボックス内での繊維分散をかなりな程度にまで進めておくことが必要であると示唆された。

 抄紙機ワイヤーパート上における紙料挙動についても、高速写真撮影と光学的なモニター装置により調査を行った。ワイヤー上の紙料層厚さは下流に行くにしたがって紙層形成が進むために薄くなるが、どの抄紙機においても紙料内の透過光変動は上流より下流に減衰する傾向を示した。最終的な紙の地合は紙層形成がほぼ終了するサクションボックス付近で決定されており、地合の均一化はそれ以前におけるタービュレンスなどとの関係が深い。

 地合の均一化は、シェイキング、ハイドロフォイル角度・配列、ダンディロール、J/W比などの条件でも影響されるが、主にはヘッドボックス内の繊維分散性とワイヤー上での分散維持や再凝集防止が主因である。ハイドロフォイルは主として厚さ方向のタービュレンス発生に、また、シェイキングやダンディロールなどは平面方向の剪断力の大きさに寄与する。特に、ワイヤー上の初期におけるタービュレンスの発生が地合の均一化には最も寄与が大きく、モニター装置により特定波長の明瞭な表面波とその強度が検出された。

 さらに、ワイヤー上での紙料の均一化法としてワイヤー振動法について地合と紙質への影響を調査した。突起付きテーブルロールを用いてワイヤー水平面より数mmの範囲でワイヤーを縦振動させることで紙料表面にスパウティングの発生を認めた。スパウティングには、ワイヤー張力と面密度および支点間距離で決定される振動数が重要であり、紙料液への最大加速度は振動の最大振幅と振動数の二乗の積が影響する。

 振動法による地合の均一化効果は明瞭であり、繊維配向性の等方化や紙層充填化による透気度の増加が認められた。

 また、抄紙濃度を増加させた高濃度抄紙における繊維の凝集・分散性と紙の地合・紙質などに対する影響を検討した。

 高濃度抄紙の研究開発にとって最も重要な課題は、パルプ懸濁液の高濃度化に伴って困難になる地合の均一化であり、凝集(フロック化)が極めて容易に生じるために分散性の確保と維持が難しくなる。そこで、透明アクリル製の同軸回転式粘度計を試作して高濃度パルプ液の分散性と流動性の同時評価を行った。流動性は外筒回転時にパルプ懸濁液を介して内筒に作用する壁面剪断応力より、また、分散性はレーザー光の透過強度変動より評価した。

 パルプ懸濁液に対する壁面応力は濃度の増加とともに指数関数的に上昇し、高速時には水による壁面応力を下回る現象(Drag Reduction)が現れた。Drag Reduction開始速度は濃度に対してほぼ比例する関係にあったが、繊維長の長い針葉樹パルプでは広葉樹パルプに比べて高くなる。また、同じ濃度において発生する壁面剪断応力も高くなり、流路内に発達した繊維ネットワークの大きさと強さが関係していることが示唆された。

 また、叩解を進めた低濾水度原料や平均繊維長を短くする遊離状叩解原料では、流動抵抗は増加するものの、分散し易い傾向にあった。SGPやTMPなどの機械パルプや繊維長の長い針葉樹パルプは広葉樹パルプに比較して流動抵抗が高く、流路内での繊維ネットワークの広がりが大きいため、流動時に弱いネットワーク間で切断を生じ易いと言える。

 小規模および高速のパイロット抄紙機で抄紙した高濃度紙の地合は、抄紙濃度の増加とともに悪化する傾向を認めたが、抄速と関連するヘッドボックスの構成が顕著な影響を与えている。繊維分散のために与える極度な乱流は、むしろ地合を不均一化させるため、狭流路構造で継続的な乱流を付与する必要があることを認めた。

 抄紙濃度の増加による紙質構造の変化を、紙層の各層別にレーザー回折解析および電子顕微鏡観察した結果、高濃度化により紙層内の繊維配向が等方化していることを認めた。したがって、高濃度条件では繊維ネットワークが三次元的に配列する傾向にあると言える。これは、引っ張り強度の縦・横比や総合紙力の低下、および層間結合強度の増加からも裏付けられた。また、抄紙上においては、紙中填料の歩留りが顕著な増加を示しており、脱水総量の減少と瀘過抵抗の増加が寄与しているものと予想された。

 紙シートの地合は、パルプ繊維の特性と懸濁状態でのネットワーク特性および流動時における流体内の乱流条件で決定されるものと言え、流路構造と脱水過程での剪断力条件と極めて深い関係にあることが本研究で明らかになった。

審査要旨

 紙はパルプと各種の添加薬品よりなる懸濁液が、抄紙機上を高速で流動しながら紙層形成をし、脱水・乾燥の工程を経たのちシートとして形成されるが、その過程における繊維の凝集性は完成した紙の均一性の指標である地合に大きく影響する。

 紙の地合は紙の表面における繊維の質量分布であり、密度や空隙の分布として発現するので、インクの様な液体や塗工カラーの付着や含浸特性に大きく影響するために、印刷用紙や情報記録用紙における文字や画像などの情報の再現性の精度を左右する重要な因子である。近年は特に高品位の印刷が指向されており、紙の表面の均一さの精密な制御が色彩画像の精密な再現性において特に重要となっている。

 本研究は懸濁液中での繊維の動的な凝集現象の計測制御の問題とシートの地合の評価の問題を実験的および理論的に解明したものである。更に従来良好な地合を得にくいといわれてきた高濃度抄紙に伴う諸問題を解明したものである。

 本論文は5章からなっている。

 第1章は緒論であり、本研究の目的や背景となる諸問題、更に地合評価、紙層形成、高濃度抄紙に関する既往の研究の概要を述べている。

 第2章は地合の測定と評価方法を扱っている。線ラジオグラフィー法により質量地合写真を作成し、X線写真の感光特性を利用した光学濃度と局所坪量の関係を提案し、更に塗工紙上での実際の微視的光沢分布(グロスモトリング)と原紙の質量分布の関係を明らかにした。これらの知見を基にレーザー光によるフライングスポット方式による光学地合および変換式による質量地合を測定可能な装置を製作した。また地合に関して自己相関係数を用いた統計的な取り扱い法を提案した。

 第3章は紙層形成の問題を扱っている。特にパルプ懸濁液内における繊維の凝集過程を要素流路とモデルヘッドボックスを用いた動的な流動状態で測定し、その理論的な解析を行い、パルプ繊維の凝集と分散が平衡状態にある臨界流速の存在を明らかにした。更に縮小流路内での繊維フロック化の増大と伸長的破壊という相反現象が生じることを見出した。

 また実際の抄紙機のワイヤーパートにおける紙層形成過程を観察する目的で透過光方式の紙料挙動モニターを製作し、脱水条件と地合の関係を解明した。更にワイヤ上での表面波の形状と大きさは紙料液層の厚さや脱水装置の配列で決まり、特に初期段階での液層乱れが地合の均一化に重要であることを見い出し、特にサクションまでの紙層形成段階で地合がほぼ決まることを明らかにした。

 このように流体力学的条件下での繊維フロックの凝集と破壊、ヘッドボックス出口前後におけるパルプ懸濁液のフロック化挙動、ワイヤ上での紙料の挙動と地合の関係など製紙における基本的だが未解明のいくつかの事項を明らかにし、今後の抄紙機の改良のための多くの基礎的知見を得たと言える。

 第4章は高濃度抄紙とそのシート特性を扱っている。抄紙濃度を上げることにより乾燥のエネルギーを節減し、省エネルギーに寄与しようという高濃度抄紙における基本的な問題を明らかにする目的で、抄紙濃度などの抄紙条件と地合形成および紙層構造の形成の関係を実験的に明らかにした。特に懸濁液濃度の増加に伴う流動抵抗の指数関数的な増大と、繊維ネットワークの降伏応力の顕著な増大を認めた。更に叩解との関係で見ると遊離状叩解による短繊維化は流動抵抗を増大させるが、分散性を向上させることを見出した。また高濃度化により填料のリテンションは顕著となるが、紙層表面よりも紙層内で均一な分布状態になることを認めた。抄紙濃度の増加は縦方向の繊維の絡み合いを増大させ、より3次元的な紙層配列状態になることを電子顕微鏡による観察で明らかにし、また層間強度や縦横比と抄紙濃度との関係も明らかにした。

 第5章は本論文の全体を総括している。

 以上、本論文は繊維懸濁液における繊維の凝集、その計測法、凝集過程の理論的な解析を行い、更にそれらの問題と地合形成の関係を実験的および理論的に解明し、省エネルギー型抄紙法である高濃度抄紙法の実現の可能性を多面的に究明した。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク