学位論文要旨



No 212203
著者(漢字) 田尻,功郎
著者(英字)
著者(カナ) タジリ,イサオ
標題(和) 傾斜地用トラクタの姿勢制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 212203
報告番号 乙12203
学位授与日 1995.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12203号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木谷,収
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 坂井,直樹
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨

 傾斜地農作業の重労働から解放されるためには,機械化の一翼を担う傾斜地用トラクタの導入が望まれている。その導入の狙いは,安全対策,疲労の軽減,作業性能の向上などにある。このような要望に対しては,低重心式のトラクタが開発されており,機動力を発揮しているが,立毛中の作業に対しては,地上高が高いので,機体の姿勢制御が必要になり,世界の国々において多大の研究開発努力が払われてきた。傾斜地用トラクタの自動姿勢制御においては,圃場の起伏などによるトラクタの動揺が激しいので,通常の作業速度では,姿勢制御が難しい状況にある。本論文は実験機を試作し,作業速度に対する実験機の運動特性の研究を主眼として,試作を含む傾斜角センサによる姿勢制御応答の特性などを明らかにしたものであって,次の7章よりなっている。

 第1章は,序論で,本論文の目的を述べ,傾斜地用トラクタの必要性,姿勢制御機能を有する主な傾斜地用機械に関する研究及び開発の経緯,これから導かれる要件と問題点などを述べたものである。

 第2章では,試作した実験機に関する基本設計に関して,実験機の概要,前輪懸架の力学的特性,姿勢制御に伴う接地反力の解析について述べた。トレーリングアーム式後輪懸架の基本設計として,姿勢制御補正角の正接は,姿勢制御用油圧シリンダの変位に比例することを式によって明らかにした。また平行四辺形リンク式前輪懸架の幾何学的な特性を明らかにすると共に,各リンクに作用する力を求め,前輪接地反力に関する特性式を誘導した。前輪と後輪の接地反力の解析は,不静定の問題になるが,サイドフォースの比と前輪接地反力に関する特性式を用いて,静力学として接地反力を求め,特性を明らかにした。実験機の試作における主な仕様は次のようである。車両質量:1208kg,定格出力:12.5kW(2900rpm),最大姿勢制御補正角:20゜,基準とする補正角の角速度:15°/s,駆動方式:後輪駆動,前車軸の型式:センダピボットルモアン式

 第3章は,振り子型傾斜角センサの設置法として,センサの位置制御法,圃場傾斜面に平行なリンクの設置法及びそのリンク機構の挙動について述べたものである。センサの位置制御法として,姿勢制御の瞬間に振り子の安定を図るリンク機構を見い出し,実験により検証した。また後輪懸架における幾何学的な関係式を直角三角形リンクで表すことにより,圃場傾斜面に平行になるリンク機構を見い出し,このリンク機構を試作機に装着して,実験によってこの原理を確かめた。このリンクを用いれば,姿勢制御の補正角の測定が可能になり,リンクの横方向の移動によるセンサ出力に脈動が生ずるが,平均的な傾斜度の測定ができた。

 第4章では,振り子型傾斜角センサによる姿勢制御について,姿勢制御のシミュレーション,姿勢制御実験及びセンサの位置制御による姿勢制御実験を述べた。シミュレーションでは,傾斜台にトラクタを乗せた模式図を設定して,これより導いた振り子系,油圧系で構成される非線形連立微分方程式を解き,トラクタの挙動を明らかにすると共に,実験機に用いるパラメータの設定を行った。また計算値と実験値の比較を行い,両者はほぼ一致することを明らかにした。姿勢制御実験では,傾斜台による定置実験と正弦波形をしたコンクリート製路面を用いた走行実験を行い,振幅15°に対して,0.1Hzが姿勢制御の限界であることが分った。走行速度0.3m/s以下においてトラクタの姿勢は不感帯1.6°に戻る。大型振り子を用いたので,トラクタ本体傾斜角の波形は,最大4°以内で,鋸歯状の波形を示した。小形ばね-質量系とパルス発生回路で構成したセンサ,2個のソレノイド,2個の振り子からなる複合振り子傾斜角センサを試作して,姿勢制御実験を行った。姿勢を正す瞬間に生じる加速度により,ばね-質量系のセンサが作動して,振り子を中立側へ引き戻す機能を有する傾斜感知装置を装着して,傾斜度4゜の半円形のコースで旋回実験を行った。トラクタ本体傾斜角1.5°以内,走行速度0.9m/s以下において,かなり安定した姿勢制御が見られた。これにより,振り子の遅れに起因するトラクタの揺り返しをかなり防止することが可能となった。また傾斜角センサの位置制御による姿勢制御実験では,小型振り子式センサ,静電容量型傾斜角センサ,ばね-質量系からなるセンサを用いた。3重のパルス制御により,傾斜度4゜の半円形コースで姿勢制御実験を行い,トラクタ本体傾斜角1.5°以内,走行速度0.9m/s以下において姿勢制御が良好に行われることが明らかになった。

 第5章では,試作した加速度入力サーボ弁センサの応答特性について,このセンサの固有特性と姿勢制御実験を述べた。固有特性としては,理論設計を行って,作動油流量をシミュレートして,実験により確認すると共に,周波数応答が8Hzになることを解明した。また固有振動数を求める式を誘導し,固有振動数が14.4Hzであることを実験によっても確認した。このセンサによる姿勢制御実験では,トラクタ走行速度が0.6m/s以上になると4゜傾斜地での姿勢制御が難しくなった。これは重りの振動により,有効な作動油流量が少なくなることに起因している。しかし,非定常な走行に対しては極めて安定しており,微小振動があるものの2°以上の大きい揺り返しは生じないことが判明した。

 第6章は,圧電振動型角速度センサによる傾斜角計測及び姿勢制御実験を述べたものである。傾斜角計測では,コンピュータにより角速度に時間間隔を乗じ,これを累積して傾斜角を求めた。正弦波形の強制振動に対して,振幅10°,振動数0.6Hz以下であれば,1分以内では角度計による角度とほぼ一致することが明らかになった。1分以上になるとドリフトによって誤差が増大する。わずかな時間ではあるが,かなり正確な傾斜角の測定が可能になったので,このセンサをトラクタに装着して,リアルタイムで姿勢制御実験を行った。最大傾斜角10°の盛り土型路面乗り越え実験においては,トラクタの姿勢が不感帯1.5゜以内に戻る姿勢制御の限界は0.9m/sであることが明らかになった。また傾斜角を正確に測定することができても,不感帯の大きさやトラクタ固有の振動により揺り返しが発生するので,パルス制御が必要になることが分かった。

 第7章は,総合的な考察及び結論である。通常のトラクタ走行懸架装置を改造することにより,自動姿勢制御を行う実験機を試作した。試作により,傾斜地用トラクタの姿勢制御に関する種々の問題点とその対応策を考察した。姿勢制御では姿勢の行き過ぎによる揺り返しが生じやすい。その対策として,リンク機構によるセンサの位置制御や複数のパルス制御を行い,揺り返しが防止できることを明らかにした。加速度入力サーボ弁センサを試作して,特性を明らかにすると共に,姿勢制御応答の安定化を図った。試作トラクタにおいては,姿勢制御の限界となる走行速度は0.9m/sであることを明らかにした。また傾斜面に平行になるリンクを見い出すことができたので,このリンクを姿勢制御に応用する方法を指摘した。

審査要旨

 傾斜地農作業の重労働から解放されるためには,機械化の一翼を担う傾斜地用トラクタの導入が望まれている。傾斜地用トラクタの自動姿勢制御においては,圃場の起伏などによるトラクタの動揺が激しいので,通常の作業速度では,姿勢制御が難しい状況にある。本論文は実験機を試作し,作業速度に対する実験機の運動特性の研究を主眼として,試作を含む傾斜角センサによる姿勢制御応答の特性などを明らかにしたものであって,次の7章よりなっている。

 第1章は,序論で,本論文の目的を述べ,傾斜地用トラクタの必要性,姿勢制御機能を有する主な傾斜地用機械に関する研究及び開発の経緯,これから導かれる要件と問題点などを述べたものである。

 第2章では,試作した実験機に関する基本設計に関して,実験機の概要,前輪懸架の力学的特性,姿勢制御に伴う接地反力の解析について述べた。トレーリングアーム式後輪懸架の基本設計として,姿勢制御補正角の正接は,姿勢制御用油圧シリンダの変位に比例することを式によって明らかにした。

 第3章は,振り子型傾斜角センサの設置法として,センサの位置制御法,圃場傾斜面に平行なリンクの設置法及びそのリンク機構の挙動について述べたものである。センサの位置制御法として,姿勢制御の瞬間に振り子の安定を図るリンク機構を見出し,実験により検証した。また後輪懸架における幾何学的な関係式を直角三角形リンクで表すことにより,圃場傾斜面に平行になるリンク機構を見出した。

 第4章では,振り子型傾斜角センサによる姿勢制御について,姿勢制御のシミュレーション,姿勢制御実験及びセンサの位置制御による姿勢制御実験を述べた。シミュレーションでは,傾斜台にトラクタを乗せた模式図を設定して,これより導いた振り子系,油圧系で構成される非線形連立微分方程式を解き,トラクタの挙動を明らかにすると共に,実験機に用いるパラメータの設定を行った。また計算値と実験値の比較を行い,両者はほぼ一致することを明らかにした。姿勢制御実験では,傾斜台による定置実験と正弦波形をしたコンクリート製路面を用いた走行実験を行い,振幅15°に対して,0.1Hzが姿勢制御の限界であることを見出した。また傾斜度4°の半円形コースで姿勢制御実験を行い,トラクタ本体傾斜角1.5°以内,走行速度0.9m/s以下において姿勢制御が良好に行われることを明らかにした。

 第5章では,試作した加速度入力サーボ弁センサの応答特性について,このセンサの固有特性と姿勢制御実験を述べた。同有特性としては,理論設計を行って,作動油流量をシミュレートして,実験により確認すると共に,周波数応答が8Hzになることを解明した。また固有振動数を求める式を誘導し,固有振動数が14.4Hzであることを実験によっても確認した。このセンサによる姿勢制御実験では,トラクタ走行速度が0.6m/s以上になると4°傾斜地での姿勢制御が難しくなった。

 第6章は,圧電振動型角速度センサによる傾斜角計測及び姿勢制御実験を述べたものである。傾斜角計測では,コンピュータにより角速度に時間間隔を乗じ,これを累積して傾斜角を求めた。正弦波形の強制振動に対して,振幅10°,振動数0.6Hz以下であれば,1分以内では角度計による角度とほぼ一致することが明らかになった。最大傾斜角10°の盛り土型路面乗り越え実験においては,トラクタの姿勢が不感帯1.5°以内に戻る姿勢制御の限界は0.9m/sであることを明らかにした。

 第7章は,総合的な考察及び結論である。

 以上要するに本研究は,傾斜地用トラクタの油圧式姿勢制御について段軸式トラクタを試作し,その姿勢制御特性を多くの実験と解析によって明らかにしたもので,この分野に学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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