審査要旨 | | 最近免疫系細胞が分泌する生理活性物質が数多く単離され,その中のいくつかは正常細胞の機能な促進する作用を有することが報告されている。さらに生理的条件下でも,免疫系細胞が正常な組織内に常在することが示されるようになり,免疫系細胞が生体防御のみならず,正常組織での機能発現調節の役割を有している可能性が考えられるようになった。本論文はラットの性腺組織の黄体と,免疫系細胞のマクロファージに着目して,免疫系細胞による性腺機能調節機構の存在を他に先躯けて証明したものである。 論文は4章からなり,第1章では脾臓摘出が黄体機能へ及ぼす効果を論じている。排卵は卵胞壁の破裂を伴ない,排卵前の卵胞周辺には多数の免疫系細胞が集積し,炎症反応と類似の現象が見られるが,この時に新生黄体内に侵入する免疫系細胞の機能は未解明であった。そこで性周期を回帰する成熟雌ラットを用い,末梢免疫系細胞の主たる供給源である脾臓の摘出な行ったところ,特定時期での摘出が1日の排卵遅延を誘起することを見いだした。この理由が黄体の機能的退行が遅延しているためであることを証明し,排卵期に脾臓から黄体に侵入するマクロファージには黄体機能を退行させる働きがあると結論した。また同時に,黄体の性ステロイド合成能が,脾臓摘出後2日間にわたり低下することも見いだされ,黄体に侵入するマクロファージは黄体の機能的退行のみならず,黄体のプロゲステロン合成,即ち機能維持に対しても促進的意義を持つことを見いだした。 第2章では培養黄体細胞のプロゲステロン分泌能に対する脾臓マクロファージの作用を検討している。ゲッ歯類黄体のプロゲステロン分泌は,プロラクチン(PRL)がプロゲステロンの異化酵素である20HSDの活性発現を抑止して黄体の機能的退行を抑制する一方,LHがプロゲステロン合成の上流の酵素系を刺激することにより維持されている。そこで脾臓由来のマクロファージによる黄体のプロゲステロン分泌調節が、PRL・LHの作用とどのように関連づけられるかを検討することを目的として,黄体細胞と,脾臓マクロファージとの共培養実験を行っている。共培養系による詳細な検討の結果,発情前期および発情休止期のラットから採取した脾臓マクロファージが,PRLおよびLHによる黄体プロゲステロン分泌促進作用の発現を最も強く促進することが明らかにされた。この結果は第1章の生体内実験の結果とあわせて,性周期の回帰に応じて黄体機能調節能を獲得したマクロファージが脾臓から黄体内へ侵入し,PRL・LHによる黄体機能維持作用を増強していると考察されている。 第3章ではPRLの黄体機能維持作用を仲介する因子の同定を行なっている。マクロファージは様々なサイトカインを分泌することが知られており,そのうちのどれかが黄体機能調節作用発現に関与している可能性を考え,形質転換成長因子(TGF)に着目して,このものの黄体プロゲステロン分泌調節能を検討している。その結果,TGFは黄体細胞に対してPRLと相同な作用,即ち20HSD活性発現抑制作用を有していることを明らかにし,さらに培養黄体細胞に対するPRL作用が抗TGF抗体によって消失するという重要な発見をしている。そしてTGFがPRL作用発現を仲介する黄体内の細胞間情報伝達物質であるとの推論に達している。 第4章では,PRLにより黄体TGFの産生調節が可能か否かの検討と,マクロファージが発現するTGFサブタイプの同定を行なっている。TGFにはタイブ1から6までのサブタイプが知られているが,ウエスタンブロット解析により,PRLは黄体におけるタイプ2のTGFの産生を促進することを見いだす一方,免疫組織化学により,機能黄体内のTGF産生細胞はマクロファージであることを明らかにし,マクロファージが,黄体機能維持に必須な構成細胞として黄体組織に組み込まれていることを示した。 一方,退行黄体に認められる多数のマクロファージは免疫組織化学的にはTGF陰性であるという極めて興味のある結果を得て,TGF産生能の消失が黄体退行に直接関与していること,さらにマクロファージの産生するパラクリン因子がTGFから腫瘍壊死因子(TNF)へと変化することが黄体退行を決定づけているのかも知れないとの興味ある推論を述べている。 以上要するに,本論文は性腺機能の調節に脾臓などの卵巣以外のリンパ組織由来の免疫系細胞が重要な役割を果たしていることを初めて実証したものであって,この成果は獣医学,医学分野における生殖生物学の基礎研究,さらには獣医臨床等の応用技術に対しても大きな貢献をしたものと評価される。よって審査委員一同は申請者に対して博士(獣医学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |