学位論文要旨



No 212212
著者(漢字) 梅田,昌郎
著者(英字)
著者(カナ) ウメダ,マサオ
標題(和) 河川計画支援システムの開発に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 212212
報告番号 乙12212
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12212号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 中村,英夫
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 助教授 島崎,敏一
 東京大学 助教授 河原,能久
内容要旨 1.本研究の目的

 長い歴史的変遷を経て、現在の河川計画は治水、利水、水環境を3大目的として設定するようになった。そのなかの治水、利水について言えば、定量的な解析は相当の水準に迄到達しているが、一方、精神的なもの、例えば、住民の安心感や国民の満足度といったものについての解析はまだ緒についたばかりであり、水環境について言えば、目的そのものにも感性的なものが多いため、計画のすべてが手さぐりの試行的段階にあると言える。

 現在、河川計画を担当する技術者が判断を下す場合、定量的解析による数値、すなわち、水文、統計学的な手法による結果を基にして、定性的なもの、すなわち人間の感覚等については専ら自らの感覚で受けとめて参考材料とし、技術者本人の主観で最終判断を下している。

 このような現状に鑑み、筆者は、感性的なものをできるだけ定量的なシステムとして構築し、技術者が判断する際の強力な支援にしたいと考え、次の4つの理論の適用を試みた次第である。

 (1)数量化理論

 (2)ベクトルデータのメッシュ化技術

 (3)ファジィ理論

 (4)エキスパートシステム技術

 これら4理論は何れも数学的にはその正当性が証明済みのものであり、工学の他部門においても既に適用例がみられるものであるが、土木部門、特に河川計画分野においては、その適用例がまだ少なく、その適否についても不明なところが多い。

 これらの新しい理論を河川計画の中で感性や判断が重要であるいくつかの課題に適用することが成功すれば、今迄、技術者の主観によって判断されていた問題のいくつかが客観的に判断できる状況となり、河川計画を担当する技術者に対して強力な支援システムを提供するという成果を生むことになる。

 いま、住民参加、情報公開等に代表されるように、国民が河川計画の最終決定者になりつつあるが、この国民の感覚や意思を専門家の感覚と一緒に定量化して、従来から行われてきた水文学、推測統計学の定量的解析結果と合体させて、技術者が総合的に判断し得るシステムの構築を最終目的として、本研究を始め、その結果を本論文でまとめたものである。勿論、本論文のみでそのすべての目的を達成できる筈もなく、ここで構築されたシステムに更なる改良を加えることによって、更に複雑な計画課題に対してより高い水準の解析が将来可能になることを期待するものである。

2.支援システムの構築と適用(1)数量化理論による河川景観評価システム

 昭和30年代に始まる我が国の高度成長期に治水機能優先の河川改修と汚水の流入による水質汚濁により、次々と失われていった東京都内の中小河川の自然を回復する理念として筆者等が提案したものが「親水機能」であった。その中でも重要な位置を占める河川の景観についての定量的評価の一手法として、数量化理論を適用した評価システムを提案し、実河川への適用を行ってきた。その結果、河川景観に大きな影響を与える因子は沿岸植栽と流況に関するものであることが判った。さらに、水に関連する因子の寄与率は0.396と非常に高い値を示した。それまで、河川景観を定量的に評価する手法は我が国では実用化されておらず、筆者の提案した手法の適用が、河川の景観を考慮した河川改修や自然の保全への一助となったものと考えている。

 しかしながら、同手法の提案より既に20年近くが経過し、河川環境に対する人々の価値観の変化やその他の社会情勢の変化などがあるので、今後は広く河川環境としてとらえた評価システムとして発展することを期待する。

(2)ベクトルデータのメッシュ化技術による流域情報システム

 このシステムは、地理情報システムと河川計画支援アプリケーションシステムを統合して、河川計画立案に利用する各種データを流域に関連づけて同一規格でデータベース化したものである。その結果、河川計画立案の効率化と新たな施策の発掘が可能となった。

 このシステムの特徴は、地理情報(ベクトル、ポリゴンデータ)と属性情報(メッシュデータ)のデータ構造の違いを同一化するために、多大な処理時間を要したポリゴン〜メッシュ変換に工夫をして従来の1/20以下で処理可能とした点と、河川計画で取り扱う面積単位の細かさに注目して1/10細メッシュ(100m×100m)まで取り扱うことを可能とした点である。

 流域情報システムの適用として、全国の河川についての現況調査を行い、全国規模の調査におけるシステムの有用性が高いことが立証された。

(3)ファジィ理論による流域管理システム

 流域管理における多量で複雑なデータ処理や人間の判断によるあいまいさの両面を解決する一つの方法として近年、注目をあびてきたファジィ理論を適用したシステムを構築した。その適用例としてファジィ集合論による河川の水位予測システム、ファジィ論理による水門操作支援システム、ファジィ測度論による河川特性評価システムを開発した。

 本来ファジィ理論は純粋な数学理論であるが、土木とくに河川計画の分野へこの理論を適用した本システムの特徴は、水位を予測するには、その河川管理者による予測精度の評価の判断を必要とすること、水門の操作を行うには管理実務者の水門操作判断を取り込むことが可能になったこと、河川の特性を表すには、重みやパラメータ値の修正は実際に河川の特性を熟知している人が行えること、にある。すなわち、現場を熟知している技術者の判断をシステムに取り組むことが可能になったことにより、システムの精度が向上し、現地とよく合致する結果を得るようになった。

 治水、利水評価では少数の指標の重みが強く、他の指標が加わってもさほど影響を受けないが、河川環境評価では単独では重要度は小さいが、いくつか合わさると重要度が高くなることが分かった。これは人間の感性を数量化する際に、非常に興味のあることであり、更に研究を進めることが必要である。

(4)エキスパートシステム技術による河川空間管理システム

 人間の経験や判断が重要な役割を果たしている河川計画へのもうひとつのシステム的アプローチとして、コンピュータによる人工知能技術の応用であるエキースパートシステムを河川空間の管理に適用した。

 従来、高水敷などの河川空間の利用計画のゾーニングを行う場合、殆どのプロセスを専門家による手作業に頼っていた。本システムの適用結果によれば、従来2〜3人の専門家が少なくとも1週間を要していた作業を10分以下で処理可能であり、専門家が手作業で行った結果ともよく合致することが判った。また、コンピュータによるカラー画像で視覚化することによって、プロセス毎の結果のチェックが可能となった。

3.結論

 (1)従来、経験豊富な少数の技術者の主観によって判断されていた定性的諸問題に対して、熟練した技術者の感性や多くの人達の感性をシステム内に組み入れることによって、河川技術者ならば誰にでも使用できる水準の高い共通のシステムを作り上げ、定量的な解を導けるようになった。また、経験豊富な少数の技術者達の間にも当然のことながら感性上の個人差が存在しているが、本論文のシステム構築によって、個人的な片寄りを是正し得る効果も生まれた。

 (2)本論文のシステムを活用することによって、技術者が判断を下す迄の時間を大幅に短縮することができるようになった。これは、瞬間々々に判断を下し続けることが要求され名管理業務に対して強力な支援システムとなり、また、膨大なデータの処理に多大の日数を費やしていた調査、計画業務に対しても強力な支援システムとなった。当然のことながら、省力化効果があり、技術者が従来よりも高度の問題に取り組むことができることになった。

審査要旨

 河川水を利用して生活の向上を図ること、あるいは破壊的な洪水からどのようにして社会システムを守るかという課題に対しては、我々の祖先が古くから知恵を絞ってきたところである。河川計画に於いては、治水や利水については定量的な分析や社会的な認識が進んでいるが、水環境の快適さとか住民の安心感といった感性的な因子を多く含む課題については試行的な段階にある。本論文はこのような定量的な結果が得られ難い分野であっても、河川計画にとって重要な今日的な課題を取り上げ、計画者にできるだけ定量的な情報を提供できる支援システムの構築に対して、基礎的な考察を行った。

 第1章においては河川計画の歴史を概観し、計画技術の進展をとりまとめた。最近の社会的要求と技術の動向に基づき、本研究の目標設定に至る考え方および論文の構成が取りまとめられている。

 第2章においては河川計画技術の展開を整理し、1945年以降推測統計学の適用により、「既往最大主義」からの脱却が図られたことを明らかにした。さらに、費用・便益比の導入により計画技術が開花していったことが論じられている。しかし、近年になると河川と社会との関係は単に河道内に止らず流域全体を含むものとなっており、流域の開発者に対する抑制手段、警戒避難体制の構築など総合的な考察を必要としてきている。また、環境の快適性の向上、生物の多様性の確保、事業の社会的認知度の向上などのように、従来の手法では定量的に表現できない課題が次々と出現してきている。このような分析に基づいて、新しい計画技術が備えるべき基本的な性質を、(1)価値観、芸術までを含んで論ずることのできる学際性と総合性、(2)施設のみでなく、情報を扱えるような柔軟性、(3)大量の情報を取り扱うことのできるシステム性、という3点に集約した。

 第3章では前章で整理した性質を備えた、計画者のための支援システムの基本構成を定めている。まず、要求される項目としては流域の面的な情報を取り扱えることが必要である。また、高度成長期には、「標準化」が重要であったが、現在から将来にかけては各河川の「個性」を定量化できる技術が必要である。また、複合された目的を持つ河川施設が多く見られるようになっており、運用、とくに緊急事態での運用においては予測された条件を超える状況に対しても補完できる体系が要求されている。このような認識の下に、支援システムの構成として、(1)流域の面的情報のデータベース、(2)定量的な取り扱いのできるシミュレーションモデル、(3)判断の参考に出来る評価モデル、(4)運用の結果をシミュレーションモデルとデータベースへ反映させ再定式化や再設計を可能とする知識蓄積過程を選定した。

 第4章においては流域情報のメッシュ・システム、平水時における河川景観と河川空間および流域の管理システム、高水時における水位予測と水門操作を対象として、計画支援システムを構築し、その適用性が高いことを実証した。まず流域情報メッシュ・システムでは国土数値情報の1/10細分区画に相当する100m平方のメッシュを標準とした。自然情報および社会情報を整備するが、曲線状の境界については格子に自動的に重ね合わせる手法を取っている。このシステムを14水系の流域面積・流域内人口、富山県内の35の市町村の人口集計、一級水系および主要二級水系の河川現況調査に適用し、精度および作業の迅速性で旧来の方法より大幅に改善されることを確認した。河川景観評価システムは特に都市河川を対象に考察され、河川景観に最も大きな影響を与える因子は沿岸植栽と流況であることが分かった。さらに、景観的に見て、どれだけの流量が望ましいか、すなわち景観的に見た正常流量について東京、京都、大阪、名古屋の中小河川の標本80箇所に対して検討し、流量階級と景観ランクとの関係を得た。これにより都市河川の景観保全や清流復活事業に当って定量的な提案が可能となった。

 水位予測にはファジィ検索の技術を応用した。この予測法を運河水門および放水路水門が完成した昭和62年以降の石狩川下流での10洪水で検証した。両水門を操作したような大規模な出水から、両水門をともに操作しない小出水まで、予測値は実測値と良い一致を示している。本論文ではさらに、これらの二つの水門の制御にファジィ推論を応用したシステムを開発した。操作判断推論には専門家の判断を取り入れ、さらに操作の推論の確信度を算出できる体系としたので、操作員が最終的な判断を下すときに非常に有用なシステムとなった。2つの模擬洪水で現行の操作規則による結果と比較すると、新しいシステムは操作頻度を減少させ円滑な操作が可能となることが分った。

 河川空間の区間特性は、現状では経験豊富な技術者がさまざまな指標や従来の経緯を踏えて決定している。しかしながら、今後は全国の中小河川においても環境管理計画を整備する動向にあり、このようなときには熟練者とは言えない通常の技術者が作業するので、十分な技術的手段が提供されていることが望まれる。本研究で開発されたエキスパートシステムは未だ十分に成熟した段階には達していないところもあるが、専門家からの知識獲得は試行錯誤的な面もあるので、今回の基本モデルの構築には将来の展開が期待できる。

 第5章においては、得られた結論をとりまとめている。

 以上、要するに本論文は河川管理施設の景観計画、運用計画、維持保全計画の支援システムの構築技術を大きく進展させ、河川工学に寄与するところが大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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