河川水を利用して生活の向上を図ること、あるいは破壊的な洪水からどのようにして社会システムを守るかという課題に対しては、我々の祖先が古くから知恵を絞ってきたところである。河川計画に於いては、治水や利水については定量的な分析や社会的な認識が進んでいるが、水環境の快適さとか住民の安心感といった感性的な因子を多く含む課題については試行的な段階にある。本論文はこのような定量的な結果が得られ難い分野であっても、河川計画にとって重要な今日的な課題を取り上げ、計画者にできるだけ定量的な情報を提供できる支援システムの構築に対して、基礎的な考察を行った。 第1章においては河川計画の歴史を概観し、計画技術の進展をとりまとめた。最近の社会的要求と技術の動向に基づき、本研究の目標設定に至る考え方および論文の構成が取りまとめられている。 第2章においては河川計画技術の展開を整理し、1945年以降推測統計学の適用により、「既往最大主義」からの脱却が図られたことを明らかにした。さらに、費用・便益比の導入により計画技術が開花していったことが論じられている。しかし、近年になると河川と社会との関係は単に河道内に止らず流域全体を含むものとなっており、流域の開発者に対する抑制手段、警戒避難体制の構築など総合的な考察を必要としてきている。また、環境の快適性の向上、生物の多様性の確保、事業の社会的認知度の向上などのように、従来の手法では定量的に表現できない課題が次々と出現してきている。このような分析に基づいて、新しい計画技術が備えるべき基本的な性質を、(1)価値観、芸術までを含んで論ずることのできる学際性と総合性、(2)施設のみでなく、情報を扱えるような柔軟性、(3)大量の情報を取り扱うことのできるシステム性、という3点に集約した。 第3章では前章で整理した性質を備えた、計画者のための支援システムの基本構成を定めている。まず、要求される項目としては流域の面的な情報を取り扱えることが必要である。また、高度成長期には、「標準化」が重要であったが、現在から将来にかけては各河川の「個性」を定量化できる技術が必要である。また、複合された目的を持つ河川施設が多く見られるようになっており、運用、とくに緊急事態での運用においては予測された条件を超える状況に対しても補完できる体系が要求されている。このような認識の下に、支援システムの構成として、(1)流域の面的情報のデータベース、(2)定量的な取り扱いのできるシミュレーションモデル、(3)判断の参考に出来る評価モデル、(4)運用の結果をシミュレーションモデルとデータベースへ反映させ再定式化や再設計を可能とする知識蓄積過程を選定した。 第4章においては流域情報のメッシュ・システム、平水時における河川景観と河川空間および流域の管理システム、高水時における水位予測と水門操作を対象として、計画支援システムを構築し、その適用性が高いことを実証した。まず流域情報メッシュ・システムでは国土数値情報の1/10細分区画に相当する100m平方のメッシュを標準とした。自然情報および社会情報を整備するが、曲線状の境界については格子に自動的に重ね合わせる手法を取っている。このシステムを14水系の流域面積・流域内人口、富山県内の35の市町村の人口集計、一級水系および主要二級水系の河川現況調査に適用し、精度および作業の迅速性で旧来の方法より大幅に改善されることを確認した。河川景観評価システムは特に都市河川を対象に考察され、河川景観に最も大きな影響を与える因子は沿岸植栽と流況であることが分かった。さらに、景観的に見て、どれだけの流量が望ましいか、すなわち景観的に見た正常流量について東京、京都、大阪、名古屋の中小河川の標本80箇所に対して検討し、流量階級と景観ランクとの関係を得た。これにより都市河川の景観保全や清流復活事業に当って定量的な提案が可能となった。 水位予測にはファジィ検索の技術を応用した。この予測法を運河水門および放水路水門が完成した昭和62年以降の石狩川下流での10洪水で検証した。両水門を操作したような大規模な出水から、両水門をともに操作しない小出水まで、予測値は実測値と良い一致を示している。本論文ではさらに、これらの二つの水門の制御にファジィ推論を応用したシステムを開発した。操作判断推論には専門家の判断を取り入れ、さらに操作の推論の確信度を算出できる体系としたので、操作員が最終的な判断を下すときに非常に有用なシステムとなった。2つの模擬洪水で現行の操作規則による結果と比較すると、新しいシステムは操作頻度を減少させ円滑な操作が可能となることが分った。 河川空間の区間特性は、現状では経験豊富な技術者がさまざまな指標や従来の経緯を踏えて決定している。しかしながら、今後は全国の中小河川においても環境管理計画を整備する動向にあり、このようなときには熟練者とは言えない通常の技術者が作業するので、十分な技術的手段が提供されていることが望まれる。本研究で開発されたエキスパートシステムは未だ十分に成熟した段階には達していないところもあるが、専門家からの知識獲得は試行錯誤的な面もあるので、今回の基本モデルの構築には将来の展開が期待できる。 第5章においては、得られた結論をとりまとめている。 以上、要するに本論文は河川管理施設の景観計画、運用計画、維持保全計画の支援システムの構築技術を大きく進展させ、河川工学に寄与するところが大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |