学位論文要旨



No 212215
著者(漢字) 荒川,直士
著者(英字)
著者(カナ) アラカワ,タダシ
標題(和) 海上人工島大規模地下空洞掘削に伴う壁体及び底盤の挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 212215
報告番号 乙12215
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12215号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石原,研而
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 堀井,秀之
内容要旨

 本論文の研究対象である東京湾横断道路川崎人工島は、川崎市浮島から約5km、水深28mの沖合いに建設される。海底トンネル構築の為のシールド発進基地、および、道路トンネル供用開始後の換気設備塔としての機能を有している。

 人工島の仮設山留め壁壁体は、海面上に5m突出た厚さ2.80m、縦長さ119m、内直径98mの円筒形の鉄筋コンクリートである。海面の標高をTP±0.00mとすれば、壁体最下端はTP-114mとなる。掘削床付け面深度は、TP-70mである。水深28mの海上に、上記の様な大規模山留め壁を構築し、海面下28m、海底下42mの地下空洞掘削を行なう施工例は、海外も含めて今回が初めての工事例である。

 建設省に東京湾環状道路の調査研究が開始された昭和41年が、東京湾横断道路の調査開始となる。その後、昭和51年度には日本道路公団に引継がれ、事業化の為の詳細な調査検討が実施された。昭和60年12月事業化が決定、日本道路公団と東京湾横断道路株式会社が分担実施する事になったものである。この内、研究対象である人工島工事は、平成元年8月の海底地盤改良工事から本工事に着手した。平成6年6月人工島掘削底盤床付けコンクリート打設工が完了し、人工島内の構造物構築が開始された。

 本研究の主目的は、種々の仮定条件のもとで設計され、複雑な施工過程によって構築された山留め壁壁体と底盤が、内部掘削の進行に伴ない具体的に示した挙動を整理解析する事によって、大規模地下空洞掘削の技術課題を明確に把握する事である。

 本論文は、第1章から第9章で構成される。第1章は、研究の目的と論文の構成に関する説明である。第2章、第3章は人工島の全体概要と自然条件、第4章、第5章は山留め壁壁体の設計と施工についての説明である。これらの章では、人工島建設工事の規模と複雑さを述べると同時に、巨大山留め壁壁体の設計と施工方法について述べている。第6章、第7章、第8章は、本論文の主題に直接関係する章である。第6章では壁体作用土圧の計測結果、第7章は大型稼働壁模型土槽による壁体土圧発生のメカニズムに関する実験、第8章は掘削床付け時に発生した底盤からの過剰出水に関する検討結果である。過剰出水を底盤の全体破壊の前兆現象としてとらえた事が、主な特徴である。以上、第2章から第8章までの結果に基づいて得られた成果を、結論として第9章にまとめたのが、本論文の構成である。

 内部掘削の進行による壁体の挙動は、壁面の間隙水圧計、土圧計、壁体内部の鉄筋応力計、壁体内温度計、挿入式傾斜計によって計測管理された。単位エレメントの集合体としての円筒形山留め壁が一体化構造体としての挙動を示すのは、壁体変形に比例して鉄筋応力やコンクリート応力が増加する時点で確認する事ができる。壁体半径方向内側に2.1mm、壁体円周方向に換算して13.2mmの圧縮の後、壁体は一体化構造体としての挙動を示す様になった。また、コンクリートの水和熱によって壁体温度は最大で60℃、内部掘削開始時期には40℃になっており、内部掘削によって壁体が外気に接触すると約20℃の壁体面の温度低下が生じる。壁体の変位評価については、掘削による壁体温度の変化も考慮する事が必要である事が明らかとなった。

 内部掘削の進行による壁体の掘削床付け終了時点での半径方向変位量は、床付け面付近で19mm、それ以深では14〜17mmであった。壁体外壁面の有効土圧係数は、内部掘削当初から壁体の変位にかかわらず一定の値を示し、0.05〜0.3の範囲であった。一方、壁体内壁面の有効土圧係数は、壁体変位が8〜15mmまでは壁体外壁面の土圧係数とほぼ等しい。壁体変位が上記の値を越えると土圧係数は目立って大きくなり、床付け終了時の最終計測時の土圧係数は、床付け面付近では3.8-4.6、床付け面より20m以深では0.5〜2.2と、Coulomb土圧による受働土圧係数よりは明らかに小さかった。

 計測土圧の発生メカニズムを把握する為に、稼働壁を有する縦1.50m、横1.50m、深さ1.00mの大型模型土槽を新たに製作した。大深度の応力場を再現する為に、模型土槽上面にはエアーマットを介して最大10kgf/cm2の載荷圧が付加可能である。原位置密度に対応する様に相対密度68%に締固められた乾燥した豊浦標準砂に関する実験によれば、稼働壁面に作用する主働土圧係数はka=0.13と、’=39°の場合のCoulomb土圧によるka=0.23の56%であった。実験土槽稼働壁面の主働土圧係数が小さくなるのは、側壁面、後方壁面の土圧の測定結果から、稼働壁面に沿って形成される緩みゾーンの外側にアーチ効果が発生する為である事が確認された。

 壁体の変形と土圧に関する原位置計測および大型模型土槽実験から、密に締まった砂地盤に於ける大深度地中連続壁の外壁面に作用する有効土圧係数の最大値は主働土圧係数である事、しかし、内壁面の抵抗土圧として受働土圧を100%期待する事はできない事、内壁面に作用する地盤反力係数の設定に関しては、泥水掘削時に生じるであろう溝壁面周辺の緩み状態と内部掘削による過圧密状態の発生、および、壁体変位量を総合的に考慮する事が必要である事などが明らかとなった。

 掘削床付け終了後の底盤部構築準備作業中、底盤部からの予想外の過剰出水が2回発生した。計測データに仮定条件を設定する事によって、過剰出水の位置と規模を推定した。その結果、第2回目の出水現象の継続は、底盤の全体破壊に進行する可能性が高く、緊急海水注入を実施する事になった。しかし、ディープウェルの増設によって底盤下部全体の地下水位を低下させて底盤下部構築工は無事終了した。過剰出水の発生は、壁体施工やディープウェル・リリーフウェル掘削とフィルター材の充てん密度不足などによる周辺地盤のゆるみの発生と地中土砂浸食、および、立坑内掘削による大規模な地中応力の減少による地中の応力・ひずみ場の安定性の低下などの相互干渉によるものと推定され、個別的な要因の特定はできなかった。

 底盤部からの予想外の出水現象は発生したものの、人工島構築の主体である山留め壁としての地中連続壁と内部掘削を無事完了する事ができた。しかし、海上人工島としては海外も含めて初めての大規模な空洞掘削を伴う海上工事であった事から、新しい技術課題の存在に気付いた事も事実である。より経済的な壁体の構造諸元の検討、壁体の変位・変形ゼロ基準点の設定方法を含めた計測工の開発、壁体内壁面土圧についての壁体自体と底盤の相互挙動を考慮した地盤反力係数の設定、密に締まった砂質土層の土質条件を詳細に把握する為の土質調査技術の開発と地盤の応力・ひずみ特性、浸透流による地中土砂浸食、および、地下掘削時に生じる地盤のゆるみ現象を正確に測定する計測工の開発などの更なる諸研究が望まれる。

審査要旨

 海底トンネル掘削のためのシールド発進基地として人工島を利用する場合には、大規模な円筒形山留め壁を充分な深さまで打設し、その後で内部を所定の深さまで掘削するという方法が取られる。この時、問題になるのは内部の掘削に伴う山留めコンクリート壁体の挙動と揚水圧の影響を受ける掘削底面部の安定性である。

 本論文は、東京湾横断道路の川崎人工島の掘削を主題として取り上げ、多くの原位置観測データおよび室内実験にもとずいて、掘削時の壁体に作用する周辺地盤からの土圧の変動、更に底盤部での出水現象につき、考察検討したものである。

 第1章は序論であり、本論文の背景、目的および全体の構成について述べている。

 第2章では主題として取り上げた川崎人工島の構成およびその施工の概要につき述べている。この附近は水深が28mあり、海底から27mの深さまで軟弱な沖積粘土層が存在し、その下に15m厚さの砂と粘土の互層からなる洪積土層、それ以深は締った砂層が堆積している。そして海底から80-100mの深さにある粘性土の薄層を止水層と考え、直径100mの円筒形山留め壁を海底から86mの深さまで打設したことの経緯について述べている。この円筒形山留め壁は円周方向で56ヶに分割され、厚さ2.8m巾8.51mの地中連続剛体壁のエレメントから構成されている。施工は海面上5mの高さに設けられたジャケット式架台の上から実施された。従って、この連続壁は架台上から測って119mの深さに達しており、現在の所、世界最深の施工記録である。

 第3章では川崎人工島が設置されている位置の地盤、気象、海象および地震に関する自然条件を述べている。そして、これらの調査結果がいかに全体の設計と施工に反映されたかにつき説明している。特に地中連続山留め壁の設計と底盤安定性の評価に用いた地盤土の特性につき述べている。

 第4章では山留め壁の設計と底盤安定性に関する基本的検討を行っている。コンクリートの円筒形壁体に作用する常時の土圧と水圧および地震時の土圧に関し、数値解析を参考にし、示方書に従って設計断面を検討したこと、更に掘削に伴う底盤の持ち上がり(盤ぶくれと云う)と揚水に伴う底面地盤のボイリングとを、2つの難透水層の影響を評価しつつ検討している。

 第5章では、平面的にも深度的にも世界最大規模となる地中連続壁の施工とその後の内部掘削につき具体的に述べている。連続壁の施工時にはコンクリートの流動圧測定を行い、又コンクリートの圧縮強度の時間変化等についても検討した。更に内部掘削については、連壁内から揚水を行い常に乾いた地盤を露出してそれを掘削する方法を採用したが、そのプロセスの詳細につき記述している。

 第6章では、連続壁内部の掘削途中における山留め壁への作用外力と壁体挙動とを適切に把握しながら施工を進めていく、いわゆる情報化施工方式を採用したことにつき述べている。そのために必要な各種の動態観測とその結果の解析等について検討している。連続壁施工中に鉄筋篭に取付けた各種の鉄筋計、水圧計、土圧計そして傾斜計の性能と設置方法についてまず説明している。次に計測結果の評価方法を述べ、最後に動態観測結果につき述べている。これらの計測結果から、有効土圧については土圧係数が平均的に0.2程度であり、設計時の土圧係数0.5に比べて小さいことがわかった。一方、連続地中壁の挙動は、挿入式傾斜計による壁体の変位および内部に埋め込んだ鉄筋計とコンクリート応力計の計測データにもとずいて考察検討した。傾斜計によって壁体の横変位を求めるために、山留め壁下端から10m下の位置(海底面より96m下)を固定点と仮定したが、この部分が内側に変位していることが判明したため、鉄筋計の解析から求めた山留め壁体の水平変位を考慮して、この固定点の位置を補正した。固定点の位置をこのように補正することにより、傾斜計で求めた壁体の水平変位の深さ方向分布は鉄筋計で求めたものとほぼ一致することが示された。次に、掘削の進行に伴ってある深さの壁体が変位した時、その点の有効土圧係数がどのように変化するかについて考察している。その結果、海底面より32m以深の位置において壁体外部の有効土圧係数は壁体変位が12mm-20mmの最大値をとるに到るまで、0.05-0.3の範囲で一定値を保持することがわかった。しかし壁体内部の土圧係数は、壁体変位が8-15mm程度になるまで0.3以下の一定値で堆積するが、その後、壁体変位がこの値以上に増えると急増することが確認された。

 第7章では、壁体の変位に伴う土圧変化のメカニズムを究明する目的で行った大型模型土層を用いた室内実験について述べている。高さ1m、巾と奥行きが1.5mの土層に豊浦標準砂を相対密度60%になるよう締固め、容器の上部からエアーマットを介して上載圧を加え、前面、側面、背面に土圧計を設置して荷重状態を変えて各種の測定を行った。その結果、土圧係数は従来の公式によるものより一般に小さくなることが示された。

 第8章では、山留め壁体内の掘削が床付け面(海底面下42m)に達した時点での底面からの出水現象を考察している。出水時の揚水状況、水量及び出水後の対策等について詳述している。透水解析に基ずいてパイピング等の検討を行った結果、出水の原因として床付け面周辺における2つの帯水層の水位差が多少大きかったこと、そして施工中の地盤のゆるみが挙げられるとしてる。

 第9章は結論で、本研究の成果を総括している。

 以上を要するに、本研究は世界最大規模の東京湾横断道路川崎人工島の建設の機会を利用し、地中連続壁工法による山留め壁の挙動とこれに作用する土圧変化の模様を内部掘削の進捗過程の中で観測し、検討考察したものである。更に、床付け面まで掘削した時点での出水現象に着目して底盤の挙動にも考察を加えている。その結果、掘削に伴う壁体の変位と土圧変化について貴重なデータがえられ、これらの相互関係が明らかにされた。これらの成果は基礎工学及びコンクリート工学の分野の発展に寄与するところが大きいと考えられる。よって本論文は学位請求論文として合格と認められる。

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