本論文の研究対象である東京湾横断道路川崎人工島は、川崎市浮島から約5km、水深28mの沖合いに建設される。海底トンネル構築の為のシールド発進基地、および、道路トンネル供用開始後の換気設備塔としての機能を有している。 人工島の仮設山留め壁壁体は、海面上に5m突出た厚さ2.80m、縦長さ119m、内直径98mの円筒形の鉄筋コンクリートである。海面の標高をTP±0.00mとすれば、壁体最下端はTP-114mとなる。掘削床付け面深度は、TP-70mである。水深28mの海上に、上記の様な大規模山留め壁を構築し、海面下28m、海底下42mの地下空洞掘削を行なう施工例は、海外も含めて今回が初めての工事例である。 建設省に東京湾環状道路の調査研究が開始された昭和41年が、東京湾横断道路の調査開始となる。その後、昭和51年度には日本道路公団に引継がれ、事業化の為の詳細な調査検討が実施された。昭和60年12月事業化が決定、日本道路公団と東京湾横断道路株式会社が分担実施する事になったものである。この内、研究対象である人工島工事は、平成元年8月の海底地盤改良工事から本工事に着手した。平成6年6月人工島掘削底盤床付けコンクリート打設工が完了し、人工島内の構造物構築が開始された。 本研究の主目的は、種々の仮定条件のもとで設計され、複雑な施工過程によって構築された山留め壁壁体と底盤が、内部掘削の進行に伴ない具体的に示した挙動を整理解析する事によって、大規模地下空洞掘削の技術課題を明確に把握する事である。 本論文は、第1章から第9章で構成される。第1章は、研究の目的と論文の構成に関する説明である。第2章、第3章は人工島の全体概要と自然条件、第4章、第5章は山留め壁壁体の設計と施工についての説明である。これらの章では、人工島建設工事の規模と複雑さを述べると同時に、巨大山留め壁壁体の設計と施工方法について述べている。第6章、第7章、第8章は、本論文の主題に直接関係する章である。第6章では壁体作用土圧の計測結果、第7章は大型稼働壁模型土槽による壁体土圧発生のメカニズムに関する実験、第8章は掘削床付け時に発生した底盤からの過剰出水に関する検討結果である。過剰出水を底盤の全体破壊の前兆現象としてとらえた事が、主な特徴である。以上、第2章から第8章までの結果に基づいて得られた成果を、結論として第9章にまとめたのが、本論文の構成である。 内部掘削の進行による壁体の挙動は、壁面の間隙水圧計、土圧計、壁体内部の鉄筋応力計、壁体内温度計、挿入式傾斜計によって計測管理された。単位エレメントの集合体としての円筒形山留め壁が一体化構造体としての挙動を示すのは、壁体変形に比例して鉄筋応力やコンクリート応力が増加する時点で確認する事ができる。壁体半径方向内側に2.1mm、壁体円周方向に換算して13.2mmの圧縮の後、壁体は一体化構造体としての挙動を示す様になった。また、コンクリートの水和熱によって壁体温度は最大で60℃、内部掘削開始時期には40℃になっており、内部掘削によって壁体が外気に接触すると約20℃の壁体面の温度低下が生じる。壁体の変位評価については、掘削による壁体温度の変化も考慮する事が必要である事が明らかとなった。 内部掘削の進行による壁体の掘削床付け終了時点での半径方向変位量は、床付け面付近で19mm、それ以深では14〜17mmであった。壁体外壁面の有効土圧係数は、内部掘削当初から壁体の変位にかかわらず一定の値を示し、0.05〜0.3の範囲であった。一方、壁体内壁面の有効土圧係数は、壁体変位が8〜15mmまでは壁体外壁面の土圧係数とほぼ等しい。壁体変位が上記の値を越えると土圧係数は目立って大きくなり、床付け終了時の最終計測時の土圧係数は、床付け面付近では3.8-4.6、床付け面より20m以深では0.5〜2.2と、Coulomb土圧による受働土圧係数よりは明らかに小さかった。 計測土圧の発生メカニズムを把握する為に、稼働壁を有する縦1.50m、横1.50m、深さ1.00mの大型模型土槽を新たに製作した。大深度の応力場を再現する為に、模型土槽上面にはエアーマットを介して最大10kgf/cm2の載荷圧が付加可能である。原位置密度に対応する様に相対密度68%に締固められた乾燥した豊浦標準砂に関する実験によれば、稼働壁面に作用する主働土圧係数はka=0.13と、’=39°の場合のCoulomb土圧によるka=0.23の56%であった。実験土槽稼働壁面の主働土圧係数が小さくなるのは、側壁面、後方壁面の土圧の測定結果から、稼働壁面に沿って形成される緩みゾーンの外側にアーチ効果が発生する為である事が確認された。 壁体の変形と土圧に関する原位置計測および大型模型土槽実験から、密に締まった砂地盤に於ける大深度地中連続壁の外壁面に作用する有効土圧係数の最大値は主働土圧係数である事、しかし、内壁面の抵抗土圧として受働土圧を100%期待する事はできない事、内壁面に作用する地盤反力係数の設定に関しては、泥水掘削時に生じるであろう溝壁面周辺の緩み状態と内部掘削による過圧密状態の発生、および、壁体変位量を総合的に考慮する事が必要である事などが明らかとなった。 掘削床付け終了後の底盤部構築準備作業中、底盤部からの予想外の過剰出水が2回発生した。計測データに仮定条件を設定する事によって、過剰出水の位置と規模を推定した。その結果、第2回目の出水現象の継続は、底盤の全体破壊に進行する可能性が高く、緊急海水注入を実施する事になった。しかし、ディープウェルの増設によって底盤下部全体の地下水位を低下させて底盤下部構築工は無事終了した。過剰出水の発生は、壁体施工やディープウェル・リリーフウェル掘削とフィルター材の充てん密度不足などによる周辺地盤のゆるみの発生と地中土砂浸食、および、立坑内掘削による大規模な地中応力の減少による地中の応力・ひずみ場の安定性の低下などの相互干渉によるものと推定され、個別的な要因の特定はできなかった。 底盤部からの予想外の出水現象は発生したものの、人工島構築の主体である山留め壁としての地中連続壁と内部掘削を無事完了する事ができた。しかし、海上人工島としては海外も含めて初めての大規模な空洞掘削を伴う海上工事であった事から、新しい技術課題の存在に気付いた事も事実である。より経済的な壁体の構造諸元の検討、壁体の変位・変形ゼロ基準点の設定方法を含めた計測工の開発、壁体内壁面土圧についての壁体自体と底盤の相互挙動を考慮した地盤反力係数の設定、密に締まった砂質土層の土質条件を詳細に把握する為の土質調査技術の開発と地盤の応力・ひずみ特性、浸透流による地中土砂浸食、および、地下掘削時に生じる地盤のゆるみ現象を正確に測定する計測工の開発などの更なる諸研究が望まれる。 |