学位論文要旨



No 212218
著者(漢字) 野口,貴文
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,タカフミ
標題(和) 高強度コンクリートの基礎的力学特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212218
報告番号 乙12218
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12218号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 魚本,健人
内容要旨

 高強度コンクリートの研究・開発は,1970年代以降急速に押し進められきたが,その経済的かつ適切な利用を保証し,広く普及を図るためには,効率的な高強度化技術の開発,力学特性相互間の関係式の確立および圧縮強度試験方法の標準化が不可欠であると考え,高強度コンクリートの力学特性に関する調査,実験および解析を通じて広角的な検討を行った。

 コンクリートの高強度化技術に関しては,高強度コンクリートの圧縮強度,ひずみ特性値,ポアソン比,応力ひずみ曲線の形状などの各種力学特性に及ぼす材料・調合条件の影響について,特に粗骨材の影響について重点的に,過去の実験データの統計的分析および各種粗骨材を用いた圧縮強度試験により検討した。その結果,高強度コンクリートの力学特性に対する粗骨材の影響機構は,通常強度のコンクリートのそれとは異なっており,コンクリートの高強度化を図る場合には,粗骨材の強度・ヤング係数のみならず付着性能に関しても注意を払う必要があり,砕石のような表面の粗い粗骨材を使用した方が付着能力が高く,コンクリートの高強度化に対して有利であることを明らかにするとともに,破砕値が小さく,モルタルと同程度の弾性係数を有する粗骨材を使用することもコンクリートの高強度化には有利であることを明らかにし,コンクリートの圧縮強度およびひずみ特性値に及ぼす,粗骨材量および粗骨材の最大寸法の影響ならびに粗骨材のヤング係数および破砕値の影響を数式モデルで表現した。また,コンクリートの圧縮強度が高くなるほど,応力ひずみ曲線の形状は上昇域においで直線的な傾向を示すようになり,下降域の負勾配は著しく急になるとともに,ストレスブロック係数k1k3およびk2は減少し,k2/k1k3は幾分増大することが明らかになった。

 力学特性相互間の関係式に関しては,引張強度,曲げ強度,ヤング係数,ポアソン比,圧縮強度時のひずみ,圧縮限界ひずみ,ストレスブロック係数などと圧縮強度との関係について,過去の実験データを中心に既往の関係式の適用性を検討するとともに,統計的手法を用いて通常強度から高強度の範囲までも通用する汎用的な関係式の導出を行った。

 高強度コンクリートの圧縮強度試験方法の標準化に関しては,圧縮強度試験用供試体の作り方と圧縮強度試験方法に大別して検討を行い,それらの結果を踏まえて「高強度コンクリートの圧縮強度試験用供試体の作り方(案)」および「高強度コンクリートの圧縮強度試験方法(案)」を提唱した。

 圧縮強度試験用供試体の作り方に関しては,供試体の寸法・形状,高さ直径比および端面処理方法などの供試体作製条件が圧縮強度試験結果に及ぼす影響について検討した。その結果,コンクリートが高強度であるほど,供試体寸法の増大に伴い圧縮強度が低下するといった寸法効果は顕著に現れること,立方供試体と円柱供試体との圧縮強度差は小さくなること,供試体の高さ直径比の減少に伴う圧縮強度試験結果の増加割合は小さくなることなどが明らかになり,寸法・形状の異なる供試体で得られた圧縮強度試験結果を10×20cm円柱供試体で得られる圧縮強度に直すための換算式・換算表を提示した。また,10×20cm円柱供試体と供試体の寸法・形状または高さ直径比が異なる供試体で,ひずみを測定する場合には,測定位置・測定方法に対する注意が必要であり,作業労力,試験結果の安定性,供試体の応力状態,測定位置に対するひずみ測定値の不変性などの観点から,高強度コンクリートの圧縮強度試験用供試体としては,10×20cm円柱供試体が適切であることを示した。また,コンクリートが高強度であるほど,圧縮強度試験結果に及ぼす端面の処理方法の影響が顕著に現れ,キャッピングの適用可能な上限の圧縮強度は,キャッピングの材料・時期によって異なり,合金で25MPa,硫黄で60MPa,型枠脱型前に施すセメントペーストで90MPaであり,それ以上の圧縮強度を有する高強度コンクリートでは,供試体上端面に機械研磨を施さない限り,樽状変形は生じず,圧縮強度試験結果の低下を招くことを明らかにした。また,セメントペーストキャッピングを施す場合には,その厚さは3m以内とする必要があることを示した。人為的誤差の削減および作業労力短縮の観点から,アンボンドキャッピングの開発を行い,圧縮強度120MPa以下の高強度コンクリートであれば,鋼製枠の内径が103mmで,ウレタン製またはNBR製の硬度70〜80程度の弾性パッドを用いたアンボンドキャッピングは端面処理方法として適用可能であることを示した。

 圧縮強度試験方法に関しては,載荷速度ならびに加圧板の寸法・形状,球面座の寸法・形状,球面座用潤滑剤の種類および軸方向剛性といった圧縮試験機に関する諸元・性能などの圧縮強度試験方法が,高強度コンクリートの圧縮強度試験結果に及ぼす影響について検討した。その結果,コンクリートが高強度であるほど,載荷速度の増大に伴う圧縮強度試験結果の増大割合は小さいことが明らかとなり,その影響を定式化した。また,圧縮試験機の諸元・性能の影響を把握するために,第1回ラウンドロビンテストを実施し,同一コンクリトの圧縮強度試験結果が試験機の種類・性能によって大幅に異なること,試験機間の圧縮強度試験結果の差は,コンクリートが高強度であるほど顕著になることを認識した上で,圧縮試験機の各種要因に対する詳細な検討を行った。その結果,圧縮強度レベルが100MPaを超える高強度コンクリートでは,加圧板の表面状態が圧縮強度試験結果および圧縮強度の変動係数に及ぼす影響は大きく,平面度0.02mm以内という現行規定が満足されるように,加圧板の表面状態には最新の注意を払う必要があることを明らかにした。供試体に圧縮応力を均等に伝達するためには,圧縮試験機の荷重伝達部(加圧板,球面座)の寸法・形状に適切な範囲があり,荷重伝達幅および加圧板厚さを指標としてその範囲を示した。載荷中の球面座の回転は圧縮強度試験結果の低下を招き,コンクリートが高強度であるほど,球面座の回転に伴う圧縮強度試験結果の低下は顕著に生じることを明らかにした。この球面座の回転は,載荷荷重および供試体の力学的均質度ないし供試体の設置位置に依存する回転モーメントと球面座の半径,球面座表面の仕上げ状態,球面座とソケットの接触面積および潤滑剤の種類に依存する抵抗モーメントとの大小関係によって決定され,回転モーメントが抵抗モーメントを上回った場合に球面座の回転が生じるため,回転を拘束するためには,球面座とソケットとの間の摩擦係数を比較的大きくさせるような潤滑剤を用いるとか,半径の大きな球面座を用いるとかいった手段を講じる必要があることを示した。潤滑剤としては,動粘度150cst程度の低粘度の鉱物油が適切であり,グリースは高圧縮荷重下での潤滑作用に優れているため,高強度コンクリートの圧縮強度試験には用いてはならないことを示した。また,圧縮試験機の軸方向剛性が低い場合には,圧縮強度試験結果の低下および変動係数の増大を生じ,その傾向はコンクリートの圧縮強度が高いほど顕著であることを明らかにした。この試験機の軸方向剛性の低下に伴う圧縮強度試験結果の低下現象は,損傷の進展に伴い供試体に流入する解放エネルギーと損傷の形成に必要なエネルギーとの平衡が崩れることにより,損傷が不安定的に進展するために生じ,コンクリートの圧縮強度が高いほどこの現象が顕著になる理由は,高強度コンクリートの損傷進展抵抗曲線の形状が平滑でなく,圧縮強度レベルに応じた凹凸を有していることを考慮することにより説明できることを示した。圧縮試験機の諸元・性能に関する個々の検討より得られた結果に基づき,高強度コンクリートの圧縮強度試験において圧縮試験機の具備すべき性能を抽出し,その再確認および最終確認のために,第2回ラウンドロビンテストおよび第3回ラウンドロビンテストを行った。その結果,均質な供試体が得られるように,供試体の作製に入念な注意を払い,圧縮試験機の載荷軸と供試体の中心軸とを注意深く一致させて圧縮強度試験を行えば,圧縮試験機に起因する圧縮強度試験結果の低下を最小限にくい止めることができること,圧縮載荷時において左右支柱のひずみが均等でない圧縮試験機は,軸方向剛性の低下と等価な作用を生じるのみならず,偏心載荷の原因にもなるため,クロスヘッドおよびベッドと支柱との噛み合わせ部の調整を行う必要があること,安定して高い圧縮強度試験結果を得るためには,300kN/mm以上の軸方向剛性および10kN/mm以上の水平方向剛性を有するとともに,球面座の半径は4cm以上10cm以下であり,球面座の中心位置は加圧面上にあることといった規定を満足する球面座・加圧板を有しており,球面座とソケット間の摩擦係数と球面座の半径Rとの積で表される回転拘束性能Rの大きな圧縮試験機を使用する必要があることを明らかにした。

 上記の圧縮強度試験用供試体の作り方および圧縮強度試験方法に関する検討結果を踏まえ,現行規定のJIS A 1132およびJIS A 1108の規定事項を補足・改正することにより,高強度コンクリートの圧縮強度試験が標準的に実施されるための「高強度コンクリートの圧縮強度用供試体の作り方(案)」および「高強度コンクリートの圧縮強度試験方法(案)」を提案した。

審査要旨

 本論文は、「高強度コンクリートの基礎的力学特性に関する研究」と題し、最近開発利用が急速に進められている高強度コンクリートについて、その適切な利用と普及を図るために不可欠なコンクリートの高強度化技術の基礎的条件の解明、力学特性相互間の関係の定式化、圧縮強度試験方法の標準化というきわめて基本的な課題について広範囲にかつ綿密に研究したもので、7章から構成されている。

 第1章「序論」は、研究の背景と目的を述べている。1980年代後半以降、世界的にもわが国においても、圧縮強度が50-100MPaあるいはそれ以上の高強度コンクリートの開発・実用化が進んできており、今後さらにその使用範囲が拡大していくことが期待されている。このようなコンクリートの材料学的な諸性質や挙動は、従来の圧縮強度が20〜40MPa程度の通常コンクリートとは大きく異なると考えられるにも拘らず、その特性は充分には明かでなく、その適切な利用を阻む要因となっているとの現状認識から、本研究では、特に基礎的・基本的な情報となる高強度化のための材料・調合上の条件、構造材料としての基本的な各種力学的性質やそれらの間の関係、基本的な指標である圧縮強度を定義するための圧縮強度試験方法など、その利用と普及、つまり構造物の設計・施工計画のために必要不可欠な基本的な情報の統一化を図ろうとしている。

 第2章「高強度コンクリートの基礎的力学特性に関する既往の研究」では、大量の文献を調査して知識の現状をまとめ、その結果、高強度コンクリートの材料学的な知識・情報が不足し、あるいは統一的な定説となっておらず、構造物の設計・施工計画上の隘路となっていることを述べている。

 第3章「高強度コンクリートの基礎的力学特性に及ぼす材料・調合条件の影響に関する研究」では、まず過去の大量の実験データを広く集め、それを統計的に分析することによって、引張強度、曲げ強度、ヤング係数、ポアソン比、圧縮強度時のひずみ、圧縮限界ひずみ、ストレスブロック係数などと圧縮強度との関係について既往の関係式の適用性を検討するとともに統計的手法を用いて通常強度から高強度の範囲まで適用可能な汎用的な関係式を提案している。さらに、高強度コンクリートの圧縮強度、ひずみ特性値、ポアソン比、応力ひずみ曲線の形状などの各種力学的特性に及ぼす材料・調合条件の影響、特に粗骨材の影響について広範な実験を行い、これらの影響機構が通常強度コンクリートの場合と異なることを明かにして数式モデルを作成し、経済的、効率的にコンクリートの高強度化を行うための骨材選定条件などを明かにしている。

 第4章「高強度コンクリートの基礎的力学特性に及ぼす供試体作製条件の影響に関する研究」では、コンクリートのもっとも基本的な特性である圧縮強度を定義するための圧縮強度試験方法について、従来の通常強度のコンクリートに対する規格試験方法がそのままでは適用できないことから、まず供試体作製方法に関して供試体の寸法・形状、高さ直径比、端面処理方法などが圧縮強度試験結果に及ぼす影響について広範囲に実験的・理論的に検討し、多くの有用な知見を得ている。これらの結果は、現在わが国の各方面で行われる高強度コンクリートの圧縮強度試験に採り入れられている。

 第5章「高強度コンクリートの基礎的力学特性に及ぼす試験条件の影響に関する研究」では、第4章に続き、高強度コンクリートの圧縮強度試験において、載荷速度、加圧板の寸法・形状、球面座の寸法・形状、球面座用潤滑剤の種類・性質、圧縮試験機自体の軸方向剛性・水平方向剛性などの諸元・性能などが試験結果に大きな影響を与えることを見い出し、その影響機構、影響の大きさを実験的理論的に検討し、試験方法や試験機の諸元について定量的な制限条項を提案している。この中で、全く同一条件の多くの供試体を用いて、多数機関で試験を行うラウンドロビンテストを3回行い、従来の試験機、試験方法をそのまま用いた場合には、コンクリートが高強度になるほど試験結果に大きな差を生じ、標準試験としては成り立ちがたいこと、上記の研究結果を採り入れることによって、この差は最小限に抑えることができることを実証している。

 第6章「高強度コンクリートの圧縮強度試験に関する規格(案)」では、第4章、第5章の結果を踏まえ、供試体の作製方法、強度試験の実施方法、強度試験機の諸元に関する現行の日本工業規格の規定の改正案を提案している。これは建設省の高強度コンクリートに関する総合技術開発プロジェクトにも採用され、現在わが国で行われる高強度コンクリートの圧縮強度試験方法として採用されており、試験結果の信頼性の確保に貢献しているばかりでなく、ヨーロッパ、米国等における試験方法の標準化にも貢献している。

 第7章「結論」は、研究の全体をまとめたものである。

 以上のように、本研究は、これまでの常識的なコンクリートの強度をはるかに超える高強度のコンクリートの材料学的特性およびその試験方法について、多数の既往の実験結果を総合し、かつ広範な実験的・理論的研究を行って、その適切な利用を保証し、広く普及させるための基礎的分野を確立したものであり、コンクリート工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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