学位論文要旨



No 212221
著者(漢字) 久志本,琢也
著者(英字)
著者(カナ) クシモト,タクヤ
標題(和) 幾何モデルにおける曲面間の干渉計算とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212221
報告番号 乙12221
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12221号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 鈴木,賢次郎
 東京大学 助教授 村上,存
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
内容要旨

 幾何モデルは、形状を表現する数値モデルとして、コンピュータ支援による製品の設計から製造、検査に至る工程で広く利用されている。こうした形状処理技術の構築と利用において確立しておかなければならないのが、モデルの構成要素となる平面や曲面を対象とする干渉計算である。

 曲面には、球面などのような基本的なものばかりでなく、意匠設計上の自由度に富むBezier曲面やスプライン曲面などの自由曲面も含まれるので、それらの間の干渉計算結果である交線は、曲面上の様々なところに様々な形状で現れる可能性がある。したがって、それらの計算では、可能性のあるあらゆる交線を精度良く確実に算定する効率の良い方法が求められている。

 自由曲面を含む干渉問題は、その重要性と問題解決の難しさから、現在でも形状処理分野における主要な研究テーマとなっている。その解決方法として、いくつもの工学的あるいは数学的なアプローチが試みられてきているが、あらゆる場合の交線算定に信頼して適用できる方法はほとんどない。

 例えば、数学的なアプローチとして代表的なものに、曲面間の交線を表す非線形の連立方程式を実際に解いてしまうという方法があり、代数的な解決の可能性を示している。しかし、パラメトリック曲面の陰関数化や、結果として得られる高次の連立方程式の安定な解法などという点で、この方法だけによって実用的な計算を行うのは困難である。

 このような数学的なアプローチを別にすれば、何らかの方法によって交線上の1点を求めて、そこから交線上の点列を逐次算定するという交線追跡が現在でも最も一般的な方法である。実際に、従来からの研究でも、曲面の分割や1次の近似計算などによって交線上の点列を逐次的に算定する方法やその改良方法が多く提案され、それらの一部は実際の形状処理システムに利用されている。しかし、あらゆる交線上の1点の算定と、どのような交線形状でも安定した追跡計算を保証する方法は、これまでの研究では示されていないのが現状である。

 本研究の目的は、以上のような問題を解決するための、精度、効率、確実性のバランスがとれた交線算定の方法を確立すること、ならびに形状処理分野における交線算定の様々な応用を試みることである。その応用には、工具経路の算定や丸め形状の創成、自由曲面の持つ幾何学的な性質を示すのに有用な特徴線の算定など、実用上重要な計算例が含まれている。

 本論文は、以上の目的を達成するための研究成果をまとめたものであり、全6章からなる。第1章は序論であり、第2章から第4章までが本論文において提案する交線追跡方法の本論である。本論となる三つの章において、交線追跡計算に必要な、交線の記述方法、初期値の算出方法、そして特異点近傍の追跡方法を順に示す。それらに続く第5章では、曲面の表示や評価への交線算定の応用について述べる。そして、第6章は結論である。次に各章の記述の内容を具体的に述べる。

 第1章では、研究の背景や従来の方法における問題点を踏まえて、目的とする交線算定を実現する上で解決すべき問題点を明らかにした。それらは、曲面の表現に依存しない交線の記述、空間曲線の追跡に見合う精密な追跡計算、すべての交線上の1点の算出、そして交線の特異点近傍における信頼できる計算という問題である。

 第2章では、交線を含む曲面上の曲線の微分方程式による統一的な表現方法を提案した。

 交線追跡では、初期値となる交線上の1点から次の1点を初期値と等しい精度で算定することが必要となる。この算定を誤れば、交線の形状が大きく変化するようなところにおいて、わずかな誤差でも真のものから大きく変化してしまう。したがって、従来からの交線追跡方法で用いられてきたような、1次近似によって次の1点の方向を推定し、その方向に一定の距離だけ進んだところで交線上の1点へ繰り返し計算によって収束させるという粗い方法は、あらゆる交線算定に適用することはできない。

 以上のような問題点は、本論文で提案した微分方程式による交線の記述と、それへの可変刻み幅の数値解法の適用によって解決できた。こうした方法の適用により、微分方程式の数値解法に関する多くの研究成果を利用して、交線の高次の展開項を用いたのと等しい精密な追跡計算が、1次の微係数の計算だけで達成できた。しかも、従来は曲面の表現式ごとに分けられていた追跡計算を、微分方程式の数値解法という標準的な方法で実行できるようになった。具体的には、Bezier曲面などのパラメトリック曲面、球面などの陰関数曲面、そしてそれらのオフセット面を対象とするあらゆる組合せに対する交線が、統一的な手法の下に算定できることを示した。

 第3章では、交線追跡のための初期値を算定する二つの方法を提案した。

 生じる可能性のあるあらゆる交線を追跡するためには、追跡の初期値となる交線上の1点をもれなく算出しなければならない。自由曲面の場合、曲面パッチの境界やパラメータ一定曲線に沿ってそれらを検索することもできるが、パッチ内部に孤立して存在するループ上の交線を確実に見い出せる保証はない。

 本論文で提案する第1番目の方法は、曲面間交線の極値探索線による方法で、第2番目は幾何学的交点算出を用いる方法である。前者からは交線群を通過する探索曲線群が得られ、それらの曲線に沿って検索すれば、ループを含む交線の初期値あるいは特異点となる位置を求めることができた。一方、後者の方法からは交線上の1点が単純な繰り返し計算だけで直接求めることができただけでなく、計算の過程を監視することにより、二つの曲面が接触を起こす可能性のある位置やそこでの両曲面間の距離に関する情報まで得ることができた。

 どちらの方法も、生じる可能性のある交線がすべて検出できるという数学的に厳密な証明は得られなかったが、実用上の初期値算出に対して十分に効果のあることを多くの試行結果から確認した。

 第4章では、追跡計算の精度と数値解法との関係を明らかにし、計算時の精度保証だけでは解決できない交線の特異点近傍における安定した計算方法を提案した。

 曲面同士が数値的に接触状態となっているとみなせるところでは、何も手段を講じなければ追跡計算は不安定になり、結果を誤る可能性は増大する。特に、面状の接触領域が存在する場合、数値解法の局所的な誤差評価による刻み制御だけで追跡を実行するのは困難である。

 そこで、特異点を形成する二つの曲面の接触を数値的に評価する方法を提案し、その評価に基づく追跡計算の方法を確立した。この方法により、追跡計算の信頼性は向上し、設計上しばしば現れる曲面同士が接触するような場合でも、安定した干渉計算ができるようになった。

 第5章では、干渉計算のために導入した交線追跡の方法が、微分方程式表現できる曲面上の曲線の有効な算定手段となることを実証した。そのような曲線の例として、自由曲面の形状評価や表示に有用な特徴線の幾つかを示した。

 以上、本研究では、精度、効率、確実性だけではなく、種々の曲面表現への適用性にも優れた新しい交線追跡方法を提案した。さらに、この方法が、形状創成や曲面加工、そして曲面評価などの種々の形状処理問題への解決方法として利用できることも示した。

審査要旨

 本論文は、「幾何モデルにおける曲面間の干渉計算とその応用に関する研究」と題して、計算機による形状処理において重要である自由曲面間の干渉検出・交線計算法について、計算精度、効率、頑健性に配慮した統一的な計算手法を提案し、工業的な有用性を計算例により実証したものである。

 形状処理技術の構築と利用において形状モデルの構成要素となる曲面を対象とする干渉計算は重要であるが、曲面には、意匠設計上の自由度に富むBezier曲面やスプライン曲面などの自由曲面も含まれており、信頼できる干渉算定は困難な課題である。本研究の目的は、精度、効率、頑健性のバランスがとれた交線算定の方法を確立すること、ならびに形状処理分野における交線算定の様々な応用を試みることである。その応用には、工具経路の算定や丸め形状の創成、自由曲面の持つ幾何学的な性質を示すのに有用な特徴線の算定など、実用上重要な計算例が含まれている。

 本論文は、全6章からなる。第1章は序論であり、第2章から第4章までが本論文において提案する交線追跡方法の本論である。本論となる三つの章において、交線追跡計算に必要な、交線の記述方法、初期値の算出方法、そして特異点近傍の追跡方法を順に示す。それらに続く第5章では、曲面の表示や評価への交線算定の応用について述べる。第6章は結論である。

 第1章では、研究の背景や従来の方法における問題点を踏まえて、目的とする交線算定を実現する上で解決すべき問題点を明らかにした。曲面表現に依存しない交線表現、追跡計算を行なう場合の初期点の算出、特異点の扱いなどである。

 第2章では、交線を含む曲面上の曲線の微分方程式による統一的な表現方法を提案した。交線追跡では、初期値となる交線上の1点から次の1点を初期値と等しい精度で算定することが必要となる。この算定を誤れば、交線の形状が大きく変化するようなところにおいて、わずかな誤差でも真のものから大きく変化してしまう。以上のような問題点を、本論文で提案した微分方程式による交線の記述と、それへの可変刻み幅の数値解法の適用によって解決できた。この方法の適用により、微分方程式の数値解法に関する多くの研究成果を利用して、交線の高次の展開項を用いたのと等しい精密な追跡計算が、1次の微係数の計算だけで達成できた。しかも、従来は曲面の表現式ごとに分けられていた追跡計算を、微分方程式の数値解決という標準的な方法で実行できるようになった。具体的には、Bezier曲面などのパラメトリック曲面、球面などの陰関数曲面、そしてそれらのオフセット面を対象とするあらゆる組合せに対する交線が、統一的な手法の下に算定できることを示した。

 第3章では、交線追跡のための初期値を算定する二つの方法を提案した。第1番目の方法は、曲面間交線の極値探索線による方法で、第2番目は幾何学的交点算出を用いる方法である。前者からは交線群を通過する探索曲線群が得られ、それらの曲線に沿って検索すれば、ループを含む交線の初期値あるいは特異点となる位置を求めることができた。一方、後者の方法からは交線上の1点が単純な繰り返し計算だけで直接求めることができただけでなく、計算の過程を監視することにより、二つの曲面が接触を起こす可能性のある位置やそこでの両曲面間の距離に関する情報まで得ることができた。計算例により実用的な有用性を検証した。

 第4章では、追跡計算の精度と数値解法との関係を明らかにし、計算時の精度保証だけでは解決できない交線の特異点近傍における安定した計算方法を提案した。この方法により、追跡計算の信頼性は向上し、設計上しばしば現れる曲面同士が接触するような場合でも、安定した干渉計算ができるようになった。

 第5章では、干渉計算のために導入した交線追跡の方法が、微分方程式表現できる曲面上の曲線の有効な算定手段となることを実証した。そのような曲線の例として、自由曲面の形状評価や表示に有用な特徴線の幾つかを示した。

 以上、本研究では、精度、効率、頑健性だけではなく、種々の曲面表現への適用性にも優れた新しい交線追跡方法を提案し、さらにこの方法が、形状創成や曲面加工、そして曲面評価などの種々の形状処理問題への解決方法としても有用であることを示した。本研究の成果は精密機械工学の今後の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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