学位論文要旨



No 212222
著者(漢字) 浅井,昭夫
著者(英字)
著者(カナ) アサイ,アキオ
標題(和) プレス金型高速高精度無人化生産システムの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 212222
報告番号 乙12222
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12222号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 中川,威雄
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 光石,衛
内容要旨

 個性化・多様化の現代において生産システムに要求されるものは、生産性の大幅な向上とリードタイムの画期的な短縮のための無人運転、および製品の完成度や品質の向上のための高速・高精度加工の実現である。従来の生産システム、中でも多品種少量生産においては、設備構成、生産品目、在庫数などにより無人運転時間が限定され、しかも多くが異種部品加工に起因する加工時間の増大、加工不具合などの問題が発生していた。そのため48時間以上の連続無人運転が可能な生産システムは存在せず、実用技術として送り速度1m/min以上の高速で高精度に金型加工を行っている例は報告されていない。

 そこで自動車開発において、重要であるポデー用プレス金型生産システム構築の研究を行うこととした。この研究の第一の目的は、高い生産性を得るために連続10日間以上の無人化運転を可能とし、従来未達であった年間稼働率80%を確保することである。第二の目的は、数千の相貫面とフィレットで構成され形状が非常に複雑な金型を、当時の技術水準を外挿して考えられる最も高速である平均送り速度4m/min以上で、しかも流麗な自動車ポテーを異現化するため±20mの高精度で加工を可能にすることである。これらの研究目的を満足する生産システムを構築するために、必要な要素技術を総合化するという視点に立ち生産システム構築の研究を行ない、実際に稼働させ大きな効果を得た。

 本論文は、生産システム設計技術、機械制御技術、加工技術、CAD/CAM技術などの研究を行い、各々の要素技術を統合し生産システムを構築し、この生産システムを、実際のプレス金型生産に適用した結果について記述したものであり、全体で11章より成る。第1章の序論に引き続き第2章では、第3章以降に述べる技術を体系的に統合し生産システムを構築するための基本的考え方である総合化技術を記述した。第3章は、連続無人化運転を可能にする生産制御システム設計、第4章は、NC加工機、無人搬送台車、立体倉庫など無人化運転のための構成設備技術が明確にされ、双方の章にて10日以上の連続運転が可能な無人化技術を提示する。第5章は、高速で高精度な加工を可能にする機械制御技術、第6章は、自由曲面の機械加工・研削仕上げ技術、第7章は、信頼性の高い加工を可能にする曲面NC加工用ソフトウェアの研究について述べ、以上の章にて高速・高精度な加工を可能にした研究内容を詳述した。そして生産システムとして機能・稼働させる第8章の高速高精度年間無人化運転管理技術、さらに第9章の生産システムの構成、第10章の生産システムの運転結果、第11章の結論と続き、全体で11章で構成する。

 以下各章の内容と、主な研究成果を概説する。

 第1章は序論であり、研究の必要性、課題について明らかにした。第2章は生産システム設計に必要となる要素技術を体系的にまとめ、全体の統合と最適化を図りながら生産システムの構築を図る総合化技術について記述し、本論文の総括とした。

 第3章では、運続無人化運転が可能で年間稼動率が80%以上となる生産システムを構築するため、生産活動を分離・調和させる生産システム設計について述べている。長時間の連続無人化運転を行なうためには、人手作業と機械加工を分離し、しかも個々の工程、情報を調和させる必要がある。従来はこの運転管理を作業者が行っていたため無人運転時間の制限ばかりでなく、稼働率の低下、生産計画変更の許容性が確保されていなかった。そこで「人間系」と「機械系」とを計算機により分離し、そして全体を調和させた運転管理を行う生産制御システムを設計し、年間を通した連続無人運転と高い稼働率を確保した。

 第4章では、連続無人運転を可能にする設備構成の中で、金型の特徴である高重量ワークの無人搬送、位置決め技術について記述する。従来の搬送技術は信頼性、安全性に重点を置き、高速搬送、位置決め精度などの機能を改善し、稼動率を極限まで追求した研究例は少ない。そこでパレットの搬出入は、高速化を最優先とした可動ラックとギアの組合せによるテレスコピック駆動機構を開発した。つぎに高精度な加工を実現し、なおかつ金型交換時の位置決め精度の再現性を図るため、メカニカルクランプ、エアセンサにて位置決めを行い、位置決め誤差があるときには金型座標系を変換し、位置決め誤差を10m以下に抑え、再加工時の位置決め精度の再現性を確保した。これらの研究にて、連続無人運転が可能になり、稼動率向上を図ることができた。

 第5章では、形状が複雑でしかも加工時間が長い金型の高速で高精度な加工を実現するため、必要となるNC加工機の制御技術について述べる。工具の折損を防止し、かつ高い送り速度を確保するためには、切削負荷に応じて送り速度を変化させる適応制御を行う必要がある。金型加工時間の80%をしめる軽切削加工において、重切削用の従来センサでは切削負荷検知による適応制御は不可能であった。そこでAE(Acoustic Emission)センサを用い、ダクタイル鋳鉄の塑性変形及び破壊によって生じる音響パルスの50〜80KHzの周波数帯域に着目し、検波、ピークホールド、平滑回路の信号処理によりAEを高S/N比で検出した。このAE出力信号と予め設定した判定値とを比較し、切削状態を識別しそれに応じた送り速度係数を生成する送り速度制御システムを構築した。これにより工具折損を防止すると共に、空切削および軽切削加工時の送り速度を向上し、切削負荷に応じた適応制御が可能になった。NC加工機の送り軸駆動サーボ系の時定数と各軸独立の加減速をかけることにより、特に大きな曲率部を高速加工時に顕在化する軌跡の内回り誤差を防止するため、情報処理部と位置制御部の伝達関数から加工軌跡の理論式を導出し、加工軌跡が本来加工すべき経路になるようNC加工データに内回り誤差量を見込むようにした。この結果、大きな曲率部での加工誤差は、従来の1/3以下の50m以内に抑えることができた。NC加工機を長時間連続稼動すると、環境温度の変化、主軸駆動系の発熱などにより工具先端位置に変位が生じるため、加工精度の維持が困難となる。主軸とコラムにそれぞれ温度センサを取付け、これらの温度差と主軸端の変位との関係を調べると、一次の相関が認められた。そこでこの相関式により、加工中にZ軸位置に割り込みをかけ熱変位補正を行ない、長時間連続無人運転時の加工精度の向上を図った。

 第6章では、自由曲面の機械加工と研削仕上げ加工を、短時間に高効率で高精度に行なうために必要な加工技術の研究について述べる。金型の曲面加工は、凹形状部や傾斜部での加工残りが発生しやすく、これを防ぐ方法として多軸制御加工があるが、工具経路生成、機械系の静的・動的精度の点で信頼性がない。そこでボールエンドミルによる微細加工にて、工具折損を防止しつつ高速化し、しかも加工残りをなくし高精度化を図る加工方法として、稜線沿い加工、等高輪郭加工、傾斜軸加工の開発を行なった。従来の自動仕上げ機と呼ばれるものは、表面あらさ向上を目的とする自己誘導倣い、またはティーチング方式による磨き作業であり、仕上げ作業工程での重要なカスプ除去と面の平滑化を行なうことは機能上困難である。そこで仕上げ工程で重要である金型のカスプ除去と曲面の平滑化を目的に、熟練作業者の持つ目、脳、手で構成される高い技能を機能変換し、データ駆動方式の自動仕上げロボットを構築した。「目の機能」として、形状モデルをもとに研削工具の移動で創生きれる研削面をシミュレート可能な圧力研削理論を構築した。「脳の機能」として、形状モデルと研削条件から工具軌跡・姿勢制御が可能なデータ駆動方式のロボットを開発した。「手の機能」として、CBN砥石、高周波モータ、エアシリンダからなる研削工具を開発した。これにまり表面あらさは、3m以下に向上し、砥石などによる手仕上げ作業を廃止することができ、手仕上げ時間を65%削減することができた。

 第7章では、形状が複雑な金型の高精度で、信頼性の高い加工を可能とする新しい曲面NC加工用ソフトウェアの開発について述べる。異なる断面半径のフィレットがさまざまの角度で合流する形状モデルを自動創成するために、稜線ごとの逐次処理とパターン認識を用いたフィレット自動創成機能を開発した。高速で信頼性の高い工具経路生成のため、双三次曲面で構成される形状モデルを、双一次パッチで近似し、形状多面体表面を作成し、これを工具半径量オフセットしたオフセット多面体表面を作成する。このオフセット多面体表面をもとに様々な加工が可能な工具経路を創生した。これにより形状モデリング時間と計算時間の短縮および工具経路の信頼性の向上を図った。これらの研究により、平均送り速度4m/min、加工精度±20mの高速・高精度な加工が可能になった。

 第8章では、多品種一品生産において年間無休の高速・高精度な連続無人化運転を実現するうえで必要となる運転管理技術について述べる。年間無人化運転を行うためには、物と情報の整合性を確保し段取り、加工を秩序立てで行う段取りおよび加工のスケジュール管理、立体倉庫と無人搬送台車を有効に働かせNC加工機の停止時間を短縮し、稼動率を向上させるためのワーク搬送管理、加工精度を確保すべく工具寿命を管理する工具管理と設備精度管理、設備の稼動率向上の阻害要因を見つけだし、対策・改善活動を進めるための稼動と故障の状態を監視するモニタリングシステム、不具合が発生したとき、設備を停止することなく生産を続行するための運転管理機能等の研究を行う必要がある。そこで生産システム内の無人搬送台車、立体倉庫、NC加工機間を計算機で結び、これらの運転管理機能を織り込んだ生産制御システム設計の開発を行った。これらの研究により、高速・高精度な加工を年間を通して無人で行うことが可能になった。

 第9章では、以上の研究に基づき構築した生産システムの概要を記述した。おもな構成設備は、4台のNC加工機群を横一列に並べ、その背後に無人搬送台車の軌道を敷き、軌道と平行に段取り場と10日間の在庫可能な立体倉庫を配置し、計算機により生産制御を行い、段取り以降の物の流れを完全に無人化した。このような設備構成で年間を通して連続無人化運転が可能な生産システムは、今までには存在しない。

 第10章では、運転結果を明らかにした。この生産システムは、1988年3月から本格稼動に入り、年間稼動率85%で、10日間程度の長期休暇中をも含む年間を通した連続無人化運転と、あらゆる金型の高速・高精度な加工を可能とし、手仕上げ作業を大幅に削減するが可能となった。その結果、生産性が2倍に向上し、しかも生産のリードタイムを60%低減し、ひいては自動車ボデーの品質向上に大きく貢献することができた。

 以上本研究は、高速・高精度な加工のためのNC加工機の制御技術、曲面加工技術、CAD/CAM技術、無人化のための生産制御システム設計技術など、要求される技術研究と技術の総合化を行い生産システムを構築し、金型生産に適用したときの有用性を明らかにした。この生産システムの稼働結果、形状が非常に複雑なプレス金型を当時としては最も高速(4m/min)かつ高精度(±20m)で連続無人加工し、年間稼動率85%、年間稼動時間7450時間を達成した。この年間稼動時間7450時間は、世界の生産システムの中でも、トップレベルの高い値を示している。

審査要旨

 本論文は、「プレス金型高速高精度無人化生産システムの構築に関する研究」と題して、生産システム設計技術、機械制御技術、加工技術、CAD/CAM技術などの生産システム構築要素技術の研究を行い、これらを統合した高機能生産システムの構築法を確立したものである。具体的には、自動車ボデー用プレス金型生産システムに適用した結果を評価して、少量生産システムに要求される、生産性向上とリードタイム短縮のための無人運転、および製品の完成度や品質の向上のための高速・高精度加工の実現方法などを明らかにしている。必要な要素技術を総合化するという視点に立ち生産システム構築の実証的研究を行ない、実際に稼働させ大きな効果を得た。

 本論文は、全体で11章より成る。以下各章の内容と、主な研究成果を概説する。

 第1章は序論であり、研究の必要性、課題について明らかにした。第2章は生産システム設計に必要となる要素技術を体系的にまとめ、全体の統合と最適化を図りながら生産システムの構築を図る総合化技術について記述し、本論文の総括とした。

 第3章では、生産活動を分離・調和させる生産システム設計について述べている。長時間の連続無人化運転を行なうためには、人手作業と機械加工を分離し、しかも個々の工程、情報を調和させる必要がある。そこで「人間系」と「機械系」とを計算機により分離し、そして全体を調和させた運転管理を行う生産制御システムを設計し、年間を通した連続無人運転と高い稼働率を確保した。

 第4章では、連続無人運転を可能にする設備構成の中で、高重量ワークの無人搬送、位置決め技術について記述する。従来の搬送技術は信頼性、安全性に重点を置き、高速搬送、位置決め精度などの機能を改善し、稼動率を極限まで追求した研究例は少ない。そこでパレットの搬出入の高速化、メカニカルクランプ、エアセンサによる高精度、高速位置決めを行い、再加工時の位置決め精度の再現性を確保した。これらの研究にて、連続無人運転が可能になり、稼動率向上を図ることができた。

 第5章では、形状が複雑でしかも加工時間が長い金型の高速で高精度な加工を実現するため、必要となるNC加工機の制御技術について述べる。工具の折損を防止し、かつ高い送り速度を確保するためには、切削負荷に応じて送り速度を変化させる適応制御を行う必要がある。そこでAE(Acoustic Emission)センサを用い、切削状態を識別しそれに応じた送り速度係数を生成する送り速度制御システムを構築した。これにより工具折損を防止すると共に、空切削および軽切削加工時の送り速度を向上し、切削負荷に応じた適応制御が可能になった。NC加工機の送り軸駆動サーボ系の速度特性改善、NC加工機の環境温度変化、主軸駆動系の発熱などによる加工精度低下防止、などの研究により長時間連続無人運転時の加工精度の向上を図った。

 第6章では、自由曲面の機械加工と研削仕上げ加工を、短時間に高効率で高精度に行なうために必要な加工技術の研究について述べる。複雑形状に対応するために、稜線沿い加工、等高輪郭加工、傾斜軸加工などの種々の加工情報生成方式の開発を行なった。仕上げ加工工程で重要である切削面のカスプ除去と曲面の平滑化を目的に、熟練作業者の高い技能を機能変換し、データ駆動方式の自動仕上げロボットを構築した。

 第7章では、形状が複雑な金型の高精度で、信頼性の高い加工を可能とする新しい曲面NC加工用ソフトウェアの開発について述べる。稜線ごとの逐次処理とパターン認識を用いたフィレット自動創成機能を開発し、また高速で信頼性の高い工具経路生成のため、曲面形状を多面体形状にて近似し、これをもとに様々な加工が可能な工具経路を創生した。これにより形状モデリング時間と計算時間の短縮および工具経路の信頼性の向上を図った。

 第8章では、多品種一品生産において年間無休の高速・高精度な連続無人化運転を実現するうえで必要となる運転管理技術について述べる。生産システム内の無人搬送台車、立体倉庫、NC加工機間を計算機で結び、これらの運転管理機能を織り込んだ生産制御システム設計の開発を行った。

 第9章では、以上の研究に基づき構築した生産システムの概要を記述した。おもな構成設備、および年間を通した連続無人化運転操作などについて議論した。第10章では、具体的な運転結果を明らかにし、上記手法の有効性を検証した。

 本研究では、高速・高精度な加工のためのNC加工機の制御技術、曲面加工技術、CAD/CAM技術、無人化のための生産制御システム設計技術など、生産システム構築のための要素技術とそれらの技術の総合化手法の研究を行い、金型生産システムに適用したときの有用性を明らかにした。

 以上、本研究の成果は精密機械工学の今後の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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