この論文は高齢者に対して日常生活における「移動」を支援する工学的手段の実現に関して、設計条件の検討と実現すべき工学的支援の概念設計を行い、試作評価の考察から設計条件の実現手法について体系化したものである。本論文を各章ごとに要約する。 第1章においては研究の背景、意義を述べている。初めに我が国の高齢化により、高齢者の日常生活のサポートとして、入浴等の基本となる「移動」が大きな課題であると指摘している。介護労働力の不足から支援機器による工学的な支援が重要であるが、これまで支援機器が普及しなかった原因として機器設計自体に問題が存在し、これを解決するための設計条件と実現すべき工学的支援の明確化による工学的支援手法の確立の必要を述べている。 第2章では研究の目的を、1)高齢者の「移動」を対象とした工学的支援の設計条件の抽出、2)実現すべき工学的支援の設計過程の考察による工学的支援手法の体系化と定めている。 第3章においては「移動」の工学的支援の設計条件を検討している。支援機器に関わる立場として、高齢者、介護者、医療・福祉従事者、メーカが支援機器に望む条件を検討し、安全性や信頼性の確保、食事等の他の日常生活活動との整合性などの設計条件について述べている。更に高齢者の心身や住環境の状態への幅広い対応、高齢者の残存能力に応じた補助、及び介護作業省力化を、支援機器の効果的な供給に重要な設計条件として指摘している。 第4章では実現すべき工学的支援の概念設計として、高齢者の持つ「移動」能力と、環境の要求する「移動」能力を基に「移動」の工学的支援を捉え、QOL(生活の質)向上のためには環境の要求緩和だけでなく高齢者の持つ「移動」能力の維持向上の必要を明らかにしている。 次に歩行能力を分類し住環境状況との関連による高齢者の「移動」に関する状況を分析した結果、実現すべき工学的支援の代表例として、在宅自立においては「天井走行式移動支援アーム」、施設介護においては「電動車いす自動走行システム」について述べ、その概念設計を行っている。 第5章では、前章に基づき「天井走行式移動支援アーム」と「電動車いす自動走行システム」の詳細設計と試作評価について述べている。「天井走行式移動支援アーム」では、剛性を持った機構により体重の一部を支え、脚にかかる負荷を軽減し、更に高齢者の歩行意図を検出して天井走行を行うことで、高齢者の自立移動を支援している。「電動車いす自動走行システム」では、赤外光マークによる走行誘導を採用し、周囲の歩行者を超音波センサにより検出し一時停止するシステムを試作している。 第6章においては考察を述べている。第3章で挙げた設計条件に基づき、試作された機器に通常認められる問題点として「天井走行式移動支援アーム」の機能の複雑さによる信頼性低下、「電動車いす自動走行システム」の障害物の誤検出による安全性実現の困難を指摘している。更にこれらの問題点と設計条件との重要な関係として、性能高度化と信頼性の相反、安全性の実現と環境への適合の密接な関連等を挙げている。 次に、以上の考察に基づぐ設計開発過程の各段階における設計条件の重要性を検討している。まず概念設計段階では高齢者の身体状況と支援機器の利用環境への対応について重点的に考慮したことを指摘している。次に詳細設計段階では主として操作性、安全性、信頼性の実現を考慮していたこと、特に安全性については利用状況を正しく把握する必要があると述べている。試作評価段階において実機の試用による評価を行う際には、安全性の実現、及び日常生活活動との整合性に関して重点をおく必要があることを明らかにしている。 最後に高齢者の日常生活に対する工学的支援の今後の展望として、仮想現実感やマルチメディア技術の応用と、独居高齢者のためのコミュニケーションなどによる精神面からの工学的支援が今後一層重要となると指摘している。 第7章は本論文の結論を述べている。高齢者の在宅自立生活と施設介護について、日常生活活動の中の最優先課題である「移動」に対する工学的支援手法の体系化について、1)効果的な実用化・普及のために、高齢者の心身や住環境の状態への幅広い対応が重要な設計条件であること、2)高齢者の持つ「移動」能力と住環境の要求する「移動」能力の分析に基づいて「天井走行式移動支援アーム」と「電動車いす自動走行システム」を実現すべきであること、3)設計試作過程の考察から工学的支援のための設計条件の実現手法の体系化、を述べている。 以上のように、本論文では高齢者に対する工学的支援に関し、日常生活において重要な「移動」について分析を行い工学的支援手法の体系化を行ったものである。この成果は今後益々重要になる高齢者の生活支援機器の実用化に貢献するものと考えられる。よって本論文は搏士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |