学位論文要旨



No 212226
著者(漢字) 毛利,峻治
著者(英字)
著者(カナ) モウリ,シュンジ
標題(和) 機構誤差補正によるロボットの絶対精度の向上
標題(洋)
報告番号 212226
報告番号 乙12226
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12226号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 鯉渕,興二
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 ロボットの産業応用は年々増加している。利用台数の多さやロボット技術に係わる研究報告の多さに比べ、現場でのロボット利用技術は必ずしも十分に進んでいるとは言い難く、大部分の場合ティーチングプレイバック方式で利用されている。これはオペレータがマニュアルでロボットを操作し、一連の作業の動作順序および動作の位置決め点を教示し、それを再生することで作業を遂行する方式である。このマニュアル教示は位置決め点での位置・姿勢を目視で確認しながら行うものであり、集中力を長時間傾けて行う作業である。一方、ディスプレイを用いた対話型オフライン教示がある。これは計算機を用いて位置決め点を算出し、それをロボットヘ転送し動作させるものである。短時間で高精度の位置決め点が作成できるが、必ず現場での微調整が必要である。その理由は計算機内モデルが現場の実環境と一致せず、そのズレを補正しなければならないからである。この様な実環境とのズレの他にロボット自身の有する誤差があり、これをロボット毎に個別に補正しない限りオフライン教示の真の実用化、すなわち現場での無教示化は達成できない。本論文が対象とする小型の組立ロボットの場合、ロボット自身の有する誤差としては機構寸法の設計値からの誤差が大きな要因であり、この「機構誤差」を補正し、ロボットの絶対精度を上げない限りオフライン教示による無教示化は実現できない。

 上記目的を達成するため、本論文では以下の研究を行った。なお、位置と姿勢をの組を呼ぶ用語としてJIS、ISOでは「ポーズ」を採用している。ここでもそれに従う。

 まず記号を定義する。

 記号 意味

  ロボットを位置決めるための制御パラメータベクトル

  その誤差

 P ロボットの腕の長さ等を示す機構パラメータベクトル

 P その誤差

 H 正座標変換式(とPからロボットの手先のポーズを求める式)

 H-1 逆座標変換式(手先のポーズからを求める式)

 指定した数値指令ポーズQaヘロボットを位置決めると、ロボットは機構誤差の影響で別の点Qaへ位置決めされてしまう。Qaは正座標変換式を用いて、

 

 と表され、Qaは同様に

 

 と表されるから、この差Qは

 

 と線形近似できる。このQは位置決め誤差であり、これはロボットが位置決められた点を実測すれば求められる。式(5)におけるJをヤコビ行列と呼び、これはHより式(4)で求められる。QとJが既知となり式(5)の線形連立方程式は解くことが可能でこれから機構誤差,Pが決定できる。しかし機構パラメータとしてロボット工学で広く用いられているD-Hパラメータを用いて機構を表現すると構造が微小に変化したとき、設計値では有限であるものが無限大となるなど計算上問題となる。そこで機構誤差解析用の新しい5個の機構表現パラメータを定義した。これによれば機構の微小変化に対してパラメータも微小に変化する事を確認した。ついでこの機構パラメータによる正座標変換式を導いた。機構誤差を含む正座標変換は式(2)の様に表されるが、この式のに関する逆関数は容易に求められない。そこで、以下の方式による近似的な逆座標変換を提案した。

 (1)H-1(Qa,P)を用いて(すなわち機構誤差を考慮しないで)逆座標変換しQaに対するaを求める。(機構誤差を考慮しない座標変換はロボット制御では必須のもので、ロボットシステムは必ずこれを定義している。)

 このaで制御すると機構誤差の影響でQaへ位置決められる。

 (2)上記のaと機構誤差を用いてH(a-,P-P)を求める。

 これを仮想目標ポーズQ1と呼ぶ。

 この仮想目標ポーズQ1でロボットを制御すると機構誤差が相殺されて目標位置Qaへ位置決めされる。

 この方式を応用して6自由度多関節ロボットの機構誤差補正実験を行った。このとき式(5)のヤコビ行列がロボットの構造の特殊性により特異行列になることが分かりその機構パラメータ間の従属関係を求める方式を提案した。

 機構誤差補正実験を行い絶対精度0.39mmを得、精度向上16倍を達成し、機構誤差補正方式の有効性を確認した。

 スカラ型ロボット場合、機構誤差を含む逆座標変換が定式化可能であり、より高精度な機構誤差補正が可能である。この補正実験では絶対精度0.114mmを得、精度向上27倍以上を達成した。しかし最悪の精度は0.2mmを越えており、これを低減するため領域を分割した。分割領域の大きさと精度との関係を求め、全領域で最悪の精度を0.05〜0.15mm以下とするために必要な領域分割長の指標を明確にした。

 市販のロボットを使用する場合、その座標変換処理等の詳細が不明であることが多い。ニューラルネットワークを用いると座標変換式が分からないケースに対しても機構誤差補正が可能であり、その補正実験を行った。効果の比較のため、逆座標変換式が定式化できるスカラ型ロボットを対象に実験を行った。ニューラルネットワークのパラメータ(教師データ数、層数等)と補正精度との関係を解明し、解析的方法による機構誤差補正と同等の結果を得るために必要な条件を図表化した。

 機構誤差が既知である場合の教示データの有効利用法として5件提案した。

 (1)機構誤差を用いて教示データを絶対空間内のデータに変換し、それを数値指令として別のロボットヘ移植する方法(教示データの相互利用)。

 (2)ロボットの腕が衝突するなどして機構誤差がずれたとき、現場で微調整のための教示が行われる。機構誤差補正の結果、ロボットの絶対精度が保証できるので、その教示データを絶対空間でのポーズに変換しそれを測定値とみなし機構誤差を再計算する方法。

 (3)可動範囲全域で一つの機構誤差補正式を用いると、ある領域で補正精度が出ない場合がある。測定誤差の影響の大きく受ける領域があるためであり、それを上記ヤコビ行列を用いて評価する方式。ある領域で同時には評価結果が悪くならない複数の座標変換式を用意し、それを使い分けることにより精度向上を図った。

 (4)ロボットにハンドを付けた状態でのハンド系機構誤差を教示で求め補正する方法。部品挿入を想定し、キャリブレーション基板の穴位置を計測しておきそこへ教示で挿入することを繰り返し、機構誤差を求めた。

 (5)意味付けされた教示マーク(例:3円を指示しその中心を教示点とする等)を定義しておき、部品にそれらのマークを貼り画像処理装置とタッチセンサで自動教示を行う方法。機構誤差補正を用いて精度の高い絶対値指定移動を実現し教示時間を1/2〜1/5に短縮した。

 以上、本論文では機構誤差を含むポーズの表現方法に付いて考察し、機構誤差補正のための新機構パラメータと機構誤差補正方式(逆座標変換)を提案し、それらを具体的ロボットに展開し方式の妥当性を検証した。ついで求めた機構誤差による教示データの有効利用と教示の容易化に付いて提案した。また、機構誤差解析式に現れるヤコビ行列が機構誤差の出易さや測定誤差の影響の受け易さの評価に使用できることを指摘その解析を行った。

審査要旨

 本論文は「機構誤差補正によるロボットの絶対精度の向上」と題し,ロボットの絶対位置決め精度の向上策として機構誤差(機構パラメータ寸法の製作誤差/据え付け誤差)の測定・補正技術および機構誤差補正の応用技術について論じたものである.

 1章では,ロボット教示技術がティーチング・プレイバック主体で,依然としてマニュアル教示に頼っていることを指摘,数値指令値によるロボット利用における機構誤差補正の必要性とその技術開発動向を示した.

 2章では,機構誤差を考慮した場合での,教示ポーズと数値指令ポーズの表現法の違いを明確化し,全機構パラメータを含む正変換式をパラメータで偏微分したヤコビ行列を用いて機構誤差解析の線形近似式を求め,その線形近似誤差に付いて考察し,産業応用では近似誤差が問題にならない事を示した.

 3章では,機構パラメータについて考察し,従来からロボット制御に用いられている機構パラメータ(D-Hパラメータ)を機構誤差解析に用いると求める機構誤差の相対精度が悪くなるという問題が発生することを指摘し,5個のパラメータからなる機構誤差補正用の新機構パラメータを考案し,その新機構パラメータによる座標変換式並びに機構誤差解析式を提案した.機構誤差がある場合,通常,座標変換の逆変換式が直接計算できないので,近似逆座標変換式を提案し,その誤差評価を行い,0.1%程度の製作誤差では近似誤差が問題にならない事を示した.

 4章では,逆座標変換式が直接計算できないケースである6軸多関節ロボットの誤差補正実験の結果を示した.機構誤差解析式のヤコビ行列のパラメータ間の従属関係解析が必要である事を指摘し,具体例でその方式を示した.また,機構誤差測定精度向上のためアプローチ点を経由して位置決める方法を提案し,測定精度を±0.1mm以下とするにはアプローチ角を5度にすれば良いことを実験的に求めた.機構誤差測定実験と補正実験を行い,絶対精度向上16倍(補正前絶対精度精度6.29mm,補正後0.39mm)を得た.

 また比較のため,6パラメータを用いて機構誤差解析を行った.その結果,6番目のパラメータは全て他のパラメータに従属となり,機構誤差補正には5個の修正D-Hパラメータで必要十分であることを確認した.

 5章では,機構誤差を含む逆座標変換式が定式化可能な例としてスカラ型ロボットを対象として機構誤差補正実験を行い,絶対精度向上25倍(補正前絶対精度3.176mm,補正後0.114mm)を達成した.最悪の精度をさらに向上させるため,領域を分割して分割領域毎に機構誤差を補正する実験を行い,全領域で最悪の絶対精度を±0.15mm以下とするには,20×50mmの領域に分割すれば良いことを実験で確認した.

 6章では,逆座標変換式が不明である場合(市販のロボットを使用する場合はほとんどがこれに相当)の機構誤差補正として,ニューラルネットワークを用いた機構誤差補正を提案し,機構誤差を含む逆座標変換式が既知であるスカラ型ロボットを例にとり,ニューラルネットワーク方式と解析的方式とを比較した.教師データとして関節角表現並びに直角座標表現の入力ポーズデータを用いて学習し,ニューラルネットワークのパラメータ(入力点数,中間層の数等)と補正精度の関係を明らかにした.20×50mmの領域で,関節角使用の場合,36教師データを用いて補正精度0.092mm,直角座標使用の場合,36教師データを用いて0.136mmの補正精度を達成した.

 7章では,機構誤差補正技術の応用として,ポーズデータの有効利用を図る方法について5件の提案をした.

 (1)教示データの相互利用方法:ロボットの教示データを別のロボットへ移植する方法の確立,

 (2)機構誤差再設定方法:ロボットの腕をぶつけるなどして機構誤差が微小にずれたとき,教示をする事で機構誤差を再設定する方法の確立,

 (3)補正効果の評価方法:可動範囲全域で一つの機構誤差補正式を用いると,ある領域で補正精度が出ない領域があり,補正効果の評価をヤコビ行列から求める方法の確立,

 (4)ハンド機構誤差補正:ハンドの機構誤差を教示で求め,補正する方法の確立,

 (5)センサ利用自動教示システム:マニュアル教示の教示時間を短縮するために,センサを用いた位置決め誤差補正の自動教示方法の確立した.実験では1/2から1/5に教示時間を短縮できた.

 8章では,結論であり,各章の内容をまとめた.全体として,±0.2mm以下の精度で測定を行えば,測定精度と同程度の絶対精度を確保することが可能である事,機構誤差補正技術は教示データの有効利用並びに教示の自動化に効果があり,教示の容易化に貢献できる事を示した.

 以上要約するに,本論文は機構誤差解析用のパラメータの提案に続き実験を通して,種々の実用上の問題点を指摘し,それを解決しロボットの絶対精度向上に貢献するところが大である.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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