学位論文要旨



No 212227
著者(漢字) 阿良田,洋雄
著者(英字)
著者(カナ) アラタ,ヒロオ
標題(和) スポラディックE層での反射による放送電波の混信除去に関する研究
標題(洋)
報告番号 212227
報告番号 乙12227
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12227号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 助教授 相澤,清晴
内容要旨

 スポラディックE層で反射された中国,韓国,ソ連などの近隣諸外国のFM放送波やテレビジョン放送波が,わが国のテレビジョン放送電波に干渉することにより受信障害が発生する.この受信障害では,受信画像に輝度ビートや色ビートなどのビート縞が生じ,また受信音声がひずんだり,中国語,韓国語が聞こえるといった障害が発生する.その結果テレビジョンの受信品質を著しく低下させ,一時的にはテレビジョンの受信を不能にする.そのため,この混信を改善することは重要な問題であり,妨害を除去できる高性能で安価な妨害除去装置の開発が望まれてきた.ここでスポラディックE層とは電離層の一種類であり,毎年5月から8月にかけて突発的(Sporadic)に現れるE層のためスポラディックE層(Es層)と呼ばれる.

 従来から混信を除去する方法としてはアダプティブ・アレーアンテナを用いるアンテナ工学的な方法があったが,アレーアンテナを用いる方法は同一方向から到来した干渉電波を除去すると,希望波である信号も除去するため,その適応範囲が限られる欠点があった.

 本論文では通信工学的な手法を用いて,同一方向から到来した干渉電波も除去できる方法を提案している.この方法は高周波テレビジョン信号(VSB-AM信号)に混信した狭帯域妨害信号(FM信号)をテレビジョン信号の波形ひずみを最小に押さえて除去できる.また妨害波の検出に関連して新しい窓関数を提案している.

 本研究により,妨害波の除去法と妨害波の検出法に関して次のような成果が得られた.

(1)ヒルベルト変換を用いたベースバンドでの除去法

 テレビジョン信号に混入した妨害波を直交同期検波し,これにより分離した妨害波をヒルベルト変換することにより妨害波を再生し,再生した妨害波を混信を含むテレビジョン信号から減算することにより,妨害波をベースバンド帯域で除去する方法を提案した.この方法で所望の打ち消し量を得るのに必要なパラメータを示し,その精度を明らかにした.また妨害波除去の実験を行なった結果を示し,良好な改善効果があることを明らかにした.

(2)ヒルベルト変換を用いた中間周波帯での除去法

 妨害波の直交成分を用いる改善法の原理を,単側波帯(SSB)伝送領域へ拡張し,テレビジョン信号の帯域内のどの周波数でも妨害波の除去ができるようにすると共に,妨害波の打ち消しを中間周波段で行なう方法を提案した.

 次に本方法の妨害波抑圧量と,テレビジョン信号のSSB伝導領域で,妨害波を除去した時の波形ひずみを計算機シミュレーションと室内実験により考察し,DSB伝送領域のみならずSSB伝送領域においても実用的な性能を有することを明らかにした.

(3)スプリットナイキスト受信方式とSSB受信方式による妨害波除去

 テレビジョン信号のDSB伝送領域をSAWフィルタにより分割してSSB受信し,妨害波を除去するスプリットナイキスト受信方式とSSB受信方式を提案した.次に同方式の波形ひずみと,映像搬送波周波数の許容偏差について検討し,許容範囲を明らかにした.

(4)ノッチフィルタを用いた中間周波帯での除去法

 SSB伝送領域の妨害波を除去するために各種のノッチフィルタを用いる除去方式を検討した.

(5)妨害波の検出法

 テレビジョン信号の帯域内妨害波を,テレビジョン信号の垂直同期々間で検出する方法を開発した.この方法の標本化周波数,標本化点数,検出感度,所要SN比について検討した.

 妨害波の検出の際に必要な窓関数の性能を向上する方法について検討し,ヒルベルト変換を用いた新しい窓を提案した.理論的な解析と数値実験を行い検出に有害なスペクトルのもれの片側サイドローブを除去できることを示した.

 妨害波除去装置の実用化に関して以下の2つの成果が得られた.

(6)中継放送局用妨害波除去装置の開発

 中継放送局用の改善装置を開発し実用化した.図1に妨害波が混入することによりビート縞が発生し画質が劣化した画像を示し,図2に上記の信号に本装置を適用することにより妨害波を除去し画質を改善した画像を示す.図1と図2から本装置が良好な妨害波の除去効果を有していることがわかる.さらに開発した装置の野外実験を行い良好な改善効果を得た.中継放送局用に開発した装置は全国の中継放送局で実用化され妨害波の除去に活躍している.

図表図1 妨害波が干渉しビート縞により画質が劣化したテレビジョン画像の一例(DU比10dB,妨害波周波数=映像搬送波周波数+0.55MHz) / 図2 妨害波を本研究の方法で除去し画質を改善したテレビジョン画像の一例(DU比10dB,妨害波周波数=映像搬送波周波数+0.55MHz)
(7)簡易妨害波除去装置の開発

 家庭用あるいは共同受信用の簡易型妨害波除去装置を開発し,野外実験によりその改善効果を確かめた.

 本研究の研究成果を使用する中継放送局用の妨害除去装置と簡易妨害除去装置の開発し,この装置を用いることにより日本全国でビート障害に悩まされてきた受信者を救済することができるようになった.

審査要旨

 本論文は「スポラディックE層での反射による放送電波の混信除去に関する研究」と題し、テレビジョン受信障害の一種であるスポラディックE層での反射に基づくビート障害の通信工学的な手法を用いた改善法について論じたものであり、8章より成る。

 第1章は「序論」であり,このビート障害がテレビジョンの受信画質を著しく低下させ一時的には受信を不能にすることがあること、この混信の安価で効果的な改善法が社会的に強く要求されてきたこと、従来の混信を除去する方法としてあるアンテナ工学的な方法では受信アンテナの指向性パターンを変化して妨害波の方向にアンテナ指向性のヌルを形成し到来妨害波を除去するため妨害波と希望波が同一方向から到来する場合は妨害波と希望波を同時に除去することになり改善効果が低下すること、通信工学的な手法を用いて高周波テレビジョン信号(VSB-AM信号)に混信した狭帯域妨害信号(FM信号)を除去する方法を提案していること、妨害波の検出法を提案していること、本研究の成果を受けて混信改善装置が開発実用化され、混信の改善に大きな効果が有ることなど、研究の目的、歴史、意義を述べている。

 第2章は「ヒルベルト変換を用いたベースバンドでの妨害波除去方法」と題し、テレビジョン信号に混入した妨害波を直交同期検波し、これにより分離した妨害波をヒルベルト変換することにより妨害波を再生し、再生した妨害波を混信を含むテレビジョン信号から減算することにより、妨害波をベースバンド帯域で除去する方法を提案し.この方法で所望の打ち消し量を得るに必要なパラメータを示し、その精度を明確化し、また妨害波除去の実験を行なった結果を示し、良好な改善効果があることを述べている。

 第3章は「ヒルベルト変換を用いた中間周波帯での妨害波除去方式」と題し、前述の妨害波の直交成分を用いる改善法の原理を単側波帯(SSB)伝送領域へ拡張し、テレビジョン信号の帯域内のとの周波数でも妨害波の除去ができるようにすると共に、妨害波の打ち消しを中間周波段で行なう方法を提案し、本方法の妨害波抑圧量と、テレビジョン信号のSSB伝送領域で妨害波を除去した時の波形ひずみを計算機シミュレーションと室内実験により考察し、DSB伝送領域のみならずSSB伝送領域においても実用的な性能を有することを明らかにしたことを述べている。

 第4章は「スプリットナイキストフィルタとノッチフィルタを用いた妨害波除去方式」と題し、テレビジョン信号のDSB伝送領域をフィルタにより分割してSSB受信し妨害波を除去するスプリットナイキスト受信方式とSSB受信方式を提案し、同方式の波形ひずみと、映像搬送波周波数の許容偏差について検討し、許容範囲を明確化し、またSSB伝送領域の妨害波を除去するために各種のノッチフィルタを用いる除去方式を検討したことを述べている。

 第5章は「妨害波検出方式」と題し、テレビジョン信号の帯域内妨害波をテレビジョン信号の垂直同期々間で検出する方法を提案し、この方法の標本化周波数、標本化点数、検出感度、所要SN比について検討し、妨害波の検出の際に必要な窓関数の性能を向上する方法について検討し、ヒルベルト変換を用いた新しい窓を提案し、理論的な解析と数値実験を行い検出に有害なスペクトルのもれを半分にできることを示している。

 第6章は「中継放送局用妨害除去装置の実用化」と題し、中継放送局用の改善装置を開発・実用化し、開発した装置の野外実験を行って良好な改善効果を確認し、開発した装置が全国の中継放送局で実用化されたことを述べている。

 第7章は「簡易妨害除去装置の開発」と題し、家庭用あるいは共同受信用の簡易型改善装置を開発し、野外実験によりその改善効果を確かめたことを述べている。

 第8章は「結論」であり、本研究の成果を要約している。

 以上これを要するに、本論文は、テレビジョン受信障害の一種であるスポラディックE層での反射に基づくビート障害の除去方式として、ヒルベルト変換を用いる除去方式、ならびに、スプリットナイキストフィルタとノッチフィルタを用いる妨害波除去方式を明らかにし、また、テレビジョン信号の帯域内妨害波をテレビジョン信号の垂直同期々間で検出する方法を明らかにしたもので、電気通信工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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