学位論文要旨



No 212229
著者(漢字) 田中,茂
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,シゲル
標題(和) フィードフォワード制御による大容量電力変換器の制御性能の向上
標題(洋)
報告番号 212229
報告番号 乙12229
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12229号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 茅,陽一
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 電力変換器の制御は、負荷である電動機の速度・位置を制御するための出力電流制御が主であったが、最近は電源側への影響を考慮し、変換器の入力電流制御、入力側無効電力制御および直流リンク電圧制御などが加わってきた。これらの制御はいずれもフィードバック制御(FB制御)を基本としている。

 FB制御は制御量の状態を監視し、目標値と比較しながらその偏差が零になるように制御するもので、制御の安定性や制御精度の面に優れており、制御の基本となるものである。また、FB制御では制御対象に外乱が作用した場合でも制御量は指令値に一致するように制御されるので、一般には外乱に対するロバスト化が図られる。しかし、過渡的には外乱の影響を受け、一時的に指令値と制御量が離れてしまう問題がある。

 一方、フィードフォワード制御(FF制御)は目標値あるいは外乱の事前情報を用いて、その影響が制御システムに現れる前に必要な制御を行うもので、FB制御系に入ってくる外乱のロバスト化、および制御応答の改善に有効である。しかし、FF制御を構成する演算パラメータとシステムのパラメータがずれた場合、それを自身で修正する能力に欠けるので、FB制御と組み合わせた制御法が必要となる。

 本研究は、電力変換器制御をフィードバック制御(FB制御)とフィードフォワード制御(FF制御)の観点から考察し、その役割分担を最適化することにより制御性能の向上を図ることを目的とする。その意義を要約すると次の通りである。

 (1)外乱に対するロバスト化:電力変換器の制御系には各種の外乱が入ってくる。この外乱に対するロバスト化を図るためFF制御を利用する。すなわち、制御系における外乱と入力(操作量)との関係を予め求めておき、その外乱を打ち消すように入力を前向きに制御することにより、外乱によって制御量が変化する前に補償する。直流リンク変換器や高周波リンク変換器では、スイッチング素子の高周波化により中間リンクのエネルギー蓄積容量が低減される方向にある。これに対し、変換器の大容量化に伴い負荷急変外乱が増大し、中間リンク電圧制御系に重大な影響を与える。その対策としてFF制御が有効に働く。その他、電力変換器制御系に入ってくるほとんどの外乱に対しFF制御が有効に働き、制御性能の向上が期待できる。

 (2)制御応答の改善:制御応答を改善する1つの方法として、あるシステムの逆システムを構成し、2つの制御系を直列接続して制御することにより指令値に対する制御量の伝達関数を1に近づける方法が考えられる。この場合の逆システムはFF制御そのものとなる。誘導機の間接形ベクトル制御では、dq軸上の2次側の電圧方程式から逆システムを求め、2次磁束指令とトルク電流指令から磁化電流指令とすべり周波数指令を演算してFF制御を行ったもので、直流機と同等の制御特性が得られる。まだ、循環電流式サイクロコンバータの入力側の無効電力制御において、循環電流と無効電力の関係を求め、循環電流をFF制御することにより制御応答を改善し、無効電力変動に伴う低次の高調波電流を除去することが可能となる。

 (3)FF制御のパラメータ誤差に対するロバスト化:FF制御は制御応答を改善する機能と外乱に対するロバスト化を図る機能を有し、電力変換器制御に積極的に活用されることを述べたが、FF制御部の演算に用いるパラメータが誤差を持つ場合にそれを修正する能力に欠ける。FF制御のパラメータ誤差の影響を無くするためFB制御が役に立つ。すなわち、FF制御部の誤差分をFB制御によって修正し、結果的にパラメータ誤差に対するロバスト化を図ることが可能となる。

 本研究の成果を要約すると、以下のようになる。

 第2章は本研究の総論として、FF制御による電力変換器制御の最適化について検討した。まず、電力変換器の大容量化に伴う電源側与える影響と、中間リンクエネルギー蓄積容量の低減に伴う負荷急変外乱の影響を検討し、制御応答の改善が不可欠であることを明らかにした。また、電力変換器制御におけるFB制御とFF制御の機能と役割を考察し、それぞれの特徴を活かした制御が肝要であることを確認した。次に、電力変換器制御系に入ってくる各種外乱とその影響を検討し、その外乱に対するロバスト化を図るためのFF制御を導入した。また、逆システム的な考えに基づいてFF制御を構成し、制御応答め改善を図った。さらに、FF制御における制御パラメータ誤差の影響を調べ、その対策としてFB制御が有効に働くことを明らかにした。

 第3章では大容量正弦波ドライブ用変換器としてのサイクロコンバータを制御面から考察した。サイクロコンバータはAC/AC直接変換器であるため、負荷側の影響が直接電源側に及ぶ。特に、出力周波数に関係する入力側の無効電力変動は特性高調波として電源系統に悪影響を及ぼす。ことでは、循環電流制御形サイクロコンバータのシステム構成と動作原理を説明し、循環電流が過大にならない無効電力制御法を提案した。また、逆システム的な考えに基づきFF制御を構成することにより、無効電力変動に伴う低次の高調波を除去した。一方、循環電流制御系に負荷電流から外乱が入ってくるが、これをFF制御で補償する場合、微分要素が必要になりノイズ処理に苦労する。そこで、負荷電流制系と循環電流制御系の間の干渉問題として扱い、現代制御の応用として非干渉制御を適用し、比例要素だけで外乱補償を実現した。

 第4章では交流電車用直流リンク変換器の制御性能の向上を図るためFF制御を積極的に活用した。まず、PWMコンバータのシステム構成と動作原理を説明し、各制御系の伝達関数を検討した。また、直流電圧制御系に入ってくる負荷急変外乱に対するロバスト化を図るためFF制御を導入し、制御応答の改善を図った。次に、単相電源に伴う直流電圧変動とその影響を検討し、その対策をFB制御とFF制御の立場から考察した。また、電圧変動を抑制する方法として直流アクティブ・フィルタを提案し、制御応答の改善を図るためFF制御を導入し、実験によりその効果を確認した。

 第5章では大容量化の手段として注目されている多重インバータおよび中性点クランプ式インバータ(NPCインバータ)を取り上げ、PWM制御に伴う問題点を検討し制御性能の向上を図った。まず、浮上式鉄道LSM駆動用多重PWMインバータの構成と動作を説明し、その課題を明らかにした。また、直結インバータが発生する高調波電圧外乱を複数台のトランス付き多重インバータで打ち消すようにFF制御する方法を提案し、その効果をシミュレーションおよび基礎実験により確認した。次に、NPCインバータの構成と原理を説明し、PWM制御不能領域に基づく電圧外乱とその外乱による出力電流の波形歪みを検討した。また、NPCインバータのPWM制御不能領域を除去するため、FF制御とFB制御の立場からその対策を検討し、入力信号を補正する2つの方式を提案し、シミュレーションおよび実験によりその効果を確認した。

 第6章では超高速正弦波ドライブ用電力変換器として有望な高周波リンク変換器のFF制御による特性改善に関する研究を取り扱った。高周波リンク変換器は、自然転流だけで入力周波数50[Hz]から出力周波数0〜1[kHZ]の正弦波電流を電動機に供給することができ、低速から超高速領域までトルク脈動のない運転が可能となる。しかし、高周波電圧源のエネルギー蓄積容量は直流リンク変換器のそれよりさらに小さくなり、負荷外乱による影響が大きくなる。そこで、FF制御により高周波電圧制御系に入る負荷急変外乱に対しロバスト化を図り、シミュレーションおよび基礎実験によりその効果を確認した。

 第7章では誘導電動機のベクトル制御にFF制御(すべり周波数方式)とFB制御(磁界オリエンテーション方式)の概念を採り入れ、両者の特徴を合わせ持つFF/FB制御を提案した。すなわち、パラメータ誤差の影響を受け易いFF制御の欠点をカバーするためにFB制御を併用し、パラメータが変化した場合のロバスト化を図り、制御性能を向上させた。

 本研究で取り扱った電力変換器制御では、制御対象が電気回路であるためパラメータが比較的明確であること、外乱が観測または推定し易いこと等からFF制御を積極的に活用できたと考える。また、高速演算が可能なプロセッサ等が開発され、FF制御の演算精度の向上が図られるようになったことも本研究が成功した理由の一つに挙げられる。

 本研究の成果は、鉄鋼圧延機等の産業用ドライブ,浮上式鉄道実験線用リニアモータドライブおよび東海道新幹線「のぞみ号」等の交通ドライブの分野に活用されている。

審査要旨

 本論文は,「フィードフォワード制御による大容量電力変換器の制御性能の向上」と題し,主としてAC/AC(交流/交流)電力変換器制御をフィードバック制御(FB制御)とフィードフォワード制御(FF制御)の観点から考察し,その役割分担を最適化することにより制御性能の向上を図った成果を述べたもので,全8章よりなる。

 第1章は緒言であり,本研究の背景,目的,概要について述べている。電力変換器の制御は,従来,出力電流制御を主とし,最近では変換器の入力電流制御,入力無効電力制御,直流リンク電圧制御などが加わってきているが,これらはいずれもFB制御を基本としてきた。FB制御は安定性や制御精度の面に優れ,一般には外乱に対するロバスト化が図られる。しかし,過渡的には外乱の影響を受ける。FF制御は目標値や外乱の事前情報を用いるもので,応答の改善に非常に効果がある。しかし,システムパラメータを正確に知る必要があるのでFB制御と組み合わせなければならない。そこで,本論文では,(1)外乱に対するロバスト化,(2)応答速度の改善,(3)FF制御のパラメータ誤差に対するロバスト化という観点に立って,両者の組み合わせを論じていくとしている。

 第2章は,「FF制御による電力変換器制御の最適化」と題し,FF制御による電力変換器制御の最適化について一般的に検討している。まず,大容量電力変換器が電源側に与える影響と,中間リンクエネルギー蓄積容量の低減に伴う負荷外乱の影響を検討し,応答速度の改善が必要不可欠であることを述べている。また,電力変換器制御におけるFB制御とFF制御の機能と役割を考察し,それぞれの特徴を活かした制御が重要であることを述べている。次に,変換器制御系に入ってくる各種外乱とその影響を検討し,外乱に対するロバスト化を図るためのFF制御の導入が述べられている。また,逆システム的な考えに基づいてFF制御部を構成し,応答速度の改善を図る手法を提案している。さらに,FF制御における制御パラメータ誤差の影響を論じ,その対策としてFB制御が有効に働くことを述べている。

 第3章は,「FF制御によるサイクロコンバータの制御性能向上」と題し,大容量サイクロコンバータを正弦波ドライブ用変換器として用いる場合の制御的側面を扱っている。サイクロコンバータはAC/AC直接変換器であるため,負荷側の影響が直接電源に及ぶ。とくに,入力側の無効電力変動は特性高調波として電源系統に悪影響を及ぼす。ここでは,循環電流制御形サイクロコンバータのシステム構成と動作原理を説明し,循環電流が過大にならない無効電力制御法を提案している。また,逆システムの原理にもとづくFF制御を施すことにより,無効電力変動に伴う低次高調波を除去している。さらに,負荷電流は循環電流制御系には外乱として作用するが,ここでは負荷電流と循環電流の各制御系に非干渉制御を適用し,比例要素だけで外乱補償を実現している。

 第4章は,「FF制御による直流リンク変換器の制御性能向上」と題し,交流電車用直流リンク変換器の性能向上を図るためFF制御を積極的に活用した例を述べている。まず,PWMコンバータのシステム構成と動作原理を説明し,各制御系の伝達関数を導いている。また,直流電圧制御系に入る負荷外乱に対するロバスト化を図るためFF制御を導入し,応答速度の改善を図っている。次に,単相電源ゆえに生じる直流電圧変動とその影響を検討し,変動を抑制するために直流アクティブフィルタを提案,さらに応答速度の改善を図るためFF制御を導入し,実験によりその効果を確認している。

 第5章は,「FF制御によるPWM制御インバータの制御性能向上」と題し,電力変換器の大容量化の手段として注目されている多重インバータおよび中性点クランプ式インバータ(NPCインバータ)の問題点を検討し制御性能の向上を図っている。まず,浮上式鉄道LSM駆動用多重PWMインバータの構成と動作を説明しその課題を述べている。直結インバータが発生する高調波電圧外乱を複数台のトランス付き多重インバータで打ち消すようにFF制御する方法を提案し,その効果をシミュレーションおよび実験により確認している。次に,NPCインバータにおいて,最小パルス幅の制約からPWM制御不能となる領域における出力電流の波形歪みへの影響を,電圧外乱とみて検討している。歪みを除去するために入力信号を補正する2つの方式を提案し,FF制御とFB制御の立場から解釈すると同時に,シミュレーションおよび実験によりその効果を確認している。

 第6章は,「FF制御による高周波リンク変換器の制御性能向上」と題し,超高速正弦波ドライブ用電力変換器として有望な高周波リンク変換器のFF制御による特性改善について述べている。ここで扱っている高周波リンク変換器とは,50Hzの交流電源から自然転流のみにより0〜1kHzの正弦波電流を直接電動機に供給するものであり,低速から超高速領域までトルク脈動のない運転を可能にしている。しかし,高周波電圧源のエネルギー蓄積容量は直流リンク変換器よりさらに小さくなるので,負荷外乱の影響が大きくなる。そこで,FF制御により高周波電圧制御系に入る負荷外乱に対するロバスト化を図り,シミュレーションおよび実験によりその効果を確認している。

 第7章は,「FF制御とFB制御を併用した誘導機のベクトル制御」と題し,誘導電動機のベクトル制御にFF制御(すべり周波数方式)とFB制御(磁界オリエンテーション方式)の概念を採り入れ,両者の特徴を合わせ持つFF/FB制御を提案したものである。非干渉制御の立場から従来のベクトル制御則を含む形でFF制御部を導出し,さらにパラメータ誤差の影響を受け易いFF制御の欠点をカバーするためにFB制御を併用することで,パラメータが変化した場合のロバスト化を図り制御性能の向上に成功している。

 第8章は結論であって,本論文の内容を総括している。電力変換器制御では,制御対象が電気回路であるためパラメータが比較的明確であること,外乱が観測または推定し易いことなどの理由でFF制御の効果が大きいことが述べられている。高速演算が可能なプロセッサが開発され,FF制御の演算精度の向上が図られるようになったことも本研究が成功した原因となっている。なお,本研究の成果は,鉄鋼圧延機などの産業用ドライブ,浮上式鉄道実験線用リニアモータドライブおよび新幹線のぞみ号などの交通ドライブの分野に活用されていることも付記している。

 以上これを要するに,本論文は,主としてAC/AC大容量電力変換器の制御を,FB制御とFF制御の役割分担の最適化という新しい観点から考察し,(1)外乱に対するロバスト化,(2)応答速度の改善,(3)FF制御のパラメータ誤差に対するロバスト化などの点において,大幅な制御性能の向上が達成できることを述べ,サイクロコンバータ,直流リンク変換器,PWM制御インバータ,高周波リンク変換器,誘導機のベクトル制御などにおいて,その効果を実証したものであり,電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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