本論文は「高周波増幅器及び高速低電力LSI用ヘテロ接合FETの高性能化に関する研究」と題し、全7章よりなる。 第1章は「序論」であり、化合物半導体の高速性をいかした高周波、高速トランジスタとして有力なヘテロ接合FETについてデバイス設計、特性解析、プロセス開発、応用設計・評価の観点から研究・改良を行うことを本論文の目的とし、歴史的背景および研究課題・意義、本論文の構成について述べている。 第2章は「高周波低雑音応用選択ドープ構造FETの解析と特性安定化」と題し、選択ドープ構造FETの高周波性を生かしつつDXセンターの存在による動作不安定性を抑え、かつ低雑音性を追求するために定量性の高いモデル理論を完成し、これを用いて電子供給層を薄くすることが有利であることを導き、具体的に新構造を提案するとともに素子を試作し、その物性特性、定常特性および高周波特性を評価することによって高周波信号の低雑音増幅用に適したデバイスであることを実証し、衛星放送応用・実用化への基礎を築いている。 第3章は「選択ドープ構造FETの高耐圧化と高周波特性の向上」と題し、前章の検討をさらに進めて高周波特性および低雑音特性を良好に保ちながら高出力動作にも適する高耐圧化の方法を検討している。検討結果の具体化としてFETのゲート直下にアンドープGaAs表面層を設けることを提案・試作し、従来の2倍以上の耐圧特性と当時世界最高の高周波特性を確認している。 第4章は「高ドープ薄膜チャネルMIS型FET(DMT)の動作特性解析と高周波高出力応用」と題し、高ドープ薄膜チャネルMIS型FET(DMT=doped channel hetero-MISFET)構造が高出力応用やデイジタル集積回路応用等駆動能力を必要とする目的に対して有望であることを他と独立に提案し、詳細に検討を加えた結果を述べている。即ちDMTの1次元構造解析を初めておこない、デバイス設計に必要な一連の基本式を導出し、また2次元解析を実行することによって性能向上の指針を得るとともにMESFET類似の空乏層変調モードとMOSFET類似の電荷蓄積モードの存在領域を明らかにした。これらを実証するために0.5ミクロンゲートのDMTを試作し,相互コンダクタンス310mS/mm、最大ドレイン電流650mA/mm、電流遮断周波数fr=45GHz、最大出力225mW/mm、などの優れた総合性能を実証した。したがって本デバイスは高周波高出力応用に適すると結論できる。またバリア層の厚さを変化させることによってエンハンスメント型とデイブリーション型を作り分けられるので,ディジタル集積回路の基本素子としても有望であることを主張している。 第5章は「高ドープ薄膜チャネルMIS型FET(DMT)の高速/低消費電力LSI応用」と題し、前章において導入されたDMTを基本素子とするディジタル集積回路について、基本構造および作製プロセスの提案、設計・試作、応用回路試作と評価、等の総合的な研究を行った結果を述べている。即ちバリア層厚さの異なる2種類のFETチャネル積層し、ドライエッチングによってパターンを選択する方法でエンハンスメント型とデイプリーション型を混載した集積回路とすることを可能とし、低電力動作可能なDCFL回路(直結FET論理回路)を実現している。製作技術として当時最先端の選択エピタキシャルMOCVD技術、セルファラインゲート形成技術、高速熱処理工程を組み合わせて用い、それらに改良を加えた。例えば真空高速熱処理方式の導入は均質性の向上に極めて有効であった。0.5ミクロンゲートのリング発振器試作による速度評価の結果は、無負荷遅延時間が単位ゲートあたり4.5ピコ秒という世界最短値を達成した。この作製技術によって毎秒2.5ギガビットのディジタル多重・分離回路を試作し、動作確認した。さらに電子ビーム秒描画技術による0.35ミクロンゲートDMTを用いて光通信用の毎秒10ギガビット動作レーザドライバーを試作し、正常動作を確認した。 第6章は「低電源電圧駆動ヘテロ接合FET LSI」と題し、大規模集積化の可能な化合物半導体ディジタル回路は低電圧駆動能力を特徴とするべきであるとの観点から原理的な検討を行い、微細化されたヘテロ接合FETが有望であることを結論づけた。縮小光学方式露光技術と絶縁膜側壁形成技術の組み合わせによって0.25ミクロンゲートFETを実現し、ISSST (内側壁アシスト完全自己整合型ゲート構造ヘテロ接合FET=Inner Sidewall-assisted Super Selfaligned Gate Heterojunction FET)と命名した。これを応用した小規模集積回路の試作により、無負荷ゲート遅延時間18ps毎秒10ギガビット動作セレクタスイッチおよび分周期の動作確認を行った。 第7章は「結論」であり、研究の成果をまとめている。 以上を要するにガリウムひ素FETの高性能化および適用領域の拡大のために、高不純物濃度ドーブ層を活性領域とする新構造MISFET(DMT)の提案と実現、ならびにこれを用いた高周波・高出力応用、ディジタルLSIへの適用を行って優れた特性を実現し、また低電圧動作可能な微細ヘテロ構造FET(ISSST)ディジタル集積回路の開発を行うなど電子デバイス工学に貢献するところ多大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |