学位論文要旨



No 212235
著者(漢字) 上原,弦
著者(英字)
著者(カナ) ウエハラ,ゲン
標題(和) 高感度高機能磁場計測システムのためのSQUIDの研究
標題(洋)
報告番号 212235
報告番号 乙12235
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12235号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 斉藤,忠夫
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 助教授 浅田,邦博
内容要旨

 SQUIDは超伝導電子の波動の干渉を利用した素子であり、生体磁場計測、帯磁率などの物性測定、精密計測、地球物理などの応用分野があるが、なかでも生体磁場計測は近年の重要なテーマとなってきている。従来のSQUID磁束計は数チャンネル程度のセンサをもつシステムであり、測定対象からコヒーレントなデータを得るためには、多チャンネルSQUIDシステムを構築することが大きな課題となっていた。本論文はそのキーデバイスであるSQUIDについて、多チャンネルシステムに組み込むためにはどのような性能が必要であるか、またそれはいかに実現可能かについて研究したものである。

 従来のSQUIDとしては、Ketchen型SQUIDのように外部ピックアップコイルと組み合わせて用いるものと、Drung型のような直接磁場検出型の2通りがあった。Ketchen型においては、ユーザが必要な大きさのコイルを組み合わせて使えるという利点があるが、磁場感度が悪く効率も悪いという面があった。また、ピックアップコイルの大きさが大きくなりがちで空間分解能が悪くなるという欠点や、チップとの接続が安定しないという欠点があった。しかしながら、グラジオメータなどの外部磁場の影響を排除する構成にしたいときには融通が利くという利点もあるので、長らく研究開発が進められ、使用もされてきた。一方、直接磁場検出型においては、磁場感度が上がり効率が良いという特徴があり、組立部品も少なく安定に多チャンネルシステムを構成するのに向いている。ただしこのSQUIDは、マグネトメータの構成になるので、外部磁場の影響を排除するには、高性能の磁気シールドルームと組み合わせるなどの構成にならざるを得ないという欠点がある。また磁場感度を上げるためにはチップの大きさが大きくなり、薄膜工程を経て生産するには1ウェーハあたりのチップ収率が上げられないという欠点もある。従って、ユーザの事情によってKetchen型と直接検出型の2つのタイプを使い分ける必要がでてくる。

 本研究ではこの2つの型のSQUIDについて研究を行なった。Ketchen型SQUIDにおいては、グラジオメータと組み合わせることを前提に、部品点数が多くなりがちで接続が安定しないという従来のものの欠点を補うべく研究を行なった。具体的には、ダブルワッシャ型の考案によりSQUIDチップを磁気遮蔽するためのNb管を不要にし、このチップの磁気遮蔽率測定を行なった結果、磁場感度として18,500nT/oを得た。またピックアップコイルを薄膜化することでグラジオメータとしてのバランスを向上し、超伝導ワイヤボンディングによりピックアップコイルとの接続を安定化させ、磁場分解能5.5fT/Hz0.5の特性を得た。

 直接磁場検出型においては、このアイデアがまだ歴史が浅く、最適化されていない点も考慮しつつ製作パラメータと性能の関係について研究を行なった。具体的には、バイアス電流非対称注入法を考案して、電流感度を200分の1低減することによりバイアス電流揺らぎに対する安定性を向上させた。これにより磁場分解能として4.0fT/Hz0.5の特性を得た。またSQUIDのループ数についての最適化を検討した。従来の最適化ではチップの固有雑音を最適化するという考えから、アンプの雑音は考慮されず、その結果として=1という条件がながらく用いられてきた。本研究では実用的システムをつくるという立場から、アンプの雑音も考慮にいれた検討を行ない、が大きいときに最適値があることを見いだした。これに加えて非対称電流注入により磁束電圧関数を改善できることも確認した。これらの結果から、Clover Leaf SQUIDを考案し、磁場分解能を損なわずにチップの占める面積を小さくすることを可能にし、1ウェーハあたりのチップ収率を向上することができた。また素子評価の結果、磁場分解能として4.0fT/Hz0.5、検出面積・磁場分解能積として64mm2fT/Hz0.5を得た。

 また将来チャンネル数が大幅に増えることが予想されるが、500あるいは1,000という数になると、ケーブルの数も増えて熱流入の問題によりアナログ出力のSQUIDではもはや実現が不可能になる。そこではヘリウム温度で周波数軸上にすべてのセンサの情報を多重化する処理を行なうなどの新たな方式が必要とされてくる。その要求に対しては緩和発振型SQUIDの試作と評価を行い、この素子が磁場分解能としては0.14o/Hz0.5のポテンシャルを持つことを示した。

 以上の研究により、高感度高機能磁場計測システムを構築するために必要なSQUIDを供給できるようになり、生体磁場計測システムの試作が可能になった。

審査要旨

 本論文は「高感度高機能磁場計測システムのためのSQUIDの研究」と題し,高感度高機能磁場計測システムにとって不可欠なマルチチャンネルシステムを前提とし,これに適切なSQUID素子の開発,研究の結果をまとめたものであり,7章により構成されている。

 第1章は序論であり,研究の背景と目的について述べている。SQUIDの高感度化,高機能化に関する研究の現状を述べ,特に生体磁気計測応用の重要性を示し,そのためにマルチチャンネルSQUIDセンサが不可欠であることを示している。

 第2章は「多チャンネルSQUIDシステム」と題し,多チャンネルSQUIDのシステム例を示し,SQUIDチップ,電子回路,データ収集装置,冷却設備等の全ての要素を含んだ200以上のチャネルを持つシステムについて,その概略を述べるとともに,本研究の対象となったSQUIDチップに要求される特性を明らかにしている。

 第3章は「SQUID製作プロセス」と題し,SQUIDを製作するための製造プロセスについて述べている。SQUIDに必要な素子はジョセフソン素子と抵抗であるが,ジョセフソン素子を安定にする一つの要因はNb内の内部応力の除去である。これをUnderlayer法という方法で達成している。また,抵抗もスパッタ時間の調整により所望のシート抵抗が得られることを示している。配線を載せる絶縁層にけバイアススパッタによるSiO2を採用し,ステップカバレッジの改善の結果,良いウェーハ内分布の得られることを示している。

 第4章は「ダブルワッシャ型SQUID」と題し、SQUIDを外部に結合するためのコイルを二つにしたダブルワッシャ型SQUIDを提案している。この方法により従来必要とされていた素子遮蔽のためのNb管を不要のものにすることに成功した。また大きな出力電圧が得られため,L共振回路も不要とすることが可能となった,一様磁場のキャンセル率は18500nT/oで実用上は間題がなく、また全体の雑音特性も5.5fT/Hz0.5と十分低く抑えられている。この素子を用い64チャネルシステムに成功していろ。さらに,この素子の特性から,非対称電流注入により磁束軸方向にシフトが起こる現象を見いだしている。

 第5章は「直接磁場検出数型SQUID」と題し,磁場を直接SQUIDループが検出するタイプのものについて述べ,実装が容易で全体の大きさが小さくなることを示している。前章で見いだした非対称電流注入法による雑音の低減を図り,電流感度を200分の1に低減している。磁場分解能は4fT/Hz0.5であり,十分な特性を得ている。さらにシングルウェーハ型マルチチャネルを提案しクロストーク45dB以下を達成している。さらに非対称電流注入により磁束電圧関数を改善できることを確認し,クローバーリーフ型SQUIDにより,4fT/Hz0.5を得ている。検出面積と磁場分解能の積をFigure of Meritとすると、従来のものが最高でも160mm2fT/Hz0.5だったのに対し,64mm2fT/Hz0.5という改善を得ている。この章の素子により256チャンネルシステムを実現している。

 第6章は「緩和発振型SQUID」と題し,周波数出力型のSQUIDである緩和発振器型SQUIDを提案し,基礎特性と評価法の提案を行っている。磁束分解能として0.4o/Hz0.5のポテンシャルのあることを示している。

 第7章は「結論」を述べており、本研究で得られた知見を要約している。

 以上これを要するに,本論文は64チャンネル。256チャンネルといった大規模な生体磁気計測用マルチチャネルSQUIDシステムを前提とし,それに適したダブルワッシャ型SQUIDや直接磁場検出型SQUIDなどの設計指針を提案し,試作を通してそれを実証することにより,高感度高機能な磁場計測システムの実現を可能にしたものであって,電子工学分野へ貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53885