学位論文要旨



No 212236
著者(漢字) 柴田,随道
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ツグミチ
標題(和) 時間領域数値解析手法の広帯域マイクロ波集積回路設計応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212236
報告番号 乙12236
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12236号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,洋一
 東京大学 教授 河野,照哉
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 廣澤,春任
 東京大学 教授 二宮,敬虔
内容要旨

 集積回路の高速,広帯域化が目覚ましく進展し,数十〜数百トランジスタ規模の回路をマイクロ波,ミリ波帯に至る周波数領域で動作させることが可能となった.これらの広帯域集積回路には分布定数的な回路設計手法の導入が不可欠である.分布定数効果は,まず,回路のパッケージ構造に於いて顕著に現われ,更に,回路チップ内部の微細なレイアウトについてもこれを考慮する必要が生じる.パッケージ構造やチップ内部のレイアウトは複雑で混み入っており,従来の回路分割を基本とする分布定数回路解析方法の適用が困難である.このような回路の設計には,大きな回路規模を一括して解析できる電磁界解析手法の開発が強く望まれる.

 本論文は,集積回路やパッケージ,更に両者の相互作用を一括して解析する手段の開発を目的として,各種フルウエーブ電磁界解析手法の内,汎用的であり,且つ手法の拡張性を備えた時間領域手法(直接差分法:Finite-Difference Time-Domain法,及び空間回路網法:Spacial Network法)を取り上げて,解析効率,解析機能の両面から手法の特長を生かした解析能力拡大方法を検討したものである.その結果,以下の3点を与えている.

 (1)時間領域手法自体の広帯域性に着目し,回路を必要な周波数成分を含むパルス波で励振し,その応答をフーリエ変換するマイクロ波回路の周波数特性解析方法を提案する.解析結果の一例として,図3に示すようなパッケージ構造の信号端子間アイソレーション特性を図2に示した.20GHz付近に見られる特性劣化は,パッケージ構造全体に起因する共振によるもので,構造の一括解析によって始めて予測可能となったものである.このような解析は周波数領域手法中の有限要素法によっても可能である.そこで,ここで提案した方法と有限要素法による場合の計算時間を図1に実験的に比較した.周波数領域手法は特性を求める周波数点数に概ね比例して計算時間が増大する.これに対し,時間領域手法では,波形の計算に多くの時間を要するが,これから一度に膨大な周波数特性データを得ることができる.従って,本提案により,時間領域手法が,特に広帯域回路の解析に効率的な手段として位置付けられたことになる.

図表図1 時間領域手法と周波数領域手法の効率比較 / 図2 比較に用いたパッケージ解析の結果

 (2)時間領域手法に集中定数素子モデルの概念を導入し,従来の回路解析機能と電磁界解析機能を融合した電磁界解析手段を提案する.この素子モデルは,離散化空間の各節点の計算式の持つ物理的意味を拡大解釈し,節点に付随する電圧,電流を定義して,これらの変数に所定の関数関係を満足させることで可能となる.この機能の追加により(1)の周波数特性算出手順を更に簡易化できる.これを用いて,パッケージの一括解析を拡張した集積回路チップ実装状態のモジュール特性解析方法を提案する.その方法は,図3に示すように,集積回路チップ上回路とのインターフェースを取る内部端子を具備したダミーチップを用意し,これを実装した状態のパッケージ特性を外部,及び内部の全ての端子間の散乱行列データとして時間領域手法で解析した上で,既存の回路シミュレータを用いてチップ上回路と合成するものである.

図3 チップ実装状態のパッケージ特性の解析

 (3)集中定数素子モデルの概念を非線形,能動素子まで拡張し,これらを含む回路の一括解析を可能とする.これにより,集積回路の一括解析規模を大幅に拡大できる.図4は,ダイオード装架形非線形線路によるタイミングパルス発生回路の一括解析の概要を示している.この解析では,24個のダイオードを含む回路全体を一括して電磁界解析し,ダイオード装架部分の不連続構造,線路の分散特性,放射損失の影響を厳密に考慮した解析を可能としている.

図4 ダイオード装架形非線形線路タイミングパルス発生回路の一括解析

 最後に,以上の成果の総合化として分布形増幅回路モジュールの設計を行なった.集積回路のチップ性能を能動素子を含む広い範囲で一括解析して検証し,パッケージ構造の一括解析を利用して構造設計を行ない,更に,チップ実装状態のモジュール性能を解析,予測した上で試作を行なった結果,目標帯域60GHz,帯域内利得平坦性1.5dB以下の卓越したモジュール性能を一度の試作で満足することができた.

 本論文に述べる一括解析技術は,今後の高速,広帯域回路モジュール開発に於いて,デバイス性能を極限まで引き出した回路・モジュールを確実に設計することを可能とし,目標性能達成の短TAT化に向けて極めて有力な手段となると期待される.

審査要旨

 本論文は「時間領域数値解析手法の広帯域マイクロ波集積回路設計応用に関する研究」と題し,三次元電磁界分布時間発展の数値積分法として知られる時間領域手法(有限差分法,及び空間回路網法)を,マイクロ波回路解析の観点から拡張し,集積回路設計への応用を検討したものである.電磁界解析の段階で一括して解析できる回路規模の拡大を主眼に据え,解析効率と解析機能の両面から上記解析手法の解析能力拡大を図っており,時間領域の解析結果から回路の周波数特性を効率的に算出する方法,集中定数素子モデルの概念を新たに導入することによる解析可能な回路要素と規模の拡大,さらに非線形素子を含む回路の一括解析等を検討し,その結果をまとめたものであり,全6章により構成されている.

 第1章は序論であり,研究の背景と目的について述べている.

 第2章は「時間領域手法によるマイクロ波回路の周波数特性解析」と題し,電磁界分布の時間積分により得られる回路のパルス応答に,フーリエ変換を施して広帯域の周波数特性を一度に算出する一連の解析手順を与えている.この方法によるいくつかの解析を示し,実測値と比較して結果の有効性を検証し,また時間領域手法が解析構造に関する汎用性に於いて有限要素法と対比し得るものとして,両者の解析効率を比較,評価しており,本手法が特に広帯域な三次元回路の解析手段として効果的であると結論している.

 第3章は「集中定数素子モデルの導入」と題し,時間領域手法に新たに素子モデルなる概念を導入している.この概念は回路全体の中の微細構造を有する微小回路要素について,その部分の構造を抽象化し,素子としての電気的特性を満たすようにしたものである.このような拡張は,本来の電磁界解析が,詳細な回路構造全体を入力とするのに対し,その替わりに上記概念に基づく様々な素子モデルを新たな入力形態として追加したものであり,従来の電磁界解析と回路理論に基づく回路解析を融合した解析手段の提案と見ることができる.その結果,解析可能な回路要素の種類と回路規模が達成できる.本章では,上記モデルをインピーダンス基準とすることによる回路の周波数特性解析の一層の効率化,またこれを応用したパッケージ実装状態の集積回路の特性解析方法の検討を行なっている.

 第4章は「非線形回路解析への応用」と題し,上記の集中定数素子モデルを非線形,能動素子まで拡張している.構造が抽象化された素子モデルの特性を規定しているのは,モデルに定義された端子間の電圧,電流関係のみである.これにより現わしきれない素子内部と外部の二次的な相互作用を別にすれば,素子内部の現象を支配する基本方程式の如何に係わらず様々な集積デバイスをモデル化し,これらを回路要素とする回路全体の電磁界解析が可能となる.その例として,ダイオード素子モデル,トランジスタ素子モデルを検討し,これらを微小回路要素として含む集積回路構造全体の解析としてダイオード装架形非線形伝送線路のトランジェント電気パルス発生回路とソースフォロワ回路の例を示している.

 第5章は「広帯域増幅回路モジュールの設計」と題し,前章までの解析技術の総合化として,分布形増幅器集積回路モジュールの設計事例を与えている.この設計において,トランジスタを含む増幅回路の一括電磁界解析による特性評価,これを実装するパッケージの一括特性解析に基づく構造設計,集積回路実装状態のパッケージモジュール全体の特性解析,評価の3段階で,本論文の検討結果を活用し,設計精度向上を期している.試作の結果,モジュールレベルで,帯域DC-60GHzの卓越した性能を実現している.

 第6章は結論を述べており,本研究で得られた知見を要約している.

 以上これを要するに,本論文はマイクロ波,ミリ波に至る広帯域集積回路設計における回路性能解析手段として,時間領域の電磁界数値解析法の解析効率,解析機能拡大の検討を行ない,集中定数素子モデルの概念を導入するなどの方法により,解析技術の高度化を行った研究結果をまとめたものであって,電子工学分野へ貢献するところ大である.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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