学位論文要旨



No 212238
著者(漢字) 小林,健三
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ケンゾウ
標題(和) 工業プラントにおける知的制御の実用化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212238
報告番号 乙12238
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12238号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,巖
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 中野,馨
 東京大学 助教授 出口,光一郎
内容要旨

 1970年代から工業プラントに徐々に導入されてきていた制御用の計算機は、大きい成果を発揮してきた。たとえば、操業ラインへの計算機の適用により、直接作業者の大幅な削減、設備稼働率の向上、製品精度・制御精度・歩留まりの向上などが実現された。しかし、計算機制御が比較的容易に実現できる分野と、実現困難、あるいはできない分野がはっきりと分かるようになってきた。すなわち、非線形、分布定数系を強く有する化学プロセスなどでは、じっくりと取り組んで数学モデルを構築しても、なお、その制御性・制御結果は芳しいものではない。

 一方、1980年代にAI(人工知能、Artificial Intelligenceの略)の実用化の研究が盛んになり、AI技術を用いようとする動きが盛んになってきた。ここで言うAI技術とは、エキスパートシステムのことであるが、これの構築手法に関しても標準的な手法が提案されてきた。このような、AI技術の実用化研究が盛んになってきた学界の動きに沿って、産業界においても、メーカの技術者、ユーザの技術者の双方に、このAI技術を利用しようという意向が強くなってきた。

 また、プラント制御の分野では、エキスパートシステムの技術を直接用いるアプローチとは異なり、類似の技術であるファジー論理を制御に適用する検討が進んできている。ファジー理論は、Zadehの研究が端緒となっているが、主として家電などの分野の制御をより高度に実施しようとこれの適用が進展してきた。そのため、ファジー制御を実現するための簡単なPC(パソコン)上のパッケージソフトや、マイコン上のシステム、専用ファジープロセッサの開発が進み、また、実分野への適用では、家電への適用や、下水システム、地下鉄、エレベータの制御などへの適用がPC上のソフトを利用して実現してきた。

 このような工業分野での制御に関して、産業界では次のような要望があった。

 (1)専門オペレータは、プラント特性が非線形で、分布定数系をもつような複雑なプラントでも操業できるが、この操業ノウハウを、計算機に搭載し、実制御に利用できないであろうか。

 (2)限界の見えてきている従来の制御用計算機を導入した工業分野のシステムに、AI技術を適用することにより、さらに高度な制御を実現できないであろうか。

 本研究は、これらの要望を満たす手段を提供し、知的制御を実用化することを可能にしようとするものであり、下記の3つの研究よりなる。

 A.ファジー制御のためのルール自動生成

 B.ファジー制御のメンバーシップ関数の自動生成支援

 C.リアルタイム制御システムへのPROLOGの適用

 順次内容を説明する。

A.ファジー制御のためのルールの自動生成

 従来、ファジー制御の実現手段はすでに多く研究されているが、これらは、ファジー制御の基礎的な研究と、計算機での実行環境の提供である。エキスパートシステム構築の知識獲得を自動化する手段が提供されていないと同様に、ファジー制御においても、ファジールール生成・支援など、ファジー制御システム構築を支援する手段は提供されていない。ファジールールを生成する手法についての研究もいくつかあるが、ニューラルネットを利用するもの、深い知識を利用するものなどであり、本研究の方向とは異なる。

 本研究は、ファジー推論を用いて制御分野に高度な制御を実現するのを容易にするため、ファジールールの生成を支援する方法を提供し、より容易にファジー制御システムをリアルタイム制御用計算機上に構築が可能とすることが目的である。本研究では、次の方法を提案する。

 ・オペレータの操業データを採取し、数量化解析する。これから原始ルールを生成する。数量化解析の手法を用いることにより、通常の線形回帰分析とは異なり、非線形の関係をも求めることが可能である。ルール生成の具体的手順は次のとおりで、本研究の提案は下記の(3)〜(6)の部分を支援する。

 (1)制御量、操作量、関連する変数、操業の種類などを定める

 (2)専門オペレータの操業データ、その他の変量(連続量)を採取する

 (3)メンバーシップ関数の敷居値を定める

 (4)変量をカテゴリ化し、数量化解析する

 (5)これらの変量間の非線形の関係を求める

 (6)この解析結果に基づきファジールールを生成する

 (7)オフライン調整する

 (8)オンライン調整し、オンライン投入する

 本提案は、統計的手法によるルール生成である。統計解析は、通常は線形の系を対象とするものが多い。これに対し、ファジー制御では、対象とするプラントは非線形なものが多く、通常の線形の統計解析手法は馴染まないものがある。しかし、本研究で提案した数量化解析手法は主として社会現象などの非線形な対象を解析するために開発された。この非線形の解析手法を適用し、収集した専門的オペレータの操業データから非線形のルールを生成することが可能となる。

 また、本提案を実現する計算機環境として、制御用計算機上に「統合ファジー制御システムFCSS」を試作した。この制御用計算機上にはリアルタイムOSおよびUNIX OSが同時に動作する。この計算機環境上で、4つの実行モードを提供し、上記のルール生成の全ステップを実行出来る。

 本提案の方式を、上記のFCSSシステム上で動作させ、2つの事例(蒸気発生器での水位制御、およびキルンの排ガスO2濃度制御)で、ルールの自動生成を試み、元のルールと、生成ルールがほぼ合致すること、また、生成したルールを用いて再シミュレーションを実施した結果の動特性が元の動特性とほぼ合致することを確認し、本提案が満足できる結果を与えることを検証した。

B.ファジー制御のメンバーシップ関数の自動生成支援

 従来、ファジーのルール生成に関する研究の実施状況に対し、メンバーシップ関数の形状を決定するための研究は少ない。その理由は、今まで、釣り鐘型のメンバーシップ関数が主として用いられてきたのに対し、リアルタイムでの計算速度を必要とするコントローラへの適用などでは、ファジー演算の簡略化から三角形、台形などのメンバーシップ関数の採用へと実際の応用では進んでいるだけでなく、メンバーシップ関数の形状によって余り性能上の差が出ないと判断されていた。

 本研究では、ファジーメンバーシップ関数の形状が制御対象の応答へ影響することに注目し、メンバーシップ関数を適切に決定することを目的とし、メンバーシップ関数形状を形状係数パラメータで与え、実操作量と予測値との重相関係数を最大化するようにして、このメンバーシップ関数形状を定める方法を提案する。このように、実操作量と、予測操作量との相関係数を最大化するメンバーシップ関数によって、より良い応答を期待できる。

 上記A.の研究と同じ2事例において、提案したメンバーシップ関数形状生成方式の検証を行った。すなわち、生成したメンバーシップ関数形状で計算した予測操作量の動作が、実操作量の動作とより適切に合致することを確認し、本提案が満足する結果を与えることを検証した。

C.リアルタイム制御システムへのPROLOGの適用

 制御分野へ高度な制御の導入を可能とするAI技術の適用、すなわち、リアルタイム向けエキスパートシステムをより容易に実現しようとする研究に関しては、Gensym社のリアルタイムに使用可能なエキスパートシステムツール〈G2〉と、制御用計算機にルールベースシステムを搭載し、リアルタイムに使用する試みがあった。しかし、実行速度上の問題があり、実用規模のエキスパートシステムを構築することは困難であった。

 本研究では、工業分野で広く適用されていた制御用計算機上で、リアルタイムOSの機能を大幅に活用し、この上で、AI技術を用いて知的な制御を実現するために、PROLOG言語によりルール・ベースシステムを構築すること、および、FORTRANで記述された実時間制御システムと共存させる事を提案する。本提案は、リアルタイムOS上で稼働し、各種の拡張機能を持つ論理型言語PROLOGを開発し、このPROLOG処理系を用いてエキスパートシステムをリアルタイム制御の計算機上に構築することである。この機能を提供するに必要なPROLOG処理系の設計、言語仕様・システム構成を検討し、実システムを開発し、多くの実施例を用いてその効果を確認した。

 具体的には、従来のPROLOG処理系に対し、次の仕様を拡張した。

 (1)PROLOG処理系のタスク化し、FORTRANなどの従来系との相互の起動関係を実現する。

 (2)述語形式の共用のデータベースを提供し、複数のPROLOGタスク間での容易なデータ交換を実現する。

 (3)また、ガーベッジコレクション・コンパクション(GC)無しの述語を提供し、リアルタイム制御システムで不可欠のGC無しを実現した。

 上記の仕様のPROLOG処理系を、広範囲に使用されていた制御用計算機上に試作し、これを工業分野の実応用に適用して、下記を確認し、本提案が満足する結果を与えることを確認した。

 (1)ソフト生産性の向上:従来型言語FORTRANに比して、製造ドキュメント量は1/3となり、かかった人工は60%と、大幅な生産性向上を確認した。

 (2)リアルタイムプラント制御への適用性:鉄鋼プラント向けのヤード制御の応用で、実使用した結果、従来FORTRANで実現していた、多数の、異なるタイミングで起動されるプログラムによる複雑な連係動作をPROLOGによっても実現可能であることを確認した。このようなPROLOG言語に適した論理的な制御は、実応用分野で約50%程度のシェアを持っている。

 (3)AI機能の実現性:従来、数学モデルを用いて実現していた鉄鋼プラントの加熱炉制御において、オペレータの操業ノウハウをPROLOG言語で記述し、実応用プログラムでのAI機能実現を確認した。実際、AI機能がない場合に比べて、温度制御の誤差を1/2以下にすることが可能となった。

 以上

審査要旨

 本論文は, 「工業プラントにおける知的制御の実用化に関する研究」と題し,5章より構成されている。工業プラントの制御を高度化する手段として,高い応答速度が実現できるファジー制御とより複雑な論理判断操作が実現できるルールベース制御を取り上げ,これらの制御方式の実用性を高めるために,ファジー制御に関しては熟練運転員が運転した操業データから制御ルールを生成する手法を提案し,ルールベース制御に関しては論理型言語PROLOGで記述した制御ルールをリアルタイム制御システム上で実行させる方式を提案している。

 第1章は序論であり,本研究の背景と目的,従来の研究と本研究の特徴,および,本論文の構成を述べている。

 第2章は「ファジー制御ルールの自動生成」と題し,制御ルールの設計法を取り扱っている。大規模な工業プラントの制御システムは,個々のプロセス変数をフィードバック制御する多数の下位制御ループと,それらの設定値自体を制御する上位制御ループとで構成されている。この場合,各設定値を適切な値に制御するのが重要であるが,工業プラントの多くはその特性があまりに複雑であるため,最適な操業を実現するための制御アルゴリズムを理論的に導出するのは困難であり,熟練した運転員の経験に依存している部分が大きい。そこで,熟練した運転員の経験を模倣する方式のファジー制御が提案されたが,この場合でも制御ルールの設計は容易ではない。どのようなルールに従って操業を行っているのか,という質問に明確に回答できる運転員は少ないからである。

 本論文では,この上位制御ループの制御ルールを,熟練した運転員が実際にプラントを運転したときに得られた操業データから統計的手法によって生成する手法を提案している。この制御ルールは,操業開始時,正常操業時(生産量に応じて複数ある),異常操業時(異常の型により複数ある),操業停止時のそれぞれに対応したものを作成する。まず,一つの出力変数(設定値)に対して,これの決定に関係すると予想される複数の入力変数(プロセス変数)を選定する。つぎに,各変数の取る値域を定め,その値域をいくつかのカテゴリーに分割し,各変数の数値時系列データを上記のカテゴリー系列に変換する。このデータに対して林知己夫の数量化理論を適用し,各入力変数のカテゴリーより出力変数の値を最小の誤差で推定する推定式を求める。出力変数を記述する推定式を入力変数の線形式に限定する必要がないのが利点である。この推定式によって各入力変数のカテゴリーより出力変数の値が定まり,したがって,そのカテゴリーも定まる。これよりファジー制御のルールを構成する。対象として,発電所蒸気発生器水位制御系とセメント製造キルン排ガス濃度制御系を取り上げ,この手法で求めた制御ルールによって熟練運転員によるものとほぼ同様の操業が実現できたと報告している。

 第3章は「ファジー制御のためのメンバーシップ関数生成支援」と題し,メンバーシップ関数の形状設計の問題を取り扱っている。関数形状にある自由度を残しておき,その値を出力変数推定式の推定誤差が最小となるように決定する手法を提案している。

 第4章は「リアルタイム制御システムへのPROLOGの適用」と題し,ルールベース制御をリアルタイム制御システム上に実現する問題を取り扱っている。複雑な操業を自動化する手段としてルールベース制御の利用が提案されていたが。問題はその実現法である。汎用のエキスパートシステムを格納した計算機をリアルタイム制御システムに結合する方式も考えられるが,汎用エキスパートシステムの応答性に問題があり,また,価格も上昇する。本論文では,リアルタイム制御システム上に論理型言語PROLOGの処理系を一個のタスクとして格納し,これにPROLOGで記述した制御ルールを実行させる方式を提案している。基本となる一群のリアルタイム制御タスクと,新しく付加した複数のPROLOGタスクを単一のリアルタイムOSの管理下で実行させることができる。通常のPROLOG処理系では未使用記憶領域の回収動作によって本来の処理が中断される問題があるので,処理で使用する述語の語長に制限を設けて未使用記憶領域の発生を減少させている。一個のタスクが完了すると記憶領域はすべて回収されるので,未使用記憶領域が累積することはない。この種の制御ルールを従来のFORTRANでプログラムすることも可能ではあるが,PROLOGの使用によってプログラミングの工数が1/2程度に減少したことを報告している。提案した上記の方式は,製鉄所製品貯蔵ヤードの自動操業システム,製鉄所加熱炉燃焼制御システム等の製作に実用されている。

 第5章は結語であり、本研究の成果を要約している。

 以上を要するに,本論文は,工業プラントの制御をより高度化する手段としてファジー制御およびルールベース制御を取り上げ,ファジー制御に関しては熟練運転員が運転した操業データから制御ルールを生成する手法を提案し,ルールベース制御に関しては論理型言語PROLOGで記述した制御ルールをリアルタイム制御システム上で実行させる方式を提案したもので制御工学上寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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