学位論文要旨



No 212239
著者(漢字) 篠田,裕之
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,ヒロユキ
標題(和) 三次元構造触覚センシングに関する研究
標題(洋)
報告番号 212239
報告番号 乙12239
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12239号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 安藤,繁
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 舘,章
 東京大学 助教授 出口,光一郎
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 助教授 石川,正俊
内容要旨

 1980年代以降2次元アレイセンサを中心に数々の触覚センサが提案されてきた.しかし多様な触覚情報を得るためは多自由度の物理パラメータを検出する素子が密にかつ大量に配置され,かつそこから求める触覚情報が高速に抽出されなければならないこと,そしてそのような構造をセンサ自体の柔らかさを保ちつつ実現しなければならないこと,がセンサ実現上での大きな困難となっていた.

 本論文では従来の触覚センサにおいて見落とされていた着眼点が三次元構造の利用にあることを指摘し,その利用が,これらの困難に対する解決を与えることを示していく.

 ここでいう3次元構造とは,センサ自体の3次元的な広がりの中に疎らに配置された検出子が弾性体自体の物理的特性を利用しながら表面での接触特徴を捉えていく構造を指す(図1).

図1 三次元構造触覚センシングの概念図.

 まず第一の鍵として,センサを構成する弾性体の物理的特性が,(均質,等方な弾性体ですら)実は情報処理場と呼ぶにふさわしい多様かつ巧妙な特性を有していること,そしてそれが触覚情報を抽出するための処理媒体としての役目を担い得ることを主張する.

 次にこの特性を積極的に利用する三次元センシング構造を考えることによって,局在した疎らな配置の検出子から有用な触覚情報が直接的に得られるようになること,その結果,センサの作製技術と信号処理双方の負担が軽減され,同時にセンサ自体の柔らかさも得られることを,具体的に示していく.

 これ以下の本論文は三部分から構成される.まず

 [1]情報処理媒体としての弾性体の準静的伝達特性の定式化とセンサへの積極的利用

 [2]センサ内部を伝搬する超音波の利用

 に基づく三次元構造触覚センサの実現が示され,最後に触覚センサの新しい応用分野を開拓することを目的とした

 [3]非接触触覚センサ

 の試み(特に硬さの非接触センシング)が論じられる(図2).

図2 本論文の構成.
審査要旨

 本論文は「三次元構造触覚センシングに関する研究」と題し、弾性体のテンソル場を情報処理に活用し、幅広い触覚情報をコンパクトに検出可能とするための、三次元構造触覚センサという新しい触覚センシングの方法論を提案し、多種多様な触覚センサとセンシングアルゴリズムの提案、ならびに数多くの実験によりその有効性を明らかにしたものであり、全部で10章より構成されている。それぞれの章の内容と、審査の結果、特筆すべき点は以下のように要約される。

 第1章は序論であり、触覚センシングへのニーズと開発の現状を概観し、従来の触覚センサが基本的に2次元アレイ構造を指向していることを指摘し、本論文の主題である三次元構造の導入が、これまで困難であった問題の解決に有効な手段となり得ることを論じている。

 第2章は「触覚センシングの物理」と題し、表面変位および表面力分布が、弾性体の内部の歪みと応力にどのように伝達されるかに着目して、弾性体の物理学を整理している。変形伝達関数としての記述、テンソル場のウエーブレット構造、疑似微分演算構造による定式化などに、独自の理論展開が認められる。

 第3章は「三次元構造触覚センサ」と題し、弾性体内部に深さを変えて配置された圧力プローブによる接触面テクスチャ、移動速度、接触面積の検出を扱ったこの論文の最も中心となる部分である。表面ダイバージェンスの弾性体内部への伝達特性の解析、垂直サンプリング法という新たなセンシング構造の導入に、顕著な独自性が認められる。

 第4章は「三次元構造を利用したヒルベルト変換対の知覚」と題し、弾性場の性質をさらに詳しく検討することにより、少数のプローブの組から圧力場のヒルベルト変換対が検出できると結論し、基本実験で原理を確認するとともに、可能な応用法について列挙している。

 第5章は「微分検出素子のよるフィルタバンクの構築」と題し、弾性場の伝達系を空間周波数分析機構として捉え、表面テクスチャのフィルタバンクを形成するための基本的なアイデアを提案するとともに、実験によりその正当性を確認している。

 第6章は「ダイバージェンスプローブ、シアプローブによる滑りと摩擦係数の同時知覚」と題し、新たに応力の非対称成分に感度をもつ圧電性高分子をシアプローブとして採用し、これまでの対称成分に対するダイバージェンスプローブと組み合わせることにより、接触表面の滑りと摩擦係数が同時に検出できると結論付けている。このようなセンサは理論的な提案としても類例がなく、実験的に確認した点でも独自な発展として評価できる。

 第7章は「テンソルセルによる高度触覚センシング」と題し、弾性体内の1点における応力テンソルの検出が、点状、線状、面状という接触形態の分類を可能にすること、テンソルの固有構造から接触の位置が判定できることを理論的実験的に確認した、本論文の第二の中核となる部分である。応力テンソルの固有構造解析の理論、立方体型テンソル検出セルの提案と試作、実験による基本性能の確認などに、顕著な独自性が認められる。

 第8章は「超音波エミッション触覚センサ」と題し、これまでの議論とは異なり、弾性体の表面で接触により発生し、内部を伝搬する超音波を触覚センシングに利用する方法を提案し、その基本実験を行っている。従来、軽微な接触によって、弾性体表面から実際に超音波が発生することを確認した例はなく、新しい発展の方向と判断される。

 第9章は「非接触触覚センサ」と題し、対象への接触を排し、対象への影響を最小限として触覚情報を得る触覚センサを提案し、試作と実験の結果を報告している。本研究の主題を補完するものとして意義があると判断された。

 第10章は結論であり、これまでの要約と将来展望が述べられている。

 以上要するに、本研究は弾性体のテンソル場を情報処理に活用し、凹凸スペクトルや移動速度、接触形態などの触覚情報を、コンパクトに検出可能とする新しい触覚センシングの方法論を提案し、多くの実験によりその有効性を明らかにしたものであり、計測工学の進歩に十分な貢献をなすものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53886