学位論文要旨



No 212241
著者(漢字) 森田,泰治
著者(英字) Morita,Yasuji
著者(カナ) モリタ,ヤスジ
標題(和) ジイソデシルリン酸抽出法による高レベル放射性廃液からのネプツニウムの分離
標題(洋) Separation of Neptunium from High-Level Radioactive Waste by Extraction with Diisodecylphosphoric Acid
報告番号 212241
報告番号 乙12241
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12241号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 石榑,顕吉
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
内容要旨 1.

 使用済燃料の再処理に伴って発生する高レベル放射性廃液(HLW)の処理処分法の一方策として、廃液中の元素を放射能毒性や化学的性質に応じていくつかのグループに分ける群分離の研究が行われている。群分離により、分離された元素群ごとに、消滅処理を含め最適な処分を行うことが可能となり、また、廃液中の元素の有効利用への道が開かれる。

 この群分離において、Npは、従来は分離対象元素として重要視されていなかったが、237Npの放射能毒性が以前より厳しく再評価されたことから、分離すべき最も重要な元素のひとつとなった。そこで、群分離プロセスの一部としてのHLWからのNpの効率的分離法開発の研究を行った。著者の所属する日本原子力研究所で開発した群分離プロセスでは、Am、Cmの分離にジイソデシルリン酸(DIDPA)抽出法を用いており、良好な結果を得ている。本研究では、Npの分離にもこの抽出剤を適用することとした。本研究のねらいは、Npについて高い回収率が得られ、複雑なNpの酸化還元操作を必要としないNp分離法を開発することである。回収率の目標値は、99.95%とした。

2.DIDPAによる5価の状態にあるNpの抽出

 DIDPAを抽出剤として用いると、Np(4)及びNp(6)の分配比は非常に大きいこと、さらに、5価の状態にあるNpを抽出できることを見出した。抽出されたNpの原子価分析の結果、この抽出では、Np(5)の不均化反応を伴っていることがわかった。通常の水相における不均化反応の速度は、酸濃度が低くなるほど遅くなる。しかし、DIDPAによるNp(5)の抽出では、酸濃度2M以下で酸濃度が低い程抽出速度が速くなることがわかった。従って、抽出時の不均化反応は、水相で起こるのではなく、DIDPAの存在によって初めて開始されるものであると結論できる。DIDPAは、Np(4)及びNp(6)と安定な錯体を作り、また、次の抽出反応式に示すように、不均化反応に必要な水素イオンを供給することができる。なお、次式で、(HA)2はDIDPAの二量体である。

 

3.過酸化水素及び高レベル廃液中の元素によるNp抽出の促進

 上記のように、DIDPAにより5価の状態にあるNpを抽出できるが、この分離法を実プロセスに適用するには抽出速度がやや遅いことも判明した。そこで、Np(5)の抽出を促進する方法について検討したところ、過酸化水素の添加が有効であることを見出した。図1に、結果の一例として、過酸化水素添加によるNp抽出の促進の様子を示す。

 Npの原子価分析の結果、過酸化水素共存下での抽出では、Np(5)は、還元され、有機相中ですべてNp(4)となっていることがわかった。過酸化水素によるNp(5)の還元反応は、酸濃度が0.5Mと低い場合には水相のみでは進行しない。しかし、DIDPAによるNp(5)の抽出は、酸濃度0.5Mでも十分進行する。これは、過酸化水素が共存しない場合の不均化反応の場合と同じく、DIDPAがNp(5)の還元に必要な水素イオンを供給することによる。次式に抽出反応式を示す。

 

 また、過酸化水素共存下での模擬高レベル廃液からのNpの抽出実験により、廃液中の元素の内、鉄とパラジウムがNp(5)の抽出をさらに促進することがわかった。

 以上のような抽出促進効果により、高い回収率の得られるDIDPA抽出法によるNp分離プロセスの構築に見通しが得られた。

 なお、DIDPA溶媒中のNp(4)は、シュウ酸により容易に逆抽出できることも明らかにした。

4.モノイソデシルリン酸及び溶媒放射線損傷のNp抽出に及ぼす影響

 高レベル廃液を対象とした抽出分離プロセスでは、抽出溶媒が高放射線量の条件下におかれるため、その放射線損傷の影響を考慮しなければならない。DIDPA抽出法では、分解生成物のうちそれ自身抽出剤として働くモノイソデシルリン酸(MIDPA)の影響が特に重要である。

 実験の結果、MIDPAは、DIDPAによるNp(5)の抽出を速めることがわかった。一方、MIDPAは、濃度が高くなるとNpのシュウ酸による逆抽出を困難にすることが判明した。しかし、MIDPAの濃度が0.066Mとなっても許容できることを明らかにした。

 DIDPAに60Coの線を照射してその損傷について調べたところ、DIDPAは再処理プロセスで使われるリン酸トリブチル(TBP)より安定であることが確認できた。また、MIDP入濃度が上記0.066Mに達するのは、0.5MGy程度まで溶媒の吸収線量が増加したときであることがわかった。

 照射したDIDPA溶媒による過酸化水素共存下でのNp(5)の抽出における速度定数の変化を図2に示す。実プロセスの条件に近い硝酸共存下で照射した溶媒において、吸収線量が0.5MGy程度となっても、Np(5)の抽出速度はほとんど変化しないことを見出した。

 0.5MGyの吸収線量は実プロセスでの25回以上の使用に相当する。即ち、抽出、逆抽出共に、溶媒の放射線損傷の影響は十分許容できる。

5.Npの向流接触連続抽出及び逆抽出

 DIDPAによるNp(5)の抽出では、Npの挙動が抽出速度で決定されるため、通常の平衡論による計算では連続プロセスにおけるNpの抽出率を求めることができない。そこで、向流接触の連続抽出試験により、実際に高い回収率でNpが分離できることを実証する必要がある。

 ミキサーセトラーを用いてNp(5)の連続抽出実験を様々の条件で行なった。図3に用いたミキサーセトラーの運転条件を、表1に各実験ごとの実験条件と結果として得られたNp抽出率を示す。バッチ実験で明らかにしたように、温度を高め、過酸化水素を添加し、また模擬廃液からの抽出とすると、Npの抽出率は向上した。しかし、模擬廃液からの抽出試験における抽出部のNp濃度分布は、出口に向かうにつれてNpの抽出速度が遅くなっていることを示した。これは、過酸化水素が次第に分解していくためである。

図表表1 Np連続抽出実験の設定条件とNp抽出率 / 図1 過酸化水素による5価の状態にあるNpの抽出の促進 [DIDPA]=0.5M,[HNO3]=0.5M / 図2 照射したDIDPA溶媒によるNp抽出における速度定数の変化 [HNO3]=0.5M,[H2O2]=0.5M

 そこで、この分解を補うため、抽出段の途中に過酸化水素溶液を注入するプロセスの試験(No.13)を行ったところ、Np抽出率を向上させることができた。そして、7段の抽出では最終的に99%の抽出率が得られた。抽出段数を14段とし、過酸化水素注入を2回とした試験(No.15)では、抽出率は99.96%以上となり、高い回収率が得られることを実証した。

 また、Npの挙動は、攪拌条件のみで決定され、静置条件には依存しないことがわかった。上記連続試験の結果を基にしたプロセス条件の最適化及び一般化の検討により、過酸化水素を攪拌時間として約2分の間隔で3回添加し、攪拌時間総計を9分程度とすれば、99.95%のNp回収率が得られることを示すことができた。

 シュウ酸による連続逆抽出実験では、12段で99.9%以上のNpを逆抽出できた。

6.DIDPA抽出プロセスにおける高レベル廃液中の他の元素の挙動

 模擬廃液を用いてNp以外の元素の連続抽出・逆抽出における挙動を調べ、Am、Cmの分離のため開発したDIDPA抽出プロセスに対する、Np分離のための過酸化水素添加及び加温というプロセス条件の変更は、特に他の元素に影響しないことを確認した。即ち、DIDPA抽出プロセスのAm、Cmに対する分離性能は維持される。

7.結論

 以上、本研究の結果、高い回収率が得られる、DIDPAを抽出剤とした高レベル廃液からのNp分離プロセスを構築することができた。予めのNpの原子価調整が必要なく、抽出されたNpが逆抽出が容易な4価の状態にあり、また、過酸化水素及び逆抽出に用いるシュウ酸が容易に分解できる廃棄物量を増やさない試薬であることが、このプロセスの長所である。この分離プロセスは、他の超ウラン元素をも一括して分離できる。

 図4にプロセスのフローを示す。抽出部に過酸化水素を添加し、温度を45℃程度にすることによってNpを高い回収率で抽出し、同時に他の超ウラン元素をも抽出する。次に4M硝酸によってAm、Cm及び希土類元素を逆抽出し、さらに、シュウ酸によってNp及びPuを逆抽出する。Puは4価の状態にあるので、抽出された後はNpと挙動を共にする。最後にUを逆抽出する。本プロセスにより、Npを、シュウ酸溶液の製品として、高レベル廃液より高い回収率で分離できる。

図表図3 Npの連続抽出試験におけるミキサーセトラーの運転条件 溶媒:0.5M DIDPA,0.1M TBP n-ドデカン溶液 供給液:0.5M HNO3,Np溶液或いは模擬廃液 洗浄液:0.5M HNO3,[H2O2]=0,0.5或いは1.0M 逆抽出液:4M HNO3 H2O2溶液:0.5M HNO3,[H2O2]=5.0或いは8.0M / 図4 開発したNp分離を含むDIDPAによる超ウラン元素一括抽出分離プロセス
審査要旨

 本研究の目的は、使用済み核燃料の再処理に伴って発生する高レベル放射性廃液の処理方法の一つとして、Npについて高い回収率が得られ、かつ複雑な酸化還元操作を必要としない実際的な分離法を開発することにある。抽出法としては、Am、Cmの分離にも有効なジイソデシルリン酸(DIDPA)抽出法を採用している。

 論文は、第1章,序、第2章,DIDPAによる5価の状態にあるNpの抽出、第3章,過酸化水素及び高レベル放射性廃液中の元素によるNp抽出の促進、第4章,モノイソデシルリン酸及び放射線損傷溶媒のNp抽出に及ぼす影響、第5章,Npの向流接続連続抽出及び逆抽出、第6章,DIDPA抽出プロセスにおける高レベル放射性廃液中の他の元素の挙動、第7章,結論、の7章から構成されている。

 第1章では、高レベル放射性廃液からNpを分離することの工学的意義や必要性、また、その技術開発の現状や既往の研究について言及している。

 第2章では、DIDPAを抽出剤とした場合、Np(4)及びNp(6)の分配比が大きく、また5価の状態にあるNpも抽出できることを見い出し、原子価分析の結果、この抽出過程では、Np(5)の不均化反応を伴っていることが示されている。通常の水相における不均化反応の速度は酸濃度が低くなるほど遅くなるが、DIDPAによるNp(5)の抽出では、逆に酸濃度が低いほど抽出速度が速くなることが観察され、抽出時の不均化反応はDIDPAの存在によってはじめて起きるものであることを見い出している。

 第3章では、DIDPAによる分離法は抽出速度が遅いことから、Np(5)の抽出を促進する方法について検討し、過酸化水素の添加が有効であることを示している。Npの原子価分析の結果、過酸化水素共存下での抽出では、Np(5)は還元され、有機相中ですべてNp(4)となっていることが示されている。酸濃度が0.5Mと低い場合、過酸化水素による還元反応は水相のみでは進行しないが、DIDPAによるNp(5)の抽出は進行する。これは、過酸化水素が共存しない系の不均化反応の場合と同様に、DIDPAがNp(5)の還元に必要な水素イオンを供給することによるものであることを明らかにしている。なお、DIDPA溶媒中のNp(4)は、シュウ酸により容易に逆抽出できることも示している。

 高レベル放射性廃液を対象とした抽出分離プロセスでは、溶媒が高放射線下におかれるため、その放射線損傷の影響を考慮しなければならない。DIDPA抽出法では、分解生成物のうちそれ自身抽出剤として働くモノイソデシルリン酸(MIDPA)の影響がとくに重要である。第4章ではこの点について実験的研究を行っている。実験の結果、MIDPAは、DIDPAによるNp(5)の抽出を速める一方、濃度が高くなるとNpのシュウ酸による逆抽出を困難にすることが示されている。さらに、照射したDIDPA溶媒によるNp(5)の抽出は、実プロセス条件に近い吸収線量下においても、ほとんど変化しないことを示している。

 第5章では、向流接触の連続抽出試験により、実際に高い回収率でNpが分離できることを実証している。前章までのバッチ実験で明らかにされているように、温度を高め過酸化水素を添加すると、Npの抽出率は向上する。しかし、模擬廃液からの抽出試験における抽出部のNp濃度分布は、出口に向かうにつれてNpの抽出速度が遅くなっていくことを示している。これは、過酸化水素が徐々に分解していくためで、抽出段の途中に過酸化水素を注入することによって抽出率を向上させることができることを示している。実際、7段の抽出では99%の抽出率が得られ、抽出段数を14段とし過酸化水素注入を2回行うことによって、抽出率は99.96%以上となり高い回収率が得られることを実証している。

 第6章では、模擬廃液を用いてNp以外の元素の連続抽出・逆抽出における挙動を調べ、Am、Cmの分離のために考案されたDIDPA抽出プロセスにおいて、Np分離のための過酸化水素添加及び加温というプロセス条件の変更は、他の元素の挙動にとくに影響しないことが確認されている。すなわち、DIDPA抽出プロセスのAm、Cmに対する分離性能を維持しつつ、Npの分離を有効に行いうることが示されている。

 第7章は結論であり、DIDPAを抽出剤とすることにより高レベル廃液から高い回収率でNpを分離できるプロセスを構築することができたことを結論としている。Npの原子価調整を前もって行う必要がなく、抽出されたNpが逆抽出が容易な4価の状態にあり、また、過酸化水素及び逆抽出に用いるシュウ酸が容易に分解でき廃棄物量を増やさない試薬であることが、このプロセスの特徴であり、他の超ウラン元素を一括して分離できる可能性もある。

 以上を要するに、本研究は、核燃料再処理技術を廃棄物処理技術としてみた場合、これまでの技術レベルを一層向上させられる可能性を示唆しており、システム量子工学、とくにシステム設計工学に寄与するところが大きいと判断される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50664