学位論文要旨



No 212244
著者(漢字) 宮永,佳晴
著者(英字)
著者(カナ) ミヤナガ,ヨシハル
標題(和) 自然浸透方式による粘土グラウトに関する研究
標題(洋)
報告番号 212244
報告番号 乙12244
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12244号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 田中,彰一
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 助教授 登坂,博行
内容要旨

 水封式地下石油備蓄では、地下タンク周辺の岩盤の水圧で漏油、漏気を防止するシステムを採用していることから、一定の地下水位を維持すると同時に、湧水量を極力小さくする事が要求される。

 我が国の国家石油備蓄としての地下備蓄基地は、久慈(岩手県)、菊間(愛媛県)、串木野(鹿児島県)の3ヶ所に建設された。そのうちの久慈基地は事前の調査坑道を設けての調査によって、他の2基地に比べてかなり透水係数が大きく(7.6×10-6cm/sec)、空洞掘削によって、水位が大きく低下すると同時に、湧水量も異常に多いことがわかった。

 しかし、地下備蓄基地の立地には、掘削によって発生する大量のずりを余すことなく有効に活用する必要があることから、海面の埋立計画とセットになっており、多少地質条件が悪くとも、地点を変更することは困難であった。

 本研究のテーマである自然浸透方式による粘土グラウト工法(以下粘土グラウト工法、図-1)の研究開発は、久慈基地のような透水係数の大きな基地の水封機能を確保するためのものであり、粘土グラウト(正式にはグラウティングであるが本研究では通常のグラウティングとは異なり、加圧を行わないのでグラウトとした)によって、一定の地下水位を維持しつつタンクの湧水量を低減することを目的とするものであり、もちろん世界で初めてのラウト工法である。

図-1 粘土グラウトの原理図

 通常行われるグラウティングはセメント等の硬化する材料をグラウトポンプを用いて、加圧注入して岩盤の亀裂を填充し透水係数を改良する方式である。これに対して本研究のテーマである粘土グラウトは、地下空洞を掘削した場合に、その空洞に向けて始まる地下水の浸透を利用して、その浸透流の上流側に微細な粘土粒子を、強制的な加圧を行わずに、自然に流れ込む様な状態で流し込んで、地下水の浸透経路となる岩盤内の亀裂、空隙をゆるやかに、広範囲に目詰まりさせて、タンクの湧水量を低減させたり、地下水位の低下を防止するグラウト工法である。

 具体的には、タンクの掘削に先行してタンクの上部に設けられる人工水封設備から水封水に粘土を混ぜて、低圧、低濃度で長期間注水して、タンク周辺の亀裂の目詰まりを促進させることになる。

 このグラウト方式を確立するために、まず始めに数種類の室内実験を実施した。それらの室内実験によって亀裂の目詰まり機構を解明した。

 (1)巾0.2mm程度以上の亀裂ではフィルターが無ければ目詰まりは進行しない。しかし亀裂の末端にフィルター(実際のキャバンでは吹き付けコンクリート)を設けると目詰まりはフィルター部から進行する。フィルターが目詰まりすれば、亀裂の目詰まりは完全でなくとも、湧水量は大幅に低減する。

 (2)0.2〜0.1mmの亀裂ではフィルターが無くとも、主として凝集・付着効果によって、亀裂面に付着する粘土層の厚みが成長して、ほぼ亀裂全面の目詰まりが完成する。この凝集・付着効果は、それ以上の亀裂巾では発生しない。

 (3)0.1mm以下の亀裂では、粘土粒子は、流路の狭まった箇所に、主としてふるい効果によって斑点状に目詰まりする。

 (4)亀裂巾以上の粒径の粘土粒子は、亀裂の入口部で自動的に排除され、細粒分のみが亀裂内に供給される。

 (5)横方向の亀裂は縦方向の亀裂よりも目詰まりしにくい。これは重力の影響によって流れの状態が異なるためと推定される。縦亀裂では重力の影響が大きく、流心に対して凹凸部では流速が大幅に低下して凝集・付着効果が発生しやすいのに対して、横亀裂では重力の影響を受けにくく、凹凸部でも、あまり流速が低下せず、凝集・付着効果が発生しにくいためと思われる。

 (6)また、室内実験によって、このグラウトに使用する材料は、細粒で粘性の小さいカオリン系の粘土が適当であること、粘土水の濃度小さくするとグラウト期間は延びるが、濃度に反比例して期間が大巾に延びるようなことは無いこと等を確認した。

 (7)小型精密スリットモデル試験結果をシミュレートする解析を行い、スリット内の流速が10〜20cm/secを下まわると急激に粘土の拘留が発生すること、平滑なガラスモデルよりも、凹凸のある擬似岩盤モデルの方がはるかに単位時間当りの拘留量が大きいことがわかった。

 室内実験と並行して現場実験を実施した。この実験では既設のトンネルをタンクとして、その上部に水封トンネルと水封ボーリング孔を設けて、4ヶ月間1/200の濃度の粘土水を注水した。この実験によって次の点が確認された。

 (1)粘土は注水孔の周辺だけなく、広範囲の岩盤内に目詰まりしている可能性が大きい-ボーリング孔周辺だけが目詰まりしてその下部が不飽和になることはないという無害性の確認。

 (2)目詰まりした粘土は注水圧の25倍(5kgt/cm2)以上の高圧に対しても十分に安定である。

 (3)亀裂巾以上の粒径の粘土粒子は、亀裂の入口部で自動的に排除され、細粒分のみが亀裂内に供給される(室内実験と現場実験の両方で確認された)。

 (4)最も狭い亀裂では粘土は亀裂内に入り込むことなく、水のみが浸透する。

 室内実験と現場実験によって、効果と無害性を確認したあと、タンクの掘削工事が進行中の久慈基地において大規模な粘土グラウト工事を行った。粘土グラウトを適用したのは水位低下の大きいタンク地域の中央〜東側80%の領域であり、粘土水の全注水期間は28ヶ月間であった。またその間に使用された粘土量は790tであった。

 タンク上部の水封トンネルを9区画に分割し、各々を1グループとして、水封孔とは別に(水封孔には清水の供給を継続)グラウト孔を新たに削孔、配置方式によって粘土水(標準濃度1/600)を注水した。各グループの平均注水期間は約12ヶ月で、最も長かったのは2Sの24ヶ月間であった。

 グラウト効果の確認にはグラウト開始時点と、グラウト終了時点を比較して"地下水位が同等もしくは上昇した状態でタンクの湧水量が低減していること"が必要最小限の条件である。

 工事期間中の地下水位の変化、工事区間の湧水量変化、水封孔からの清水とグラウト孔からの粘土水を合計した注水量の変化を継続して測定し、各々の項目についてグラウト開始時点とグラウト終了時点を比較した結果、上記の必要条件を満たしていることを確認した。

 (1)平均地下水位が上昇していると同時に、水位低下が特に著しい南東部で大幅に上昇した。

 (2)タンクの湧水量は3,600l/minから2,600l/minに低減した。

 (3)注水量は1,200l/minから400l/minに低減した。

 以上のように、より少ない注水量で一定の地下水位を維持し、かつ湧水量が低減した。-これが粘土グラウトの効果である。

 今回研究・開発した粘土グラウト工法は、室内実験と現場実験によって、岩盤の亀裂の目詰まり機構を解明すると共に、実際の工事に適用してその効果も確認することが出来た。

 この粘土グラウト工法はダムの漏水防止工法として、また、地下空洞の逸水防止工法としても利用可能である。

審査要旨

 従来の地下空洞周辺の透水性の改良は、セメント等の硬化する材料を岩盤中に加圧注入して、短時間に局所的な改良を行うという考え方が主流である。

 これに対して、本研究の粘土グラウトは強制的な加圧を行わず、自然浸透によって岩盤内の亀裂や空隙を、時間をかけてゆるやかに広域を目詰まりさせる工法であり、全く考え方の異なる斬新な、世界でも初めての工法である。

 このグラウト工法が成立するかどうかのポイントは粘土懸濁液を注水しているボーリング孔の周辺だけが目詰まりせず、粘土粒子が広範囲に分散して、広い範囲の対象岩盤を目詰まりさせることが出来るかどうかにかかっている。

 この課題解決のために本論文は数多くの室内実験とシミュレーション解析を行い、更に大規模な現場実験を行った上で、実際の工事に適用して成果を得ている。論文は、課題解決のアプローチ、粘土グラウトの原理、グラウト材料として適した粘土等について記述した序論、各種の室内実験と実験結果、解析結果に基づく亀裂の目詰まり機構の解明を記述した章、現場実験によって実岩盤に粘土グラウトを行って、グラウト期間中に各種の試験・測定を行った章、実際の工事で効果を確認した章、考察および結論の計5章から構成されている。

 以下に本論文に記載された重要な結論を審査する。

 1.室内実験では各種のモデルにより、比較的亀裂巾の大きい(1.0〜0.2mm)亀裂から、0.1mm以下の細かい亀裂までの目詰まり状況を観察して、粘土粒子による亀裂の目詰まり機構を解明すると同時に、移流分散方程式によるシミュレーション解析により、一定の流速以下になると目詰まりが急激に加速することを確かめている。

 2.現場実験では、粘土グラウト期間中にグラウトの前後で比抵抗トモグラフィー試験を実施する等各種の試験・測定を行い、グラウト効果と粘土は広範囲に分散していること、更に目詰まりした粘土は大きな圧力変動があっても容易に流出するようなことは無いことを確認している。

 3.最後に、実際の高透水性の岩盤内に建設された地下石油備蓄基地に、そのグラウト工法を適用して効果があったことを、地下水位、湧水量、注水量の変化を測定したデータ等により証明している。

 このグラウト工法は筆者独自の考え方が組み込まれており、今後の大規模な地下空間における地下水の制御に新しい分野を構築し、グラウト技術の発展に資するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格を認められる。

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