学位論文要旨



No 212245
著者(漢字) 木崎,好美
著者(英字)
著者(カナ) キザキ,ヨシミ
標題(和) レーザー加工に関する基礎的研究 : クラッディング、合成、蒸着
標題(洋) FUNDAMENTAL STUDIES FOR LASER-PROCESSING CLADDING,SYNTHESIS AND DEPOSITION
報告番号 212245
報告番号 乙12245
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12245号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 牧島,亮男
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨 第1章序論

 レーザー加工では通常の加工法では得られない特異的な加工条件が作り出せるため、レーザー加工によって材料に新規な構造や、新しい性質を付与できる可能性がある。中でも、レーザー表面処理、レーザーを用いた物質合成、レーザー蒸着はレーザーの特徴が活かされた新しい加工法として注目されている。これらの新しい加工法の例として、表面処理ではレーザークラッディング、物質合成ではレーザーを用いたセラミック微粒子の合成、レーザー蒸着では有機膜の蒸着を取り上げ、これらの加工法の現状に関して考察し本論文との関連を述べた。

第2章レーザークラッディング

 レーザークラッディングは母材とは異なる材料を母材に肉盛りする表面処理加工で、レーザーを用いる事により、

 (i)低融点の母材に高融点の材料の肉盛りが可能、

 (ii)厚さ、形状など制御が容易、

 (iii)母材の熱歪が少なく、クラッド層への母材の拡散も少ない、

 などの特徴が現われる。しかしながら、金属粉末を用いたレーザークラッディングでは、金属粉末によるレーザー光吸収、金属粉末の溶融、溶融プールの形成、溶融プールの凝固、といったクラッド層形成までの一連の現象が1〜2秒の短時間で完了してしまうためレーザークラッディングは現象として良く理解できていない部分が多い。さらに、多くの研究例が装置固有のものを含んでおり、実験条件の普遍性がない事とが相俟って、レーザークラッディングはフィージビリティスタディの域を出ていないのが現状である。

 本論文では、レーザークラッディングにおけるダイナミックな物理過程を明確にしその支配因子を明らかにするために、(i)金属粉末のレーザー吸収特性、(ii)金属粉末の溶融・凝固過程、(ii)溶融プール表面温度といった基礎的な知見を得る目的で、光チョッバー、高速度カメラ、高速シャッタカメラ型2色温度計を用いたそれぞれの目的に適した実験系を提案し、それらの実験結果に基づいた解析を行なった。銅を主成分とする金属粉末(粒径10〜150m)をアルミ母材の表面にレーザークラッディングする過程で、金属粉末は炭酸ガスレーザー照射初期(5〜30ms)には高いレーザー吸収率(80%以上)を有したが、50msを超えると金属粉末の凝集や雰囲気ガスのプラズマ化によりレーザー吸収率は50%以下に低下した。レーザー照射により生成した金属粉末の溶融プールは入射レーザーのビーム変調周波数より激しく振動しており、その表面温度は2200℃以上で、雰囲気ガスから発生したプラズマの影響を受けていることを明らかにした。さらに、高速度カメラ(2500コマ/秒)による観察結果より、レーザー照射によるプラズマの発生・消滅は1ms以上の短時間に、断続的に起きることを確認した。

 金属粉末を用いたレーザークラッディングの特徴を明らかにするため、表面溶融特性(レーザー入射量×溶融時間)を金属粉末とバルク材とで比較検討し、金属粉末を用いたレーザークラッディングがバルク材を用いた場合に比べ、一桁小さな表面溶融特性を有することを示した。本研究のため提案した実験系の検証も併せて行ない、実験の妥当性を確認した。

第3章レーザーによるセラミック微粒子の合成

 レーザーを用いてセラミックスを合成する場合、次の2種類の方法に大別される。一方はあるガス雰囲気中で固体ターゲット表面にレーザーを照射し、固体を加熱蒸発させながらセラミックスの微粒子を得る方法で、他方は気相中の分子にレーザーを照射し、化学反応を利用してセラミックス微粒子を得る方法である。気相を用いた合成法は反応条件を整え易く、かつ通常の熱反応では得られない励起分子が生成するなど特徴のある合成法である。セラミックス材料には(i)高純度、(ii)微粒子かつ粒度分布が狭い、(iii)形状が球、(iv)焼結性が良い、(v)結晶性が制御可能などの性質が要求されているが、気相を用いた合成法はこれらを全て満足するするものとして期待されている。

 しかしながら、レーザーを用いて気相反応からセラミックス合成した多くの研究例はセラミックスの合成の条件、粒径分布、結晶系、純度などのの報告にとどまっており、セラミックス微粒子の結晶化温度や、相転移温度などは報告が少ないため、レーザー合成によって得られたセラミックス微粒子の性質を知る手掛かりは少ない。レーザー合成の特徴を明確にするためには、レーザーによって得られたセラミックス微粒子の性質の中に従来にない新しい性質を見いだす事が最良の手掛かりと考えられる。

 本論文では、レーザーによる物質合成の特徴を明らかにし、合成条件の最適化および合成されたセラミックス微粒子の性質を明確にする目的で、Si3N4微粒子を具体例として、レーザーパワー密度、レーザー波長、ガス圧、原料ガス組成などを実験パラメータとし、レーザーでの励起方法(パルス発振および連続発振)が、Si3N4微粒子の粒径、純度に及ぼす影響に着目して合成実験を行なった。パルス発振型炭酸ガスレーザーを用いた合成実験では、得られたSi3N4微粒子の結晶系はアモルファスのみであり、粒径は約10nmでほぼ均一な粒径であった。パルス発振励起の場合、Si3N4微粒子の生成量はレーザーパワーよりレーザー波長に強く依存することなどを明らかにし、励起状態の分子が合成反応に関与している可能性を示唆した。

 連続発振型炭酸ガスレーザーを用いた合成実験では、得られたSi3N4微粒子の結晶系は2種類あり、それぞれアモルファス及び型であること、合成されたSi3N4微粒子の純度は最高97%で、レーザーパワー密度とレーザーの照射方法に強く影響を受けていることなどを明らかにした。さらに、得られた2種類のSi3N4微粒子に対して、窒素気流中で室温から1600℃までの熱処理を行ない、X線回折により相の結晶化温度、それぞれの相含有率の温度依存性を確認した。X線回折、比表面積の測定結果から、これら2種類のSi3N4微粒子が測定温度範囲内で本質的に異なる熱特性を有していることを明らかにした。

第4章レーザーによる有機膜の蒸着重合

 レーザーCVD(Chemical Vapor Deposition)はレーザー蒸着の一種であるが、従来の熱CVDに比べて、レーザーを用いることにより、

 (i)厚さ、形状など制御が容易かつ高速で膜が堆積、

 (ii)高純度な膜の堆積が可能、

 (iii)空間分解能が高く、マスクレスで直接ミクロ加工が可能、

 (iv)金属、半導体、誘電体、有機物など材料の制約がない、

 といった特徴が現われる。しかしながら、レーザーCVDは基板表面での化学種の生成、吸着、成長といった膜形成に関する一連の現象が十分理解されていないことや、多くの研究例が装置固有のものを含んでおり、実験条件の普遍性がないことなどが、レーザーCVDを実用化するに至までに多くの研究を必要とさせている。レーザーCVDの特徴をより明確にし、膜の形成過程について多くの現象を理解するためには、レーザーCVDによって無機/有機ハイブリッド構造など、従来にはない新しい構造や機能の膜を作製し、膜形成の基礎過程を解析しながら、得られた膜の物理化学的な特性を理解することが最良の方法の一つと考えられる。

 本論文では、レーザーCVDの特徴をより明確にするため、真空を用いたドライプロセスのレーザーCVDの実験系を提案し、得られた高分子膜の化学構造・組成を解析することにより膜の形成過程・支配因子を明らかにした。解析に当たっては、レーザー波長、モノマー供給方法、基板温度等を実験パラメータとし、レーザー照射方法(直接照射、間接照射)と(i)高分子膜の分子構造、(ii)高分子膜の組成(iii)高分子膜の膜厚との係わりに着目し、解析した。高分子膜の分子構造・化学組成はXPS(X-Ray Photoelectron Spectroscopy)を用いて解析し、成膜メカニズムに関しては、化学的性質の同じアクリル系モノマーを用いた比較実験を加えて高分子膜の蒸着重合メカニズムを推定した。

 高真空下で冷却した(-50℃〜-70℃)GaAs基板上にパルスインジェクターを用いてアクリル系モノマーを供給し、基板上にモノマーの吸着層を形成させてその吸着層に直接エキシマレーザー(波長193nmまたは波長248nm)を照射し重合膜を得た。波長193nmを用いて重合した高分子膜の膜厚はモノマー供給回数、レーザー照射回数が一定のとき、200nm〜10mで基板温度に反比例して増加した。膜厚の厚い(膜厚10m)高分子膜ではモノマーの化学構造・組成が保持されていたが、膜厚の薄い高分子膜(膜厚200nm)ではモノマーの化学構造・組成は保持されていなかった。波長248nmを用いた比較実験を行ない、波長193nmを用いて重合した高分子膜は重合反応と同時に起きるレーザーアブレーションによってモノマー構造・組成が保持されない事を明らかにした。

 超高真空下で、冷却した(約-150℃)GaAs基板上に、パルス分子線としてアクリル系モノマーを基板表面に供給し、基板上にモノマーの吸着層を形成させその吸着層の近傍にエキシマレーザー(波長248nm)を照射し重合膜を得た。中でも、エチルアクリレートを用いて重合した高分子膜の場合、レーザー照射回数が一定のとき、モノマーの供給回数に正比例して膜厚は10nm〜70nmと変化した。重合したエチルアクリレートの高分子膜は膜厚10nm〜70nmの範囲でモノマーの化学構造・組成を保持している事、ピンホールやクラックなど構造欠陥のない膜である事、高分子膜の蒸着重合に関する支配因子はモノマーの固体表面での物理吸着である事を明らかにした。

第5章結論

 本研究全体にわたる総括を行ない、各章の結果を列記した。

審査要旨

 本論文はレーザーを用いた新たな加工法の特異性を明示し、実用化に際しての指針を導出する目的で行われた一連の研究成果がまとめられている。具体的には、レーザーを用いたクラッディング、セラミックス微粒子合成、及び有機膜蒸着を取り上げ、各プロセスに含まれる未知の物理的・化学的過程を明らかにするための新たな実験系を開発するとともに種々の解析手法を取り入れた精緻な実験的研究を中心に論が展開されている。

 本論文は全5章から構成されている。

 第1章は序論であり、レーザー加工の歴史的経緯と現状を概説し、本論文の背景及び目的を明らかにしている。

 第2章はレーザークラッディングに関する溶融・凝固過程の計測を中心にまとめられている。特に、従来不明であったレーザークラッディングにおけるダイナミックな物理過程及びその支配因子を明らかにするため、金属粉末のCO2レーザー吸収特性、金属粉末の溶融・凝固過程、溶融プール表面温度などを計測しうる光チョッパー、高速度カメラ、高速シャッタカメラ型2色温度計を用いた実験系を提案し、解析を行っている。銅を主成分とする粒径10〜150mの金属粉末をアルミニウム母材の表面にレーザークラッデイングする過程で、金属粉末はレーザー照射直後5〜30msには80%以上の高いレーザー吸収率を有するが、50msを超えると金属粉末の凝縮や雰囲気ガスの1ms以下の断続的プラズマ化によりレーザー吸収率は50%以下に低下すること、レーザー照射により生成した金属粉末の溶融プールは入射レーザービームスキャン変調周波数に依存して激しく振動しており、その表面温度は2200℃以上で、雰囲気ガスから発生したプラズマの影響を受けていることなどを明らかにした。以上より、金属粉末を用いたレーザークラッディングがバルク材を用いた場合に比べ、レーザーパワーと溶融時間の積で表わされる表面溶融特性値が一桁小さくなることを示し前者の有意性を示した。

 第3章はCO2レーザを用いたCVDによる窒化ケイ素超微粒子合成に関するプロセスについてCO2レーザー波長及び生成粒子の属性的観点から最適化が検討されている。ガス系としてはSiH4及びNH3の混合ガスを用い、レーザーパワー密度、レーザー波長、ガス圧、原料ガス組成などを実験パラメータとして、パルス発振レーザー照射では、生成微粒子はアモルファス窒化ケイ素のみであり、粒径は約10nmとほぼ均一であること、又その生成量はレーザーパワーよりレーザー波長に強く依存することなどを明らかにし、NH3の励起状態の分子が合成反応に強く関与している可能性を示唆した。他方連続発振レーザーを用いた合成実験でもSiH4よりNH3の励起波長を利用する方が有効であること、滞留時間に依存して得られた窒化ケイ素微粒子はアモルファス及び型であること、合成された窒化ケイ素微粒子の純度は最高97%であることなどを示すとともに、得られた2種類の微粒子に対して、窒素気流中で室温から1600℃までの熱処理を行い、結晶化温度、比表面積測定及び相含有率の温度依存などから、これら2種類の微粒子が測定温度範囲内で異なる熱特性を有していることを明らかにし本プロセスによる微粒子の属性制御の可能性を示した。

 第4章は、エキシマレーザーによる真空下での有機膜の蒸着重合を可能とする実験系を提案し、得られた高分子膜の化学構造・組成を解析することにより膜の形成過程・支配因子を明らかにしている。解析に当たっては、レーザー波長、モノマー供給方法、基板温度等を実験パラメーターとし、レーザーを基板に垂直に又は平行に照射した場合について蒸着膜の分子構造、組成、膜厚との関連を検討した。高真空下で-50℃〜-70℃に冷却したGaAs基板上にパルスインジェクターを用いてアクリル系モノマーを供給し、基板上にモノマーの吸着層を形成させArFエキシマレーザーを垂直に照射し重合膜を得た。高分子膜の膜厚はモノマー供給回数、レーザー照射回数が一定の時、200nm〜10mで基板温度に反比例して増加した。膜厚の厚い高分子膜ではモノマーの化学構造・組成が保持されているが、膜厚の薄い高分子膜では重合反応と同時に起きるレーザーアブレーションのためモノマーの化学構造・組成は保持されないことを明らかにした。他方平行照射では、レーザーパワーが一定のとき、モノマーの供給回数に正比例して膜厚は10nm〜70nmと変化し、モノマーの化学構造・組成を有する重合膜が得られること、ピンホールやクラックなどの構造欠陥のない膜であること、高分子膜の蒸着重合に関する支配因子はモノマーの固体表面での物理吸着であることなどを明らかにし、総体として平行照射の優位性を示した。

 第5章は、本論文により得られた結果を総括している。

 以上、本研究はフィージビリティスタディの域を出ていないレーザー加工法の各分野における基礎過程の解明を進めたものであり、材料科学における非平衡プロセシングに関する学問分野の進歩発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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