学位論文要旨



No 212246
著者(漢字) 安田,一美
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,カズミ
標題(和) 連続鋳造における凝固シェルの熱と変形の挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 212246
報告番号 乙12246
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12246号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 木内,学
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 現代文明を支える基礎資材としての鉄を品質良く安価に提供する事は鉄鋼技術の使命である。要求される材質特性や品質(割れ,偏析,内質,介在物等)は益々高度になりつつある。このような状況のもとで品質の良い高材質の鉄鋼製品を価格を抑えて製造するには連続鋳造段階での技術開発が重要な位置を占める。

 連続鋳造工程は基本的に溶鋼を固める相変化機能と形状を与える造形機能を持っている。鋳造段階において鋳片の品質や凝固組織を適正に制御するために、現行の固定鋳型式の連鋳機において鋳造技術の改良が図られている。さらに品質とコストの飛躍的な改良のために最終製品に近い形状と材質特性を有する鋳片の鋳造を目指したニアネットシェイプ連鋳機(NNSCC)の開発が世界的に行われている。何れの凝固プロセスにおいても品質・コスト(設備費,操業費)の改善のためには、鋳片の熱的挙動と力学的(変形)挙動の両方を正しく把握しておくことが不可欠である。本研究はこのようなニーズに対処することを目的としておこなわれたものである。以下に本研究の内容を要約する。

 第1章は序論で、本研究の背景,目的,構成を述べた。連続鋳造技術,(設備,操業)の歴史を振り返りまた今後の発展の方向を展望する中で、鋳片の熱的/力学的(変形)挙動の把握が重要であることを認識した。熱的には鋳片の凝固組織とそれにつながる材質制御の観点から鋳片内の冷却速度を知ること、力学面では鋳片の割れや偏析などの鋳片品質と関係の深い未凝固鋳片の変形挙動の解明とその制御が重要である。従来研究の総括において、最も欠けているのは一般性のある定式化であり、この点に重点を置いて研究した。

 2〜3章は鋳片の熱的挙動に関する章で主として冷却速度について解析した。

 第2章では凝固プロセス条件が与えられたときその条件で得れれる冷却速度の上限値(限界冷却速度)を求める事を目的とする。鋳片内各位置での冷却速度を半無限体内の冷却速度で近似した。また冷却速度の上限値を求める意味から鋳片表面温度が冷却媒体の温度に等しい条件で検討し、以下の結果を得た。

 (1)凝固を伴わない冷却の場合は、位置指定,時刻指定のそれぞれにおいて冷却速度が最大となるのは初期温度から熱落差(初期温度と一定表面温度との差)の約8%/32%低下した温度においてである。また何れの場合も最大冷却速度は熱落差に比例する。

 (2)凝固を伴う純物質の冷却の場合、鋳片内のある位置の冷却速度は、1)凝固フロントが通過する前に液体の冷却速度が最大値をとるか否か、2)凝固フロントが到着してから固体の冷却速度が単調に減少するかまたは極大値をとるか、など条件の組み合わせに6つのケースが考えられる。そのうちどのケースが実現するかは、固体と液体の温度拡散率の大小、無次元量Ya(顕熱/凝固潜熱比)により決定されることが判明した。過熱度が熱落差に比べて小さい場合は、Yaの大きさから判断して、全ての金属元素において凝固フロント通過直後の冷却速度が最大になる。最大冷却速度は、(1)の場合と異なり、熱落差の(4/3〜2)乗に比例する。

 第3章では現実の凝固プロセスに適用するため鋳型を用いた多層構造の鋳片冷却系において境界条件を数学的に検討する事により鋳片温度分布の一般的解析法を確立した。

 熱伝導系において、ある領域とそれを囲む境界において領域中に熱の蓄積される速度が境界を横切る熱流の絶対値の総和に比べて充分に小さいとき、この領域は準定常の状態にあると呼ぶことにする。凝固フロント近傍は時間が経過しても準定常にはなりえないが、鋳型部は鋳片部に比べて早期に準定常状態になる。準定常状態になれば、多層系において各層の厚みをその層の熱伝導度に反比例して縮小拡大し、多層系の両端間に等価な熱伝達率を与えることが出来る。この事より鋳片表面から水冷却面に向けて温度差に比例した熱流が生ずるとする線形熱流モデルを考案しその解としてキャスト関数と名付けた標準関数を定義した。これにより多層構造を有する任意の冷却系に対し、任意の位置・時刻の温度はキャスト関数を使って陽な形で表現できるようになった。この方法は一般性があり極めて精度が良いので広く凝固冷却系の設計に応用できる。

 第4〜8章では、連鋳鋳片のストランド内における変形・歪について実験・解析を行った。

 第4章においては連続鋳造機のストランドプロフィルを定める基準となる鋳片の多点矯正挙動に関する従来式の精度を向上させるため、中実半田試片を用いたシミュレーション実験と、連続梁モデル解析を行い以下の結果を得た。

 (1)多点矯正の歪み実測値は本解析モデル計算結果と良く一致する。すなわち1点矯正では歪みは従来式の約1/2に分散される。また多点矯正では連続矯正の場合は最大歪みが従来式の値にほぼ等しく、ロールを飛ばした断続矯正では飛ばし数に無関係に最大歪みが従来の式の値の約1/2の大きさとなる。

 (2)ストランド全体の歪み分布は、鋳造中鋳片のようにストランド全体にわたり緩やかに剛性が分布する場合はほとんど剛性の影響を受けず、ロール配置のみによって決定される。

 第5章ではストランド内の未凝固鋳片を中空体と見なし、これに特有な変形挙動を中空ゴム試片を用いた模型実験により明らかにした。中空体の歪み挙動は理論解析や実験が困難であるためにこれまでほとんど未解明であった。本研究では模型実験で中空体の変形中における歪み測定を可能にすることにより中空体に特有な歪みの挙動を明らかにし、以下の結果を得た。

 (1)バルジング歪は鋳片幅方向位置により大幅な差異があり歪振幅は幅中央部で大きくエッジ部で小さい。バルジング係数は弾性梁理論から求められる一定値と異なる値をとり薄シェルになるほど増大する。

 (2)Shear Lagにより鋳片幅方向位置により矯正歪量に大幅な差があり、エッジ近傍で大きく幅中央部で小さい。また幅中央での矯正歪は鋳片幅が広いほど小さくなる。総矯正歪量一定の条件下では矯正点数が少ないほど幅中央部の歪は矯正区間に比べて広い範囲に分散される。

 (3)ストランドの湾曲部において薄シェルに矯正などの原因により引っ張り力がかかると内圧がかかっていなくてもロールピッチに一致した周期の歪が発生する。この歪は新種の歪であり「巻き付き歪」と名付ける。この歪の大きさは矯正歪とシェル厚に依存し(薄いほど大きい)、等価的には矯正歪が増大したものと見なせるので、これを実験的に定量化した。

 (4)異なる種類の歪の間に加法性が成立する。ただしロール区間内で各々の歪の変化に位相差があるので、総合歪を得るためにはロール間で各歪の連続分布を知る必要がある。

 第6章では各種歪の共存状態での総合歪を解析した。連鋳機設計や操業条件策定のためには検討条件が多いため費用や迅速性の観点から模型実験よりも解析モデル計算が適している。本研究では矯正歪/バルジング歪/ロールミスアライメント歪が共存状態で、かつ任意の数のロール区間の歪が同時に計算できる境界条件の正しい解析法を作成した。本研究で作成した数学モデルにより巻き付き歪を除く異なる種類の歪が混在する状況をシミュレートすることが可能になり(巻き付き歪は補正可能)、計算結果は模型実験と良く一致した。部分凝状態においても強度を有する場合のバルジング歪の計算法も定式化し凝固完了点近傍の計算精度を上げることを可能にした。

 第7章では凝固フロント近傍の脆化温度域への歪の蓄積量を定量化し、鋳造速度,鋳片表面温度,ロール配列等の影響を算出可能にした。さらにここで作成した式を基にして割れ発生を判定する総合歪指標において矯正歪にかかる係数を明らかにした。また歪蓄積の概念をベースに多点矯正時のロール配置を表す曲線形状を求め連鋳機機高との関係を定式化し、これに基づき機高の下方限界値を明らかにした。

 第8章では、連鋳鋳片の未凝固圧下挙動について検討した。

 未凝固圧下の材質面での効果を調べるため、溶鋼を用いた凝固・圧延実験を実施した。このデータをもとにして、未凝固圧下により凝固組織が微細化する領域を、固相率と圧下歪が満たすべき条件式として一般的に表現した。この式は記述変数が全て無次元パラメーターで表されているため、広範囲の装置・鋳片サイズや物性値に適用可能な汎用性のある表現となっている。

 これにより未凝固圧下鋳片の内部組織の一般性のある推定が可能となり、次世代凝固プロセスにおける重要要素である未凝固圧下技術の基礎が構築された。

 第9章では本研究の成果を総括した。

 本研究では連鋳鋳片について熱的挙動及び力学的(変形)挙動の両面から検討した。本研究により得られた成果はその一般性に基づいて、現行の連鋳機の設計や連続鋳造の操業・品質の改善に役立つのは勿論、今後進展を見せるであろうニアネットシェイプ連鋳機・未凝固圧下技術・ローヘッド連鋳機などの新しい連続鋳造の分野でもその真価を発揮するものと期待できる。さらには凝固/冷却を利用しての新材質の創出にも本論文は基本的な指針を与えるものである。

審査要旨

 本論文は連続鋳造鋳片の熱的挙動と力学的(変形)挙動の両方を正しく把握し一般性のある定式化に努めたものであり,9章より成る。

 第1章は序論で,本研究の背景,目的,構成を述べた。

 2〜3章は鋳片の熱的挙動に関する章で主として冷却速度について解析した。

 第2章では凝固プロセス条件が与えられたときその条件で得られる冷却速度の上限値(限界冷却速度)を求める事を目的とした。鋳片内各位置での冷却速度を半無限体内の冷却速度で近似した。また冷却速度の上限値を求める意味から鋳片表面温度が冷却媒体の温度に等しい条件で検討し,以下の結果を得た。(1)凝固を伴わない冷却の場合は,位置指定,時刻指定のそれぞれにおいて冷却速度が最大となるのは初期温度から熱落差(初期温度と一定表面温度との差)の約8%,32%低下した温度においてである。また何れの場合も最大冷却速度は熱落差に比例する。(2)凝固を伴う純物質の冷却の場合,鋳片内のある位置の冷却速度は,固体と液体の熱拡散率の大小,無次元量Ya(顕熱/凝固潜熱比)により決定されることが判明した。過熱度が熱落差に比べて小さい場合は,Yaの大きさから判断して,全ての金属元素において凝固フロント通過直後の冷却速度が最大になる。最大冷却速度は,(1)の場合と異なり,熱落差の(4/3〜2)乗に比例する。

 第3章では現実の凝固プロセスに適用するため鋳型を用いた多層構造の鋳片冷却系において境界条件を数学的に検討する事により鋳片温度分布の一般的解析法を確立した。

 鋳片表面から水冷却面に向けて温度差に比例した熱流が生ずるとする線形熱流モデルを考案しその解としてキャスト関数と名付けた標準関数を定義した。これにより多層構造を有する任意の冷却系に対し,任意の位置・時刻の温度はキャスト関数を使って陽な形で表現できるようになった。この方法は一般性があり極めて精度が良く,広く凝固冷却系の設計に応用できる。

 第4〜8章では,連鋳鋳片の変形・歪について実験・解析を行った。

 第4章においては連続鋳造機のストランドプロフィルを定める基準となる鋳片の多点矯正挙動に関する従来式の精度を向上させるため,中実半田試片を用いたシミュレーション実験と,連続梁モデル解析を行なった。多点矯正の歪み実測値は本解析モデル計算結果と良く一致し,ストランド全体の歪み分布は,鋳造中鋳片のようにストランド全体にわたり緩やかに剛性が分布する場合はほとんど剛性の影響を受けず,ロール配置のみによって決定される,ことを明らかにした。

 第5章ではストランド内の未凝固鋳片を中空体と見なし,これに特有な変形挙動を中空ゴム試片を用いた模型実験により明らかにした。中空体の歪み挙動は理論解析や実験が困難であるためにこれまでほとんど未解明であった。本研究では模型実験で中空体の変形中における歪み測定を可能にすることにより中空体に特有な歪みの挙動を明らかにした。特に,ストランドの湾曲部において薄シェルに矯正などの原因により引張り力がかかると内圧がかかっていなくてもロールピッチに一致した周期の歪が発生する。この歪は新種の歪であり「巻き付き歪」と名付けた。この歪の大きさは矯正歪とシェル厚に依存し(薄いほど大きい),等価的には矯正歪が増大したものと見なせ,これを実験的に定量化した。

 第6章では各種歪の共存状態での総合歪を解析した。本研究では矯正歪/バルジング歪/ロールミスアライメント歪が共存状態で,かつ任意の数のロール区間の歪が同時に計算できる境界条件の正しい解析法を作成した。本研究で作成した数学モデルにより巻き付き歪を除く異なる種類の歪が混在する状況をシミュレートすることが可能になり(巻き付き歪は補正可能),計算結果は模型実験と良く一致した。部分凝固状態においても強度を有する場合のバルジング歪の計算法も定式化し凝固完了点近傍の計算精度を上げることを可能にした。

 第7章では凝固フロント近傍の脆化温度域への歪の蓄積量を定量化し,鋳造速度,鋳片表面温度,ロール配列等の影響を算出可能にした。

 第8章では,連鋳鋳片の未凝固圧下挙動について検討した。未凝固圧下により凝固組織が微細化する領域を,固相率と圧下歪が満たすべき条件式として一般的に表現した。これにより未凝固圧下鋳片の内部組織の一般性のある推定が可能となり,未凝固圧下技術の基礎が構築された。

 第9章では本研究の成果を総括した。

 以上を要するに本論文では,連鋳鋳片について熱的挙動及び力学的(変形)挙動の両面から検討したもので,現行の連鋳機の設計や連続鋳造の操業・品質の改善,ニアネットジェイブ連鋳機・未凝固圧下技術・ローヘッド連鋳機などの新しい連続鋳造の分野でもその真価を発揮するものと期待でき,金属工学の発展に寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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