学位論文要旨



No 212247
著者(漢字) 斉藤,秀雄
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,ヒデオ
標題(和) 金属材料学へのミクロオートラジオグラフィの応用
標題(洋)
報告番号 212247
報告番号 乙12247
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12247号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石田,洋一
 東京大学 教授 増子,昇
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 教授 林,宏爾
 東京大学 助教授 森,実
内容要旨

 オートラジオグラフイは放射性同位元素を含む試料に原子核乳剤を密着させて露光を行なうと、試料中から放射される放射線によって乳剤を黒化させることを利用し、試料中おける放射性核種の存在位置や分布およびその量を知ることができる写真法を応用した技法である。この技法は従来から利用されている肉眼的レベルで観察できる巨視的な分布を撮影するマクロオートラジオグラフイと光学顕微鏡レベルによる微細な分布状況を撮影するミクロオートラジオグラフイについて金属材料に応用した。また、鉄鋼または金属材料中の水素集積サイトをレプリカ法、直接観察法(EPMA法)および透過電子顕微鏡を利用して観察した。本研究はミクロオートラジオグラフイ法による黒化濃度測定と中性子放射化法の写真救済の復元、放射性110mAgの拡散挙動および純鉄の断面層と表面層の粒界拡散挙動について行なったのに対し、レプリカ法および直接観察法はトリチウムを純鉄、Fe-Ti合金、Cr-Mo鋼およびFe-P合金等にトリチウムを導入して水素集積サイトを走査型電子顕微鏡によって解析した。さらに、オーステナイトステンレス鋼SUS316Lのトリチウム透過電顕オートラジオグラフイによって金属材料学への微細な欠陥構造と水素集積との相関関係を明かにした。本論文の構成は次の通りである。

 第I章 序論

 第II章 ミクロオートラジオグラフイの技法の開発

 第III章 光学顕微鏡ミクロオートラジオグラフイ

 第IV章 走査電子顕微鏡ミクロオートラジオグラフイ

 第V章 透過電子顕微鏡ミクロオートラジオグラフイ

 第VI章 全章のまとめ

 参考文献

 以下に各章の要旨を述べる。

 I章は緒言としてこれまでのミクロオートラジオグラフイの経緯と本論文の全体の構成について記した。

 II章はX線フイルムおよび原子核乳剤膜の黒化濃度分布の解析および光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡および透過型電子顕微鏡を使用するための試料作成、原子核乳剤膜の貼布法に関する技法について記した。

 1節はミクロオートラジオグラフイ用のX線フイルムまたは原子核乳剤膜を利用しときの黒化銀粒子の積算光子数がどの位の黒化能力が必要であるか露光時間を変えて解析した。その結果、黒化濃度は107〜1010Photon/cm2必要であることが分かった。

 2節はミクロオートラジオグラフイ技法およびトリチウムオートラジオグラフイの技法とその開発について記した。

 III章はミクロオートラジオグラフイの応用を利用した中性子放射化法による写真救済の復元法、切削法とミクロオートラジオグラフを用いた110mAgの不純物拡散、断面層および表面層による119mSnと51Crの結晶粒界に拡散した純鉄のミクロオートラジオグラフイについて記した。

 1節は古くて分かりにくい写真を中性子照射によって写真救済の復元法をミクロオートラジオグラフによって示した。その結果、半減期の長い110mAgよりも短半減期の108Agの方が復元能力が高いことを明らかにした。

 2節は鉛中への銀の不純物拡散として110mAgのミクロオートラジオグラフおよび試料の切削法による残留線測定を解析した結果、両手法の拡散係数は同じ結果が得られた。

 3節は純鉄の表面に導入した119m51Crのミクロオートラジオグラフイは結晶粒界の断面層について解析した。これは試料の断面方向すなわち結晶粒界に沿った深度方向のミクロオートラジオグラフと三重点近傍の黒化銀粒子の統計的な頻度分布および低温から高温までの粒界拡散についてまとめたものである。

 4節は結晶粒界に沿った表面層の119mSnと51Crの純鉄のミクロオートラジオグラフについて解析すると、51Crよりも119mSnの方が優先拡散は著しいことが分かった。また、119mSnと51Crとの粒界拡散係数はそれぞれ10-17m2/sと10-15m2/sを示すことが分かった。結晶粒界へのミクロオートラジオグラフを観察したあと、その場所のECP解析をすると、面心立方金属の集合組織が著しい材料であることが確認された。

 IV章はトリチウムオートラジオグラフイの基礎となるトリチウムの残留放射能量および純鉄と鉄合金試料のトリチウムオートラジオグラフをレプリカ法または走査電子顕微鏡(EPMA)によって解析した。

 1節の純鉄および鉄合金試料のトリチウム放出特性は後述するトリチウムオートラジオグラフの基礎となるトリチウム量を求めた。その結果、トリチウムチャージ後、14〜70日間室温放置したあと試料溶解法によって求めると、そのトリチウム残留放射能は37〜259Bq/gであった。さらに、トリチウムチャージ直後から3日間連続してトリチウム放出量を解析すると、拡散性のトリチウムは1〜2日間で放出されるが、3日後になると非拡散性のトリチウムが試料中に残留していることが明らかにした。これは以下に述べるトリチウムオートラジオグラフの源となる。

 2節はレプリカ法および走査電子顕微鏡による純鉄、電解鉄、Fe-Ti合金およびCr-Mo鋼のトリチウムオートラジオグラフイについて観察した。その結果、トリチウム集積は結晶粒界、析出物およびマルテンサイトラスに観察された。この方法は水素と金属微細欠陥構造との対応間係は解析できないが、試料中の黒化銀粒子の存在位置が確認することが分かった。

 3節の走査電子顕微鏡によるFe-P合金のトリチウム電顕オートラジオグラフについて示した。試料の熱処理後燐濃度の異なる合金試料にトリチウムを導入し、トリチウムオートラジオグラフを解析すると、焼き入れ、焼き戻しについて観察すると、殆ど同じ結果が見られた。P濃度が低いと結晶粒界およびマトリックスに均等に分布するが、P濃度が高いと、結晶粒界よりもマトリックスに集積し、P濃度が局所的に偏析していることを明らかにした。

 V章はオーステナイトステンレス鋼SUS316L材の内部界面水素捕捉サイトのトリチウム透過電顕オートラジオグラフイを用いた新しい技法の研究開発および薄膜透過電顕試料と原子核乳剤膜を重ねて透過観察した微細な欠陥構造とトリチウム集積サイトとの相関関係を解析した。その結果、トリチウム集積は析出物と深い関係があることが分かった。

 1節は溶体化処理材のトリチウム透過電顕オートラジオグラフは粒界転位を核とした析出物、粒界三重点、整合双晶境界と非整合双晶境界との交差部(双晶フアセットコーナー)、非整合双晶境界上の面状欠陥構造および粒界析出相/母相界面等に集積することを解明した。

 2節は結晶粒界およびマトリックスにCr23C6析出させ、トリチウムチャージ直後および3日間室温放置後のトリチウム透過電顕オートラジオグラフについて解析すると、3日間室温放置した試料と比べてトリチウムチャージ直後の試料の方が多量にCr23C6の周辺およびその周りに沿ってトリチウム集積が観察された。また、3日間室温放置した試料は整合双晶界面よりも非整合双晶界面にトリチウム集積が見られた。

 3節の液体窒素温度で露光すると水素の拡散を鈍くする特徴を持っており、トリチウム集積を定量的に解析するために有効である。このトリチウム透過電顕オーラジオグラフイを用いたトリチウム集積サイトは析出物と母相との界面、粒界三重点近傍、ステップ状の非整合双晶界面、双晶フアセットコーナーと粒界転位芯および整合双晶境界と非整合双晶境界との交差部にそれぞれ見られ、その観察例を解析した。また、トリチウム黒化現象に関する潜像形成過程について253Kおよび液体窒素温度で露光したときの黒化銀粒子の生成過程について示した。

 VI 章総括

 (1)ミクロオートラジオグラフイおよびトリチウムオートラジオグラフイについて総括的に記した。

 (2)ミクロオートラジオグラフイの黒化濃度分布を明らかした。

 (3)光学顕微鏡レベルで観察したミクロオートラジオグラフは金属鉛および純鉄の粒界拡散温度によって非常に異なることを明らかにした。

 (4)レプリカ法および直接観察法によるトリチウムオートラジオグラフは鉄合金試料の結晶粒界、析出物、母相およびマルテンサイトラス等にトリチウム集積が判明した。

 (5)トリチウム透過電顕オートラジオグラフは薄膜透過電顕試料と乳剤膜を重ねて透過観察すると、金属の微細欠陥構造と水素集積サイトとの相関関係を明らかにした。

 以上が本論文の要旨である。

審査要旨

 本論文は論文提出者が東京大学生産技術研究所において長年にわたって行ってきたミクロオートラジオグラフィによる金属材料の諸研究をまとめたものである.光学顕微鏡を用いて写真乾板上の銀粒子の分布を調べる早い時期の研究から、超高圧電子顕微鏡を用い、金属薄膜とその上に重ねた乳剤膜とを、重なったまま透過観察する透過電顕ミクロオートラジオグラフィ研究まで、論文提出者が行った種々の研究が報告されている.

 論文は6章よりなる.

 第1章は序論である.ミクロオートグラフィを金属材料組織の解析に応用した諸研究を歴史的に紹介し、ついで本論文の構成を述べている.

 第2章ではミクロオートグラフィの従来からの諸技術を紹介している.写真乳剤の黒化特性は放射性同位元素から放出される放射線の種類により異なるので、放射線によっては適正露光時間が3カ月余にわたることがある.このため結露して試料表向が腐食されるなど金属材料が試料であるがための諸問題がある.論文提出者は窒素ガス雰囲気で露光するなどの工夫によりこれを解決している.また、薄膜ミクロオートラジオグラフィでは試料を電子顕微鏡傾斜ステージにより傾けて撮像し、これを3次元解析することにより乳剤膜中の銀粒子の位置と薄膜試料中の組織との位置関係を調べるという超高圧電子顕微鏡観察の特徴を生かしたオートラジオグラフィを開発した.

 第3章では、光学顕微鏡を観察手段としたミクロオートラジオグラフィの諸研究を述べている.初期に行われた放射化法による退色写真の復元研究は、社会的インパクトをもちうる研究として興味深い.鉛中への銀の不純物拡散や鉄の結晶粒界に沿った錫やクロムの拡散実験についても述べている.論文提出者は高倍率な光学顕微鏡の焦点の浅いことを利用し、膜面下端に焦点を当てることにより、放射性同位元素から放出される放射線のうちで飛程の短いオージェ電子による黒化を選択計測するなど、金属組織の局所解析に役立つオートラジオグラフィを開発した.

 第4章では光学顕微鏡より解像度の高い走査電子顕微鏡を利用したオートラジオグラフィに関する論文提出者の諸研究を述べている.試料としては主に純鉄と鉄合金を採用し、放射性同位元素としてはトリチウムを用いている.2次電子像と銀の特性X線像と比較することにより偽像を防ぐなど走査電子顕微鏡技術を生かしたオートラジオグラフィを行った.また、一旦、乳剤膜を除去し、軽く電解研磨して試料を鏡面にしてから電子チャネリングパターンにより結晶の局所方位を解析するという方式で放射性同位元素が集積する微細組織を詳細に調べている.

 第5章は本論文でとくに注目される透過電子顕微鏡ミクロオートラジオグラフィの諸研究を述べた章である.この技法は薄膜とはいえ試料実体を超高圧透過電子顕微鏡で観察しているので、直接、金属組織と乳剤膜中での銀粒子との位置関係を調べることができるだけでなく、放射線源となった放射性同位元素の集積位置が如何なる金属組織であるかを、詳細に透過電子顕微鏡の諸方法を駆使して解析することができる.生・医学分野では完成の域にあるこの技法は、金属分野では試料薄膜が露光・現像・定着の過程で腐食したり酸化したりするためもあって開発が遅れていた.論文提出者は放射線核種としてトリチウムを選び、トリチウム透過電子顕微鏡オートラジオグラフィという金属と水素との関係を研究するうえで非常に有用な技法を開発した.観察試料としてはオーステナイト系ステンレスSUS16を選び、結晶粒界のどのような微構造にトリチウムが集まるか調べている.そして、熱処理によって結晶粒界にクロム炭化物が析出し始めた試料では、界面上の特定の微細構造にトリチウムが強く集積することを見出した.液体窒素中で露光する装置も開発し、組織に捕捉されていないために室温では拡散移動してしまうトリチウムの解析にもこの技法を適用できるようにした.

 第6章は総括である.

 要するに本論文は、金属材料の微細組織への微量元素の集積の解析にミクロオートらジオグラフィ技術を応用するという論文提出者の諸研究を集約したものである.このうち特に透過電子顕微鏡トリチウムオートラジオグラフィは超高圧電子顕微鏡の特徴を生かし、金属組織学上応用範囲の広い技法として注目される.金属材料学分野への貢献が大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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