学位論文要旨



No 212248
著者(漢字) 川田,達也
著者(英字)
著者(カナ) カワダ,タツヤ
標題(和) 平板型固体電解質燃料電池用材料に関する研究
標題(洋)
報告番号 212248
報告番号 乙12248
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12248号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 御園,生誠
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 宮山,勝
 東京大学 講師 岸本,昭
内容要旨

 ジルコニアを電解質とする高温固体電解質燃料電池は,高効率で燃料の制限の少ない新しい燃料電池システムとして期待されている.主要部分は,YSZ(イットリア安定化ジルコニア)電解質,Ni-YSZサーメット燃料極,LaMnO3系空気極,LaGrO3系セパレータから成るが,これらの基礎物性は不明な点が多い.本研究では,高エネルギー密度が得られる平板型固体電解質燃料電池を,製造コストの低いテープキャスティング法によって作成することを想定して単セルおよび積層セルを試作し,抽出された以下の3つの問題点について詳細に検討した.

(1)Ni-YSZサーメットアノードの分極と微細構造

 Ni-YSZサーメット電極について,その処理温度,Ni含有量などのパラメータが分極特性に及ぼす影響について調べた.この結果,高温での処理によって粒子間の接触状態が変化し,これが特性を決める重要な要因であることが明らかになった.Ni-YSZサーメットの構造を簡単な等価回路で表して,有効反応サイトが電極/電解質界面から電極の内部へ広がりうることを示した.また,作用電極の表面に多孔質のジルコニアをあてて表面酸素ポテンシャルを測定する方法を提案し,これ用いて,Ni電極上での水素の酸化反応が表面反応で律速されている可能性を指摘した.

(2)カソードと電解質の界面の化学的安定性

 LaMnO3空気極について,金属のノンストイキオメトリを考慮した熱力学計算を行い,YSZと安定に接触する条件ではMnが電解質中に固溶することを明らかにした.Mnの固溶したYSZの特性を測定したところ,イオン導電率は,Mnの価数変化に伴う酸素欠陥の増減のため酸素分圧に依存して変化し,また電子導電率は,ホール濃度の増加により高酸素分圧領域で上昇することが明らかになった.電極反応については,Mnの固溶が及ぼす影響は小さいことがわかった.さらに,YSZ膜を燃料電池の酸素ポテンシャル勾配においた場合の酸素透過量とそれによる効率の低下について計算した結果,Mnが固溶した場合には透過量がやや増加し,最適電解質厚さが2倍になることがわかった.

(3)セパレータにおける物質輸送と焼結性,発電特性

 共焼結の条件では,Caがセパレータから隣接する層に移動して,セパレータの焼結が阻害されることがわかった.CaはCa-Cr-Ox系の融体として比較的低温から移動するため,共焼結のように表面の多い条件ではこれを抑さえることは困難であり,セパレータを一括して共焼結することは難しいと結論された.また,(La,Ca)CrO3が酸素ポテンシャル勾配下に置かれた場合の酸素透過量を電気化学測定と同位体交換/SIMS分析により求めたところ(La,Ca)CrO3では酸素透過が燃料電池の効率を低下させることが明らかになった.セパレータとして使用する場合,酸素の透過を防ぐ手立てを施すことが必要である.

 本研究によって,湿式法で固体電解質燃料電池を作成する場合のいくつかの指針を得ることができた.実用化に向けてはここで取り上げた内容以外にも多くの技術課題が存在するが,本研究で用いた熱力学的,電気化学的方法論は他の問題の解決にも活用されうるものと期待する.

審査要旨

 本論文は、「平板型固体電解質燃料電池用材料に関する研究」と題し、ジルコニアを電解質とする高温固体燃料電池を作製するための電極、電解質、セパレーター材料に関する開発研究をまとめたものであり、全6章により構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の行われた背景を概説するとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では、高エネルギー密度が得られる平板型固体電解質燃料電池を製造コストの低いテーブキャスティング法によって作成することを想定して単セルおよび積層セルを試作・運転し、問題点と技術的課題の抽出を行っている。第3章から第5章においては、抽出された問題点につき、これらを解決するために行われた詳しい実験的検討結果が記述されている。

 第3章では、アノードとして使用されるNi-YSZ(イットリア安定化ジルコニア)サーメット電極について、その処理温度、Ni含有量などのパラメータが電極の微細構造と分極特性に及ぼす影響について検討している。ここでは、高温での処理によって粒子間の接触状態が変化し、これが特性を決める重要な要因であることが明らかにされた。また、Ni-YSZサーメットの構造を簡単な等価回路で表して、有効反応サイトが電極/電解質界面から電極の内部へ広がりうることが示された。さらに、作用電極の表面に多孔質のジルコニアを接触させて表面酸素ポテンシャルを測定する方法を提案し、これ用いて、Ni電極上での水素の酸化反応が表面反応で律速されている可能性を指摘している。

 第4章では、LaMnO3を使用する空気極について、金属のノンストイキオメトリを考慮した熱力学計算により、YSZと安定に接触する条件ではMnが電解質中に固溶することが示されている。Mnの固溶したYSZの特性を測定したところ、イオン導電率は、Mnの価数変化に伴う酸素欠陥の増減のため酸素分圧に依存して変化し、また、電子導電率はホール濃度の増加により高酸素分圧領域で上昇するが、電極反応については、Mnの固溶が及ぼす影響は小さいことがわかった。さらに、YSZ膜を燃料電池の酸素ポテンシャル勾配においた場合の酸素透過量とそれによる効率の低下について計算し、Mnが固溶した場合には透過量がやや増加し、最適電解質厚さが2倍にする必要があることを結論している。

 第5章では、セパレータにおける物質輸送と焼結性、発電特性について検討を行っている。共焼結の条件では、Caがセパレータから隣接する層に移動して、セパレータの焼結が阻害されることがわかった。CaはCa-Cr-Ox系の融体として比較的低温から移動するため、共焼結のように表面の多い条件ではこれを抑えることは困難であり、セパレータを一括して共焼結することは難しいと結論された。また、(La,Ca)CrO3が酸素ポテンシャル勾配下に置かれた場合の酸素透過量を、電気化学測定と同位体交換/SIMS分析により求めたところ、(La,Ca)CrO3では酸素透過が燃料電池の効率を低下させることが明らかになり、セパレータとして使用する場合、酸素の透過を防ぐ手立てを施すことが必要であると結論している。

 第6章では、本論文の総括と平板型燃料電池の新しい作成法への提案が行われている。

 以上、本研究によって、湿式法で固体電解質燃料電池を作成する場合のいくつかの具体的な指針が得られた。実用化に向けては本論文で取り上げた点以外にも多くの技術課題が存在するが、本研究で得られた知見は今後の高温固体電解質燃料電池の開発にとって極めて有効であり、固体電気化学の進展にも大きく貢献すると考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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