学位論文要旨



No 212249
著者(漢字) 尾原,佳信
著者(英字)
著者(カナ) オハラ,ヨシノブ
標題(和) 圧電体における配向の基礎と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212249
報告番号 乙12249
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12249号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳田,博明
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 助教授 宮山,勝
内容要旨

 圧電材料に関する最近の知見の集積とその応用にはめざましいものがあるが,材料の圧電特性と配向性との関係は尚不明で種々のアプローチによる研究が必要な段階である.そこで,本論文の目的は,圧電特性に及ぼす結晶軸配向という微視的な配向と複合体における構造的な配向という巨視的な配向の影響を解明し,更にその配向材料の応用を提示することにある.

 配向に関する問題を解明するということは,微視的には多結晶体(セラミックス)について,その構成単位である結晶構造を正確に記述し,更に目的の結晶軸配向を形成する為のプロセッシング方法を決定することにある.更に,その圧電体における結晶配向とその多結晶体の特性の関係を明らかにすることである.

 配向に対するもう一つのアプローチは人工的に加工できる巨視的な構造を設計し,その構造を構築することにより,その特性を発現する為の物理的必然性を明らかにすることである.そこで本論文では,結晶軸配向から複合体の構造的な配向の基礎を研究し,その配向圧電材料の応用について研究した.

1)繊維状セラミックスの合成と特性に関する研究

 繊維状チタン酸カリウムは断熱材料やイオン吸着材料として注目されており,そのイオン吸着性能を利用して数種の繊維状チタン酸塩の合成を試み,その圧電特性を評価した.

 先ず,繊維状チタン酸バリウムによるセラミックスが圧電特性を発現することを確認するとともに,圧電特性についてセラミックス内部での結晶軸配向性の効果を検討した.繊維状チタン酸バリウムの形状因子が大きければ,従来の加圧成形によりセラミックスの結晶配向度が変化し,その圧電特性も変化するはずである.そこで従来の加圧成形によって配向性を規制し,焼成したセラミックスの結晶軸配向性を評価し,更に分極処理してその圧電性を評価した.その結果,焼成後は繊維形態は消失するものの結晶の配向性は保持され,圧電特性にも影響することが分かった.またこの結晶軸の配向性が高圧電性を出現させていることが分かり,このことが圧電性の共振現象にも影響することを提案した.

 次に,上記セラミックスにおいて結晶配向性と圧電特性との関係を共振現象から検討した.繊維状チタン酸バリウムによる高い圧電特性が結晶の配向性によるならば,セラミックスの結晶配向度が変化すれば,その圧電特性も変化するはずである.そこで従来の非繊維状粒子の中に繊維状粒子を混合していき結晶軸の配向度を変化させ,その圧電特性を共振モードという観点から解析した.その結果,繊維状チタン酸バリウムの含有量が増えるほど結晶の配向性は上がり,厚み縦方向の共振モードが減少していくことが確認された.

 そして次に,繊維状チタン酸バリウムの焼成過程における形態変化を研究した.その結果,焼成初期に繊維束が形成された後,異方性のある柱状の粒子ができこの粒子同士の面-面接触によって粒子成長が起こることを確認し,それが結晶軸の配向が保持される原因であることを提案した.

 最後に,繊維状チタン酸カリウムから繊維状チタン酸鉛を合成するとともに,その反応機構及び合成物の特性を明かにした.チタン酸鉛はチタン酸バリウムよりも結晶軸の異方性が大きく圧電特性にも異方性がある為に,繊維状チタン酸鉛の合成は,結晶軸の配向性を規制するという目的の為に有効である.本研究では水熱合成方法によって繊維形状粉末の合成を試み,更に繊維を焼成してその形態変化を観察した.その結果,繊維状チタン酸鉛が合成でき,焼成後も繊維形態は保持されることが分かった.このことから圧電性を向上させたチタン酸鉛セラミックスができうろことを提案した.

2)結晶配向セラミックスの合成と特性に関する研究

 繊維状チタン酸バリウムを機械的に配向させ,誘電及び圧電特性の結晶配向の影響について研究した.即ち,繊維状粉末を高分子材料と混合して細いノズルから押し出すことによって一軸方向に繊維状粉末を配向させ,更にその成形体をそのまま焼結することで結晶軸が一軸に配向したセラミックスを作り上げた.そして,結晶の配向性が電気特性に密接に関係し,結晶軸の配向性を上げることが圧電特性の向上につながる知見を得ようとしたものである.

 先ず,結晶軸を一軸配向させたチタン酸バリウムセラミックスにおける結晶配向度と誘電特性とに関する研究をした.即ち,結晶軸の配向性は圧電特性の発現効果や分極処理効果に影響し,新しい圧電体開発にとって結晶軸の配向性は重大である.この結晶配向性の効果を誘電特性の立場から定量的に解析することを試みた.その結果,焼成温度をあげると結晶配向度が増加し,それにつれて誘電率の増加からa軸配向性が示された.

 次に,結晶軸を一軸配向させたチタン酸バリウムセラミックスにおける結晶配向度と圧電特性とに関する研究をした.即ち,セラミックスの結晶軸に対する分極方向を変え各々の圧電定数を求めた.その結果,本実験で作製したセラミックスの方が従来の粉末によるチタン酸バリウムセラミックスよりも大きな圧電定数を示すことを確認し,それが結晶軸の配向による効果であることを提案した.

3)構造的配向を考慮した複合圧電体の製造と特性に関する研究

 構造的配向を考慮して設計された複合圧電材料の圧電特性について研究した.材料中の結晶配向が圧電特性にとって有利に働くことを際ださせる材料として,圧電材料を構造的に配向させた複合体に注目した.特に,複合体のConnectivityに関する表記で言えば1-3連結構造に関する評価をしたものである.

 先ず,超音波カッターによって複合圧電体を製作した.1-3連結構造による複合圧電体はNewnhamにより報告され,その後いくつかの報告例が見られたものの,いずれもセラミックスの特性についてのみ議論された.そこで,本研究では複合体のマトリックスである高分子材料に着目し,その高分子材料の弾性率と複合体における圧電特性との関係を検討した.結果として高分子の弾性率が低下することによって圧電特性が変化するが,その変化に対する高分子材料の弾性率に限界値があることを確認した.また,これまでのダイアモンドカッターによるダイシングから超音波カッターによる加工に変えることによって,加工のパターンの自由度の高さと作業の容易さが確保された.

 次に,YAGレーザー光線によって複合圧電体を製作した.前述の超音波カッターでは加工の自由度と容易さは確保できたが,加工速度とマスプロ性を満足できなかった.そこでセラミックス表面にレーザー光線を照射しセラミックスを部分的に削り取ることを試みた.その結果,YAGレーザー光線によってセラミックスを加工すれば,超音波カッターよりも更に加工の自由度が増し,かつ速い加工が可能となりその結果マスプロの可能性が見い出された.更に,これによって作製された複合体も大きな圧電特性が確認された.

4)複合圧電体の応用に関する研究

 1-3連結構造の複合圧電材料をセンサー或は変換子等に応用するという目的で行われた.特に従来の圧電セラミックスによる振動及び超音波センサーや変換子の問題点をこの複合体材料によって解決することを狙いとした.

 最初は,複合圧電体による加速度センサーの試作とその特性に関する研究である.1-3複合圧電体を用いて圧縮圧電型加速度センサーを試作し,このセンサーの検出加速度に対して重力加速度及び振動周波数の立場から定量的に解析することを試みた.その結果,センサーの検出加速度は内蔵する複合圧電素子の圧電特性により支配され,その検出加速度の大きさはその圧電g33定数の大きさと理論的に対応した.また,実際の加速度センサーとして充分満足できるものであることが分かり,このことから,1-3複合圧電体を応用すれば高感度の加速度センサーを得ることを提案した.

 次に,複合圧電体によるAE変換子の試作とその特性に関する研究である.1-3複合圧電体を用いて圧電型AE変換子を試作し,この変換子の検出特性に対してAE検出メカニズムと検出感度の立場から定量的に解析することを試みた.その結果,変換子の検出感度は内蔵する複合圧電素子の圧電特性により支配されることが明らかになり,その検出感度の大きさはその圧電g33定数の大きさと理論的に対応した.また,実際のAE変換子として充分満足できるものであることが分かり,このことから,1-3複合圧電体を応用して高感度AE変換子を得ることを提案した.

 以上をまとめてみると繊維状チタン酸バリウムの合成から始まり,結晶配向の圧電特性への影響の理解,そして構造的配向による複合圧電材料を使っての基礎特性解析とその応用と言うものが本論文の流れである.ここに書かれたものは非常に限られた材料に関するものであるが,圧電特性の配向性に関する重要性を指摘し,その基本的概念及び研究方法を提示し得たものと確信する. 以上

審査要旨

 本論文は、「圧電体における配向の基礎と応用に関する研究」と題し、圧電特性に及ぼす結晶軸配向という微視的配向と複合体内部の配向という巨視的配向の影響、およびその配向材料の応用に関する研究をまとめたものであり、全6章よりなる。

 第1章は序論であり、本研究の行われた背景を概説するとともに、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章は、代表的圧電体であるチタン酸バリウム(BaTiO3)の繊維状試料の合成を行い、その焼結体の圧電特性を評価した結果を述べている。繊維状チタン酸カリウムのイオン交換により、著しい結晶配向性を持つ繊維状チタン酸バリウムが得られる。この繊維の焼結体では、焼成後は繊維形態は消失するが結晶の配向性は保持され、この結晶軸配向性が高圧電性および圧電体の共振現象に大きく影響を及ぼすことを示している。この焼成過程では、焼成初期に柱状粒子が形成されて粒子成長が起こり、それが結晶軸の配向が保持される原因であることを明らかにしている。また、不定形粒子の中に繊維状粒子を混合していき、結晶軸の配向度を変えた試料を作製することにより結晶配向性と圧電特性との関係を調べている。繊維状BaTiO3の含有量が増えるほど結晶の配向性は高くなり、厚み縦方向の共振モードが減少するという圧電特性の異方性向上が確認されている。さらに、繊維状試料を用いることにより、従来の方法では作製が困難であった、結晶配向性の優れたチタン酸鉛セラミックスが作製できる可能性を示している。

 第3章では、樹脂押出成形法による結晶配向セラミックスの合成とその特性に関する結果を述べている。高分子材料中に繊維状粒子を分散させた混合物を押出成形することにより、一軸方向に粒子が配列した成形体をつくり、それを焼結して一軸方向に結晶配向したチタン酸バリウムセラミックスを作製している。高温焼成ほど結晶配向性が増大し、それに伴いa軸配向方向での誘電率の増加がみられ、単結晶の値に近づくことが確認された。さらに、分極方向を変えて圧電定数を求めた結果、一軸方向への結晶配向により、従来の配向性焼結体よりも大きな圧電性を示すことを確認している。

 第4章は、高分子マトリックス中に柱状圧電セラミックスを配列させた複合圧電体の製造と特性を検討したものである。超音波カッターにより圧電体を柱状に加工し、その間隙に高分子材料を埋設することにより、柱状圧電体が1次元、マトリックス高分子が3次元の連結構造を持つ複合圧電体を製作している。マトリックスである高分子の弾性率と複合体の圧電特性との関係を調べた結果、高分子材料の弾性率が低下すると圧電特性が向上することを確認し、適切な材料特性と構造サイズに関する設計指針を得ている。さらに、超音波カッターよる方法よりも加工自由度が高く、かつ速い加工が可能となる、YAGレーザーによる加工方法を提案し、その有用性を示している。

 第5章では、複合圧電体の応用に関して述べている。第4章で述べた複合圧電材料を用いて加速度センサーを試作し、その検出加速度について重力加速度及び振動周波数から定量的な解析を試みている。その結果、検出加速度は圧電g33定数の大きさと理論的に対応することが確認され、大きな圧電g33定数が得られる上記の複合構造の利用が高感度加速度センサーに有用であることを示している。さらに、表面弾性波(AE)変換子の試作とその検出感度の定量的解析を行っている。検出感度は圧電g33定数の大きさと対応して増大することを見い出し、複合圧電体が高感度AE変換子に応用できることを提案している。

 第6章では、本論文の成果を要約し、総括を行っている。

 以上、本論客は、繊維状圧電体の合成、その焼結体での結晶軸配向性の圧電性への影響、構造的配向を持つ複合圧電材料の作製と基礎物性解析、およびその応用の提案という、一連の研究成果をまとめたものである。その研究成果は、圧電体の物性制御およびその物性を有効に利用した機能素子の設計を行う上で極めて重要であり、これからの材料科学の進展に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク