学位論文要旨



No 212250
著者(漢字) 藤井,能成
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ヨシシゲ
標題(和) 中空糸膜の溶質透過と構造に関する研究
標題(洋) Solute Permeation and Structure of Hollow Fiber Membranes
報告番号 212250
報告番号 乙12250
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12250号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,尚史
 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 中尾,真一
内容要旨

 膜分離法は最近めざましく進展した技術分野であり、超純水の製造、電着塗料の回収再利用、鹹水または海水の淡水化等の技術で各種の産業を支えているだけでなく、海水からの飲料水の製造や人工腎臓による血液透析等の技術で多くの人びとの命もささえている。このような工業的進歩はもちろん工学的進歩の上に築かれたものであり、膜を通しての物質移動の現象や膜透過の機構の解明も著しく進展したが、透析膜ないし限外濾過膜等の構造と溶質の透過機構や、工業的に重要な中空糸膜の性能特性の評価方法に関しては、基礎的な研究を必要とする課題がいまだ残されている。

 われわれは主としてキュプロファンとポリメチルメタクリレート(PMMA)の中空糸膜を用いて、透析実験による溶質透過性Pmと限外濾過実験による反射係数の測定方法、および溶質の分配係数kdの測定方法を検討して、精度よく簡便に測定する方法を確立した。Pmの測定は、緩くU字型に束ねた中空糸膜を完全混合槽型の恒温槽の中に浸漬し、透析液が所定の流速で中空糸膜に直交する構造の透析実験装置を設計製作し使用した。中空糸膜の外側のレイノルズ数Reoutとシャーウッド数Shとの関係は次式で表された。ここでSCはシュミット数である。

 

 の測定は、Y字型のガラス管に中空糸膜を挿入し、ミニチュアモジュールを作製して限外濾過実験を行い、濃度分極モデルで解析して行った。ポリエチレングリコール(PEG)のキュプロファンに対するとPEG分子量との関係は、PEG鎖の水和分子を考慮してエーテル酸素当り水3分子が水和しているとするとラフィノース、ビタミンB12、およびイヌリンの、と分子量との関係に一致することを見出した。PMMA膜の場合には、分子量約1000-6000のPEGに対して負のを示し、高分子の溶質でも濾液に濃縮される系があることを見出した。負のは顕著に大きいPEGのKdと対応している。

 次に、キュプロファン、PMMAに加えてエチレンビニルアルコール共重合体(EVA)等の血液透析器に使用されている中空糸膜と、ポリスルホン(PSF)、ボリフッ化ビニリデン(PVDF)、酢酸セルロース(CA)、およびポリアクリロニトリル(PAN)等の溶液紡糸法で調製した中空糸膜を使用して各種の溶質のPmの値を測定し細孔モデルで解析した。その結果、Pmは、従来の細孔モデルの式の膜表面の開口率Akと膜厚xの項に関して、おのおのの溶質に対する曲路率を考慮して修正した次式でよく表現できることを明らかにした(図1)。

 

 ここで、Dcは拡散係数、f(q)はHabermanとSayerのwall correction factor.qは溶質の分子半径rと膜の平均孔径Rpとの比、SDは拡散に対する立体障害効果で(1-q)2で与えられ、wは膜の含水率、は実測される膜厚である。しかし、qの値が0.4を越えると(1-)/f(q)SDで計算される曲路率が実験から得られる曲路率より著しく大きくなり、Pmの実測値と計算値との一致が相対的に悪くなる。これは関数f(q)の性質による。rにはストークス半径が通常使用されるが、実測値を(2)式に当てはめた場合には溶質分子の最長の軸に直交する他の2軸の長さの積で与えられる分子断面積Paから計算される半径rPaを使用した場合に最もよく適合した。Rpについては、キュプロファン膜で1.76nm、PMMA膜で2.08nmという値が得られた。とqとの関係に関しては、NakaoとKimuraのSteric Hindrance Pore Modelの関係と一致していた。実験値から計算したPMMA膜に対するPECのAk(すなわちAs)は著しく大きく、溶解拡散機構で透過していると考察された。PMMA-PECの系を除けば、ここで検討した膜の場合の溶質の透過挙動は細孔モデルで取り扱うのが妥当であることを結論した。

図1 (RT/Dc)(/)とqとの関係

 そこで、膜の微細構造をFE-SEMで直接的に観察する方法を検討した。膜サンプルを凍結割断後凍結乾燥して白金を薄く(約1nm)蒸着し、加速電圧3-5kVで5万倍程度まで観察することができた。ここで観察したすべての膜は直径25-170nmの範囲の粒子状のポリマが凝集して融着した多孔質の構造から形成されていることを見出した。観察された粒子構造から最密充填を仮定して計算される平均孔径と細孔モデルの解析から算出された平均孔径とほぼ一致した。

 いわゆる浸透気化法で疎水性のポリマの膜を用いても、必ずしもアルコール等の揮発性有機溶質が選択的に透過しないことが報告されている。しかし、上述の知見を基に推察すると、膜ポリマがガラス状ポリマであればいわゆる膜蒸留法に相当し、揮発性有機溶質の選択透過性は膜の孔径と溶質分子サイズの相対的関係に依存すると予想される。通常の膜蒸留法では平均孔径0.05-0.5mの精密濾過用の膜を使用し、膜ポリマと溶質との親和性の効果が期待されていないが、膜の最小孔径が溶質の分子サイズより少し大きい程度の膜を用いれば膜ポリマと溶質との親和性の効果が期待され、選択性が膜蒸留法でも比揮発度を越える可能性が考えられる。そこで、乾燥したPVDF中空糸膜を用いて透析型の実験を行い、溶質の透過性が溶質の蒸気分圧に依存することを確認した。また、浸透気化法と同じモードの実験を実施して、水に対するアルコールの選択性がRp/rに依存して増加すること、rとしてモル容積から計算したrVs(rPaとほぼ一致する)を使うとRp/rVsが約7を越えるとが1を越え、アルコール等が水に優先して透過することを明らかにした。

 さらに、疎水性ポリマの膜を用いて温度差を駆動力とする直接接触式膜蒸留法の実験を行って、水および揮発性有機溶質の透過挙動を解明し、それぞれの膜透過速度が蒸気分圧差に比例することを見出した。直接接触式膜蒸留法ではとくにPVDF中空糸膜(Rp=1.8-3.0nm)で高いが得られ、アセトンおよびアセトニトリルでは比揮発度を越えた。PVDF中空糸膜の内側表面にシリコーン等を薄くコートすると、エタノールの選択性が顕著に向上し、5%水溶液で比揮発度約13に対して27という結果が得られた。PVDF中空糸膜を80-120℃の熱処理をしても27の選択性が得られている。このような直接接触式膜蒸留法の水および溶質の透過挙動には顕著な非対称性があり、透過挙動と膜構造との関係から溶質蒸気は毛管凝縮機構で膜の細孔内を透過しているものと考察した。

審査要旨

 本論文は、膜分離の実用化に際して数多く用いられている中空糸膜の、溶質透過性能の測定法、および透過性能の測定結果と走査型電子顕微鏡による膜構造観察に基づく透過理論の構築、に関する研究であり、全8章より構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の目的が中空糸膜の性能評価法の開発と、それを用いて測定された性能とその膜構造との関係、の究明にあることを述べている。

 第2章は溶質透過係数、Pm、を透析実験より、反射係数、、を限外濾過実験より、それぞれ境界層の影響を取り除き測定する方法について、著者らの開発した方法について述べている。さらにキュプロファンとポリメチルメタクリレート(PMMA)の中空糸を用いて実測した結果を述べ、これらの係数の値と溶質分子量との関係について議論を行なっている。この際、PMMA膜はポリエチレングリコール(PEG)に対しての値が負になることを見いだしている。

 第3章では、キュプロファン、PMMAに加えて、ポリスルフォン(PSF)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、酢酸セルロース(CA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、およびエチレンビニルアルコール共重合体膜(EVA)、の中空糸膜を用いて、28種類の溶質の透過係数および分配係数や含水率を測定した結果について報告している。さらに分配係数と溶解度パラメターとの関係についても考察を行ない、良好な関係が得られることを示している。

 第4章では、以上で得られた結果を総合して、これを説明するための膜透過機構に関する理論的検討を行なっている。この結果、膜が均一相であると考える摩擦モデルではなく、細孔透過理論によって透過係数を表すことが出来ること、その際に重要となる曲路率は分子半径と孔半径との比、q、によって定められること、を見いだしている。またの値が負になるPEG-PMMA膜系では、あまりに膜と溶質との相互作用が強く、この理論は適用できないことを結論付けている。

 第5章は膜の微細構造を電子顕微鏡観察した結果について述べている。高分解能を有する電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、4章で実験に用いられた膜の微細構造を観察した結果、全ての膜は直径25〜170nmの範囲の球状のポリマーが凝集して、それが融着した多孔質の構造から形成されていること、を見いだしている。そして粒子の最密充填を仮定して計算される平均孔径と、細孔モデルで算出されるそれとが一致することを見いだしている。

 第6章はこれらの膜を透過気化法として水-エタノール系の分離に用いた場合の結果と、その考察に関するものである。PSF膜やPVDF膜を用いて細孔径を変化して実験した場合、孔径が大きくなると水選択透過性からエタノール選択透過性に変化することを見いだし、その透過機構について考察を行なっている。

 第7章では同じ膜を、温度差を駆動力とする膜蒸留法で使用した場合の選択透過性に関しての実験結果とその考察について述べている。この際、PVDF膜の場合に、その表面をシリコンコーティングすることにより、エタノール選択性が著しく増加することを見いだしている。これらの結果を総合して、溶質蒸気は毛管凝縮機構で膜の細孔内を透過しているものと考察している。

 第8章は総括であり、以上の結論を総合した膜透過の機構に関する統一的なモデルに関して論じている。

 以上のように本研究は膜分離工学の研究開発に大きく貢献する知見を得ている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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