学位論文要旨



No 212251
著者(漢字) 宮原,是中
著者(英字)
著者(カナ) ミヤハラ,コレアツ
標題(和) 気液平衡式の応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 212251
報告番号 乙12251
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12251号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古崎,新太郎
 東京大学 教授 木村,尚史
 東京大学 助教授 鈴木,栄二
 東京大学 助教授 迫田,章義
 東京大学 講師 関,実
内容要旨

 化学工業においては、反応、分離精製両者共極めて重要な操作であるが、就中分離操作としての蒸留、吸収、抽出は多くのプロセスで利用されている。これらの操作では気液平衡関係を利用しており、正確なデータに基づく正確な気液平衡式による設計等が要請される。正確な気液平衡式を得るには、(1)適切な気液平衡式を選定する(2)正確なデータに基づく当てはめを行い適切なパラメータを決定することが欠かせない。Wilson式が提案される以前には、van Laar、Margules、Redlich-Kister式が使用されるのが一般的であった。これらの式はパラメータに関して線形であり、その決定は容易であった。その後、局所モル分率に基づく気液平衡式としてWilson式等が提案され、極めて好結果をもたらすことが報告されたが、これらの式はパラメータに関し非線形であり、その決定には困難を伴っていた。この点に関し本研究では2成分系の気液平衡関係を次の三つの観点から研究した。(1)多数のデータを使い非線形最小二乗法による場合、残差二乗和曲面が多峰性を示し、初期値の選定が重要であること。(2)初期値を選定するには、Q関数のピークの位置を利用するか、またはノモグラフを利用する。(3)共沸組成のデータなど少数のデータを利用し非線形方程式を解く場合、複数組のパラメータが存在することが多い。従って何組存在するのか、パラメータのどの範囲にあるのか、それらは活量係数(12)のどの範囲に対応するのか。複数組のパラメータが存在する場合の選択の基準についても提案している。対象とした気液平衡式はWilson式、NRTL式、Heil式、Bruin式、Orye式、s-NRTL式、碇式である。非線形方程式を解くためにregula falsiを利用したがより効率的に解くために改良regula falsiなど幾つかの提案とこれらの手法を実現するためのループ型プログラミングをも提案する。

 活量係数の当てはめにおける残差二乗和に関しては、Wilson式につき5種類の評価関数につき検討した。その結果、負に偏倚した系では残差二乗和曲面は5種類とも三つの極値を示した。それらは1221=1を挟んで存在するが、分子間の結合エネルギーを考慮して一つに絞ることができることを指摘した。なお正解の値が残差二乗和の最小とは限らないが、この原因は測定データの誤差に起因する。同様の検討をNRTL式についてもおこない、負に偏倚した系では五つの極値が存在する。

 多数のデータに最小二乗法を適用する場合複数の極値が存在するため初期値の選定が重要である。ここではQ関数のピークを利用する方法と無限希釈溶液の活量係数からノモグラフによる方法を研究した。Q=x1ln1+x2ln2によりQ関数の値が求められるが、一方活量係数12はWilson式によりパラメータ12,21により表現できる。従って12,21が与えられるとQ関数のピークの位置(xp)と高さ(Qp)が定まる。これをチャートとしておき、測定データから求めたQ関数のピークと比較してパラメータ12,21を決定できる(図1)。NRTL式についても同様のチャートができることを示唆した。

図1 Chart for 12 and 21

 Wilson式の無限希釈溶液の活量係数(10,20)からパラメータを求めるノモグラフを作成して図2に示す。図には、負に偏倚した系の場合のパラメータの求め方が示してある。三つの解があるが、最小二乗法において三つの極値が存在することに対応している。図2のほか、実験データからQ関数を求める図、パラメータ12,21からQ関数や活量係数を求める図なども提案し、Bruin式の無限希釈溶液の活量係数からパラメータを求めるノモグラフも提案した。

図2 Nomograph for 10,20 and 21 or 20,10 and 12

 NRTL式、Heil式については上述のような共線図表ができないので、それに替わるものとして計算尺を考案した。これによりパラメータを求めている時、偶然に解の数が変化する時の条件を発見した。その条件とはNRTL式の10,20を表す式(1)、(2)から次のように導かれる。

 

 式(3)の関係は10,20に関してばかりではなく、12一般に成立するものであり、Wilson式等についてもT12、T21をそれぞれの式のパラメータに置き換えて式(3)に相当するものが成立する。式(3)を使うとパラメータのどの領域が12等のどの領域に写像されるかを示すことができる。図3はBruin式につき一例として示したものである。このような関係は、10,20に関しWilson式、NRTL式、Heil式、Orye式について、また12に関してWilson式について示した。なお、s-NRTL式はNRTL式において12=-1と置いたものに相当し、NRTL式のものを流用できることが分かる。碇式については、10,20からパラメータを決定する方法、3成分系定数を2成分系のパラメータから一次近似として求める方法、3成分系の底辺の成分の活量係数を計算する方法の改善等を示した。

図3 Bifurcation of the Bruin equation

 regula falsiは根の存在範囲が判明しているときには、収束が遅いとはいえ確実で良い方法といえる。しかし関数が極端に急変する場合などには余りにも効率が悪い。そこで関数の急変の度合いを示すパラメータを導入し、これを予め定めておいた範囲と比較する事により、急変している場合には2分法、そうでなければregula falsiを使って収束計算を進める。regula falsiを改善しようとした方法にHamming法がある。しかしこの方法は関数が線形に近い場合、意に反して非効率である。従って収束寸前では効率が良くないことになる。この改善も試み良い方法を見つけた(修正Hamming法)。その他2、3点の改善策を提案した。

 上で述べた収束手法を実現するにはFORTRAN等適切な言語でコーディングすればよいが本研究のように試行錯誤的に手法を適用する場合には、コーディング量が膨大になりかねない。そこで簡潔に変更できる方法として、ループ型プログラムを考案し実現させた。その骨子は元のプログラムに十数行のコーディングを挿入して別に用意したサブプログラムを呼び出し意図したプログラムに変更するものである。regula falsi、修正Hamming法、その他多変数の収束手法を含む収束手法、黄金分割法等の最適化手法、Runge-Kutta法等の常微分方程式の数値解法、等高線の描画などのプログラムを作成したが、本研究では、修正Hamming法、黄金分割法と等高線の描画プログラムを示すにとどめた。

 最後に本研究の今後の発展の方向を展望している。

審査要旨

 化学プロセスにおいて、その操作は大きく反応、分離およびその他の操作に分けることができる。反応の原料あるいは生成物に対する分離操作は、プロセスの成否を制する重要な操作である。数ある分離操作の中で、蒸留は処理量、装置の数等の点から現在最も重要な役割を演じていると考えられる。

 本論文は、蒸留の基礎物性である気液平衡について、推算式を検討し応用に際しての実務的な諸問題を考察し、利用の便を考慮した多くのオリジナルな提案を行ったもので、4部に分かれ全13章から成っている。

 先ず、第1章においては、イントロダクションとして気液平衡式の定式化についての基礎的事項を述べ、式中のパラメータの持つべき性質について述べている。気液平衡式の代表的なものを紹介し、どのような手順で式を選定したらよいかを述べた。

 第2章においては、既往の研究における問題点を分析し、本論文の目的、記述の進め方を述べている。以上の2章が本論文の導入部であり、以下第1部へ進む。

 気液平衡式に最小二乗法を適用すると残差二乗和を表す局面に多くの極小点を生ずることが多い。これを多峰性と称するが、この性質を第1部(第3章、第4章)で述べている。第3章においては、Wilson式の多峰性を論じている。最小二乗法の二乗和が最小であっても、別の極小条件が正しい解になることがあることを指摘し、また、目的関数の収束が悪いので最急傾斜法よりもMarquardt法がよいこと、ノモグラフ法(第6章)により初期パラメータを設定してNewton-Raphson法を用いても収束することを示した。

 第4章においては、NRTL式の多峰性を論じた。極小値の性質を調べ、3章と同様にPeak法や共沸組成法で初期値を設定しNewton-Raphson法でNRTL式のパラメータを求める方法を提案した。

 第5章と第6章は第2部を形成する。第2部では、初期値を簡単に得られるチャートやノモグラフを提案した。第5章では、熱力学から求まるQ関数を用いてWilson式のパラメータを得るチャートを提案し、Q関数のピークとパラメータとの写像関係を明らかにした。更に、ベンゼン-エタノール系、アセトン-クロロホルム系にこの方法を適用しほぼ満足なパラメータを決定できた。

 第6章では、2成分系の無限希釈溶液の活量係数からWilson式のパラメータを決定する方法を提案した。ノモグラフによりパラメータを求め、逆にパラメータから活量係数を求めることもできた。この方法により、アセトン-クロロホルム系のパラメータを求めた結果、満足な値を得た。

 第7章から第10章は第3部である。第3部では、気液平衡式におけるパラメータを求める種々の方法を提案した。更に、パラメータの組の数、その存在領域およびパラメータを図形で表したときの性質を示し、一般化する方策についても考察を加えている。

 第7章では図解法で2成分無限希釈の活量係数からWilson,NRTL,Heil式のパラメータを決定する方法を検討し、活量係数とパラメータの写像関係を明らかにした。正に偏倚したアセトン-メタノール系、負に偏倚したアセトン-クロロホルム系においてパラメータを求め、よい結果を得た。

 第8章では、同様なアプローチをBruin,Orye,s-NRTLの3式に適用して、有用な方法であることを示した。

 第9章では、種々のデータが与えられたときにWilson式のパラメータを得る方法を示した。データソースは、共沸組成に対する活量係数、2つの組成に対する活量係数の値またはその比、相互溶解度などであるが、これらから気液平衡関係が推算できる点で非常に有用な結果である。

 第10章では、碇により提案された式について、無限希釈溶液の活量係数からのパラメータ決定法を述べ、更に3成分系の定数の決定法への適用を議論した。

 第4部は、第11章と第12章からなり、パラメータを決める最小二乗法の収束法の改善策および新しいプログラミングについて述べている。先ず、第11章では、収束法のregula falsiについて、2分法と組み合わせる方法、Hamming法を修正した方法、2変数regula falsi法などの改善法を示した。

 第12章では、プログラムの作成と変更を効率的に実現できるループ型プログラムを実現し、修正Hamming法、黄金分割法による最適化、等高線表示プログラムにつき使い方を示した。

 最後に、まとめとして第13章に今後の展望と課題を、第14章に本論文の総括を述べている。

 以上、本論文は蒸留操作における基礎物性として重要な気液平衡の相関法として、主要な関係式の性質を種々検討し、少ない実験データを用いて気液平衡を数式で表現する手法をいくつか新しく提案した。更に、対象により最適な相関式を選択したのち式中のパラメータを決める手順を提起したものであり、実用上有益な知見を数多く与えている。これらの成果は分離技術および分離工学の進展に寄与することが極めて大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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