化学プロセスにおいて、その操作は大きく反応、分離およびその他の操作に分けることができる。反応の原料あるいは生成物に対する分離操作は、プロセスの成否を制する重要な操作である。数ある分離操作の中で、蒸留は処理量、装置の数等の点から現在最も重要な役割を演じていると考えられる。 本論文は、蒸留の基礎物性である気液平衡について、推算式を検討し応用に際しての実務的な諸問題を考察し、利用の便を考慮した多くのオリジナルな提案を行ったもので、4部に分かれ全13章から成っている。 先ず、第1章においては、イントロダクションとして気液平衡式の定式化についての基礎的事項を述べ、式中のパラメータの持つべき性質について述べている。気液平衡式の代表的なものを紹介し、どのような手順で式を選定したらよいかを述べた。 第2章においては、既往の研究における問題点を分析し、本論文の目的、記述の進め方を述べている。以上の2章が本論文の導入部であり、以下第1部へ進む。 気液平衡式に最小二乗法を適用すると残差二乗和を表す局面に多くの極小点を生ずることが多い。これを多峰性と称するが、この性質を第1部(第3章、第4章)で述べている。第3章においては、Wilson式の多峰性を論じている。最小二乗法の二乗和が最小であっても、別の極小条件が正しい解になることがあることを指摘し、また、目的関数の収束が悪いので最急傾斜法よりもMarquardt法がよいこと、ノモグラフ法(第6章)により初期パラメータを設定してNewton-Raphson法を用いても収束することを示した。 第4章においては、NRTL式の多峰性を論じた。極小値の性質を調べ、3章と同様にPeak法や共沸組成法で初期値を設定しNewton-Raphson法でNRTL式のパラメータを求める方法を提案した。 第5章と第6章は第2部を形成する。第2部では、初期値を簡単に得られるチャートやノモグラフを提案した。第5章では、熱力学から求まるQ関数を用いてWilson式のパラメータを得るチャートを提案し、Q関数のピークとパラメータとの写像関係を明らかにした。更に、ベンゼン-エタノール系、アセトン-クロロホルム系にこの方法を適用しほぼ満足なパラメータを決定できた。 第6章では、2成分系の無限希釈溶液の活量係数からWilson式のパラメータを決定する方法を提案した。ノモグラフによりパラメータを求め、逆にパラメータから活量係数を求めることもできた。この方法により、アセトン-クロロホルム系のパラメータを求めた結果、満足な値を得た。 第7章から第10章は第3部である。第3部では、気液平衡式におけるパラメータを求める種々の方法を提案した。更に、パラメータの組の数、その存在領域およびパラメータを図形で表したときの性質を示し、一般化する方策についても考察を加えている。 第7章では図解法で2成分無限希釈の活量係数からWilson,NRTL,Heil式のパラメータを決定する方法を検討し、活量係数とパラメータの写像関係を明らかにした。正に偏倚したアセトン-メタノール系、負に偏倚したアセトン-クロロホルム系においてパラメータを求め、よい結果を得た。 第8章では、同様なアプローチをBruin,Orye,s-NRTLの3式に適用して、有用な方法であることを示した。 第9章では、種々のデータが与えられたときにWilson式のパラメータを得る方法を示した。データソースは、共沸組成に対する活量係数、2つの組成に対する活量係数の値またはその比、相互溶解度などであるが、これらから気液平衡関係が推算できる点で非常に有用な結果である。 第10章では、碇により提案された式について、無限希釈溶液の活量係数からのパラメータ決定法を述べ、更に3成分系の定数の決定法への適用を議論した。 第4部は、第11章と第12章からなり、パラメータを決める最小二乗法の収束法の改善策および新しいプログラミングについて述べている。先ず、第11章では、収束法のregula falsiについて、2分法と組み合わせる方法、Hamming法を修正した方法、2変数regula falsi法などの改善法を示した。 第12章では、プログラムの作成と変更を効率的に実現できるループ型プログラムを実現し、修正Hamming法、黄金分割法による最適化、等高線表示プログラムにつき使い方を示した。 最後に、まとめとして第13章に今後の展望と課題を、第14章に本論文の総括を述べている。 以上、本論文は蒸留操作における基礎物性として重要な気液平衡の相関法として、主要な関係式の性質を種々検討し、少ない実験データを用いて気液平衡を数式で表現する手法をいくつか新しく提案した。更に、対象により最適な相関式を選択したのち式中のパラメータを決める手順を提起したものであり、実用上有益な知見を数多く与えている。これらの成果は分離技術および分離工学の進展に寄与することが極めて大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |