トランジスターが発明されて以来、半導体素子の発展はめざましく、1995年現在では、64メガビットDRAM(Dynamic Random Access Memory)が開発され、さらに256メガビットDRAMの研究が進められている。小さな素子に膨大な情報を組み込むため、感光性高分子材料を用いた写真製版法によって、ミクロン単位の微細で精巧な加工がなされている。フォトレジスト(感光性耐薬品性被膜材料)は、集積回路製造技術の中の最も重要な技術の一つであり、光化学、高分子化学を基礎に開発されてきた。 本論文は、高度な半導体素子の製造を可能にする優れたフォトレジスト材料を作ることを目的としており、新しい光反応性ポリマーの合成、感光メカニズムおよびフォトレジストへの応用について検討したものである。本論文の感光性高分子は、全てアルカリ水溶液で現像できるように設計されている。有機溶剤に比べて水溶液による現像では、レジストパターンが膨潤しにくいため解像性に優れ、防災、作業環境の面でも問題が少ないためとしている。 第1章は、序文であり、本論文の目的と課題および構成について述べている。 第2章は、感光性高分子の研究の歴史、フォトレジスト材料から見た微細加工技術の現状と課題について記している。 第3章では、波長248nmのKrFエキシマレーザー露光によって、サブミクロンパターンを形成できるレジスト材料の探索と、光反応機構について述べている。 第3章第1節では、248nmでの光吸収が小さくエッチング耐性の良いポリヒドロキシスチレンと感光基としての-ジアゾジケトンから構成されたネガ型レジストについて検討している。-ジアゾジケトンは光照射によって分解し、ポリマーの水酸基と反応してエステルを形成して、ネガ型のパターンを形成することを明らかにしている。 第3章第2節では、水酸基にtert-ブトキシカルボニルメチル基を導入したポリヒドロキシスチレンと、感光剤ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステルから構成されたポジ型レジストについて述べている。感光剤の光分解によって生じたスルホン酸の触媒作用により、ポリマーのtert-ブトキシカルボニルメチル基が分解してカルボン酸となり、ポジ型パターンを形成する。電子吸引性の置換基を持つ感光剤では、スルホン酸の生成効率が高く、ポリマーの分解反応が促進されるため、高感度であるとしている。 第4章では、光分解型ケイ素ポリマーについて記されている。 第4章第1節では、2官能のオルトニトロベンジルアルコールとジクロロシランから合成したポリマーについて述べている。このポリマーは光照射によって主鎖が切断され、カルボン酸とシラノールを生成し、ポジ型の像を形成することを明らかにしている。 第4章第2節では、フェノールポリシランを合成し、このポリシランからカルボン酸や炭素-炭素二重結合、ハロゲンなどを持つポリシランが得られることが示されている。カルボン酸を持つポリシランは、光照射により分解し、ポジ型レジストとして作用する。ポリシランは、フォトレジスト以外にも様々な用途が期待されており、反応性の置換基を有するポリシランが初めて合成されたことにより、ポリシランの可能性が広がったことは意義深い。 第5章では、感光性ポリイミドについて述べられている。ポリイミドは、耐熱性、絶縁性能に優れることから、半導体の保護膜や、層間絶縁膜などに用いられている。 第5章第1節では、側鎖にフェノールを持つ新しいポリイミド前駆体を合成し、これにナフトキノンジアジドを加えることで、新しいポジ型感光性ポリイミドが得られることが示されている。 第5章第2節では、ポリアミド酸と、ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステルを混合した溶液を基板に塗布し、露光後140〜150℃で加熱すれば、アルカリ現像液に対する溶解速度が制御され、パターンが形成できることが述べられている。既存のポリアミド酸に感光剤を混合するだけでよく、しかも感光剤の置換基を選ぶことによりポジ型もネガ型も得られる画期的な系である。電子吸引性の置換基を持つ感光剤では、光分解によって生じるスルホン酸により、感光剤とポリマーとの架橋が進み、ネガ型像が得られるのに対して、電子供与性の置換基を持つ感光剤では、スルホン酸を生じにくいため、露光部の架橋が進まず、むしろ、感光剤の分解によって生じるインデンカルボン酸による現像速度促進効果の方が大きいため、ポジ型の像を形成するとしている。 第6章は結論である。 本論文のフォトレジストおよび感光性ポリイミドは、マイクロエレクトロニクスを支える重要な材料である。以上に述べたように、本論文は、光反応による主鎖の分解、架橋、側鎖の極性変化などを駆使して系の溶解性を制御し、用途に合った感光性高分子材料を作りだせることを提示してその機構を明らかにしたものであり、感光性高分子、半導体素子工学の発展に寄与するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |