学位論文要旨



No 212253
著者(漢字) 早瀬,留美子
著者(英字)
著者(カナ) ハヤセ,ルミコ
標題(和) マイクロエレクトロニクス用感光性高分子材料の研究
標題(洋)
報告番号 212253
報告番号 乙12253
学位授与日 1995.03.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12253号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀江,一之
 東京大学 教授 瓜生,敏之
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 相田,卓三
 東京大学 講師 山下,俊
内容要旨 1.超微細加工のための感光性高分子

 トランジスタが発明されて以来、半導体素子の発展はめざましく、1994年現在では、64メガビットDRAM(Dynamic Random Access Memory)が開発され、さらに256メガビットDRAMの研究が進められている。小さな素子に膨大な情報を組み込むため、感光性高分子材料を用いた写真製版法によって、ミクロン単位の微細で精巧な加工がなされている。フォトレジスト(感光性耐薬品性被膜材料)は、集積回路製造技術の中の最も重要な技術の一つであり、光化学、高分子化学を基礎に開発されてきた。

 集積回路の高密度化を達成するには、常に、より細かい回路を形成する技術が要求され、そのために露光装置とフォトレジストの改良が続けられている。最先瑞の集積回路を製造するための露光光源として、1980年代では水銀灯のg線(436nm)が用いられていた。しかし、形成すべき回路の幅がどんどん小さくなり、ついに光の波長と同程度になってg線での微細化は限界に達した。そこで、より短い波長の光を光源とするリングラフィが開発された。1990年頃から光源はi線(365nm)に代わり、現在、さらに波長の短いKrFエキシマレーザー(248nm)によるデバイス試作が始まっている。

 g線からi線への移行では、基本的なレジストの組成を変えなくても仕様を満たすことができたが、KrFエキシマレーザーには従来のレジストが使えず、新しい材料を開発しなければならなかった。レジストは、基板をエッチングするときの保護膜であるため、エッチング耐性を持つことが不可欠である。ハロゲンガスによるエッチングが主に行われているが、レジストにエッチング耐性を付与するには、芳香環を持つ材料が必須である。一方、芳香族化合物はKrFエキシマレーザーに対する吸収が大きく、膜の内部まで光が届かないため解像性が低い。エッチング耐性と開像性を合わせ持ったレジストを作るのは、なかなか難しい問題であった。問題を解決するために、第3章では、芳香族化合物を使うことを前提に、いかに光吸収の影響を小さくして、微細なパターン形成を実現するかを検討した。

 ポリ-p-ビニルフェノールは、エッチング耐性に優れたポリマーである。深紫外線領域に芳香環による吸収を持つが、KrFエキシマレーザーの波長である248nm付近で吸収強度が極小となるため、g線およびi線レジストに用いられてきたノボラック樹脂よりも透明性が高い。ポリ-p-ビニルフェノールと、ジアゾ--ジケトンからレジストを調製し、その反応機構を調べた。ジアゾ--ジケトンを感光剤に選んだのは、光分解により248nmでの吸収が下がるため、解像性が向上すると考えたからである。ジアゾ--ジケトンは光照射により分解し、フェノールの水酸基と反応してエステルを形成することが明らかになった(Fig.1)。露光部では、ポリビニルフェノールがエステルに変化し、アルカリ水溶液に対する現像速度が非露光部よりも低下して、ネガ型の像を形成する。このレジストは解像性能に優れ、0.30m(=300nm)のパターンを形成できることが分かった。

Fig.1 ジアゾ--ジケトンの光反応

 エッチング耐性を保ったまま、さらに透明性を上げた「化学増幅レジスト」がIBMのH.Itoらによって提案された。これは、酸で分解する基をもつ化合物と光で酸を発生する感光剤から構成される。露光部で発生した酸は触媒として働くため感光剤の添加量はわずかでよく、感光剤による光吸収を最小限に抑え、透明性を上げることができる。露光後の加熱により、触媒反応を促進させ、反応の量子収率を、見掛け上、1以上にすることができるため「化学増幅」と呼ばれる。

 第3章第2節では、1,2-ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステル(NQ4)が光照射によってスルホン酸を生じることに着目して、NQ4と水酸基をtert-ブトキシカルボニルメチル基で置換したポリビニルフェノールから構成されるポジ型化学増幅レジストについて述べた。光照射によって生じたスルホン酸により、ポリマーのtert-ブトキシカルボニルメチル基が分解してカルボン酸に変化し、露光部がアルカリ水溶液に可溶となり、ポジ型像を形成する。このレジストは、KrFエキシマレーザー光およびi線に対して感度を持ち、サブミクロンパターンを形成することができることが分かった。レジストの感度は、1,2-ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステルの構造に依存し、カルボニルやシアノなどの電子吸引性の置換基を持つものでは、高感度であることが明らかになった。電子吸引性の基を持つ感光剤はスルホン酸の発生効率が高く、ポリマーの分解が進むため、高い感度を示すものと考えられる。

 ケイ素含有レジストを用いる2層レジストプロセスも、より微細な加工を実現する有効な手段である。これは、基板上に段差を埋めるための樹脂層を設け、その上に薄くケイ素レジストを塗布して、露光現像し、酸素で樹脂層をエッチングし、さらに樹脂層をマスクとしてハロゲンで基板をエッチングする方法である。ケイ素レジストは、酸素と反応してSiO2に変わり、高いエッチング耐性を示すため、膜厚を薄くすることができる。薄膜化により、光の回折や、干渉、光吸収の影響を小さくすることができ、解像性の向上が図れる。第4章では、新しい感光性ケイ素樹脂を合成すると共に、その光反応機構を調べ、さらにフォトレジストへの応用可能性について検討した。

 第4章第1節では、アルカリ水溶液で現像できる光分解型ケイ素樹脂の合成について検討した。オルトニトロベンジルエーテルが光分解してカルボン酸に変わることに着目し、2官能のオルトニトロベンジルアルコールとジクロルシランからポリマーを合成した。このポリマーは、光照射によって主鎖が切断され、カルボキシル基をもつオリゴマーを生成し、露光部がアルカリ可溶となってポジ型の像が形成できることが分かった。

 第4章第2節では、極性の官能基を持つポリシランについて述べた。ポリシランも光照射によって分解するケイ素ポリマーである。側鎖にアルキルやフェニル、ナフチルなどを持つポリシランは報告されていたが、極性の官能基を持つポリシランはなかった。水酸基をトリメチルシリルで保護したフェノールを持つジクロロシランを合成し、このジクロロシランをナトリウムと反応させ、次いで保護基をはずして、側鎖にフェノール持つ高分子量ポリシランを得ることに成功した(Fig2.)。

Fig.2 フェノールを有するポリシランの合成

 さらに、フェノールポリシランの水酸基に酸無水物や、ハロゲン化物を反応させることで、カルボン酸や不飽和二重結合、ハロゲンなどを持つポリシランが合成できた。フェノール、およびカルボキシル基を持つポリシランは、光照射により低分子量化し、アルカリ水溶液で現像できるポジ型のレジストとして作用することが分かった。ポリシランは、レジストの他、ラジカル反応の開始剤、セラミクス材料、シリコンカーバイドの前駆体としての用途が期待されている。反応性の置換基を持つポリシランが合成できれば、用途がさらに広がると思われる。フェノールに様々な官能基を導入することにより、されに、新しいポリシランが得られるようになった。フェノールポリシランにより、ポリシランの可能性が広がったことは、非常に意義深い。

2.耐熱性高分子材料への感光性の付与

 光の波長と同じ程度の解像性を要求される上述のフォトレジストと用途は異なるが、半導体分野で重要な感光性高分子の一つとして感光性ポリイミドがある。ポリイミドは、耐熱性、絶縁性能に優れることから、半導体の保護膜や、層間絶縁膜などに用いられている。ポリイミドの加工は、その上層にフォトレジストを塗布し、露光、現像した後、ヒドラジンでポリイミドをエッチングして行われる。工程が複雑なこととヒドラジンの毒性の問題から、感光性を持つポリイミドが注目されるようになった。

 これまでに、実用化された感光性ポリイミドは、全て有機溶剤で現像するものであった。1,2-ナフトキノンジアジド-5-スルホン酸エステル(NQD)とアルカリ可溶性樹脂から構成されるフォトレジストは、NQDにより非露光都のポリマーのアルカリ現像液に対する溶解速度が抑刺され、露光部ではナフトキノンジアジドの光分解で生じるインデンカルボン酸により溶解が促進されることが知られている。第5章第1節では、その機構を取り入れ、側鎖にフェノールを持つ新しいポリイミド前駆体を合成し、感光剤NQOを加えて、アルカリ水溶液で現像できるポジ型感光性ポリイミドを調製した(Fig.3)。ポリアミド酸にフェノールを導入することで、アルカリ現像液に対して適度な溶解速度を持つポリイミド前駆体が得られ、優れた耐熱性、解像性を持つ感光性ポリイミドを作ることができた。ポリイミド前駆体の現像液に対する溶解速度は、解像性を左右する重要なポイントであることが明らかになった。

Fig.3 側鎖にフェノールを有するポリイミド前駆体

 第5章第2節では、既存のポリアミド酸と、1,2-ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステル(NQ4)を混合した溶液を基板に塗布し、露光後140〜150℃で加熱するHIT-PEB(High Temperature Post Exposure Bake)を行えば、アルカリ現像液に対する溶解速度が制御でき、パターンが形成できることを示した。特別なポリマーの合成は不要であり、NQ4の構造を選ぶことによりポジ型もネガ型も得られる画期的な系である。

 電子吸引性の置換基を持つNQ4を用いた場合、光分解によって生じたスルホン酸により、NQ4とポリアミド酸との架橋反応が促進されて、露光部の溶解速度が低下してネガ型になる。一方、電子吸引性の基を持たないNQ4は、スルホン酸を発生しにくいため、露光部の架橋が進まず、むしろNQ4の光分解で生じるインデンカルボン酸による現像速度の増加効果のほうが大きく、ポジ型のパターンが形成されることが分かった。

 本論文の感光性高分子は、全てアルカリ水溶液で現像できるように設計されたものである。これは、有機溶媒による現像では、パターンが膨潤すること、工場で大量の有機溶媒を使う際の防災、作業環境の問題を考慮したためである。レジストパターンは、光反応による主鎖の分解、架橋、また側鎖の極性の変化によって露光部と未露光部の現像液に対する溶解速度が変わることによって形成される。これらの反応を駆使し、用途に合わせた感光性高分子材料が創造できることを示した。ここで述べたフォトレジストおよび感光性ポリイミドは、マイクロエレクトロニクスを支える重要な材料であり、この研究によって、感光性高分子、半導体素子の発展に寄与できたと考えている。

審査要旨

 トランジスターが発明されて以来、半導体素子の発展はめざましく、1995年現在では、64メガビットDRAM(Dynamic Random Access Memory)が開発され、さらに256メガビットDRAMの研究が進められている。小さな素子に膨大な情報を組み込むため、感光性高分子材料を用いた写真製版法によって、ミクロン単位の微細で精巧な加工がなされている。フォトレジスト(感光性耐薬品性被膜材料)は、集積回路製造技術の中の最も重要な技術の一つであり、光化学、高分子化学を基礎に開発されてきた。

 本論文は、高度な半導体素子の製造を可能にする優れたフォトレジスト材料を作ることを目的としており、新しい光反応性ポリマーの合成、感光メカニズムおよびフォトレジストへの応用について検討したものである。本論文の感光性高分子は、全てアルカリ水溶液で現像できるように設計されている。有機溶剤に比べて水溶液による現像では、レジストパターンが膨潤しにくいため解像性に優れ、防災、作業環境の面でも問題が少ないためとしている。

 第1章は、序文であり、本論文の目的と課題および構成について述べている。

 第2章は、感光性高分子の研究の歴史、フォトレジスト材料から見た微細加工技術の現状と課題について記している。

 第3章では、波長248nmのKrFエキシマレーザー露光によって、サブミクロンパターンを形成できるレジスト材料の探索と、光反応機構について述べている。

 第3章第1節では、248nmでの光吸収が小さくエッチング耐性の良いポリヒドロキシスチレンと感光基としての-ジアゾジケトンから構成されたネガ型レジストについて検討している。-ジアゾジケトンは光照射によって分解し、ポリマーの水酸基と反応してエステルを形成して、ネガ型のパターンを形成することを明らかにしている。

 第3章第2節では、水酸基にtert-ブトキシカルボニルメチル基を導入したポリヒドロキシスチレンと、感光剤ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステルから構成されたポジ型レジストについて述べている。感光剤の光分解によって生じたスルホン酸の触媒作用により、ポリマーのtert-ブトキシカルボニルメチル基が分解してカルボン酸となり、ポジ型パターンを形成する。電子吸引性の置換基を持つ感光剤では、スルホン酸の生成効率が高く、ポリマーの分解反応が促進されるため、高感度であるとしている。

 第4章では、光分解型ケイ素ポリマーについて記されている。

 第4章第1節では、2官能のオルトニトロベンジルアルコールとジクロロシランから合成したポリマーについて述べている。このポリマーは光照射によって主鎖が切断され、カルボン酸とシラノールを生成し、ポジ型の像を形成することを明らかにしている。

 第4章第2節では、フェノールポリシランを合成し、このポリシランからカルボン酸や炭素-炭素二重結合、ハロゲンなどを持つポリシランが得られることが示されている。カルボン酸を持つポリシランは、光照射により分解し、ポジ型レジストとして作用する。ポリシランは、フォトレジスト以外にも様々な用途が期待されており、反応性の置換基を有するポリシランが初めて合成されたことにより、ポリシランの可能性が広がったことは意義深い。

 第5章では、感光性ポリイミドについて述べられている。ポリイミドは、耐熱性、絶縁性能に優れることから、半導体の保護膜や、層間絶縁膜などに用いられている。

 第5章第1節では、側鎖にフェノールを持つ新しいポリイミド前駆体を合成し、これにナフトキノンジアジドを加えることで、新しいポジ型感光性ポリイミドが得られることが示されている。

 第5章第2節では、ポリアミド酸と、ナフトキノンジアジド-4-スルホン酸エステルを混合した溶液を基板に塗布し、露光後140〜150℃で加熱すれば、アルカリ現像液に対する溶解速度が制御され、パターンが形成できることが述べられている。既存のポリアミド酸に感光剤を混合するだけでよく、しかも感光剤の置換基を選ぶことによりポジ型もネガ型も得られる画期的な系である。電子吸引性の置換基を持つ感光剤では、光分解によって生じるスルホン酸により、感光剤とポリマーとの架橋が進み、ネガ型像が得られるのに対して、電子供与性の置換基を持つ感光剤では、スルホン酸を生じにくいため、露光部の架橋が進まず、むしろ、感光剤の分解によって生じるインデンカルボン酸による現像速度促進効果の方が大きいため、ポジ型の像を形成するとしている。

 第6章は結論である。

 本論文のフォトレジストおよび感光性ポリイミドは、マイクロエレクトロニクスを支える重要な材料である。以上に述べたように、本論文は、光反応による主鎖の分解、架橋、側鎖の極性変化などを駆使して系の溶解性を制御し、用途に合った感光性高分子材料を作りだせることを提示してその機構を明らかにしたものであり、感光性高分子、半導体素子工学の発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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