学位論文要旨



No 212257
著者(漢字) 小泉,浩郎
著者(英字)
著者(カナ) コイズミ,コウロウ
標題(和) 地域農業の再編と集落の役割
標題(洋)
報告番号 212257
報告番号 乙12257
学位授与日 1995.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12257号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和田,照男
 東京大学 教授 田中,学
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 助教授 岩本,純明
 東京大学 助教授 八木,宏典
内容要旨

 地域農業の再編と「集落」とのかかわりについては,これまでの多くの生産現場での実績とそれを踏まえた議論である。「集落」こそ地域農業再編の基礎的単位であるという肯定論。「集落」は町内会に過ぎないという否定論を両極とし,「集落」は現状の生産力段階を担い切れないという機能衰退論,地域農業組織は重層構造,したがって「集落」への過大の期待は間違いだという機能分担論等である。現場での実践が多く,また議論も多いことは,地域農業の再編にとって「集落」は無視し得ない存在だということであるが,この混乱は建設的でない。

 農政審議会は,「新たな国際環境に対応した農政展開の方向(1994.8)」で,わが国農業・農村は,構造的変革の局面にあると宣言し「地域の合意に基づき・・・・地域全体としての農業生産力」の維持・強化の重要性を提起し「速やかに担い手へ農地の過半を集積することが不可欠である」としている。そのためには,地域レベルでの話し合いと合意形成が前提であるが,結局は,基礎集団としての実態をもつ「集落」に依拠せざるを得ない。新しい局面において無視し得ない「集落」について再び「集落」とは何かを問い,地域農業再編に果たす役割を明示する必要がある。

 主題の検討にあたって,まず次の諸点について論点を整理し仮説を設定した。

1)地域農業の再編になぜ「集落」が無視できないか。

 農業生産は,「地域」という限定された領域の中で非移転性,循環性,非市場性を特徴とする「地域資源」を活用し営まれる。限られた資源の持続的利用と管理は,非市場原理に基づく「集落」の固有の機能として保持されている。

2)無視し得ない「集落」の組織的特徴は何か。

 「集落」の求心力は,属地属人的な「共属」と生活感情を共にする「共感」であり,特定の地域の広がりと人のまとまりという単位を持ち,そこに構造と機能が確認できる。

3)地域農業の再編と「集落」の関係性をどこに求めるか。

 地域農業再編にかかわる諸主体は,それぞれ異なる組織目的をもち重層的構造にある。地域農業を構成する座標軸は,経済活動を直接の目的とする「生産軸」,地域資源の持続的利用と管理を課題とする「資源軸」,定住した生活(生産)を営むうえでの自治的諸関係としての「生活軸」からなり,「集落」は,資源軸×生活軸としての基礎領域を構成する。

4)異なる組織原理間の合意形成は,どのような方法で進められるか。

 共属・共感を基礎に自治と共生を統合原理とする非営利組織である「集落」と,経済活動を直接の動機とする地域農業の再編とは,度重なる話し合いによる全員一致方式を基本とする。そのことにより自己と他者との社会的関係のなかから「何が起こりつつあるか」を問い,その中で「何をなすべきか」の共有の目標が選択されている。状況判断が不明のまま,あるいは利害の対立の状況で多数決をとらない。

5)地域農業再編に果たす「集落」の役割は何か。

 生産から流通までの経済合理性の追求(生産軸)と土地を代表とする地域資源の持続的な利用・管理(資源軸×生活軸)は,二立背反でなく後者の存在のうえに前者の展開が保障される。

 以上の仮説を代表的な優良事例の分析により確認し,さらにその内容を発展させた。新たな展開を試みた模式図の中より次の2例をあげる。

 第1図は人々が集落に結衆し行動する主体的契機に注目した「集落」の仕組みと機能である。人々は,「共属」,「共感」を基礎とした集団統合としての「自治」と相互依存・互恵関係としての「共生」が,「集落」の仕組みである。「自治」は住民参加を基本とし,利害調整,合意形成機能を有し,「共生」は永続性に基づく資源管理,生活保全機能を有する。

1図 集落の仕組みと機能

 第2図は地域農業の再編軸である。非営利を特徴とする生活,資源の二つの軸(基礎的領域としての「集落」)の地平と生産軸とで立体的な空間を構成し,その空間の中に農業生産組織や経営体が,それぞれの基本方針としてどの軸を重視するか,また局面の変化によって三つの軸をどう関係づけるかといった観点から重層的に存在し,相互はルースな関係にある。したがって「集落」は三つの軸上では,領域は限定的であり,またその役割も限定的である。

2図 地域農業の再編軸

 なお,本論では,「集落」を農村に生活し農業生産を営む人と人とのまとまり(部落)と地域的ひろがり(集落)を内包する「村落」あるいは「むら」とした。「村落」あるいは「むら」,は農政施策等では一般に集落と呼ばれていることから,ここでは上記の意味を含めて「集落」と括弧をつけた。

 ここでいう「集落」とは必ずしも一致しないが,1990年センサスの農業集落数は14万であり,その平均的姿は,混住化,過疎化,高齢化の進展で,期待すべき機能が衰退の方向にある。我々の論議は優良事例からの論証であり,多くの「集落」にそのままあてはまるわけではない。あるべき「集落」の規範的モデルである。しかし,「集落」の実態は様々であるが,地域農業再編上果たしてきた機能,そして農業・農村の構造的変革の局面で果たすべき機能は,これまで以上に大きいといえよう。

 「集落」の「古い」という評価には,社会における「受け身」の組織としてではなく,その本来の機能である地域自治の活性化が必要であり,「小さい」という評価には,基礎集団としての内実を固めながら,必要により外に開かれた連携・協力を積極的に進めるべきであり,そして「弱い」という評価には,非営利集団としての運営のあり方と幅広い人材の登用が必要であるなど旧慣にとらわれない「集落」再編手法の開発が課題として残された。

審査要旨

 地域農業の再編と「集落」とのかかわりについては、これまで多くの議論がある。「集落」こそ地域農業再編の基礎的単位であるという肯定論、「集落」は町内会に過ぎないという否定論を両極とし、「集落」は現状の生産力段階を担い切れないという機能衰退論、地域農業は重層構造となっており、したがって「集落」への過大期待は間違いだという機能分担論などである。一方、農政審議会は、「新たな国際環境に対応した農政展開の方向」(1994.8)の中で、わが国農業・農村は、構造的変革の局面にあると宣言し、「地域の合意に基づく・・・地域全体としての農業生産力」の維持・強化の重要性を提起すると共に、これにより「速やかに担い手へ農地の過半を集積することが不可欠である」としている。そのためには地域レベルでの話し合いと合意形成が前提となり、結局は、地域の基礎集団としての実態をもつ「集落」に何らかの関わりを持つことなしにこれを進めることは不可能であろう。

 本論文はこのような問題意識のもとに、地域農業の再編に果たす集落(むら)の役割を現代の視点から体系的に解明したものである。

 本論文では、先ず次の諸点について論点を整理して仮説を設定している。

 第一は、地域農業の再編になぜ「集落」が無視できないのかという点である。

 農業生産は、「地域」という限定された領域の中で非移転性、循環性、非市場性を特徴とする「地域資源」を活用して営まれている。限られた資源の持続的利用と管理は、非市場原理に基づく「集落」の固有の機能として保持されている面がある。

 第二は、無視し得ない「集落」の組織的特徴は何かという点である。

 「集落」の求心力は、属地属人的な「共属」と生活感情を共にする「共感」であり、特定の地域の広がりと人のまとまりという単位をもち、そこに構造と機能が確認できる。

 第三は、地域農業の再編と「集落」の関係性をどこに求めるかという点である。地域農業再編に関わる諸主体は、それぞれ異なる組織目的をもち重層的構造にある。地域農業を構成する座標軸は、経済活動を直接の目標とする「生産軸」、地域資源の持続的利用と管理を課題とする「資源軸」、定住した生活(生産)を営む上での自治的諸関係としての「生活軸」からなり、「集落」は、資源軸×生活軸という平面上の基礎領域を構成する。

 第四は、地域農業の再編のための合意形成は、どのような方法で進められるかという点である。地域農業の再編のための合意形成は、度重なる話し合いによる全員一致方式を基礎とする。このことにより自己と他者との社会的関係の中から「何が起こりつつあるか」を問い、その中で「何をなすべきか」の共有の目標が選択されている。状況判断が不明のまま、あるいは利害が対立している状況下では多数決をとらない。

 以上の仮説を全国の代表的な地域の実態分析によって確認した後、さらにその内容を発展させ、集落(むら)機能に関する次のような新たな展開を試みている。

 第一は、「集落」の仕組みと機能についてである。すなわち、人々の「共属」・「共感」を基礎とする集団統合としての「自治」と、相互依存・互恵関係としての「共生」が、「集落」の仕組みであり、そして、「自治」は住民参加を基本とし、利害調整、合意形成機能を有し、「共生」は永続性に基づく資源管理、生活保全機能を有するという。

 第二は、地域農業の再編についてである。非営利を特徴とする生活と資源の二つの軸(基礎的領域としての「集落」)の平面に生産軸が加わって立体的な空間を構成し、その空間の中に相互にルースな関係で農業生産組織や経営体が重層的に存在している。これらの三つのベクトルの相互の関係の中で地域農業は再編されるという。そして「集落」は三つの軸上では、領域は限定的であり、またその役割も限定的であるという。

 以上、要するに本論文は、地域農業の再編に果たす集落(むら)の役割を各地域の詳細な実態調査に基づいて理論的・実証的に解明したものであり、学術上、応用上寄与するところ少なくない。

 よって審査委員一同は、本論文は博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

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