本論文は森林・木材についての新たな勘定システムについて考察したものである。 森林・木材の勘定的表現の枠組として、スカラーの集計量ではなく物的な項目もふくめてベクトル、マトリクスのままで取り扱う手法により種々のアプローチを行った。 第二章は、経済理論における自然の取り扱われ方を概括したものである。現在の経済理論は、あまりにも自然を捨象しているとの認識は予想外に多いようである。ミュルダール、ミシャンや晩年のヒックスの指摘を紹介している。 そして現在のところ、資源・環境と経済活動の、「系」として最も包括的な表現である、ジォージェスクレーゲンのプロセス理論について考察をくわえた。ここでは物質それぞれ(元素あるいは化合物)、およびエネルギーについてマトリクス形式のバランス的表現の必要性が強調されている。 第三章では、制度的に最も包括的な表現である、国民経済計算体系において森林・林業はいかにして表現されるかを考察した。現行の国民経済計算では、アウトプット・フローとして実現されたものを中心にしており、育林業のアクティビティは実際に伐採された量で決定されるため、現在のように伐採量の減少した時期には、アクティビティ自体が低下したように表現されることになっている。 つぎにこのような体系を発展途上国に適用したものが、レペト等による自然資産の減耗概念である。このアプローチの目的とするところは、経済成長を実現している発展途上においても、将来の生産活動の基礎となる資源・環境を減耗させている可能性があり、それもカウントすれば、実際にはプラスではなくマイナスの成長となっている可能性があるとしている。このような観点で実際の推計がおこなわれているが、最終的な表現が、拡張されたGDPというスカラー量であり、複雑な環境の変化を表現しうるものとはなっていない。 第四章では、資源・環境を表現するためのアプローチについて、国連統計局が整理したものを糸口とした。ここでは、資源・環境の表現についてはメディア手法、ストレスレスポンス手法、生態学的手法、会計学的手法があるとしている。 その後もOECD諸国では、資源・環境に関する統計的表現について、試行的な作業が継続されているが、1980年代の後半に入って、いくつかの国で画期的な成果が得られている。そのなかで、もっとも顕著なものは、ノルウェーによるものであり、森林などの土地勘定と、木材や石油天然ガスなどについてのセクター/商品表および物質バランス表の表章である。これと同様の試みが、フィンランドとフランスにより行われている。これらの試みにより、資源・環境についてコンシステントに表現する可能性が開けたと言えよう。 このノルウェーのセクター商品表を産み出す契機となったのが、エイルズ等による物質エネルギーバランスの提唱である。これらは1970年前後の先進国の公害に触発されたものである。この手法は、有害物質の循環を採取から廃棄まで追跡することを目的としている。これと並んで更新性資源のバランスも提唱されているがその比重は大きくない。 なお、以上のような統計的手法の拡張については、行政的な情報を含んだ統計ベース(統計的データベース)あるいは、マイクロデータセット(個票レベルの統計ベース)活用の重要性が明らかになってきている。 第五章は更新性資源の勘定についてまとめたものである。フランスの森林勘定は、集約的な全国森林調査を前提として可能となったものである。この全国森林調査は、航空写真のサンプリング解析、それらから再度抽出した地点に対する精密な現地調査を組み合わせたものである。 ノルウェーの土地勘定は、フランスの森林に対する二段抽出の方法を、すべての土地利用形態に対して実行したものである。またこの調査は、行政の悉皆調査データとの接合も考慮されたものである。 このような資源・環境の把握の作業は日本でも既に試みられている。森林については、すでに戦前に、世界的にも画期的な森林モニタリングが、しかも制度的にも強い裏付けのもとに実行されていた。森林測候所の事例がそれである。 また近代的なサンプリング調査が導入されるやすぐに、現在のフランスの全国森林調査とほぼ同様の規模・内容の調査が、全国的に二度に渡り実施されていたことも紹介している。 つぎに、日本の林野庁等の行政データに森林災害データなどを付け加えて、日本の森林勘定を推計した。 第六章は、現在研究機関だけでなく、行政機関にも導入され始めている地理情報システムが、資源・環境勘定を構築する上で果たしうる役割について整理したものである。 まずはじめに、地理情報システムと呼称されているものは数多くあるが、個々の土地の属性データと空間的情報が双方向に参照可能であり、かつ空間的情報の論理演算が可能でなければならないことを述べている。 次に、単に理学部的な意味での地理データではなく、社会統計との接続を考慮した地理情報システムは、土地情報システムとして取り扱うことが適切であることをまとめている。 上記のノルウェーのケースでは、複数の行政機関の共同運営による土地データベースが既に稼動している。このデータベースは、地籍データ、抵当権などの登記データを、各種政府機関だけでなく民間の金融機関・不動産会社からもオンラインで検索可能な形態で運営されている。スウェーデンでもこれと同様のシステムが稼動している。 このように地理情報システムは様々な可能性を持つが、それを日本の森林調査簿に適用して2つの試行的作業を行った。一つは地理情報システムが生成する、点・線分から一定距離にある点を結んだ包絡線でつつまれた領域-これをバッファーと呼ぶ-を林道網について距離別に生成した。これらの複数のバッファーにおいて、森林の属性に有意な差が存在するかどうかを検証したものである。もう一つはやはり地理情報システムが自動的に算出する、土地区画の重心の座標により士地の分散的所有の指標を求めたものである。 第7章はノルウェーなどがすでに作成しているセクター/商品表の、日本での試算を試みたものである。 まずはじめに、日本の木材統計システムがどのような性格の統計数値を提供しているかを検証した。日本の木材統計は戦後その骨格が形成されたままであり、その後の木材の利用形態の変化を反映していない。このためボード類の集計前の数値および残さの再利用や燃料利用の情報が乏しいことが判明した。 次に制度的に提供されているデータを中心に、その他のアドホックな産業調査などで補完して、日本の木材に関する部門/商品表及び物質バランス表を推計した。 この結果を、ノルウェーやフィンランドと比較をすると、日本の木材消費の特徴は、合板に傾斜していること、および廃材の他部門での再利用や熱エネルギーの回収の割合が低いことである。 地球環境問題で、炭酸ガスの抑制の必要性からリサイクルが注目されているが、その視点からすると、木造住宅にストックされた木材の量は大きく、全人工林蓄積にオーダー的に匹敵するものとなっている。 第八章は上記の森林勘定およびセクター/商品表をタイに適用して試算したものである。 先進国では経済循環の多くが、市場を経由しておこなわれているが、途上国はそれとは異なり市場を経ない循環が少なくない。そのようなところで市場の存在を仮定した、帰属計算を多用するスカラーの集計量の表現よりは、種々の環境指標、物質循環をディスアグリゲートされた形態で表章する勘定的アプローチのほうが有効であろうと考えた。 タイのケースでは、森林の面積は人工衛星による遠隔探査により、比較的正確に求めることができる。バイオマスについても地点数が少ないとは言え、定点で継続的に調査されており、分散は大きいと推測されるとはいえ、一貫性のある推計が可能であった。 セクター/商品表についも、国民経済計算等のための統計組織は整備されており、部門分割上の問題はあるが、試算は可能であった。 その結果から見ると、木材の燃料としての利用が極めて大きく、またそれが農家の自家消費だけでなく、食品加工や窯業など産業利用でも消費されていることが判った。また重要な問題として、社会経済調査で明らかになった木材消費量と、森林行政による木材採取量が大きくかけ離れていることが窺えた。 |