本論文は、酢酸菌が生産するいわゆるバクテリアセルロースについて、その構造、物性ならびに若干の利用法を検討したものであり、7章から成る。 第1章は序論で、研究の位置づけと論文の構成が述べられている。第2章では、バクテリアセルロースに関する研究の歴史、現在の到達点が概観されている。そこでは、酢酸菌によるバクテリアセルロース生産の必然性、バクテリアセルロースの高次構造、結晶構造、形態、生合成が取り上げられている。第3章から第6章がオリジナル研究の結果で、第7章は総括である。 第3章では、先ず靜置培養法によるバクテリアセルロースの生成について観察し、バクテリアセルロースからなるゲルは、リボン状のバクテリアセルロースフィブリルのネットワークと液体とから成りたっていて、そのネットワークは菌体の増殖と引き続く菌体からのバクテリアセルロースフィブリル生成によって形成されるとした。さらに静置培養において、気相の酸素分圧を変化させると、バクテリアセルロースの生産量ならびにネットワークの密度が変化することを見いだした。すなわち、大気中より低い酸素濃度では、粗なネットワークが形成され、高い酸素濃度では密なネットワークが形成される。さらに酸素濃度とバクテリアセルロースの生産量との関係から、ネットワークの密度と菌体によるバクテリアセルロース生産量とは負の相関があることを見いだし、バクテリアセルロースのネットワークを制御できることを示した。 第4章では、培養方法によるバクテリアセルロースの形態、バクテリアセルロースを乾燥して得られるシートの構造について詳細に検討した。すなわち、静置培養と通気撹拌培養とでは、肉眼ないし光学顕微鏡レベルで形態に大きな違いがあるが、電顕レベル、すなわちフィブリルの形態やネットワーク構造にはそれほどの違いがない。ところが、通気撹拌培養ではセルロースの重合度ならびに結晶化度が低いことが明らかになった。また、靜置培養法で生産したゲル状膜を熱プレス乾燥して得たシートおよびゲル状膜を離解して得たシートでは、それを構成するミクロフィブリルが(1-10)面をシート面に対して平行に配向していることを見いだした。さらにシート面に平行な層が存在していることを明らかにし、このことから、シートの面配向は熱プレス乾燥によって生じ、それは(110)面が結合しやすいためで、同時に層構造が出現するとした。また、離解してから抄造し乾燥したシートは、フィブリル間の結合が弱く、面配向ならびに層構造形成の度合いが小さいことも見いだした。これらの知見はバクテリアセルロースを利用する上で重要である。 第5章には、バクテリアセルロースシートの物性に関する検討結果が述べられている。先ず、静置培養法で得たバクテリアセルロースのゲル状膜を熱プレス乾燥したシートの静的引張ヤング率が、15GPaを超えることを明らかにした。この値はポリマーの無配向シートではもっとも高く、このシートを振動板に使った超高級ヘッドフォンがソニーによって開発されるきっかけともなった。また、キャスト法による乾燥シートは熱プレスによる乾燥シートのやく80%のヤング率を示すことを明らかにし、高弾性がバクテリアセルロース乾燥シートに固有であることを示した。しかし、ヤング率は一定ではなく、菌株による差異や培養法による相違もあり、とくに通気撹拌培養法によるバクテリアセルロースシートは静置培養法によるそれに比べて低く、その理由がバクテリアセルロースの微細構造の違いにあるとして、結晶化度との対応を示した。さらに、工業的に重要な離解バクテリアセルロースについて検討し、抄造法によるシートのヤング率が熱プレス乾燥シートの約65%であることを明らかにした。 第6章では、バクテリアセルロースの実際的な利用法についての検討結果を述べている。バクテリアセルロースの離解物をコットンリンターパルプ、フェノール樹脂繊維、ガラス繊維、炭素繊維、窒化珪素ウィスカー、炭化珪素ウィスカーなどに添加して抄造した熱圧乾燥シートの強度ならびにヤング率を調べた結果、バクテリアセルロースが自着性のない繊維、ウィスカーのシート形成に効果があり、新しい器材の可能性を示した。また、バクテリアセルロースのゲル状シートが持っている大きな水分保持能と生体適合性に着目して、動物細胞培養担体としての可能性を検討した結果、例えばプラスチックシャーレと比較した場合、選りすぐれた性能があることを明らかにした。第7章は本論文の総括である。 以上本論文は、バクテリアセルロースの構造、物性、利用について検討したもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。 |