血栓の生成反応は生体にとって欠くべからざる機能である。血管に損傷がないにもかかわらず生体内で血栓が生じることが心筋梗塞、脳卒中といった発症患者数の多い致死性疾患の主たる原因と考えられており、生体内血栓生成の抑制はこれらの疾患の予防・治療に有用であると考えられている。生体内血栓の生成には血小板の活性化が重要な役割を果たしている。TX(Thromboxane)A2は血小板の活性化に伴って放出され、血小板凝集のみならず血液凝固反応にも関与する重要な生体内物質であるが、血小板凝集に関与する物質は非常に多く、それぞれが相互に作用しているためTXA2単独の血栓生成に与える影響を証明した報告は少ない。本論文は特異的TXA2/PGH2受容体拮抗薬KW-3635を用いて種々の血栓モデルおよび心筋梗塞モデルにおけるTXA2の関与を解明することを目的にしたものである。 本論文では初めに、KW-3635がTXA2/PGH2受容体拮抗作用に基づいてTXA2を介する血小板凝集をin vitro,ex vivoにおいて抑制することを示した。また、同じくTXA2/PGH2受容体拮抗作用に基づいてTXA2を介する血管収縮を抑制することを明らかにした。これら血小板凝集抑制作用、血管収縮抑制作用はin vivoにおいても発揮されていることを示した。さらにKW-3635が血管に高い親和性を有しており、このために特に血管に対する作用は薬物が血管から消失した後にも持続する可能性を示した。 次に末梢動脈閉塞症、一過性脳虚血発作、血栓溶解療法後の急性冠閉塞の動物モデルを用いた実験を行った。その過程で種々のモデルを新たに確立、あるいは改良した。これらの血栓モデルにおいてKW-3635が血栓の生成を血小板凝集を抑制する用量で抑制したことより、これらのモデルにおける血栓生成がTXA2を介する血小板凝集に基づいているものであることを明らかにした。さらにこれらの疾患が実際に生体内のTXA2の過剰生成によって起こっている可能性、これらの疾患の予防・治療にKW-3635が有効である可能性を示唆した。 さらにイヌ冠動脈結紮再灌流モデルを用いて、TXA2を介する好中球活性化の抑制作用を組織学的に初めて証明した。KW-3635は冠動脈結紮再灌流に伴う心筋の虚血性変化・心筋への好中球の浸潤を著明に抑制することを証明した。この結果はKW-3635が血栓溶解剤による血栓溶解療法後の急性冠閉塞の予防に有効である結果と合わせ、血栓溶解剤による急性心筋梗塞治療の併用療法にTXA2/PGH2受容体拮抗薬が有用である可能性を示したものである。 最後に現在も血栓性疾患の予防薬として頻繁に用いられているaspirinとKW-3635の血管壁からのPGI2産生に及ぼす影響について明らかにし、KW-3635の血栓性疾患予防薬としての優位性を証明した。血小板凝集抑制作用を有さないような低用量においても血管壁からのPGI2産生を抑制するaspirinと比較し、KW-3635はより安全に使用できる抗血栓薬となり得ることを示した。 本論文において著者は、特異的TXA2/PGH2受容体拮抗薬KW-3635を用いて生体-特に血栓生成時-におけるTXA2の役割を明らかにした。その結果、種々の血栓性疾患において、TXA2の作用を阻害することがこれらの疾患の予防あるいは治療に繋がり得ることを明らかにした。本論文はTXA2の生体内における役割を薬理学的に詳細に検討したものであり、血栓性疾患の基礎研究のみならず臨床応用にも期待されるところが大きく、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判定した。 |