研究対象としている地上式平底円筒タンクは、石油タンクと低温タンク(LNG,LPGタンク)に大別される。耐震強度から見た両者の違いは、低温タンクは底板の浮き上がりを防止するため基礎にアンカーされているのに対し、石油タンクは通常アンカーせずに基礎上に設置されている点にある。過去に発生したアラスカ地震、サンフェルナンド地震および宮城県沖地震などでは、石油タンクの底板が地震時に基礎から浮き上がる現象が確認されている。また、石油タンクに対する主な地震による破壊モードとして側板の座屈および底板隅角部の塑性変形や亀裂発生があるが、過去の地震被害調査から、これらの地震被害が底板の浮き上がり挙動と密接に関係していることが明らかになっている。低温タンクはいままで大地震に見舞われた経験が無いが、石油タンクに見られるような地震被害は、アンカーすることにより防止されると考えられている。しかし、低温タンクは常温状態から低温状態(LNGで-165℃)へ移行する際の体積変化を拘束しないように底板が基礎上を滑るように設計されており、地震時の底板の滑動挙動が明らかでないという問題がある。 底板の浮き上りおよび滑りに関して基準の扱い方を見ると、地震時荷重の導出において、石油タンクも低温タンクもいずれも側板下端は基礎上に固定されていると仮定したバルジング応答解析法が用いられている。石油タンクでは、これを基に側板や場合によっては隅角部の応力照査を行うが、底板の浮上がりに伴う側板下端部軸圧縮力の集中や底板隅角部曲げモーメントの増大などの現象は考慮されていない。低温タンク関係の基準では、アンカーストラップの浮き上り防止効果を有効と考えて、タンク側板下端の境界条件を鉛直方向は支持、水平方向はフリーとして解析するよう示している。しかし、1983年に多度津の原子力試験センターにおいて実施された振動実験ではアンカーしていたにもかかわらずエレファント・フット・バルジが発生しており、現在のアンカーストラップ設計方法が妥当なものかどうか不明な点もある。また、基準では側板近傍の底板が部分的に基礎から剥離する現象を解析で考慮するよう注意しているが、底板の部分的滑動については何も示されていない。 一方、底板の浮上り挙動は多くの研究者により取り上げられており、特にカリフォルニア大学バークレー校のClough教授を中心としたグループは多くの実験研究を実施し、底板の浮上りが側板下端部の座屈や底板-側板隅角部の塑性化および亀裂発生を助長していることを明らかにしている。しかし、この研究をはじめとして従来の実験研究では、模型が大型タンクとの相似を十分満足していなかったり、あるいは詳細な計測がなされていなどの事情があり、実機タンクの浮上がり挙動が十分に把握されていないという問題がある。解析研究では、解析上導入した仮定の妥当性が十分に検討されておらず、また研究者間で結果が異なるなど、研究結果の正当な評価ができる状態にはなっていない。底板の滑動については、タンク全体が基礎上を滑る場合については幾つかの研究が報告されているが、底板の部分的滑動についてはほとんど報告されていない状況にある。 このような状況の中で、地上式平底円筒タンクの地震時挙動を詳しく調査する目的で川崎重工業において大型相似模型による傾斜実験が計画され、著者も実験に加わることができた。実験から次のようなことが明らかになった。すなわち、低温タンクを対象とした実験では、実機相当の剛性とプレストレスを持つアンカーストラップは、設計で期待される耐震効果があることが確認された。一方、タンクに水平力が作用すると底板の一部が滑動し、この影響により側板下端部に無視できない大きさのフープ応力および曲げ応力が発生することが観察され、この応力の把握が耐震設計上重要であることが分かった。石油タンクを対象としたアンカー無しケースの実験では、基礎から浮き上った底板には液圧により大きな半径方向張力が発生し、隅角部は曲げモーメントの増大により塑性化することが確認された。また、底板の浮き上り挙動に対する基礎の剛性や屋根の有無の影響が明らかになった。特に後者が浮き上り挙動に大きく影響することから、底板の浮き上り挙動は側板下端部の局所的な現象ではなく、屋根を含めたタンク全体の剛性から決定される挙動であることが分かった。 これらの実験結果の分析を基に、タンク浮き上り挙動および滑り挙動に対する解析方法を開発した。実験結果から明らかなように、底板の浮上がり挙動を解析する場合はタンク全体の剛性を評価する必要がある。また非線形性の強い同挙動をFEMにより厳密に取り扱うのは困難である。そこで、底板は半径方向に切り出した梁の集合体と仮定し、2次元非線形梁理論を適用することにより基礎との接触や幾何学的非線形性を簡易的に扱っている。側板は幾何学的非線形性は無視できると考えて線形シェル理論で扱うこととし、屋根の影響は屋根取り付け部の自由度を拘束することにより近似している。底板と側板をこのように分けてモデル化し、両者の結合部の変位が等しいことから一体とした場合の力の釣り合い式を求めている。 底板の滑り挙動解析にはFEMを用いており、底板および側板を半解析的リング要素でモデル化している。タンクモデルは全体的な滑動を生じないものとして、底板中央部付近の水平変位を拘束し、また上下方向には基礎と等価なウインクラーばねによりに支持している。基礎とタンク底板の間に作用する摩擦力および非接触力は外力として底板に作用させている。ただし非接触力とは、底板が基礎から浮上がる部分に対して基礎の引張り力をキャンセルするために作用させる力である。解析に使用した半解析的要素は周方向の内挿関数にフーリエ級数を用いているので、底板と基礎との局所的な剥離や滑りを節点力として直接評価することはできない。そこで、まず底板の変位から周方向の複数点における摩擦力や非接触力を計算し、これを最小2乗法によりフーリエ級数に置換する方法を用いている。 底板の滑り挙動に対しては、この他、梁プログラムを用いた簡易応力チェク方法を提案している。実験結果の検討から、応力チェックが必要と思われる箇所は側板が地震水平力方向と直角に交わる=0°および180°の側板下端近傍に絞られるので、これら2か所を部分モデルにより解析する方法である。滑りによる応力状態の変化は特にこの2か所に集中するが、その原因は側板と底板の食い違いにあると考えられる。そこで、まず底板の滑り変位を1自由度で表し、板理論により滑り量を求め、次に2次元梁プログラムを用いて食い違いの影響、すなわち滑りに伴い発生する応力を計算している。 開発した底板浮き上り挙動解析方法を、川崎重工業およびBerkeleyで実施された傾斜実験に適用し、同方法の妥当性を検討した。川崎重工業における傾斜実験ではタンクの挙動は屋根の有無によって大きく異なる結果となったが、本解析はどちらの場合も実験結果を良く捉えている。また基礎の剛性が高くなると側板に発生する最大軸圧縮力が大きくなるが、本解析結果でもこの傾向を裏付けることができた。本解析は、Berkeleyの実験結果も良く説明することができた。タンクの挙動は大きさやアスペクト比により変化するが、川崎重工業およびBerkeleyの両模型タンクに対して本解析方法の有効性が確められた。 底板の滑り挙動解析方法を川崎重工業における傾斜実験に適用し、実験結果との比較を行った。両者のフープ応力は良く一致し、これにより実験で観察された側板下端付近の応力が底板滑動の影響によることを解析的に確認した。しかしこの解析方法は側板の幾何学的非線形性を考慮していないため、曲げ応力については実験結果の方が常に大きい値になった。次に、簡易応力チェック法を川崎重工業における傾斜実験の結果に適用し、妥当性を検討した。この方法は2次元梁理論による簡易計算であるが幾何学的非線形性を考慮しているので、軸力により発生する曲げモーメント成分を評価することができ、フープ応力、曲げ応力とも実験結果を良く把らえることが確かめられた。 本研究で開発した解析方法を用いれば、現基準で考慮されていない石油タンクにおける底板の浮き上がりや低温タンクにおける底板滑動挙動に対して、その影響を考慮した応力照査を実施することができる。 |