学位論文要旨



No 212267
著者(漢字) 松田,愼一郎
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,シンイチロウ
標題(和) 都市開発における水循環再生システムの構築過程と総合化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212267
報告番号 乙12267
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12267号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 助教授 山本,和夫
内容要旨 研究の目的

 著者が30年余り所属した住宅・都市整備公団は、昭和30年に設立されて以来今日まで32,000haの都市開発事業を施行し、ニュータウン開発として一定の社会的役割を果たしてきた。この都市開発は住宅宅地の供給のみならず都市基盤整備の側面を持ち、両者が相俟って良好な新市街地の形成が可能となる。

 本論文は、都市基盤整備の観点から、都市開発と治水のあり方として従来から課題とされてきた高水対策に関連する河川事業を対象に、開発者が構築してきた種々の対応措置の発展形として、「水循環再生システム」の総合的体系について提案するものである。

 当該水循環再生システムは、都市の降雨水を地下浸透させるという流域(面)での対応を前提として、河川(線)への流出抑制のみならず、地下水涵養を図りひいては低水対策にも寄与させることにより、アメニテイ性や環境面でより優れた河川空間、さらには都市空間を形成することを意図する。

 換言すれば、これは(面)と(線)、あるいは都市と河川との連携・協調によって新しい都市と河川との枠組みとして高水対策と低水対策を併せた複合的治水対策を総合的に構築するものであり、さらには、一般市街地も含め広く流域単位で構築することによって、将来の都市と河川のひとつのモデルを提起するものである。

都市開発における水文環境対策の経譜

 そこで、本論文はまず戦後の我が国に生じた急激な都市化の過程において、国土基盤としての河川整備が低水準であったなかで災害複旧に重点をおかれたことや、財政面で制約があったこと等から、都市部の中小河川整備を進めるうえで、一定の限界があったことを明らかにする。

 これに対して、都市化の進展に伴い住宅建設や宅地供給への社会的要請が高まったことを背景に、住宅・都市整備公団は、土地区画整理事業を主たる整備手法として都市開発を展開してきた。都市開発事業を計画的に進めるうえでは、関連する中小河川改修の計画的実施が併せて必要である。しかし、都市開発に対し河川事業が即応できない構造的課題の中で、開発主体において対応措置を構築する必要性があった状況を明らかにする。

都市開発における高水対策と補間システム

 本研究の第一段階として、このような開発主体による対応措置について、公共主体である河川管理者と受益者である新住民との「中間」に位置する開発主体が、受益者を代表して公共主体の役割を「補完」するシステムであり、「間]を「補う」という意味から、「補間システム」という概念規定を行う。

 この補間システムには、「財源」、「体制」、「施設」の三つの側面があり、

 (1)財源面:開発主体が関連河川の整備費用を負担すること

 (2)体制面:開発主体が関連河川の整備を施行すること

 (3)施設面:開発主体が調整池等の代替施設を集約的に設置すること

 として具体的な制度の構築過程について分析する。

 これを受けて、当該補間システムの効果を分析して、河川事業においては、(1)財源・体制面では開発主体が河川改修の費用削減あるいは河川管理者の事務の軽減に寄与したこと、(2)施設面では流出抑制を行い河川に対する流出負荷軽減に寄与したこと、を挙げる。

 また、都市開発事業においては、(1)財源・体制面では河川改修の促進により開発工程の短縮が図られたことや地域に開発の波及効果をもたらしたこと、(2)施設面では調整池という開発地区完結型の対応が可能となり都市開発の弾力的展開が図られたこと、を挙げる。

 ここで、都市開発のしくみからこの補間システムを見てみると、都市開発の中で集約的な発生源対策として導入されてきたものである。

 補間システムを上記のように概念規定することにより、著者が昭和40年代から50年代にかけて財源・体制・施設の面から公共団体の役割りを補完し、発生源対策を行ってきた対応を、都市と河川との連携を図る一つの体系として整理、概念化できることを考察した。

 また、体系化された補間システムは、行政的な「規制・誘導型」とは異なり、「事業」として直接的に都市と河川の連携を図るところに特色があることを明らかにした。

 このため、都市開発の展開に河川事業が即応できない構造が顕在化する中で、昭和40年代以降開発主体が構築してきた上記の補間システムは、開発者負担として地方公共団体の宅地開発指導要綱等で位置づけられるとともに、後年の建設省の「総合治水」に表徴されるように、河川・都市あるいは官・民により役割を分担して流域の治水安全度を確保する考え方につながっていった。

 以上の知見にもとづいて、これらの三つの補間システムについて、昭和30年代以降の首都圏域での開発地区における経年的構築過程を分析し、各々先導的役割を果たした開発地区を抽出して、その成立条件、導入効果及び開発主体の役割について考察することによって、上記の概念規定が事業面からも河川事業の構造的課題を解明するうえで有効であることを事例検証としても明らかにする。

水循環再生システムへの展開

 本研究の第二段階として、前段階で構築されてきた補間システムを敷衍・発展させ、民間主体による個別発生源対策を直接的に(面)的に導入することを前提として、従来の基幹的な高水対策に加え河川環境面から低水対策を含めた複合的な治水対策を新たに実現するため、「水循環再生システム」の構築過程を事例に即して分析する。

 ここでは、当該水循環再生システムの最終的な技術的体系を、

 (1) 流域(面)における対応として

 ・個別発生源対策施設の導入を図ること

 (2) 水文地質構造の評価・造成技術での対応として

 ・水文地質構造の評価手法を確立するとともに、水循環機構の再生に必要な造成技術を確立すること

 (3) 河川(線)における対応

 ・個別発生源対策の水理水文効果(高水及び低水面)について河川計画上の評価システムを確立して、河川改修計画や河川環境整備計画に反映することの三つの構成要素を三位一体として総合的に構築することである、と規定する。しかしながら、これらのシステム構成要素のいづれについても、制度面あるいは技術面で必ずしも確立されていない中では、まずは(1)開発地区において開発主体による計画主導・調整の下でモデル的にシステムの構築を図る必要があったこと、(2)モデルの構築目的としても基幹的な高水対策から始めて低水対策、さらには複合的対策へと順次拡張する必要があったこと、について六つのモデル地区を抽出してその構築過程を分析する。また、この分析結果にもとづいて、当該システムの構築が開発主体の主導の下で可能であったことを明らかにする。

水循環再生システムの総合化と展望

 これを受けて、本研究の第三段階として水循環再生システムの総合化の概念として、(1)システム対象領域を複合的対策とすること、(2)システム構成要素である補間措置をベースとして制度的、技術的体系を総合的に構築することを改めて規定する。

 そのうえで、建設省等の施策展開の過程を分析してみて、公団のモデル地区での導入が事業化という意味で先導的役割を果してきたことを明らかにする。加えて、水循環再生システムが個別発生源対策の導入を媒介として官民の役割り分担を確立するということからみて、このようなシステムは河川側の対応のみでは構築困難であり、都市側との施策面、事業面での連携・協調が必要であることを提起する。

 さらに本論のしめくくりとして、水循環再生システムの長期的展望として、(1)流域に住む個々人の水循環との「共生意識」を喚起・醸成して民間主体による個別発生源対策の自律的導入を図り、「低負荷都市構造」の実現を目指すこと、(2)その支えとなるべき個別発生源対策施設と個別発生源対策施設によってもたされる河川環境空間を官民の共有的資産として安定的かつ高質に管理するための「流域水管理システム」を構築すること、を位置づける。

 ここで、昭和30年代以降の補間システム導入から、近年の水循環再生システムのモデル構築への展開過程を総括してみると、第一段階は都市開発に関連する高水対策の計画的推進であり、第二段階は複合的治水対策の推進であって、直接の課題としては異なる。しかし、都市と河川間の協調・連携化のため二者間の調整を図り新しい都市と河川の枠組みを構築する、という意味で開発主体の行動原理には共通性のあることが認められた。

 開発主体のこれらの一連の行動原理は、水循環再生システムを今後社会的にひろく定着させていくうえで一定の普遍性をもち、ここで著者が提案した水循環再生システムの総合的体系は、将来の都市化流域における治水事業及び都市整備のあり方を示すモデルたり得ることを、本論文の結論として提起するものである。

審査要旨

 わが国では高度経済成長期以降、急激な都市への人口集中が進むなかで、昭和40年に「新住宅市街地開発法」が制定され、住宅・都市整備公団(旧日本住宅公団)では、大規模ニュータウンなどの都市開発事業を住宅宅地供給のみならず都市基盤整備をも合わせて行う役割を担ってきた。都市開発は、洪水流出の増加、河川の低水流量の減少など河川を中心とする水循環系に大きな変化をもたらし、それへの対策は重要な基盤整備の1つである。しかし、都市開発主体が河川の治水対策や水環境対策といかに協調・連携して都市開発事業を進めるかについては、当初から技術的にも制度的にも体系があった訳ではなく、時代の要請と開発地域の条件に応じて、関係機関と協議・調整しながら必要な対応措置が構築されてきた。本論文は、住宅・都市整備公団が大規模都市開発事業に着手して以来、水文環境対策の中枢に携わってきた著者が、開発者の技術的・制度的役割を一般化・体系化するとともに、将来の流域水循環保全計画・管理へ向けての枠組みを提示したものである。

 本論文は序章を含めて7つの章によって構成されている。

 序章では、都市開発者が基盤整備の観点から従来行ってきた河川高水対策への種々の対応措置を発展させたものとして、河川低水対策、地下水涵養対策にまで対象を拡大した「水循環再生システム」の総合的体系を提案するという本論文の最終目標が示されとともに、各章の位置づけと目的が要約されている。

 第1章は、「都市開発における水文環境対策の系譜」と題し、第二次大戦後、特に昭和30年代以後の都市事業の展開と河川事業の変遷を整理するなかで、当初は国土基盤として大河川の治水整備が低水準であったために河川事業の重点は災害復旧に置かれ、都市開発域の中小河川の整備を進める上では財政面で大きな制約があったことが指摘される。都市開発事業を計画的に進めるためには、同時に関連する中小河川改修の計画的実施が不可欠であり、開発主体自らが中小河川対策への対応措置を構築する必要性があった背景が明らかにされる。

 第2章は「都市開発事業における高水対策と補間システム」と題し、都市開発に対して河川事業が即応できないという構造的課題の解決のために、都市開発者がそれぞれの局面で構じてきた対応措置を官である河川管理者と受益者である住民との間を補完する「補間システム」と概念規定し、補間システム導入の意義と効果が考察されている。この補間システムは「財源」、「体制」および「施設」の3つの側面から、(1)財源的補間システム:開発主体が関連河川の整備費用を負担する仕組み、(2)体制的補間システム:開発主体が関連河川の整備を施行する仕組み、(3)施設的補間システム:開発主体が調整池等の集約的代替施設を設置する仕組み、と定義されている。それぞれの補間システムが必要とされた背景と具現化された制度の内容が整理された後、その導入効果として、財源・体制的補間システムにより開発工程の短縮が図られ、都市開発と河川改修を同時一体的に施行することが費用の削減となること、施設的補間システムにより発生源対策の考え方を社会に定着させたこと、などが指摘されている。

 第3章は「補間システムの事業検証」と題し、まず、住宅・都市整備公団が昭和30年代以後首都圏において施行してきた開発地区についてそれぞれの補間システム導入の経年的動向が整理された後、各補間措置が導入される契機となった先導的開発事例として多摩ニュータウン(財源的補間措置)、千葉東南部地区(体制的補間措置)および東久留米地区(施設的補間措置)を取り上げ、それぞれの措置の成立条件と構築過程および各措置の導入効果の評価が詳細に議論・整理されている。これら事例の分析を通じて、補間システムの構築に当たっては、受益者である地権者の減歩負担の受認限度とのバランスを計りながら河川管理者と調整する必要があったこと、構築された補間システムが都市開発事業と河川事業の双方にとって有効に機能したこと、などを具体的に明らかにしている。

 昭和50年代半ばから、都市開発事業における水文環境対策が高水対策だけでなく地下水涵養や低水保全などを含む環境対策へと発展する中で、民間主体のオンサイト貯留・浸透技術を中心とする個別発生源対策の誘導が重要性を増す。第4章では、「水循環再生システム」を次の3つの構成要素すなわち、(1)個別発生源対策の導入による流域(面)的対応、(2)水文地質的構造の評価に基づく水循環再生のための造成技術による対応、および(3)流域的対応の河川治水・環境計画への反映、よりなるものと定義し、高水対策から低水対策さらには両者の複合対策へと発展する各段階における代表的開発地区5事例を取り上げて、開発計画策定過程と水循環保全・再生システムの構築過程を整理した上で、システム導入の効果を吟味している。

 第5章は、「水循環再生システムの総合化と展望」と題し、前章における事例分析に基づき、水循環再生システムの制度・技術面からの体系と計画手法が提案されている。制度的体系は、高水対策における財政的・体制的補間措置に個別発生源対策(オンサイト貯留浸透施設の設置)の誘導方策、助成措置および維持管理体制を上荷みして構成され、技術的体系は、旧来の施設的補間措置に貯留浸透施設の導入、水循環保全のための造成手法および貯留浸透効果の河川計画への組み込みを付加することによって構成されている。また、水循環再生システム導入計画の策定手順が具体的に提示されている。さらに、将来はこれを新規開発地区だけでなく既成市街地にも普及させることを視野に入れて、官民の協調と役割分担による「流域共管理システム」の枠組みが試論として示されている。

 第6章には、結論がとりまとめられている。

 以上、要するに本論文は、これまでの都市開発者が河川事業との連携を図る上で対症療法的に構じてきた制度的・技術的措置を「補間システム」なる概念の導入によって一般化して、その意義と効果の体系的評価を可能にし、この概念をベースとして個別発生源対策の導入を中心とする水循環保全再生事業の制度的・技術的体系と計画手法を明示したものであり、河川計画ならびに流域水環境計画に寄与するところ大である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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