学位論文要旨



No 212268
著者(漢字) 島田,英雄
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,ヒデオ
標題(和) 海底配管建設技術の安全性と作業性向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 212268
報告番号 乙12268
学位授与日 1995.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12268号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西野,文雄
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 堀井,秀之
内容要旨 1.海底配管の敷設環境と技術課題

 海底配管の敷設作業は海象条件に左右され易く、敷設作業中パイプを折損する作業事故に加え、人的災害も多く発生しリスクの大きい作業とされてきた。海底配管の需要は海底石油の開発と共に急激に増加し、敷設海域は自然条件の厳しいオフショアにまで拡がってきた。石油ガス資源の少ない日本では、シーバース配管、離島への送水管、工業用原燃料上下道・ガス幹線などの海域横断、取水・放流管など用途が多様化し、敷設海域は海面利用の輻輳した沿岸域または内海が多い。このように敷設環境と作業上の制約条件が益々厳しくなる状況の中で安全に敷設するために次に示す各種技術課題への対策が求められた。

海底配管敷設の技術課題

 (1) 長距離化と大水深・高波浪海域に対応したレイバージの大型・高性能化による高速で安全な敷設技術の開発、

 (2) 船舶航行、水産活動に対する海域占有期間短縮のための急速施工法の開発、

 (3) 水深、潮流、波浪の制約を受けるダイバー作業を減らすための設備、作業法の改善、

 (4) 高流動点原油輸送システムと配管構造および施工技術の開発、

 (5) パイプ敷設後浚渫するポストトレンチ法による埋設作業の高速化とコストダウン。

2.敷設作業における安全性の改善1)コンクリート合成鋼管による下水道幹線の長尺ブロック工法

 薄肉鋼管の内面に膨張コンクリートをライニングしプレストレスを導入した合成鋼管を長尺ブロック化するヒューム管に代わる新工法により、水中での接合を大幅に削減でき作業の安全性と工期の短縮化が図れる。海中フランジ接合部も内面より鋼管を溶接することにより確実な水密性を確保できる。合成鋼管の膨張セメント/普通ポルトランドセメントの混入比は14〜20%、コンクリート/鋼管の肉厚比は10〜20が適正である。

2)自然注水工法による取水・放流管の一括敷設

 コンクリートコートを必要としない取水・放流管の敷設においてダイバーレス化と急速施工が可能なこの新工法は、陸上で長尺加工した配管の全延長を敷設位置に浮遊曳航し、管端より注水しながらパイプの撓みによって沈設していくもので、水際部浮力を非線形弾性床上の梁として弾塑性解析する手法の開発により、浮力ブイを使用せずに実用的な鋼管の肉厚・材質で許容歪みの範囲に収まるように撓み曲線を設計することが可能となった。

3)水中溶接接合

 パイプの補修、接続などパイプラインの中間に短尺管を挿入する信頼性の高い方法として、フランジ接合に代わる水中溶接技術の実用化を図り、(1)短管寸法測定のための水中計測法の改善、(2)二次シール後のパイプの微調整可能なパッキン機構、(3)波浪・干満差による管内の息吹き・吸込み対策、など室内試験では得ることができない課題と必要な対策が実工事の経験によって明らかになった。

4)オフショアー海域におけるレイバージ敷設技術の開発

 海象条件の厳しいオフショアにおけるレイバージ作業の安全性は、レイバージ動揺特性の向上とスティンガーの安全性の確保にある。動揺特性の向上については固有周期を大きくする船型設計と船体の大型化に加え、パイプ進水ラインを中央に配置することによりスティンガーヒッチ部、動揺量を抑制でき、スティンガーについては(1)スティンガー長の短縮と(2)本体強度の向上によって実現が可能である。

 スティンガー長を短縮する方策としては、

 (1)パイプの厚肉化と弾塑性設計:厚肉パイプは扁平化することによって塑性域までの曲げか可能で、撓みの管理幅を大きくとることができる。敷設中計器観測するスティンガー姿勢によってテンション導入量とスティンガー浮力を調整し、撓みを制御することが可能なことから、撓み応力を降伏点の85〜90%(歪=0.15〜0.20%)と高いレベルに設定してスティンガー長を短縮した線形とすることが、0.5%の降伏歪に対しても十分余裕をもつトータルとして安全な管理手法といえる。(2)テンション工法:船上で鋼管にテンションを導入することによってSagbendの曲率を緩和でき、スティンガーの短縮が可能となる。大水深になる程テンション効果は大きいが、反面テンション量が低下するとパイプの座屈事故につながるため、導入テンション量の監視、管理には周到な注意が必要である。

 (3)スティンガー形式の選択:敷設条件に応じて各種のスティンガーを使用してきた結果、小さいテンションでSag Spanを大きくとれる中小径管の敷設には線形管理が容易な直線式が適し使用実績が最も多く、敷設中に水深が大きく変化する大口径ラインでは曲率を任意に選べる多ヒンジ形式が適し、波浪に対しても動的応力が分散し効果的といえる。

 スティンガー強度の向上策としては、

 (1)鋼管格点部の主管の厚肉化、支管の大径化、溶接管理の徹底化による疲労強度の向上と(2)波浪により大きな衝撃力が作用するスティンガーの連結部は損傷を一番受け易い箇所で、損傷実績をもとに継手構造の改善によりその耐力の向上を図った。

3.レイバージ敷設作業の高速化

 オフショアに対応したレイバージの大型・高性能化と共に船団コストは大幅に増加するため、敷設速度の向上によるコストダウンが要求される。敷設速度に関係する要因として、稼働率の向上、作業ステージの配置、溶接法の選択をとりあげ、クリティカルステージとなる頻度の多い第1ステージの作業性に注目し、第1ステージにおけるパイプ送りと芯合せ設備の改善と最適な手溶接法の選択、自動溶接法の開発による速度の向上を図った。

1)手溶接法の高速化

 第1ステージの作業分析により、配管規模、溶接品質基準、レイバージ諸元などの条件に応じた最適な溶接法、単管長の選択により敷設速度の向上が可能となった。適用される品質基準により溶接法を選択し、国際マーケットでは東南アジアの溶接工によるハイセルロース系を、日本国内では低水素系をベースとし長管の使用またはTIG法併用の溶接法により速度向上を図った。またレイバージ上の溶接は非常に特殊な作業形態のため作業者の熟練度の差が大きく現れることから作業者の選定も重要な要素となる。

2)自動溶接システムの開発

 熟練溶接工の確保が年々困難になり、溶接の自動化が強く望まれるところであるが、その自動化は非常に難しく海外で僅かに実施例があるのみで、独自に自動システムの開発を進めることとし、延べ130kmの配管工事での適用を通して改良を重ねハイセルロース溶接を上回る溶接速度の達成が可能となった。

パイプライン自動溶接システムの主要開発成果

 (1)特殊開先:特殊形状の狭開先で溶着面積が小さく、大口径の厚肉管に特に有利、

 (2)裏当て:インターナルクランプに銅の裏当てを装着し、初層溶接の品質を確保、

 (3)溶接ヘッドの小型化:溶接ヘッドの小型化と着脱容易な軽量、分割式レール、

 (4)溶接条件のコンピューター制御:溶接ポジションに合った溶接条件をマイコン制御、

 (5)溶接の高速化:初層のみでパイプの進水移動が可能な厚肉化と60in/minの高速化。

4.重質油の配管構造

 世界的にも海底配管として事例の少ない高流動点原油輸送の加熱配管システムに関し、先ず高流動点原油の物性と固化、融解の過程を実験によって確認し、配管条件によって各種輸送システム(加熱/置換の循環ラインと電気加熱システム)を開発した。これら各システムに対応して2重管、3重管、SECT管といった特殊配管構造を必要とし、その設計手法と施工法を確立した。

 水圧を受ける海底下における保温構造としては、浸水対策に万全を期すために2重鋼管の間隙に断熱材を充填する構造とするが、加熱原油による温度上昇に対しパイプの熱応力と伸縮量を考慮した本管と外管の剛結位置・構造の設計手法を開発した。

 特殊構造配管の施工法としては、陸上での作業を主体とした海底曳航法が最も望ましいが、立地条件、配管規模から困難な場合には浮遊曳航法、レイバージ工法による必要があり、そのために特殊施工技術を適用した。

5.ポストトレンチ埋設技術

 海外に比して、船舶の投錨危険区域に敷設することの多い国内の海底配管は埋設のニーズが高く、深い埋設深度を要求されることが多く、埋設作業は海底配管建設の工期とコストに占める割合が大きい主要な作業といえる。

 経済的、効率的な埋設方法として、従前の先行掘削法に代わって、海底に敷設後のパイプ下を掘削して埋設するポストトレンチ工法を開発した。

 ポストトレンチ工法としては、大別して、次の4種類がある。

 (1)高圧ジェットで掘削し、エジェクターポンプで排泥するエジェクター方式。

 (2)メカニカルカッターで掘削し、電動ポンプで排泥するカッターサクション方式。

 (3)Plow(鋤)形式の掘削ユニット牽引するPlow方式。

 (4)パイプ下の土砂をジェット水で流動化させて、パイプを沈めるFluidization方式。

 これらの方式のうち、エジェクター方式が装置が単純、コンパクトで故障が少なく、取り扱いも容易であり、動力効率は必ずしも良くはないが、最も汎用性があり実績も最も多く、実工事での実績と実験の成果を踏まえ浚渫能力と作業性の向上を図ってきた。大規模掘削のケースでは、大容量の掘削能力を有するカッターサクション方式が、長距離ラインで土質条件(砂、シルト)が適合すればPlow方式のメリットも出てくる。しかしカッターサクションは自重が100ton以上と大型で、またPlowは200ton以上の牽引力を必要とし、何れも大型特殊作業船を必要とすることから、新日鉄での実績はカッターサクションが3件、Plowが1件試験的に採用したに留まり、Fluidization工法は砂地盤で法面が安定しない地盤には有効な方法であるが、装置が大型、複雑で国内での実績はなく、特殊条件下において有効な方法といえる。

審査要旨

 本論文は海底配管工事の建設技術を扱ったものである。海底の配管工事の歴史は比較的新しく、米国において昭和30年代の始めに、メキシコ湾の海底油田開発の原油採集、輸送の手段として始まったといってよい。当然のことながら、最初は浅い海域で、管径も小さな工事から始まった。我が国においても、同じ頃に、離島への送水を目的とした小口径、短距離の配管工事が行われ始めた。昭和30年代後半から、40年代にかけて、20〜30万トン級のマンモス・タンカーの出現によって、水深の大きな沖合のシーバースから陸上のタンク・ヤードへ原油を短時間に輸送するための大口径の海底配管敷設が必要となってきた。海底配管工事は特殊な建設工事であり、世界的にみても建設業者の数は少ない。このため、海外の建設業者からの技術導入は困難で、全て外注するか、自己開発するかの選択しかなかった。

 上記のような状況の中で、本論文の著者は海底配管技術の自己開発の最初の段階から、参加し、世界に通用する技術開発に成功した。この技術開発のうち、工事の安全性と作業性の向上を中心に開発の成果をまとめている。

 本論文では、著者が最初に開発を手がけた直径48インチの原油輸送用のシーバースから陸上のタンク・ヤードへの配管から始まり、口径では60インチ、距離では数100km、水深150mに及ぶ海底配管工事を扱っている。技術面では高速敷設、海中接合、オフショア水域での敷設技術、鋼管の水中重量調整のためのコンクリート・コート施工法、常温では固結する高流動点原油を海底輸送するための加熱保温配管システムとそのために必要な特殊配管構造の敷設技術等を扱っている。

 敷設作業における安全性の改善と作業性の向上のために採用したことの一つに、薄肉鋼管の内面に膨張コンクリートをライニングし、プレストレスを導入した長大ブロックの採用がある。ここでは、膨張セメントの配合、コンクリート厚と鋼管厚との比率、溶接接合部のコンクリートライニング等が、解決を要した課題であった。

 パイプの補修や、既設ラインへの接続など、水中での配管の接合は避けられない。最も考え易いフランジを用いた機械的な接合から始め、より水密性の良い水中溶接の実用化を達成している。水中溶接では、水中での困難な作業環境に対して、精度の良い面合せ治具の開発や、波浪や干満差によるドライ・チャンバー内の圧力変動によるビード割れを防ぐために、若干の圧力変動では溶接部が動かなくなるシール・ピグの挿入等により、良好な溶接を可能としている。

 大水深のオフショア海底配管では、船体から、スティンガーの上を滑らせて、配管を伸ばして行く方法が広く採用されている。スティンガーの設計では波浪、潮流に対してスティンガーを守るためには、スティンガーは短い方が好ましく、かつスティンガーの曲率半径をできるだけ小さくし、配管の曲率が損傷を生じない範囲で大きくなることが好ましい。配管に損傷が生じないで、大きな曲率を許すために、配管の弾塑性挙動を考慮に入れ、スティンガーと一体化した解析に基づく設計を提案し、採用している。水深の増加とともに、鋼管の重量によって、管がスティンガーを離れたところで曲がり、局部座屈する可能性が大きくなる。スティンガーを長くすれば解決できるが、安全性と作業性の向上のためにはスティンガーは短い方が良く、敷設する鋼管に張力を加える工法で大水深域での敷設に伴う困難性を解決している。張力の低下により管が損傷するのを防ぐため、アンカーの把握力の不足や、船体の急激な後退に対する管理が重要になる。これに対し、具体的な管理方法を提案し、実用化している。同じく管に損傷を与えないために、敷設時にスティンガーの角度と深度が一定の範囲におさまるよう制御する必要がある。深度計、傾斜計をスティンガーに装着し、スティンガー各部に独立に注水、排水可能な管を配置し、バラスト調整を行うことと、必要に応じて管に加える張力も調整することによって、安全性を確保する手法を開発し、用いている。

 バージからの配管の敷設作業性の向上のためには溶接継手の検査合格率の向上が最も重要である。このためには溶接工の技術が最も大事な要因であるが、手溶接を採用する限り限界があり、自動溶接が好ましい。しかし、波浪による動揺下での自動溶接は容易でなく、海外ではほとんど実施例がない。さらに、海底に敷設する管の溶接では管を回転することができず、全周を固定した状態で溶接するため、溶接する位置での溶接棒の向きに応じて、溶接条件を連続的に変化させる必要がある。さらに、開先合わせに高い精度を要する外側片面からの裏波溶接とせざるを得ない、等の困難な条件も伴う。この問題を解決するため、ノーギャップの突合せにより溶接面積が小さく、厚肉管でも溶接可能な開先形状の開発、強力なインターナル・クランプを用い鋼管の溶接部を塑性変形させて、開先精度を向上させる手法、インターナル・クランプに銅の裏当てを装着することによる初層溶接の品質の改善、当時としては珍しいコンピューター制御による溶接条件の制御手法の開発等を行っている。しかし、工事条件に応じた溶接条件設定の確定テスト、オペレーターの訓練、設備の高メンテナンス費用など、コスト的には未だ汎用性のあるシステムにはなっておらず、さらなる研究が必要な問題である。

 常温では固化する高流動点原油用の配管では加熱保温システムが必要となる。この種の原油の輸送のためには圧力損失をきちっと評価することが、運転経費の節減につながる。各種の原油について、粘性増大時の流動特性、放置冷却による固化、強制加熱の融解時の実験を行い、物性試験値をもとに理論解析によるシュミレーション結果と十分実用に使える精度で一致することを確かめている。加熱方式としては、配管に直接電気を流し、管体の電気抵抗による発熱を利用する方式や、事前の予熱用に低流動点油を流したあと、予熱した高流動点油を輸送し、さらに、何らかの原因で凝固したときのために非常用の小さなパイプを挿入する等の方法を開発している。これらの管の断熱性を良くするため、現実の構造は2重管、あるいは内部に小径管が入る3重管構造となる。これらの管構造の開発に当たっては、外管と内管の熱応力の差による伸縮量に対処する等、技術的な問題を多く解決している。

 著者が30年間にわたって開発にかかわってきた、海底配管の敷設に関する技術が系統的に記述され、開発時に直面した解決を要する課題とその解決結果が詳細に述べられている。プロトタイプの実験結果、理論解析、現場解析をもとにしたシュミレーション結果や施工現場での経験も体系的に述べられており、今後の海底配管工事に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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